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「住まわせてやっている」と蔑む義父母へ。家政婦扱いの私が静かに『生活台帳』を開いた日  作者: jnkjnk


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第四話 決別と新しい定義

本家の伯父様たちを見送った後の玄関は、重苦しい沈黙に包まれていた。

怒りを露わにして帰っていった親戚たちの背中。最後に伯父様が吐き捨てた「自分たちの生活くらい、自分たちで責任を持ちなさい」という言葉が、まだ耳に残っているようだった。

義父の耕造と義母の悦子は、魂が抜けたように廊下に立ち尽くしている。義姉の真由美は、気まずそうに子供たちの手を引き、逃げるように帰ろうとしていた。


「じゃ、じゃあ私、もう帰るから……」

「待ってください、お義姉さん」


靴を履こうとした真由美の背中に、私は冷たく声をかけた。


「え、何よ。まだ何かあるの?」

「これから、今後の牧村家の話をします。お義姉さんも当事者の一人ですから、聞いていってください」

「はあ? 私は嫁に出た人間よ? 牧村家の家計なんて関係ないじゃない」

「関係大ありです。この家計を圧迫していた原因の三割は、お義姉さん一家の滞在費ですから。それに、お義父さんたちが生活できなくなれば、頼るのは当然、娘であるお義姉さんになります。その覚悟があるなら帰っていただいて構いませんが」


「生活できなくなる」という言葉に、真由美の顔が引きつった。

彼女は義父母の顔と私を交互に見比べ、観念したように靴を脱いだ。


再び、全員が散らかったままの座敷に戻る。

食べ残された豪華な料理。空になった酒瓶。それらが祭りの後の侘しさを演出していた。

私は上座に座る義父母の対面に、夫の亮介と並んで座った。


「さて……」


私が口を開こうとすると、ようやく我に返った義父が、震える声で怒鳴った。


「さて、じゃないぞ! 里美! お前、よくもあんな恥をかかせてくれたな! 親戚の前で家計の内情をばらすなんて、頭がおかしいんじゃないか!」

「そうよ! 私たちがどれだけ惨めな思いをしたか分かってるの!? 恩を仇で返すとはこのことよ!」


義母も金切り声を上げて追随する。

まだ分かっていないらしい。彼らはまだ、自分たちが被害者だと思っている。

私は呆れを通り越して、哀れみすら感じながら彼らを見つめた。


「恥をかいたのは、事実を隠して見栄を張っていたからでしょう。それに、恩とおっしゃいますが、先ほど数字で証明した通り、恩を受けていたのはお義父さんたちの方です」


私はテーブルの上に、新たな書類を二通置いた。

一つは、不動産賃貸契約書のコピー。もう一つは、緑色の離婚届だ。


「単刀直入に言います。私たちは、この家を出ます」


その言葉に、義母の動きが止まった。


「は……? 出るって、どこへ?」

「来月の一日から入居できるマンションを契約しました。駅の反対側です。引越し業者は来週の手配になっています」

「な、何勝手なこと決めてるのよ! 許さないわよ! 同居は長男の嫁の務めでしょ!」

「務めを果たすには、信頼関係が必要です。ですが、私に対する『家政婦扱い』『金銭的搾取』『人格否定』……これらが続く環境で、これ以上同居を続けることは不可能です」


私は冷静に告げた。

すると、義父が焦ったように身を乗り出した。


「ま、待て。早まるな。確かにワシらも言い過ぎたかもしれん。だがな、家族なんだから、水に流してやり直せばいいじゃないか。な? これからは少し手伝うから」

「少し、ですか?」


私は小首を傾げる。


「お義父さん。私がこの家を出れば、月々二十万円以上の生活費の補填がなくなります。さらに、掃除、洗濯、料理、すべての家事がお二人の肩にかかってきます。リフォームローンの残債はありませんが、固定資産税や修繕費はどうされますか? 年金だけで、この広い家を維持し、さらに真由美さん一家を接待する余裕がおありですか?」


数字を突きつけられ、義父が絶句する。

彼らが一番恐れているのは「息子夫婦がいなくなる寂しさ」ではない。「便利な財布と家政婦がいなくなる不便さ」なのだ。それが透けて見えるからこそ、私の心は微塵も揺らがない。


「そ、それは……亮介! お前からも何か言え! 親を見捨てるつもりか!」


矛先は夫に向けられた。

亮介はずっと膝の上で拳を握りしめていたが、名前を呼ばれて顔を上げた。その目は、今まで見たことがないほど真っ直ぐで、強かった。


「……見捨てるんじゃない。自立してもらうだけだよ」


亮介の声は静かだったが、部屋の空気を震わせるほどの重みがあった。


「俺も、甘えてた。父さんたちが元気なうちは、同居してれば安心だと思ってた。里美がうまくやってくれてるって、勝手に思い込んでた。でも、違ったんだ。俺たちは、里美の犠牲の上に胡座をかいてただけだった」

