「第九幕︰開戦」
時系列的にはこの夜をもって、いよいよ一連の戦いが決着します。
ココまで全部見てる人は多分…いないっ!笑
五月十一日
土曜日夜7時21分35秒。
日が暮れてまもない夜のはじまり。
誰もが新たな灯りを得ようとして、街が昼間とは違った人工の温かみに包まれていた頃。その全ての光は突如として失われた。
その闇が光をつたって夜を生きる人を飲み込み、生活を飲み込んだその時、
骨の髄まで暗く影を落とされたような不安を覚えたまま、人々は次々と意識を手放していった。
「――――――――――――――――――――――――――。」
淀みとうねりに満ちた深い暗がりの底で、ただ耳鳴りだけが響く。
感覚にして浮いているか沈んでいるかといった具合の奇妙な浮遊感に支配されているものの、五感が未だに戻って来る予感は無い。
初めの夜、あの魔術師に襲われた後のようだ。ならば、コレもあの時と同じような原因で――――?
そんな思考がトリガーとなったのか。
唯一、意識だけが、ようやくハッキリと形を成して浮上した。
「――――――っ!!」
瞼が開く。
ここは何処だろうか。広がっているのは、僅かな隙間から月明かりだけで照らされた、暗い建物の風景だけだ。
手。脚。胴体。知覚した部位から身体の感覚が蘇る。
動きは鈍くて重いまま、なんとか気力で起き上がった。
「ここって…いつもの事務所じゃんかよ。」
夕方までは僅かな変化も見逃さぬよう気を付けつつ、商店街でバイトをしていた。
ここはその中で荷物を運んできたたこ焼き屋の事務所で、
俺は丁度そこから先の記憶を失っている。ならば。
「おかしいよな。停電してるし、俺以外ここに誰も居ないなんて…!」
明らかな異変が、それを対処しろと唸る意識のムチが、即座に重い身体を打って走らせた。
やはり。ここには外にも人の気配は一切なく、ただ静寂だけがある。
園長先生――。あの魔術師の仕業だと直感で理解した。確か、魔術師達は神秘の秘匿という掟を守るため、特定のエリアから人を追い出す「人払い」の暗示魔術を習得している筈だ。数日に渡り何度もあの規模の結界を用意できた程の人物なら、今更人払い程度など容易く大規模に行えてしまうだろう。
無意識下で影により魔術を相殺した俺は、意識を失うだけで何とか済んだようだ。
生体魔術に特化した才能を持つ魔術師。
昨日の本堂月乃の言った事が事実であるならば、奴の最終的な目的はヒトを遥かに超越した性能を有したホムンクルスを創り上げる事にある。
魔術連合とかいう組織に追われていた彼は、良質な「マナ」と呼ばれる魔力の源を辿ってここへたどり着いたという。彼の目的が彼自身の研究によって大成するというのなら、街の住人に手を出す必要も無くなった今はここまでの仕掛けを用意する必要も意味も無い筈だ。
街の住人は今も夢へと堕とされたままで、奴の手に落ちた。
そしてこの街も、――外に出た途端に気付いたのだが――足元を底知れぬ魔力の塊が駆け巡っている。
「街の人も、街そのものも、全部人質だって言いたい訳だな…。」
ならば、もはや本堂との約束は守れそうにない。
おびき出されていると解っていても、四条智晴は進まねばなるまい。
気力は既に申し分ないくらいに戻っていた。
夜よりも暗い影をうねらせ、走り出す。
「――ハッ――――ハッ、ハァ――――――っ!!」
息を切らせて、ようやく判明した目的地へと到着した。
九抜山。背の低い山が連なる御船町周辺でも一際背が高く、広大な山だ。
そこそこの傾斜を持ったその登山道へと、息を整えてから潜入する。
もはやあの男のアジトと言っていいくらいに充満した死の気配を辿りながら、奴がどこかに構えていると本堂が(うっかり)話した魔術工房を探す。
魔術工房という物がどのようなものなのかは知らないが、目に付くような場所に堂々と構える代物でない事は確かだ。そしてこの九抜山には、江戸時代に金を採るために掘られたという坑道が存在する。普段は誰も立ち入らない様な場所で、かつそれなりの広さがあるとすればそこだ。
小さく坑道への入口が見えてきた。
刹那、死の気配がカタチを持って存在を顕す。
「クソ、やっぱりココで足止めか――――。」
息を殺し、襲撃へと備える。
敵はこちらへ気付かれる事を躊躇いもせず、足音を立てて歩いてくる。
