邪神騎士
やって来たのは、ド派手な馬車。冒険者なのだろうか、ならず者みたいな恰好をした男達を引き連れている。
「困るねー。あの女は会長が欲しがっていたんだよ……今回の仕事に幾ら掛かったと思ってんだ?迷惑料払ってもらうぞ」
……マジか。馬車から降りて来たのは、絵に描いたようなチンピラ。もしかしなくても、ザンサーラ商会の人?
「先輩!いえ、法務部長……これはどういう事ですか?」
薬師さんがチンピラに詰め寄る。それと法務部長って、マジか?
(さっき先輩って言ってたよな……もしかしてザンサーラ商会って、地元のヤンチャ君達が集まって作った会社なのか?)
「お前みたいな下っ端は黙って従っていれば良いんだよ……ここからは法務部の仕事だ。お前等、適当に片付けておけ」
まさか、後ろの皆さんが法務部の社員さん?愛社精神が凄いみたく、俺を殺る気満々です。
「金を払っても、そこの薬師と一緒に俺も始末するんだろ?」
死人に口なし。放っておけば、またマリーちゃんが呪われてしまう。こいつ等相手に遠慮はいらない。きっちり倒してやる。
「ただの低ランク冒険者かと思ったら、察しが良いな。最初は薬草を高値でちらつかせて、奴隷にするつもりだったんだけど……どうせ儲けの少ない村だ。野盗の仕業に見せかけて滅ぼして、女をもらう」
発想がヤバすぎるんだけど。しかし、自分から計画をばらすかね。
(この魔力は……テイムに呪い。そいう事か)
異世界にもブラック企業があるんだな。
「ザンサーラ商会は、魔族とも契約してるのかい?」
だから薬師に悪霊がとりついても、スルーしていたのか。鑑定してみたら、テイム(借)は魔物と会話出来るだけのスキルだった。
ゴーストをとり憑かせたのは、法務部の奴等だと思う。
ゴーストを憑けておけば、護衛を雇う必要がなく経費が浮く。そして従業員の動向も丸わかりと。日本風に言えば、社用スマホにスパイアプリ入れる様なもんだ。
「てめえなに者だ!?うちの秘密を知ったからには、生かして返さねえぞ」
いや、そこはしらを切るか否定しようよ。法務部の部長さんが認めたら駄目だろ!
「あんたは俺の後ろに隠れてな。ベーロウ……行くぞ」
薬師を後ろに下がらせて、ザンサーラ商会の連中と対峙する。
「ベーロウ?良い歳して、邪神騎士ごっこかよ。邪神騎士って、魔族を撃退したのに褒賞も貰わずに異世界に帰った馬鹿だろ?今頃向こうで後悔してるんじゃねぇか?」
ごっこじゃなく、本物なんですが……確かに俺は後悔している。
「ああ、後悔してるさ。お前等みたいな馬鹿がのさばっている世界なんて、命懸けで救う価値があったのかってな」
こいつ等、全員ここで始末する。そうなれば怒気術を使うか。ベーロウにありったけの魔力を流し込む。
「随分本格的なごっこだな……なんだ?この魔力は!?」
なにって、本気で怒っている邪神騎士様の魔力だ。
こいつ等は幼いマリーちゃんを呪い殺そうとした。もし、助かっても自分の所為で、母が奴隷になったと生涯自分を責めただろう。
こいつ等の所為で、マリアさんは娘の為に悲しい決断をするところだった。夫に見捨てられたと思い込み、黒幕であるザンサーラ商会の会長に身を任せる。大切な娘にも会えず、地獄の様な日々を送っていたかも知れない。
こいつ等の所為で、ラルフさんは大切な人を失っていたかもしれない。何も知らずに故郷に帰り、絶望的な事実を突きつけられた時、彼は自分を許せただろうか?
「怒気術、怒り級……ささやかな幸せ踏みにじる者 我、それを許さず。怒りの狼!」
怒気を込めて剣を振るう……イーラクラスは愚痴級と違い、心の底から怒った時しか使えない。私心や欲があると、不発になる。
剣から発せられた魔力が狼に姿を変えて、ザンサーラ商会の連中に襲い掛かる。
(やっぱり俺は壊れたまんまなんだな……絶叫を聞いても、何とも思わない)
人の死を目の当たりにしても、何の感慨も湧かないのだ。
「凄い。黒い狼が法務部の奴等を丸呑みにした……まさか本物の邪神騎士様!?」
薬師が驚いている……やっぱり偽物の邪神騎士いるんだ。俺の黒歴史を真似するなよ!
そして悪霊がいなくなった所為か、物凄く礼儀正しくなっています。
「元邪神騎士のカイ・クラコです。なんか面倒臭い事になっているから、内緒で頼みますよ」
自分でも巻き込まれ体質だと分かっている。正体がバレたら、絶対にろくな事にならない。
「な、なんでサークレから……ピューラファイ王国からいなくなったんですか?みんな貴方を頼りにしていたんですよ」
いや、自分の世界の事は自分で解決しようよ。俺の世界じゃ、神様から力借りれないんだよ。
「さっきの技、怒気術って言うんです。あれ、愚痴や怒り……まあ、自分の中のネガティブな感情を力に変えているんです。でもね、怒って魔族や悪人を倒しているうちに、何が正しいか分からくなったんですよ。怒り方を忘れて、怒気術が使えなくなったんです」
……最初は純粋に世の中を良くしようと、怒っていた。でも、戦いを続けていくうちに、勝つ為に無理矢理怒る様になった。小さい悪事を無理矢理に拡大解釈してまで怒る様になっていたのだ。
それはエゴの押し付け……言っている事は正義だけど、それは圧政者と変わらない。
「戦う力を必要としなかったんですね。噂で聞いた事があります。邪神騎士様が住んでいる所は魔族や魔物がいない平和な世界だと……また私達の都合で召喚してしまったんですね」
薬師さんはそう言うと深々と頭を下げてきた……でもね、今回の召喚はローブさん達だけの力じゃない筈。
「カイ、そろそろ動いた方がいいのではないか?」
そうか、こいつ等は魔族と契約していたんだ。久し振りなので大事な事を忘れていた。
「馬車は動かせますか?出来るなら、あれを奪ってここから離れますよ」
薬師さんが頷いてくれたので、法務部部長の馬車に乗り込む……内装は紫で統一されていました。
「あの何かあったんですか?法務部の人達は死んだんですよね?」
そう、奴らは死んだ。それがまずいのだ。
「魔族は契約した人間が死ぬと魂を回収しに来るんですよ。いつまでもあそこにいたら、巻き込まれます」
勝てるとは思うけど、無駄な戦いは避けたい。なにより俺がサークレにいる事を魔族に知られたくないのだ。