スリーカード2
「いらっしゃい」
店の前のテラテラと光るテントの下に入るとおかみさんが俺の方をちらりと見て一言。
それからショーケースの中を一瞥。
「お決まりでしたらどうぞ」
忙しそうに輪ゴムやらプラスチックの容器やらの在庫を補充している所悪いような気はするが、そう言ってくれたのだから構うまい。
「ランプラージャを200gください」
「はい。ランプラージャ200ですね。他には?」
「あと……そこのはさみ揚げを一つ。以上で」
ランプラージャというのはアシュファーラでは非常にポピュラーな家庭料理だ。
簡単に言えば蕎麦の実と牛もつの煮込みで、昔から安価だったこれらの食材を一つの鍋で煮込むだけというメニュー。味付けには大きく分けてトマトソースで煮込む南方風とバターや牛乳を使う北方風があるが、この店は後者の味付けだ。
「まいどどうも」
買い物を終え、まだほんのり温かいランプラージャを抱えて帰路に就く。
食べ物が温かいだけで気分が高揚するというのは、こちらに来て初めて分かった感覚だった。
「ただいま」
誰もいない新居に戻り、少し早い夕食にする。
プラスチックのトレーを開けると、ふんわりと湯気と共に食欲をそそる匂いが沸き立った。
「いただきます」
付けてくれたプラ製スプーンでミルク風味のその煮込みを一口掬い上げ口へ。
蕎麦の実のほのかな香りとバターの甘さが、温かなスープと共にじんわりと広がっていく。
「……次は電子レンジだな」
改めて、温かい食事というのはいいものだ。
日本にいた時はそこまで意識したことはなかったが、こうして異邦の暮らしをするとそのありがたみを実感する。
次の給料日までに良さそうな電子レンジを見繕っておこう。あれ一つあるだけで、温かな食事という選択肢が生まれてくる。素晴らしきかな、家電。
そして当然そのためには次の給料まで生きている事が大前提だ。
「……」
もう一度スプーンを口へ。
ギアラから染み出た脂が口の中に旨味となって広がっていく。
多分、こういうのが正のサイクルなのだろう。いい思いをしたらもっといい思いをするために仕事に精を出す――つまり、いい方向に転がるためには最初に良い思いをしなければならない訳で、多分それ故にいい方向には行きづらいのだ。
まあ、今回はいい方に上手い事転がりそうだ。我ながらなんとも幸運な事だ。
翌日、出勤して最初の仕事は簡単なローダーの依頼。
場所は二層だがニューサイス側との距離はそれほどではない。階層間リフトからも近く、警備部隊の存在も確認されていないルートを使用しての移動。
一応護身用に武装してはいるが、これまでの都市モグラとしての依頼に比べればかなり軽い装備で十分だ。
代わりに背負っている大型のリュックサック。ちょうど日本でもよくあるデリバリーのような大型のそれにろ過ポンプのフィルターと浄水剤、それにポンプの交換部品を詰め込んで歩いていくだけ。
立地的には配管屋を頼れる場所なのだが、雨水や漏出した地下水を集めている環境活動家だか宗教家だかの元への配達だ。
「あそこだね」
念のため護衛を担当してくれるエリカが、二層の廃墟から離れた区画を指さす。
建物と建物の間、細く伸びた路地の先にある階段を上ると、突然開けてくる土地。
木製の柵に囲まれた敷地に水色一色の木造平屋建てがポツンと建っていて、そこが目的地であると柵に設けられたポストと表札が示している。成程、何か思想のありそうな家。
勿論、そんな感想はおくびにも出さずにスマートフォンを取り出し、事前に伝えられている番号へ。場所柄仕方ない事ではあるが、護身用とはいえ武装している人間が突然敷地に入ったとしたら撃たれても文句は言えない。
「お待たせしました。モーラー・アルファ社の者です。お荷物をお届けに参りました」
一回目のコールで出た相手にそう名乗ると、向こうも慣れたものだ。
「ああどうも。玄関にお願いします」
「かしこまりました」
銃をスリングに任せて腰に回す。下ろしていく訳にもいかないが、武器を使う意思が全くない事を示しておく必要はある。
「どうも。ピーターセン様ですね?」
敷地の半分ぐらいまで来たところで玄関に現れたその人物に確認。
ヒッピー風のファッションに妙な模様の入ったリストバンドをはめたその人物が今回の依頼人だ。
「お荷物にお間違いなければこちらにサインを」
後は宅配便と変わらない。
リュックを降ろして中身を取り出し、伝票と一緒に手渡す。彼にとっては大事な生活インフラ。
「どうもご苦労様」
「またご利用ください」
お仕事おしまい。
ローダーの仕事は安全なルートを使えることが多い――当たり前だが、人間は余程奇特な者以外わざわざ好き好んで危険のただ中に住居を構えたりしない――ため、体力さえあれば難しい事もない。
もっとも、客単価という点では他の依頼の方が美味しいのだろうが、その辺は危険とトレードオフだろう。
「戻りました」
ローダーを終えて帰社すると、どうやら午後の予定は変更せざるを得ないようだった。
「おうお疲れさん。悪いが二人とも、そのままでいいからちょっと来てくれ」
社長がそう言って、俺たちを事務所の奥へと連れていく。
「依頼だ。ドルニエ商会から」
「依頼……ですか?」
ドルニエ商会はモーラー・アルファ社のお得意先の一つだ。
「もっとも、纏まるかどうかはこれからだが、当然ながら受けることになれば二人に行ってもらう」
そう言われながら通された社長室と呼ぶべきだろう部屋には、オンラインの表示がついたモニターが一つ。
フレームのない構造の為、薄暗い部屋の中では煌々と光る画面だけが浮かび上がっているように見えるそれがスリープモードを解除されると、即座に映し出されたのは豊かな口ひげを蓄えたスキンヘッドの壮年だった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




