第15話 知りたいから
博物館を出ると、五月の夕方の空が広がっていた。
栗下刑事が隣に並んだ。
「さて、仲良く情報交換と行こうじゃないか」
「仲良くって……」
「かつ丼必要か?」
「取り調べでしょう、それ」
「いいや、実際の取り調べにかつ丼は出ねぇからな。だから取り調べじゃねえ。まあそれはおいといて、だ。単刀直入に聞くぜ、先生さんよ」
栗下刑事は鋭い目で私を見て、言った。
「どう見る、あんたは」
「どうって……」
私は思案した。
令和の世に生きる現代社会人、文明人としての意見。それとも、オカルトライターとしての意見。
警察が、どこまでそれを聞き入れるか。
まあ、別にいいか。
「単純に考えるなら、オシラサマの呪い」
「――はっ」
栗下刑事は鼻で笑った。だがその態度には、頭からの否定ではないものが混じっていた。
「呪いは、ある、と?」
「ありますよ」
私は言った。
「呪いというのは、ようするに言葉で相手を縛ることです。お前を呪っている、と対象に知らせ、思わせることで、何でもない些細な不幸を呪いのせいだと自滅させる。一般的な呪いのメカニズムはそういうものです」
「つまり、偶然を呪いというワードで結び付けているだけってことか」
「まともに合理的に考えるなら」
顔が曲がる症状の病気はありふれている。病理の名前が知られていない時代に、その症状を見て祟りだ呪いだと語り継ぐのはごく自然な話だ。
「今回のも……そうだと?」
「……」
私は黙った。
「言えよ。笑わねえから」
私は一呼吸おいて言った。
「オカルトライターをしてきた経験から言うと、心霊現象や怪異のほとんどは物理的な原因があるか、人間が仕組んだものです。だけど……ごくまれに、そうでない本物もある」
「……」
「遠野に関わっていた人間たちの顔が曲がって死んでいく。これを冷静に考えるなら、遠野の風土病に感染した、とかでしょうか。推理ミステリーの回答としては及第点です」
「だが、そうじゃねえ……ってのか」
「因果関係がはっきりしているんですよ」と私は言った。「遠野、オシラサマ、顔が曲がる。オシラガ様の話。まだ全ては明確じゃないけど、明らかに繋がっている」
「繋がっているなら」栗下刑事が言った。「それは人為的なもので、神の手ではないってことじゃねえのか」
「いいえ」
口を挟んできたのは、桐也だった。
「呪い、祟り、怪異ほど因果律が明確なものもないですよ。実在する怪異には必ず原因がある。原因があるなら、対処法もある」
「あんた……霊能者だったか」
「拝み屋です」
「……違いがよくわからんが。つまり本職から見て、今回のは」
栗下刑事の言葉に対して、桐也はまっすぐに言った。
「怪異です」
栗下刑事はしばらく黙っていた。
それから短く息を吐いた。
「……そうか」
否定しなかった。
笑いもしなかった。
◇
近くの食堂に入り、互いの情報を交換した。
私が話したこと。被害者たちの遠野との関わり。山村の人形。千葉徳蔵。桑の木。ヤママユ会という名前。
栗下刑事が話したこと。被害者全員のヤママユ会との接点。しかし証拠としては弱い、という上の判断。遠野での小野寺剛介の死。
「全員繋がってる」と栗下刑事は言った。「だが上はただの偶然だと言い張る。証拠がない」
「証拠を作りましょう」
桐也が言った。
証拠を作るって……それは捏造ということか?
