初出勤1
トライアルの翌日からの二日間。俺の仕事は、ひたすら新しいパートナーとの息を合わせる事だった。
といってもやることは非常にシンプル。試験と同じキルハウスを使い、何度も何度もトライ&エラーを繰り返す。
それが正解の動きを導き出し、やがてエラーが消え、正解以外が出てこないようになるまで続ける。
流石というべきか、彼女はこの仕事の先輩らしくCQBに関しては非常に手馴れていた。影から影に滑るように移動し、水が隙間に流れ込むようにスムーズに突入とクリアリングをこなしていく。
息を合わせるというよりも、実態で言えば俺が彼女のレベルまで追いつくように動くのがメインだったとさえ言っていい。
「私もあなたと同じだからね」
その外見と不釣り合いなほどの戦闘能力に驚く俺に、彼女はそう言った。
「色々あって、私もサイボーグ。頭には同じく戦闘用OSも入っている」
サイボーグ化は全身じゃないけどね、と付け足しながらそう言って屈託なく笑う姿は、彼女自身が口にした諸々とは無関係な、普通の少女のそれにしか見えなかった。
そんな訓練が終われば今度はこちらの世界で暮らしていく準備だ。
幸い、家が見つかるまでモーラー・アルファ三階の宿直室に住み込みでも構わないと言ってもらえたし、目下すぐに必要になるのは着替えと下着だけだ。
支度金として支給してもらった現地の金を手に適当なものを揃える。この国の物価は日本のそれと大差なかったのも、また幸いと言えるだろう。
食べ物に関しては、消費期限が豪快に過ぎたレーションを恵んでもらった分でなんとか賄える。流石は軍用のレーションだけあって、そんな代物でも体を壊すことはない――或いは、サイボーグ故に上手い事解毒しているのかは分からない。
「……」
欲を言えば味覚に関しても色々いじってもらえればだいぶ食べやすくなっていただろう。
そして、三日目。
それまでの二日と異なり、俺は一階のオフィスに呼び出されていた。
隣には相方――昨日改めて「エリカでいいよ。皆そう呼ぶから」と言ってくれたので以降そう呼ぶことにした彼女が、俺と同様装備を身に着けた状態で待機している。
仕事の依頼。いよいよ都市モグラとしての俺の初仕事だ。
その俺たちの前、サイストックの全域が表示されたスクリーンの前に立っているのはあの日の運転手=今は俺たちの直接の上司に当たる、エルマと名乗った女性だ。
「それじゃ、依頼の内容を説明する」
彼女がそう言って手元のデバイスを操作すると、スクリーン上に表示されているサイストックの東部に赤い点が一つ浮かび上がった。
「依頼主はボラン・エレクトロニクス社。階層間リフトの定期点検中だった同社作業員三名の救出を依頼してきた」
サイストックは階層式の都市だ。
ニューサイス=サイストック北部の山岳地帯を切り拓いてつくられたこの町からそのまま乗り入れられる、第一層と呼ばれる表層部の下に汚染除去プラントを兼ねた第二層が広がっている。
その二つの階層を繋いでいるのが、その名の通り階層間リフトと呼ばれるエレベーターだ。
エレベーターと言っても、スクリーンに表示されているのは日本でよく見る、人間を中に入れる箱型のものではなく、床板だけが上下するタイプのものだった。
「要救助者の三名は今から17時間前、第4号リフトの第二層側で作業中、突如警備部隊のガードメカがエリアに侵入した。同機は要救助者を発見すると警告を行い、直後に発砲。要救助者は全員付近のB17バンカーへ避難したが……」
彼女の言葉に従うように赤い点の辺りがズームアップされ、それが恐らく第二層に入ったという事を表しているのだろう、限界までアップになった第一層を貫通してその下に入り込む。
そこに示される三つの青い点=要救助者と、そこに南側から接近する一つの赤い点=ガードメカ。
四つの点が追いかけっこのように北へ向かって移動し、その進行方向の少し先の道路沿いに黒い枠線の正方形が現れると、その上に赤い×印が追加された。
「要救助者三名はB17バンカー前に同様のガードメカが待ち伏せしているのを発見。B17バンカーは使用不能と判断し東へ更に逃亡。何とか追跡を振り切り、現在はC2バンカーに避難している」
三つの青い点が一路東へ。赤い点を振り切ったそれらが新たに現れた正方形の中に飛び込む――説明に画が追い付いた。
「C2バンカーに退避した彼等から会社に連絡があり、それから救助要請がなされたという訳だ。現在まで三名には目立った外傷もなく、健康状態も良好だという話だが、C2バンカーは二級バンカーだ。あまり長時間隠れている事は出来ないだろう」
先程から登場しているバンカーというものについては、モーラー・アルファと契約してから今日まで色々教えられた中に入っている。
サイストックは色々と厄介な連中が流れ込むこともあるが、最も厄介な存在と言えばLD残党と呼ばれる土着の武装集団だ。
LDと呼ばれる組織が各都市に設置されたのは、三十年間の冷戦という時代が始まってすぐの頃だった。
LD。正式にはLocal Defenceという準軍事組織。冷戦構造が明確になり、隣国ラゴアが急進的共和派に舵を切ったのに加えて国内の共和派シンパの政治団体が起こしたサン・ガルミ港爆破テロによって世論の緊張が最高潮に達したが、当時の対ラゴア融和路線をとっていた政権は対応に消極的だった。これにしびれを切らして各地に結成された自警団を指揮、統括するためにアシュファーラ各都市に設置されていた防衛組織である。
内務省管轄下に置かれたLDは冷戦が長引くにつれて肥大化し、陸、海、空、宇宙に続く第五の軍とさえ呼ばれるようになったが、組織の巨大化とそれに伴う権力の強化は、やがて慢性的な腐敗を生んだ。
内務省の下にありながら末期にはほぼ独立した組織のように振舞い、ほとんど幹部クラスの私的軍閥のようになりつつあったそれは、警察、内務省、そして大多数の一般国民からは危険な存在と目されるようになり、冷戦終結の翌年には数々の不正が暴かれ正式に解散命令が下され、逮捕者も出た。
だが、組織としての活動を終えたとはいえ、それで全て終わる訳ではない。
LDが事実上の支配者となっていたサイストックではあらゆる法がLDの胸先三寸と、彼等への袖の下で運用されていた。
結果、LD崩壊後にもそのお膝元であったこの町には、彼等の指揮下にあった警備部隊やそれを運用する都市警備AIも――半ば国家権力に反抗するように――放置されてしまった。
挙句、崩壊のどさくさに紛れてLDのハッカーによりAIの設定はより緊急性が高い状態へと変更されていた。
即ち、都市警備AIは国家非常事態宣言が発令され都市全域が戒厳令下に置かれていると本気で信じており、そのために“許可されていない活動を行っている人間”に厳正に対処する。
つまり、目についた全ての人間を「工作員の可能性がある危険人物」と判断する訳だ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




