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寝台の上に起き上がり、ネロは図鑑を見ているアンを呼ぶ。

「ん~?」

「お前、隠れとけ」

「どうして?」

「なんか来る…すっごいのが来る…ママが連れてきちゃってるんだ、きっと」


ぞーっとしながら二の腕に立つ鳥肌をさすり、寝間着を脱ぎ捨てなるべく動きやすい服装にした。古く軋む階段を降り、一階の玄関の前で仁王立ちをすると心の奥で尻込みする黒いのに呼びかける。アンがペタペタ一緒に付いてきてしまったが、構っていられなかった。


怖がるなよ。お前の威嚇で追い返すんだよ。ママを護れるのは僕たちしかいないんだから。


だけど黒いのは本能的にこれからやってくる恐怖に縮こまって出てきてくれない。どんどん近づいてきているというのに!

「だめだ、だめだよ!そんなんじゃ勝てなくなる!」

「あ~…レンには勝てないよ?というかネロは多分まだ僕にも勝てないよ?」

横から呑気な声が聞こえてくる。ネロは半泣きの顔で叫んだ。

「アン!?」

「レンは僕のパパ。今から来るよ」

「は?パパ?お前の父親が来るのか?あのすっごいの?」

「そうだよぉ。でもお前のパパでもある」

「へ!?」

「魔はひとつだ」

「ま? マって何?」

「………ごめんね、ネロ。僕は、レンにケイティをあげたいんだ」


ネロがアンの言葉に目を見開いた時、玄関のドアが開いた。


ごーーーーーーーーーーーっ


という激しい音と共に風が吹いて、きゃっ、と声を上げたケイティが髪を抑えて目を瞑る。

その隙にレンブラントが家の中に入り込み、呆気にとられるネロには目もくれず二階に逃げ込んでいくアンを追いかけて階段を上って行った。


「ただいま、ネロ」

「…おかえりなさい」

「今、急にすごい風が吹いてびっくりしちゃった。今日は下にいたの?凄いじゃない。元気ね」

嬉しそうな母に気もそぞろに頷いて、盛大な音を立てている二階に目をやるがケイティには音すら届いてはいない。

「すぐ夕食の用意をするわ。少し待っていてね」

「う、うん。ちょっと、部屋にあるスケッチブックを取ってくるね」


疲れた顔の母が台所に向かうのを見送って、ネロは恐る恐るドタバタと音がする二階へ向かった。


「アン!!」

「い~や~だ~っ」

「何が嫌なんだ、何にそんな焦って悲しんでる?菓子なら買ってやる」

「違うよ、そんなちっちゃな話じゃない、菓子なんて要らない!」

「じゃあ、なんで出て行った!?」

「離してよ!離してくれたら言う!でも帰らないけど」

「じゃあ引きずってでも連れて帰るだけだ、馬鹿もの」


「あの」


小さなアンの首を床に手で縫い付けて額に指を突っ込んでいるレンブラントが、ネロの声にハッとして顔を上げた。


「アンに、酷いことしないで」

「……お前…」


ネロを見て身体の力が抜けていくレンブラントの手から、アンが這い出した。そのままネロの所まで駆けていく。小さな身体を抱き留めてギュッと腕の中で囲い込むと、嬉しそうに目を細めた。

「アン…何考えてる?こいつは…まるで俺じゃないか…」

「そう。レンにそっくり!だからネロ大好き」

うっとりして擦り付けてくる丸い頬は可愛いが、困惑しかないネロは何から聞いていいのかわからない。このボサボサのおじさんと自分が似ている?そうかな?


「お前、ネロと言うのか」

「そうだけど」

「じゃあ、ネロ。お前身体がひどいぞ」

「え?」

ネロは見下ろして自分を点検するが、怪我も汚れも別にない。

「違う。中身だ…その内側の奴が悪さをしてる。調整できてない」

「調整?」


しばらくレンブラントがネロの身体を透かすような目で見て、何度か頷き、手招きをした。

「横になれ」

ベッドを指差してネロを促す。

「しんどいだろう。鳩尾の辺りが冷えて重たくないか。熱とか、何も食べられなかったり」

その言葉に驚いた顔をすると、それを失くす調整をしてやるから横になれ、と言われる。

「おじさん、僕の病気が治せるの?」

「おじさん言うな。お前のソレは病気じゃない。身体の中で魔が勝ちすぎて人の身に限界が来てるんだ」

「また、マ」

「魔力だな。お前は俺と同じ。人の身体を持ってはいるが魔物でもある。多分めぐり合わせで誰かの介入がなかったものは大抵死ぬように出来てるんだな。今わかった。お前は俺に出会った。だから俺がしてもらったように、お前を助ける」

