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イグリアスには毎日一回、きらきらが降ってくる。
決まった時間じゃないし、土地によっても時間が変わる。
きらきらを見るだけで楽しい気持ちになる時も有るし、お腹が空いていれば食べると甘い味がした。たまには激辛を希望すれば、目ん玉が飛び出るほど辛い味になって笑い出すことも出来る。
きらきらは触れると胸がギュッとなる。切なくて嬉しくて、大事な人の手を握りたくなる。つい笑っちゃって、毎日毎日辛くても、無条件の小さな幸せは人々の心の支えになった。
「母さん、今日は冷えるよ」
窓の外を眺める老いた母にブランケットを掛けなおし、ネロはベッドの端に座って小さくなった肩を抱く。
「もうすぐ食事が出来る。今日はソフィアが得意な白ワインのシチューだ。母さんも好きだろ?」
ケイティが嬉しそうに頷いて、可愛い孫娘が作ってくれたシチューを思い出す。前回もとても美味しかった。
「…ごめんなさい、ネロ。ちょっと眠たいの…起きたら食べるわ…」
「そうか、わかったよ。じゃあ横になる?…はい、うん…少し灯りを落としてしておくね」
母の部屋を出て、ネロは古城の一階へと降りる。
巨大な厨房には妻のオリビアとソフィアが話をしながらサラダにする葉っぱを剝いている所だった。
「どう?お母さま」
「眠たいって。起きたら食べるって言ってたから、先に食べようか」
「そうなの!?ばぁばの大好きなシチュー作ったのに」
「最近よく眠るわね。大丈夫かしら」
「大丈夫だよ。楽しみにしてたんだ、ソフィアが運んであげればいい」
「そうね!そうするわ」
快活な長女は納得したように言って、手際よくトマトを切る。
ネロは無事に進学を続け、十歳までのブランクを物ともせず経済学者になった。大学で出会ったオリビアと恋に落ち、結婚して四人の子を儲けた。オリビアには自分自身のことをカミングアウトして、アイデンを見せた時には失神していたものの、口説き落として今に至る。今となってはネロよりアイデンに運びものを頼む等、非常に順応性の高い妻である。自分だけ齢を取らないのはずるいと怒り、ネロの外見は実体より少しずつ年齢を重ねた姿に見せてある。
三人の子供たちは皆巣立ち、あとは二十歳のソフィアが大学を卒業して独り立ちするのを待つのみ。内緒だが、四人共に魔力が宿った…本当に内緒。大きな城なので、いつまでいてくれてもいいのに、いかんせん場所が不便だったので子供達は嫌がって出て行った。これだけは未だに友に文句を言う。お前の祖先のせいだぞ!と。知るかとコルネリウスは笑うのだが。子供らはしょっちゅう遊びに帰ってきてくれるので、まぁ良しとするしかない。
三人での夕食を終え、ネロは自室で学生達の論文を読む。
イグリアスはデモの日から半年後に三州が独立し、さらに三年後には六つの州が独立を果たした。マウリッツはレンブラントの言葉通り、デモの日から三か月後にガリガリに痩せた姿を現して民衆を驚かせ、全ての不平等条約を撤廃すると宣言した。
誰かの犠牲の上に立つ幸せを求めるのではなく、誰かに幸せを分けられる国になる。
そう言って深く頭を下げて、全ての税率を元に戻し、国中が大混乱に陥った。王家は売れる物を全て売り、土地の権利さえ外国に売った。もうデモは起こらなかった。その頃にはきらきらが降っていたから、みんなレンブラントの言葉も信じていた。レンブラントの言葉を直接聞かなかった者達へも口伝いに広められていたから。
納得して、貧しさを受け入れた。
すごく大変だった日もあったけれど、そういう時は空のきらきらが慰めた。必死で空を見つめる人がいれば、誰かが気付いて手を伸ばすようになった。
三十年、四十年…きらきらは降り続く。
たった一人を除いて、皆が空を見ては笑顔になり、また頑張る、の繰り返し。
既に混乱期を終え、国は十分に持ち直している。
「ネロ、そろそろ貯まるよ。それと、コルネリウスから手紙が届いてる」
読み終えた論文を机のファイルに挟み、アイデンの言葉に地下へと向かう。途中、ひとさし指を振って郵便受けに入った王の封蝋が押された手紙を手にする。
レンブラントは古城をネロに譲り渡した。
ちょうど実父との闘いで、あの家は殆どが焼け崩れてしまったから住む場所もなかったのだ。広すぎる城でケイティとネロはよく探検をした。
城の地下には、開いた口がそのまま地面まで落ちてしまうくらいの莫大な金銀財宝が眠っていた。どこが一文無し?と母が笑って言っていた。きっとレンブラントさんは換金の方法を知らなかったんだわ。教えてあげれば良かった!