「な、何を言ってるんだ亮介……」

「俺は、里美と一緒に行く。これからは二人で生きていく。もし……」


亮介は言葉を切り、テーブルの上の緑色の紙――離婚届に視線を落とした。


「もし、俺がここに残れと言うなら、里美は俺と離婚するつもりだ。俺は、里美を失いたくない。だから、家を出る」


夫の口からはっきりとした「選択」が告げられた瞬間、義母が泣き崩れた。


「ひどい……ひどいわ亮介! あんたをここまで育てるのに、どれだけ苦労したと思ってるの! 女一人に入れ込んで、親を捨てるなんて!」

「育ててもらった恩はあるよ。だから、これからは別居して、適度な距離感で付き合っていきたいと思ってる。でも、同居は無理だ。母さんたちが里美にしたこと、俺は許せないし、俺自身も共犯だった。このままじゃ、俺たち夫婦が壊れるんだよ」


亮介の言葉は、義母の泣き落としにも揺らぐことはなかった。

昨夜の話し合いで、私は彼に告げていた。「あなたがもし、土壇場で親を選んだら、私は一人で出て行くし、離婚もします」と。

彼は一晩悩み抜き、そして今、妻を選んだのだ。


「そんな……嘘でしょ? ねえ、里美さん。あんたがそそのかしたんでしょ? うちの息子を返してよ!」


義母が私に掴みかかろうとするが、亮介がその腕を制した。


「やめろ母さん! 醜いぞ!」

「だって……だってこれじゃあ、生活が……」


本音が出た。

やはり、心配なのは生活なのだ。


ここで、傍観していた真由美が口を挟んだ。


「ちょっと亮介、あんた無責任よ! お父さんたちの面倒は誰が見るのよ! 長男でしょ!」

「じゃあ姉ちゃんが見るか?」


亮介が鋭く切り返すと、真由美は「えっ」と怯んだ。


「姉ちゃん、毎週来てただろ? ご飯食べて、風呂入って、子供の面倒見させて。あの快適な実家ライフは、全部里美が金出して、体動かして維持してたんだ。俺たちがいなくなったら、今度は姉ちゃんがその費用と労力を負担する番だろ?」

「な、何言ってんのよ。私は嫁に出てるし、自分の家庭があるし……」

「俺たちだって家庭があるんだよ!」


亮介の怒鳴り声に、真由美は黙り込んだ。

そう、誰も火の粉を被りたくないのだ。誰もが「誰かがやってくれる」と甘えていたツケが、今ここに回ってきている。


私はため息をつき、淡々と事務的な説明を始めた。


「引越しは来週の土曜日です。それまでに私たちの荷物はすべて運び出します。家具家電についても、私が独身時代に買ったものと、結婚後に私が購入したものはすべて持って行きます。具体的には、冷蔵庫、洗濯機、リビングのテレビ、電子レンジ、掃除機などです」

「はあ!? 待ってよ! 全部なくなるじゃない!」


義母が悲鳴を上げる。

この家にある新しい家電のほとんどは、私が買い替えたものだ。古いものを騙し騙し使っていた義実家に、最新の家電を入れたのは私だった。


「古い冷蔵庫と洗濯機は、物置に残っていますよね? それをお使いください。それから、光熱費の引き落とし口座も解約手続きを済ませました。来月からは請求書が届きますので、コンビニなどでご自分でお支払いください」


次々と告げられる「現実」に、義父母は顔面蒼白になっている。

彼らにとって、魔法のように自動的に満たされていた冷蔵庫、常に快適な温度に保たれていた部屋、支払いの督促が来ない郵便受け……それらが当たり前ではなかったことを、これから骨の髄まで思い知ることになる。


「里美さん……頼む。考え直してくれんか」


義父が、プライドをかなぐり捨ててテーブルに手をついた。


「ワシが悪かった。謝る。家事も手伝う。金も……まあ、年金から少しは出す。だから、行かないでくれ。この歳で、自分たちだけでやるなんて無理だ」

「無理ではありませんよ。世の中の高齢者は、皆さんそうやって生活されています」


私は冷たく突き放した。


「それに、お義父さん。先ほどおっしゃいましたよね。『住まわせてやっている』と。その言葉通り、私たちは出て行くだけです。感謝の気持ちを込めて、お返ししますよ。お二人だけの、静かで自由なお城を」


皮肉たっぷりに言うと、義父はぐうの音も出ずに俯いた。


最後に、私は立ち上がり、義父母と義姉を見渡した。

かつて私を威圧し、見下していた人たちが、今はこんなにも小さく、頼りなく見える。

私が彼らに抱いていた恐怖心やストレスは、彼らが作り出した虚像に対するものだったのだ。事実という光を当てれば、彼らはただの、生活能力のない老人と、依存心の強い中年女性でしかなかった。


