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土竜・オブ・ザ・シティ  作者: 九木圭人
転移、そして転職
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転移、そして転職3

「……っと」

 といって、ずっとこうしている訳にもいかない。

 コーヒーの空き缶を手に車へ戻る。2時間ほど転がして、あの光の中に戻って朝まで眠る。それから目が覚めたら――。

「……」

 その先は分からない。

 だが、そんなの今日に始まった事じゃない。


「燃料がないか……」

 エンジンの始動音と共に光を取り戻した計器類に目をやる。燃料計は残量が半分を切ったことを示している。

 帰り道に24時間営業のガソリンスタンドに寄って――貯金はもう尽きそうだ。

「……」

 とりあえず車を走らせる。

 この薄い鉄板に囲まれた、エンジン音だけの狭い箱の中だけが、俺が自由でいられる場所だ。

 だがそれももうすぐ、そう遠くない未来に終わってしまう。

「……ッ」

 その事を頭から何とかして締め出そうとする。

 一度生まれてしまった不安は全くと言っていい程理性の言うことなど聞かないで脳内に居座り続けて、俺に決断を迫って来る。


「無茶いうな」

 そもそも、そんなのやったことがない。

 そういう用途に設計されていない。

 誰かの命令が存在する前提での人生しかなかった人間に、命令する人間が存在しない状況で、自己判断でどうにかしろなんて無理な要求だ。


「クソが……」

 そう言う時、俺はこの世全てがどうしようもなく憎らしく感じる。

 自分の夢とやらの為に俺を使った父親。

 よく分からない拘りのために俺を使った母親。

 教師であるという自覚すら怪しい、ただ泣きわめけば周りが何とかしてくれると思っていた教師。

 なんだかよく分からないキラキラした崇高なビジネスモデルだかの為に俺を振り回したお坊ちゃま社長。

 自分の都合で俺を振り回した人間。俺を翻弄した人間。

 生きているも死んでいるも関係ない。

 みんな、みんな、死ね。


「ッ!!?」

 人を呪わば穴二つと言うが、こんなに早く俺の穴だけ掘り終わるとは思わなかった。

 突然、計器類があり得ない動きをし始めた。

 そして視界の隅でそうなっているのを確認した時、フロントガラスいっぱいに広がっていたのは、煌々と輝く虹色の雲。

 突然出現したそれに驚く暇もなく、車はその中に突っ込んだ――つまり、ガードレールの向こう側、崖に近い斜面に向かって。

 妙なスローモーション、直後の鈍い衝撃。

 それを認識した瞬間、俺は意識を放り出していた。




「――。――」

 どれぐらいの時間が経ったのかは分からない。

 だが、意識があるという事は多分死んではいないのだろう。

「私兵……。ようやく手に入る……」

 誰か知らない声が聞こえる。

 薄っすらと開いた瞼の向こう、手術室のような見知らぬ部屋に、恐らく医者なのだろう白衣姿の男がこちらに背を向けている。

「……」

 記憶が戻って来る。それと同時に痛みも――いや、それは来なかった。


「にしても、どこから降ってきたのやらな」

 白衣の男が漏らす。そこで初めて、その隣にスーツ姿の誰かの姿が見える。

「まあいい。お陰でようやく少しは安心できる。で、身分は?」

「問題ない。ロンダリング済みのIDと経歴で除隊証明も揃っている。令状とって陸軍人事局にでも照合しない限りバレることはない」

「そこまでは必要ないだろうが……まあ、感謝しているよ」

 白衣の男と左頬に傷のあるスーツの男のやり取りはそれで終わったようだ。スーツの男が踵を返し、すぐ横の扉から外へ。

 そこで白衣の男がこちらに振り返る。二つの青い目が日本人ではないと物語っている。


「中身のセットアップも終わった。スペシャルエディションって奴だ……」

 俺の意識が戻っている事に気付いていないのか、ぼそぼそとそう言いながら、恐らく先程スーツの男と話していたものなのだろう、前職で使っていた社員証ケースのようなものを俺の横に置く。

「ん……なんだ?」

 不意に響いた轟音。白衣の男がびくりとして止まり、半覚醒だった俺の目も覚める。

 直後にけたたましく鳴り響くサイレン。そして先程スーツの男が出て行った扉が勢いよく、それこそぶち破るような勢いで開かれる。


「ッ!」

 驚きのあまり声が上手く出なかったのは、この場に限っては幸運だったのかもしれない。

 入ってきたのは兵士としか言いようのない格好をした男。

 服装こそ普段着だが、その上からチェストリグを纏い、そこに取り付けられたマガジンポーチからは黒い樹脂製のバナナマガジンが飛び出している。

 そして奴の手に握られているのは、そのマガジンを使用するAK――俺の頭は、初めて見るそれら全てをしっかりと理解していた。


「まずい!手入れだ!!外の連中に――」

 その飛び込んでいた兵士の言葉はそこで途切れた。得物を放り出してうつ伏せに崩れ落ちる。その背中にランドセルぐらいあるアシダカグモみたいな機械が抱き着いている。

「ぶっ!!?」

 そのくぐもった悲鳴が、その兵士の最期の言葉だった。

「クソッ!見つかったか!」

 白衣の男は毒づきながら、白衣の下に隠していた拳銃を抜いてうつ伏せに倒れたその兵士の背中めがけて数発発砲。俺が手術台に寝かされているらしいという事に気づいたのはその時だった。


「クソッ!このっ!!」

 どうやらそこで仕留めたのだろう。だが、後続のアシダカグモまではそうはいかなかったようだ。

 壁を這うようにして室内に走り込んだそいつは、白衣の男に正面から抱き着くと、毒づくそいつを仰向けに倒した。

 何かが崩れる音。金属同士がぶつかり合う音。そして数度の銃声。

 それを最後に、遠くからのサイレン以外一切の音が消えた。


「なんだ……?」

 起き上がって、そこで初めて自分の体を確認する。

 検査衣を着せられた、自分のソレに似ているが違う肉体。何とも言葉では表しにくいのだが、明らかについさっきまで車を走らせていたそれと異なる肉体が、自分の意思に従って動いている。

「……」

 当然気にはなる。だが今はとりあえず、この体でもってこの異常事態から脱出するのが先決だ。


(つづく)

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