「僕が魔物だって!?」

「そうだよぉ!だから僕とネロは兄弟!!親子でもいいけど。ネロ坊や!」

嬉しそうにニタリと笑むアンがネロをベッドへと導く。


コロンと横になったネロの腹の中に、とぷんとレンブラントは手を突っ込んだ。遠くを見るように腹を見て、ブツブツ何かを唱え始める。

じわ、とネロの身体が温かくなってきた。



しばらく心地いい熱が身体を駆け巡った後で、階下からケイティが呼ぶ声が聞こえてくる。ネロは目を開けた。

「レン、ネロのママが来る」

アンが膝をついたレンの背中に抱き着いて、焦れたケイティが上がってくるのを知らせる。

「まだ駄目だ…途中ではやめられん」

それだけ言って、レンブラントはまた遠くを見る。額には汗が浮き、眉間にはずっと皺が寄っている。


ネロとアンは顔を見合わせる。ケイティがドアを開けた。

「ネロ?何して…」

「ママ、ママ聞いて」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


盛大な声がネロの小さな部屋に響き渡る。

幸いこの辺りにはケイティ家しかないので事件にはならないが、それは鼓膜を突き抜けるような叫び声。

それもそのはず、居るはずのない夕方に別れた子供を探す金のない変な男が家に上がり込んでいて、しかも今その男が大事な大事な大事な息子の腹の中へ手を。


手を!?


ケイティが何度も瞬きする。

「ちょっと待って!?一体なに!?その手はどうなっているの、何をしているの!?どうして血が出ないのかわけわかんないけど、この子は大きな病気があるの!!そんなことして大変なことになったら」

「ママ、聞いて」

「ネロ!!痛くないの!?」

「うん、全然痛くないよ。すごくいい気持ち。すごいよ、どんどん身体の不快さがなくなってくんだ」


上がり込んでいる男が腹を見ながらブツブツブツブツ延々と何かを唱えている。怪しくて怪しくて仕方ないがケイティは得体の知れない恐怖に身体が動かない。動いて男を倒してネロの腹から血が噴き出てきたらどうしよう、とか男の気が変わって腹の中がぐちゃぐちゃにかき回されたらどうしようとかそんな類の想像が一瞬で何百と浮かび上がってくる。


「ママ、大丈夫だよ」

「大丈夫って…大丈夫なのかなんてわからないじゃない」

「この人が僕の身体を整えてくれるんだって。僕、病気じゃなかったんだって」

ケイティは息子の意味不明な言葉に目を丸くする。

「病気じゃなかったらなんなのよ!?」

新手の新興宗教か何かだろうか?だけどこんなボロ家に来ても旨味なんてない。

だがそこで男が口を開いた。

「ネロ、もう黙って眠れ。その方が早く終わるし、背が伸びる」

「えっ、背が伸びるの!?」

「ああ。身体の本来あるべき分も元に戻す」

「わかった!!おじさん、おじさん本当にありがとう!!」

「おじさん…言うな…」


レンブラントの顔から汗が滴り落ちる。


ケイティは現実味のない光景に言うべき言葉が見つからない。

だけどネロは安心しきったように目を瞑って男に身体を預け、男は簡単ではない様子で苦しみながらずっと何かをしている…してくれている?…そういうことなのだろうか…


しばらく二人の様子を難しい顔で見守ってから、ベッドのそばに椅子を移動して、灯りの下で気持ちよさそうな顔をして眠り始めた息子を見つめる。

男は変わらず呟き続け、じっと膝立ちでベッドの側から腹の中に手を入れている。苦しそうな顔と流れる汗は、悪行を働いているようには見えない。


ケイティは迷った末、下に降りてタオルと冷たい水を入れた桶を手にまた戻り、レンブラントの横に膝をついた。冷たくしたタオルを絞り、汗を拭ってやる。

レンブラントは焦点の合わぬ目線でされるがまま、ケイティは母親の手つきで顔にかかる長いボサボサの髪を後ろへやり、額に流れる汗も拭く。トントン、と肩を叩かれて目の前に髪結いの紐を見せられ、ついでに後ろに回り、レンブラントの髪を一つにしばった。これで首元もいくぶんか涼しくなるだろう。


また椅子に戻り、ネロの寝顔を見続ける。




そうして夜が更け、朝陽が射す頃、レンブラントが腹からようやく手を抜く。

「……はー…」

思ったより時間がかかった。どのようにすればいいのかは身体を視ればわかったが、実際やってみると最初から上手くは行かなかった。自分を助けてくれたあの魔術師も余程の腕だったのだと感心する。

ゴシゴシと顔を手のひらでこすり、顔を上げた。


スヤスヤ眠る顔色の良いネロと、その傍らで椅子に腰かけて眠るケイティ。その膝上でぺたりと身体に引っ付き眠るアン。

いいなぁ、アン…


ぼんやりそう思いながら、レンブラントはゴロリと床に横になり、スイッチが切れたように瞼を閉じた。


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