「お義父さん、お義母さん」


私は一番言いたかった言葉を、最後に贈ることにした。

かつて彼らが私に投げつけた、「助けてやってる」「感謝しろ」という言葉への、最高のアンサーを。


「ずっと勘違いされていたようですけど……私たちは、お義父さんたちに助けてもらってたんじゃなく、『支え合って』たんですよ。いえ、もっと正確に言えば、私が一方的に支えていたんです」


私は優しく微笑んだ。聖母のような慈愛ではなく、引導を渡す裁判官のような微笑みで。


「でも、もうその必要もありませんね。これからは、どうぞご自分たちの足で立ってください。それが『人間らしい生活』というものですから」


言い残すことはもうない。

私は「行こう、亮介さん」と夫を促した。

亮介は一度だけ両親を振り返り、「……元気で」と短く告げると、私の後を追って部屋を出た。

背後から、義母の泣き叫ぶ声と、義父の怒号とも嘆きともつかない唸り声が聞こえてきたが、私は一度も振り返らなかった。

廊下を歩く足取りは、羽が生えたように軽かった。


***


それから一週間後。

引越しは滞りなく完了した。

トラックに積み込まれていく家財道具を見送りながら、私は空っぽになった自分たちの部屋を見渡した。

二年間、ここで泣き、耐え、そして戦った。

苦しい記憶ばかりの場所だけれど、ここで得た教訓もある。「理不尽には黙って耐えるな」「記録は最大の武器になる」。それを学べたことだけは、感謝してもいいかもしれない。


「里美、終わったよ」


玄関で亮介が呼んでいる。

私は「はい」と答え、鍵を置いた。

義父母は自室に籠ったまま出てこない。最後の挨拶など不要だということだろう。それでいい。未練がましく見送られるより、よほど清々しい。


新居は、駅から徒歩十分の2LDKのマンションだ。

日当たりが良く、風通しのいい角部屋。

何より素晴らしいのは、ここにある空気のすべてが「自分たちのもの」だということだ。


引越しの荷解きがひと段落した夕暮れ時。

私はベランダに出て、缶ビールを開けた。亮介も隣に来て、自分の分を開ける。


「乾杯」

「乾杯。……お疲れ様、里美」


カシュッという軽快な音がして、冷たい液体が喉を潤す。

美味しい。

義実家で飲んだどんな高い酒よりも、この数百円のビールの方が何倍も美味しかった。


「そういえば、姉ちゃんから連絡があったよ」


亮介が苦笑いしながらスマホの画面を見せてきた。

そこには、悲痛なメッセージが並んでいた。

『お母さんが家事できないって泣いてる』

『冷蔵庫の中身がない、買い物行ってきてって言われたけど、私だってお金ないのに』

『お父さんが電気つけっぱなしにするから注意したら逆ギレされた』

『ねえ亮介、あんたたち少し仕送りできないの?』


予想通りの展開に、私は思わず吹き出してしまった。


「ふふっ、早いですね。まだ一週間も経っていないのに」

「まあ、自業自得だよな。俺は『自分たちでなんとかしろ』って返しておいた。着信拒否もしたし」


亮介は吹っ切れたような顔をしている。

彼もまた、あの家という呪縛から解放されたのだ。


「これからは、二人で頑張ろうな。俺も家事、一から覚えるから。里美にばかり負担かけないようにする」

「期待してますよ。まずは、お風呂掃除からお願いしますね」

「了解。……本当に、ごめんな。そして、ありがとう」


亮介が私の肩を抱き寄せる。

私はその温もりを感じながら、茜色に染まる空を見上げた。


義実家はこれから、ゆっくりと、しかし確実に崩壊していくだろう。

金銭的な余裕がなくなり、家は荒れ、互いに責任を押し付け合って罵り合う日々が待っている。

かつて私に向けられていた悪意は、逃げ場を失って彼ら自身を蝕む毒になるのだ。

それが彼らの選んだ道であり、彼らが積み重ねてきた業の結果だ。


けれど、それはもう、遠い世界の出来事だ。

私には関係のない話。


「さて、今日の夕飯は何にしましょうか。スーパーで安売りのお肉でも買って、二人で焼肉でもします?」

「いいね! 安い肉でも、二人で食べればご馳走だよ」


私たちは顔を見合わせて笑い合った。

風が吹いた。

新しい生活の始まりを告げる、優しくて力強い風だった。

私の『生活台帳』の新しいページには、これからは「幸福」と「自由」という項目だけが積み重なっていくことだろう。

私は空になったビールの缶を高く掲げ、見えない誰かに勝利宣言をした。

さようなら、私の地獄。

こんにちは、私の人生。

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