足音が重なる。二人。
三人。
四人。
五人、六人。
七人八人九人十人。
十一人十二ニンジュウ三人10よにん――――――――――――――。
「嘘だろ…一体何人いやがるんだよ……!」
並んで歩いてくるホムンクルス達は皆似たような風貌と雰囲気を纏っており、やはり「ひとり」であるかのような統一性を持っている。しかし、現実的には圧倒的に不利となった。というか勝てる気がしない。
それでもやるしかない。覚悟を決めたと言い聞かせるために深呼吸をする。
「影質は深層、属性は黒。象るは――――――――――。」
「どうしたんです?いつまでも引っ込んでしまっていては、お顔を合わせられない。」
アダム。そう呼ばれていた少年の声だ。
「そうよ。全く、私達より生きてる人間のくせに失礼もいい所だわ。」
この声も、イヴと呼ばれていた少女の筈。
しかし、二人とも少々声が大人びて聞こえてくるのは何故か。
「ほぉら…ここです………よっと!!」
何をしたかは分からなかったが、咄嗟に坂の下へと飛び退く。
直後、壁にしていた大木が周辺を巻き込んで弾けて燃え上がった。
「みーーつけた。」
「ぐっ………。」
他のホムンクルス達から前へと躍り出ていた二人は、本当に成長していた。
子供のままであれば、と人間の尺度で見ていた自分の馬鹿を呪いたい。
「フフ…まさかこのまま一人でこの数を相手取って死ぬ気?」
「フフ…でも良いじゃない、ここで一旦逃げ帰ろうとして死ぬ気の方がつまらないわ。でしょ?」
「それもそうか。最終的にどうして死んでくれるのか、楽しみだな。」
「ええアダム。せっかく魂魄を分けてもらってまで、先生に作り替えて貰ったんですもの。楽しくこの人を殺してみたいわ。」
「楽しくかぁ…。なら順番は守るべきだろう。どっちから先にいく?」
「あなたからで良いわ、アダム。楽しく殺すなら、私は見るのも好きよ?」
「ありがとう、本当にいい子になったね、イヴ。」
仲睦まじい兄妹の会話のようだった。
その温かい言葉達は、優しい冷たい殺戮を包み込んで、
「じゃあ、殺すね?」
直ぐに、冷えきったものへと変わった。
「ぎゃああああああああああああぁぁぁあああああ!!」
断末魔が夜の森へ響き渡る。
こちらへ向けていた殺意を保ちつつ、何事かとアダムが背後を振り向く。
アダムとイヴを先頭にじりじりと得物を追い詰めていたホムンクルスの大軍は、皆口々に苦悶の声を上げながらのたうち回っている。
「貴様……一体何をした。」
「俺が象ったのは、『棘』だ。」
それは先頭の彼らへと築かれぬよう、また彼らの事実上の「先手」が来る前に仕込んだ先手。
各方向へ鋭く尖った棘の塊を影によって造り出し、それを規則正しく進んでくるホムンクルス達の足元へとまきびしの様にバラ撒いたのだ。
夜より暗く、気付けないまま足へ深々と刺さったそれは、体内を巡る魔力の脈へと直接干渉し、魔術の無効化作用を発現させていく。
少しでも魔術の行使を邪魔できればと思って本堂対策に用意していた物だが、その身体そのものが魔術による賜物であった彼らには、これはより強力に作用したようだ。
体内の組成が狂っていったホムンクルスから、次々と身体を崩壊させて斃れていく。
「ふぅん。やるね。」
「これでまた二対一だ。もう蛇を出そうが逃がさねぇぞ。」
「どうかな…?」
崩れ去ったホムンクルス達の奥から、更に多くの人影が迫ってきていた。
しかし、次いで出てきた彼らにはあの統一性が一切見られない。
それどころか――――――――。
「オイ、ちょっと待て。アレってまさか……嘘だろ!」
焦点の合わない目。貼り付けられた最期の表情。
無造作にくり抜かれた、内蔵があったであろう部位。
吊るされたマリオネットの様に向かってくるそれは―――――――生身の子供だ。
連れ去られていった子供達が、物言わぬ人形となってそこにはいた。
「お前ら……一体、何、考えてんだよ。」
「別に何も。彼らも僕らと同じになっただけ。ただ、それだけだ。」
パチン。と、アダムが指を高らかに鳴らした。
それが合図だったのか、
彼らは吊される事をやめ、飢えた魂喰らいの如き勢いで坂を降りてきた。
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