「どうやって」
「ヤママユ会が、まゆの墓を暴いた可能性がある。墓地を無断で暴くのは墓地法違反だ。物的な証拠が取れれば動けるはずです」
栗下刑事は少し考えた。
「要するに別件逮捕で引っ張るってことか。それで動けるかどうかはわからんが……試す価値はある」
「もう一つ」
私は言った。
「明日、佐々木幸太郎という人物を訪ねるつもりです。佐々木健之助の孫です。何か知っているかもしれない」
「幸太郎か」
栗下刑事は少し顔をしかめた。
「俺も当たった。だが頑固な老人でな。何も話さなかった」
「私たちなら話してくれるかもしれません」
栗下刑事は弥子ちゃんを見た。弥子ちゃんは黙って前を向いていた。
「知り合いだったんだっけ」
「はい。遠野は狭いですから」
「広いと思うけどな」
遠野市の広さは825.97平方メートル。東京23区がすっぽり入る大きさである。
いやまあ、文脈からそういう話をしているわけではないというのはわかっているけど。
「……まあ、つてがあるなら試してみるに越したことはない。俺も一緒に行く」
栗下刑事はそう言った。
◇
食堂を出ると、香里が私の袖を引いた。
「先生、ちょっといいっすか」
彼女はスマートフォンの画面を見せてくる。博物館の入口で撮ってきた写真だ。
「博物館の入口にポスターが貼ってあったんですよ。ヤママユ会のイベント告知です。天蚕文化体験ワークショップ、参加費無料、地元食材の昼食付き。ちょうど明後日です」
私は画面を見た。確かにそういったポスターの画像がある。
「行くつもりか」
「行ってみたいな、と」
香里はいつもの軽い口調で言った。しかし目は真剣だった。
「NPOなのに妙に金回りが良さそうですし」
「NPOはそういうもんだ」
NPO法人は会社と違い、役員や株主へと利益を配分することは禁じられている。
これは非営利団体としての特質であり、つまりは逆を言えば……収入、助成金などを独り占めできるということだ。
無論、全てのNPOがそうだというつもりは全くない。しかしNPOの制度を隠れ蓑に金儲けをしている悪質な団体は、石を投げれば当たる程度にはごろごろしているのが現状だ。
私はため息を一つつく。
「危険だぞ」
「わかってます。表のイベントに参加するだけですよ。最初は」
最初は、という部分が引っかかった。
こいつ、絶対何かやらかす気だ、この迷惑系配信者め。
「香里」
「はい」
「無茶はするな」
「しませんよ~」
三秒後に言った。
「多分ね!」
私はため息をついた。
「……俺達も同行する。明日は佐々木幸太郎氏への取材、明後日はそのイベントだ」
「うっす」
そういうことになった。
その後、弥子ちゃんが話しかけて来る。
「私も同行します」
「ああ、お願いするよ。幸太郎氏については、知り合いである君がいた方が心強い」
「わかっています」
ややあって、私は聞いた。
「関係、聞いても?」
「やましい関係ではないです」
「別にそういうの聞いてるわけじゃないよ」
香里みたいなことを言い出した。
影響されてないといいんだが。
「……私の家と佐々木家は、昔から縁があり、お世話になっている、と母から聞きました。
古くは、佐々木家からの仕事の下請けをしていたそうです」
「仕事……というと」
「養蚕業の、ですね。蚕を飼い、その繭を納品する……だったと思います。養蚕業の衰退とともにやめたそうですけど」
「……佐々木家の関係者、か。こういうとあれだけど、よく無事だったな」
お話では、関係者は佐々木健之助を除いて悉く祟りにあい、潰れたという話だ。
弥子ちゃんの先祖もまた、健之助氏と同じく「例外」だったというのだろうか。
そして健之助氏が無事だったのは、おそらく「まゆ」に対して非道を行わなかったから、だろう。
となると、彼女の祖先もまた……。
「両親からは詳しく教わってなかったんです。いつか話すと言ったまま、亡くなってしまって」
「……それは。なんというか」
「いいんです」
弥子ちゃんは言った。
「幸い、生活に苦労はしていませんし。
それよりも、私は……知りたいんです。
私の知らない、私のルーツ……そんなものがうるなら、ですけど」
「ルーツ、か」
その言葉を私は反芻する。
「……怖くない?」
「……怖いです。少し」
「そうか。そうだよな」
私は言った。
ライターをしているからわかる。知るということは原動力だ。
だが、知ってしまうということが、諦観や無念の引き金になったり、時には破滅を呼ぶことすらある。
でも。
「……やはり、知りたいってのは止められないよな」
だから、私は今、この遠野にいる。
別段、ホラー小説の主人公のように、私自身が呪いに行き会い、余命いくばくもないから助かるために調べている――などではない。
知り合いが死んだ。それも特に交流があるわけでもない男が。だから調べている……いや、美辞麗句を除外していうなら、まさにただの好奇心。
知りたい。それだけが私のくだらない、情けない動機だ。
決して主人公になることはないだろう。
まだ、拝み屋として戦っている桐也や、自身のルーツに向き合おうとしている弥子ちゃんのほうがよほど主人公やヒロインである。
これは別に、自身を蔑み悲観しているわけではない。
そして――それでも。それだからこそ、やはり、私は――。
「止められないんだ」
たとえ、好奇心猫を殺す――この言葉通りだとしても。




