「第五幕︰ミヤコの魔術師」
ちょっとキッカリに間に合いませんでした。くそぅ。
五月九日。
昼間こそ過ごしやすい温かさに覆われていたこの街も、この夜は少し肌寒い程に冷えていた。その寒さは俺たちの住む所には無い高層ビルの無骨さを助長させ、昼間の来る者拒まずな歓迎ムードをすっかり逆転させて俺を迎え入れる。
倉間市にとってのメトロポリス。
夜のミヤコに一人で来るのは、これが初めてだった。
「ハラツカ防衛軍の再興じゃねーか!うはーー!!」
昼間に学校で事件の調査協力を頼んだ時の、一茶の上擦った声と顔がふと脳裏に浮かんだ。
その場に幸樹もいた為に二人にはすぐ話を出来たが、今日も薫には会えなかった。学校には居たという話を聞けたので、とりあえずは良しとしよう。
特にあてもなくミヤコを散策する。
時刻は先程日付を回り、五月十日の深夜1時を迎える所だ。
記憶が正しければ、そろそろココでも奴の魔術が発動していておかしくない。前回のような遅れを取らないためにも、臨戦態勢である事は必須の条件だ。
呼吸は安定している。
今ならいつでも影を展開できる――――――。
視線の端、空が瞬いた。
それが魔術によるものだと即座に判断した次の瞬間、思考が停止した。
小さい。とてもじゃないが、仮説に立てたような町を覆えるような大きさの代物ではない。それどころか…
こちらに、向かってきている。
結界などではなく攻撃の為に練り上げられた魔力の、
集めるのでない、人を殺す為の力の塊――――!
着弾まで一秒と無かった。
なるべく遠くへ転がり出て、申し訳程度の影を張る。
クソ、結局蛇の時と同じ展開だ。
…しかし。
「派手に弾けたりは…しないか。」
それは地面を大きく抉ってみせはしたものの、範囲を重視した破壊をもたらす事はしなかった。それによく考えれば、コレは随分とヘンテコな軌道で飛んできた。
追撃も無い。
「流れ弾…誰かが戦っている?」
嫌な予感がする。
当初の予定は無視し、それの飛んできた方向へ走る。
何発か打って当てるようなタイプなら、そう遠くからは飛ばして来ていないハズだ。
「ハァ………ハァ、っぐ…!」
ずっと研ぎ澄ましていた神経を放棄して走り出したせいか、幾分肺が痛くなるのが早い。身体にも酸素が回りづらい感覚がする。
しかし、今はその痛みも置いていくように進む。
もしかすると、コレに関わった時から危惧していた、最悪の展開になっているかも知れない――。
[-INTRUDE-]
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「やはり来たな、影の魔術師。」
足が止まる。
目の前には堂々と立ち塞がった、全身を白で覆った年の変わらぬであろう少年。
初めて見る顔の筈だが、彼がこちらに向けてくる視線は、まるで因縁めいた何かを匂わせてくるような鋭いものだった。
それが何かの合図にならないよう祈りながら、私は尋ねる。
「誰なの?」
「本堂月乃。俺も魔術師だ。」
本堂月乃。本堂。
確か、ここ倉間市に居を構える西日本でも名高い魔術師の名家だ。おじい様から話は聞いている。
私は魔術師じゃない、と言い返しても良かったが、ここは堪えて、本堂の目的を探る事にする。
「あなたもアレを追ってるの?」
「そうさ。アレはいわば魔術連合から滲み出た膿のような者ではあるが、それなりに出来る奴でもある。だから、この俺が直々に引導を渡してやろうとしてるのさ。」
「そう。私もその魔術師を追ってるの。……ねぇ、目的が同じなら、少し手を貸して貰えないかな。」
血の気の多い彼をなるべく刺激しないように、明るい調子を崩さずに少し詰め寄った。
どうやらそれが、彼の機嫌を損ねたようだ。
――いや、今にして思えば彼はハナからそうするつもりだったのだろうが――
次の瞬間、頭の横を一瞬で敵意の塊がすり抜けて、背後に大きな傷を穿つ。
「この件にこれ以上影使いが介入する事は、俺が断じて許さん。…次は耳を抉る。」
撃鉄を起こすかの如く、機械的に二発目を構える。
間違いない、次は本気で当ててくる。
本来なら、ここは逃げるべきだろう。
逃げて、関わりを断ち、何も無かったことにすれば、まだ何も、誰も傷つかない。
しかし、それでも進み始めた人がいる。
「ここに、第二角の名を持って顕現せよ。」
ひとりにしないと決めた人。孤独な約束を、必ず「果たさない」ようにしようと決めた人。
「その力は、我が影を持って万象を成す――!」
私は逃げない。私だけ、もう逃げない。
私は何より、先輩と並んで歩いていきたいから――!