地下で眠る彼のことを語る時、母は一番優しい顔になる。サムを始め、数人の男と食事に行ったりはしたようだったけれど、結局誰とも結婚しなかった。なぁ、父さん。今頃したり顔をしているんじゃないか。
埃をかぶった財宝を横目に歩き、巨大な装置が静かに動く部屋へと進む。
「お、もうすぐ…満杯だな」
銀色のカプセルが十、時計のように円を描いてセットされた馬鹿みたいに大きな装置。中心には透明な筒があり、高く高く天井を突き破って城の屋根まで続いている。筒に入ったきらきらが満杯になったら、その度に『ぴゅ~ん』とか『はっしゃ!』とかふざけたアン(の他にもいる兄弟達かもしれない)の声が聞こえて筒が空っぽになる。飛んで行ったキラキラはどこかで降ってゆく。
キラキラの原料は空気中にある水と、どうも砂糖らしき粒である。たまになぜか唐辛子が入っている。触ると無くなる加工済。
のんびりカプセルを見つめた後、ネロは机に寄りかかって手紙を開けた。
マウリッツの第二子であるコルネリウスは父親が変貌した様子に衝撃を受け、素直に帰ってきた馬鹿者である。ネロが経済学賞を取った時から王城に招くようになり、共に国の再建に奔走し、親友になった。彼にもカミングアウトはしていて、アレクシスの手記と同じだと大笑いされた。だけど晩年のマウリッツに対し、施された飢餓の術を解いてやった時は涙を流して感謝されたものである。親子して案外いい奴だった。
手紙を開いて読みかけようとした時、すぐそばで音がした。
****
真っ暗になった窓の外。あと数時間で今日が終わる。まだきらきらは見ていない。待ってはいないのに、恋しくて外を眺めてしまう。
ベッドの中でグレイの瞳を開けて、ケイティは少し苦しい心臓を宥める。
すごく良い人生だった。
ネロと共に生き、途中からあの不思議で美しい人に守られるように、びっくりするほど豊かな人生になった。
二つある一部分の記憶。
一つは彼にさよならも言えず、その後に死の際まで行った自分。見覚えのある革のサンダルが視界に入ったところまではぼんやりと記憶にある。
もう一つは告白も別れも伝えた後で、彼の魂を流し込まれた自分。
どちらも意識を失い、その次に目を覚ましたらこの城に居て、空にはきらきらが降っていた。
そこからの今日までの日々は短く、長かった。
流し込まれた魂は、ケイティにレンブラントの記憶を渡した。彼が生まれてから魂を流し込むまでの全ての記憶に、ケイティはしばらく泣き続けた。
もっと彼を抱きしめてあげれば良かった。
国中でたった一人、ケイティだけがきらきらを見るたびに悲しくなった。
だけど泣きながらきらきらを眺めて口に入れて、どのカプセルなのかわからないレンブラントを毎日抱きしめに行き、元気になっては働いた。帳簿も付けられるようになって、色んなお店の経営を手伝えるくらいになった。ネロが無事進学して大学にまで行き、学者になって結婚をして、お嫁さんと仲良くなり、遂には沢山の孫の顔まで見れた。
たまにカレーを作って、皆にふるまった。
皆あの人のカレーが大好きだった。
アイデンともすっかり仲良くなって、一緒に眠れるようにまでなった。イーサンとも今なら仲良くできると思う。
アイデンはネロ自身…黒い大きな犬のイーサンも、彼自身なのだ。
胸を膨らませて、息をゆっくりと吐く。
苦しいな。いつもより苦しいわ。
この感じは、覚えがあった。あの時は何を考えたのだっけ?
