邪神騎士様は、高い所がお嫌い
嘘だろ……ここ登らなきゃ駄目なの?俺の目の前にそそり立つのは断崖絶壁の岩山。
日本だとロッククライミングの名所として人気が出るだろう……早い話が高所恐怖症の俺にとっては悪夢でしかない。
見ているだけで、ちびりそうです。
(お前、まだ高い所が怖いのか?情けないの。そう言えば昔ジョーノに背負われて山を降りた事があったの)
重戦士ギーノ・ジョーノ、種族は鬼人で、今はジョーノ商会会長。俺の兄貴分だ……待てよ。もしかして、そのエピソードもピューラファイ中に広まっているのか?
(人間には羽根が生えていないんだぞ……高い所なんて怖くて当たり前だろっ!)
ベーロウは竜族だから、空を飛べる。高い所が怖いって、感覚は分からないだろう。
「ボッチさん、こっちです」
コペル君が手招きしてきた。さん付きだからまだ良いけど、ボッチって呼び捨てにされたら逆ギレするかも知れない。
(猟をするんだ。ちゃんとした道があるよな)
猟の度に怪我をしていたら意味がないし、足場が悪ければ弓も上手く使えないだろう。
「流石にロッククライミングはないですよね……ここを登るんですか?」
そこにあったのは坂というより崖。風雨にさらされて劣化しまくったロープがお情け程度にぶら下がっている……ここから滑り落ちたら最後、複雑骨折は免れないと思う。
「ええ、一時間位登った所に狩場があります」
一時間、この険しい崖を一時間も登らなきゃいけないのか。
◇
日本に帰りたい。日本に帰って大崎のチキンカツ弁当食べながら、ビールを飲むんだ。離れて初めて、何気ない日常が幸せだったって気付くんだな。
(ほれ、もっと足に力をいれんか……そうでないと、さっきの石にみたいになるぞ)
さっき、足を踏み外したら、石が物凄い勢いで転げ落ちていったのだ。
後、ベーロウ君良い子だからあまり話し掛けないで下さい。泣きそうになってしまいます。
「着きましたよ。ここが狩場です」
山の中腹なんだろうか三百m位の広さがある平地があった。水が湧いており、草も生えている。
端の方には小さな小屋があり、コペル君一家はここで数日過ごす事もあるらしい。
「ここに水を飲みに来る獲物を狩るんですね」
この山で水が豊富に湧いているのはここだけらしく、多くの動物が集まるらしい。
「ええ、肉食動物も来るので気を付けて下さいね。それと草で崖が見えなくなっているところがありますので、端の方に行かない方が良いですよ。まずは小屋に入って下さい」
寝ぼけながら、立ちションしに行って転落した人もいたとの事。
「凄いですね。小屋に高位の結界が張ってある」
効果は気配遮断。ご先祖様が高名な法術師を助けた事があり、そのお礼として結界を張ってもらったそうだ。
「見ただけで分かるなんて凄いですね。この山には魔物も棲んでいるので、結界は不可欠なんです」
スピアゴートが出るって事は、他の魔物が出てもおかしくないよな……待てよ、魔物はマナの濃い所を好む。岩山でマナが濃い……。
「もしかして、ここゴーレムの素材採掘地ですか?」
ファンタジーな世界だけあり、サークレにはゴーレムが存在する。その力は強力で、所持するには国の許可が必須。
「ええ、ここも採掘痕だそうですよ。もっとも含有量の高い岩はもう残っていないですけどね」
ゴーレム造りで重要なのが素材選び。含有されているマナが濃い程、強力なゴーレムが出来るとされている。
当然、ゴーレムを作るとなると、大量の素材が必要になる。でも、ミスリルとかの金属だと装備品にした方が戦力アップになるし、高値が付く。
ピューラファイだけじゃなく、サークレにはゴーレム造りに必要な素材は残っていないと思う。あっても錬金術師の家系で独占しているだろう。
「スピアゴート以外にどんな魔物が出るんですか?」
コペル君の話では、魔物が出る時間は決まっているらしい。その間小屋に入っている限り、魔物に襲われる事はないとの事。
「僕が見た事があるのは、スピアゴートと石猪、キラーウルフですね。前に父が岩熊を見た事があるそうですが、奥に行かせない為の脅しだと思いますよ」
ロックベア、その名前の通り岩を身に纏った熊である。ゲームとかなら肉が美味しいとか、岩が防具の素材になるみたいのがあるけど、こいつは強いだけで高値がつく素材が摂れない。
まあ、日本でも熊って物好きが毛皮を買う位だもんな。
「ストーンボアか……あいつ、肉が旨いんですよね。捌くの難しいですけど」
前はスカウトのミ―さんが捌いてくれたから問題なかったけど、俺には無理です。
◇
コペル君の話では、最初に肉食の魔物が水場を独占。その後かなり時間をおいてから草食の魔物が現れるそうだ。そして夜になると、普通の肉食獣や草食獣が出没するらしい。
動物番組のスタッフだったら、歓喜する場所だよな。
「スピアゴートをおびき寄せるには、肉食の魔物を蹴散らした方が効率よさそうですね」
いや、肉食の魔物を殺せる存在を恐れて隠れてしまうか。
「肉食の魔物になんて勝てませんよ……何人もの猟師が、肉食の魔物に殺されているんですよ」
いや、君冒険者になりたいんだよね……もしかして、コペル君が冒険者を目指したのは、独立以外にもなにか事情があるのだろうか。