力の増幅を察知してか、二発目がすかさず飛来する。
現在の間合いは約二十メートル。姿勢を低く保ったまま突進し、すれ違うようにそれを躱して、一歩、二歩。
間合いを一気に、残り二メートルにまで詰める。
駆け引きは迅速に。攻撃はより丁寧に。
大丈夫。このスピードなら、私だって――――!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
殆ど止まらず走り続けて、ようやくそれは見えた。
戦闘機を執拗に追う戦艦の掃射のように、薙ぎ払うような光弾が飛び交っている。
そしてもう一つ感じるのは、自分にもあるモノによく似た感覚。どうやら、遅かったらしい。
「ったく、無茶しやがる…!」
少しでも高台を目指して、近くの建物をよじ登った。
見つけた。やっぱり涼香だ。
飛びかかる光弾の雨を、縫うように躱して走っている。
しかしその姿は、もはや本当に走っているのか分からない程に俊敏で、いつ見失ってもおかしくない程だ。
長倉家。
彼女の家は四条家よりも上位にあたる影術の家系だ。
しかし現在、かつての名家の威はなりを潜め、ただ一人の跡取りとなった彼女は現在、四条家の庇護を受けながら京都で暮らしている。
確かに彼女は跡取りとしてマトモに影術を習っている影使い。影の質も、俺なんかでは足下にも及ばない。
しかし、彼女は魔術師なんかと戦う為ではなく、思い出のある自分の家を守るために家督を継いだのだ。
だから彼女を守るのは、何よりも俺がやらなくてはならない使命の筈だ。
四条家としても。そう彼女に約束した、一人の男としても。
気付けば身体は宙にあった。やるべき事を見据えたのなら、もはや止まっている訳にはいかない。
光弾を放つ間、奴は背後を向いている。今なら――。
この影は、同じくその名を冠するそれとは別物だ。
特定の空間一面に影を広げて覆ったように、自分の辺りの空間のみへ、身体から滲み出すように影を展開し続ける事も可能である。
涼香はコレを体表に一切出す事無く、それどころか自らの筋肉に循環させる事で俊敏に動くらしい。
俺が出来ることは、いつものように造る事だけ。
この一撃にも、俺が持つ最強の業物を用意する――!
「影質は深層。属性は黒……象るは…「槍」!!」
右手を背後へ伸ばす。
うねりは細長く渦を巻き、次の瞬間には明確なカタチとなって右手へ握られた。
完成度は抜群。威嚇用には申し分ない精巧さだ。
建物を飛び移って奴へ迫る。もう少しだ。
魔術師がこちらに気付く。攻撃を中断すると、俺の方へと向き直り―――――口の端を上げ、視線を返してきた。
「…!あのバカ!!」
その背後には、攻撃の中断をチャンスとばかりに突撃してくる涼香。
魔術師は得意げに、決して彼女には見えない位置で指を掲げる――――――。
「ボカン。」
奴の背後が眩い光を発した直後、奴だけを避けて熱線と爆風が起こった。
煙の横が歪む。そこからは…。
影を体内で留めたことが仇になったか。
恐らく殆どの爆風を真に受けた涼香が転がり出て、屋根の端からその姿を消した。
「~~~~~~~~~~~!!!!」
あらゆる感情が臨界点を超える。もう、止まらない。
握っていた槍を、更なる影で覆う。
とびっきりの貫通力の殺意を込めたそれを、ためらう事無く投げ飛ばした。
イントルードしてみました。
たまには目線が変わるのも、ね?