そう、確か残していくネロを。
「俺に頼んだんだよ、ケイティ」
グレイの瞳が瞬いて、苦しかった呼吸も忘れたかのように息を止めた。
「迎えにきた」
あの頃と寸分違わぬ美しい魔物が、ベッドに腰かけケイティに微笑んでいる。
「もうすぐ君の生が終わる…最後に君を僕にくれる?」
「レンブラント…レンブラントさん!」
か細く弱々しい腕が伸ばされて、ケイティがレンブラントを包んだ。
あー、やっと、抱きしめてあげられる!
「もっと、もっと力いっぱい抱きしめてあげたかったのに。私ったらすっかりおばあちゃんになって」
「ふむ」
ぱちん!
懐かしい音がして、老婆は二十六歳のケイティになった。
「わぁ」
「さぁこれで、抱きしめ放題!」
ふたりは満面の笑みで隙間なくくっ付いた。
「一緒にカプセルに入ってくれる?中で…ずーっと二人で、永遠に」
「早く食べてください!」
「ちょっと待った~!!!!!」
突然大きな声がして、ネロとアイデンが部屋に乱入してくる。
「空気の読めない奴だな、息子よ」
「もう良いんだ、父さん!」
「あっ!ケイティだよぉぉぉ」
「アン!…あれ、違う?どれがアンかしら」
わらわらとネロの後ろから小さな式魔が転がり出てくる。一目散にベッドによじ登ったアンがケイティに抱き着いた。
「僕が、アン!!」
「なんだぁ?ネロが出したのか。なんでこいつらまで出した」
レンブラントが他にもよじ登ってくるチルやパンチを順番こに抱いてベッドに上げてやり、訝し気にネロを見た。
「コルネリウスから手紙が来たんだ、今日。正式に通知が…もうレンブラント公爵を自由にしてくれと」
「なぬ」
眉間に皺を寄せて、ついでにまたケイティを抱き寄せたレンブラントに向かってネロがたたみかける。
「コルネリウスはイグリアスの現国王だ。その彼が議会に持ち掛けて、装置を止める依頼を俺にしてきた。あなたの功績を称え、感謝をすると。もうイグリアスは大丈夫だ…強くなったんだ!だからどうかレンブラント」
「もうあなたはあなたの人生を、幸せを生きてよ」
「俺の」
降ってわいた話に、レンブラントは目を瞬かせる。
え~っと…
「じゃあ虫捕り行こ~!」
「サムはおかしたべたい!」
「ハチ、ハイとソフィア見に行こ?」
「僕も見に行くぅ!!」
「おいおい、ソフィアが驚くよ、ちょっと待って。アン!一緒に行くから!」
一目散に散らばっていく子達を慌てて追いかけ、ネロが廊下を走って行く。
「すごく賑やか!ふふふ」
「あいつらは一瞬もジッとしないから、カプセルに入れとく方が楽なんだが」
「でも私、もう知っています」
「なにを?」
「あの子たちは全員、あなた…あなたが出来なかったことを代わりにしてる。遊んだり、伝えたり拗ねたり我儘言ったり…そうでしょう?」
「ばれたか」
いたずらが見つかったような顔でレンブラントが言って、ケイティが笑顔を見せる。
レンブラントが素早く大好きな可愛い笑顔に口付けた。
「…そんなんじゃ足りません。カプセルには?私を食べてくれないんですか?」
「んぁ~…食べる理由がなくなった!」
「そんなぁ」
「でもまぁ、城で面白おかしく暮らすのも良い。永遠に」
「…永遠に?」
「そう、ず~っと」
それから古城には、より一層の賑やかな声が溢れるようになった。
めでたしめでたし。
最後までお読みいただきありがとうございました。
普段はムーンの方で書いております。
こっちよりの話になったのでこっちに投稿してみました。
またお会いする機会があればどうぞよろしくお願いいたします。




