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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
第1章

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おおきに

ヌゥとヒズミの2人は、船のある海岸へと辿り着いた。船体は半分しかなく、激しく損傷している。それでも何か荷物が残っているかもしれないと思い、2人は船に近づいた。すると、何人もの先住民たちが船に乗り込み、荷物を漁っているのが見えた。


「ひぃ! めっさおるやん!」

「取り返してくる」

「何言うてんねん! やめとき! 何人おると思てんの!」


ヒズミの言葉を聞かず、ヌゥは彼の手を離し、船に向かって駆け出した。


(うわ! ほんまに行った! まじ知らんで…)


ヒズミは口に手を当ててハラハラしながら、隠れ身の術で姿を隠したまま、ヌゥの動向を見守った。


ヌゥを見つけた先住民たちは、声を荒げた。


「あん?! 誰だてめえ」

「異国人か?!」

「へへっ! 生きてやがったか! 戻ってくるとは馬鹿な野郎だ! ど〜れ、死体稼ぎと行くか!」


20人ほどの先住民が、殺気だったようにヌゥを睨みつけた。皆、様々な武器を所持している。まだ真新しい剣や斧を掲げ、ヌゥに襲いかかってきた。


ヌゥもまた、敵に向かって駆け出した。


(早い?!)


男が驚くのもつかの間、ヌゥは1番近くにいた男の顔面に蹴りを食らわせた。男は勢いよく飛んでいき、後ろにいた3人にぶつかり、まとめてノックアウトした。


(こいつら、弱い)


ヌゥは武器を使うまでもなく、次々と男たちを蹴散らしていく。サバイバルゲームで多少戦闘に慣れているとはいえ、その動きはヌゥには止まって見える。誰1人、彼の敵ではない。あっという間に最後の1人になってしまった。


「君で最後かな?」

「ひぃ!」


最後の男は怯えてしまって抵抗すらできない。ゆっくりと後退っていく。


「そ〜れ」


ヌゥは一瞬で男の目前までやってきたかと思うと、デコピンを食らわせた。数メートル後方までとばされた後、男は気を失った。


「な、何やあの強さは…」


ヌゥの戦闘を見るのはヒズミは初めてだった。人間離れしたスピードと攻撃力に目を見張るばかりであった。敵の姿がなくなったことを確認し、術を解いて姿を現すと、船に駆け寄った。


(やばい奴とは聞いていたけど…本物や……。ほんまに強いぞ、この子…)


そして彼が仲間であって良かったと、心底思うばかりだ。


(こんなん敵にしたらと思うと、ゾッとするわ!)


「ヒーズミっ!」

「ぎゃはあ!!」


ヌゥに声をかけられ、ヒズミはいつものように驚きで飛び上がった。


「荷物取り返したよ」


ヌゥはニコニコ笑いながら、運良く無事だった食料たちを抱きかかえている。ヌゥはその中から袋詰にされた菓子パンを取り出し、ヒズミに渡した。


「そら、おおきに…」


ヒズミがそう言うと、ヌゥは何だか首を傾げていた。


(な、何やの……)


ヒズミは不審に思いながら、数個入った菓子パンのうちの1つをかじりながら、ヌゥを横目で見つめた。ヌゥはこちらを見ているままだ。


(食べづらいわ!)


「ヒズミ、機嫌治った?」

「え?」

「他にもあるよ! 何食べたい?」

「いや、とりあえずこれでええよ。大事にとっとかな」

「ああ、そう」

「ていうか、あんたも食べたら?」


ヒズミは持っていた袋をヌゥに差し出す。ヌゥは目をキラキラさせたようにヒズミを見つめた。


「いいの? ありがとう!!」


満面の笑みでお礼を言った後、袋から菓子パンを取り出し、一口で頬張った。


(お礼言うのはこっちなんやけどな…)


何か調子狂うわ…。


「他にも何かないか探してくるね」

「え? ほなわいも…」

「いいから! 俺に任せて! ヒズミはそれ食べて休憩してて」


ヌゥはそう言って、軽い足取りで船体に上ると、中の捜索に向かった。


(休憩せなあかんのはあんたやろ……)


何や、恩着せがましい奴やな…

普通にええ子なだけか…?


そんなわけあらへんか…

この子は最年少殺人鬼…


怒ると誰かを傷つけずにはいられなくなる、呪いがかかってる……


(呪い……とか言われてもなあ……)


最悪最強の殺人鬼。その肩書きさえなければ、明るくて強くて素直ないい子やと思う。子供みたいにはしゃいで、いつも笑顔でいて、何の悩みもなさそうな、幸せな子。


呪いはこの子の意思ではないと、ジーマさんたちが言うてた。怒りの感情が彼に、その意思にはない攻撃をさせるのだと。


(怒ったら呪いが発動するて、一体どの程度の怒りやねん。怒らん奴なんておらんやろ、ちょっとイラっとしたら、もう相手刺してもうたりするんか?)


いやぁ、やっぱりやばい奴やて。アグとかいう、一緒に来た仲間のことも、ボコボコにしとったやんか。理性の効かんイカれ囚人。うん、やっぱりそうなんやって…。


「ヒズミ! 着替えが少しあったよ! あと1つだけだけど、毛布も!」

「ひっ! そ、そら凄いわ…。おおきに」


ヒズミがそう言うと、再びヌゥは首をひねるような表情を見せた。ヒズミは顔を引きつらせた。常時びくついている心臓が更に大きく高鳴る。


(な、何かわい、やらかした…?)


「あのさ」

「な、何や…?」

「おおきにって、何?」

「へ?」


ヒズミは拍子抜けしたような声を出した。しかしヌゥは真剣な表情である。


「ありがとうって意味やけど…」


ヒズミがそう言うと、ヌゥは納得したように、にっこりと笑った。


(あれ…)


その笑顔は、無垢な子供のように純粋なものだった。何となく癒やされるような、何となくこっちも綻んでしまいそうな、そんな風に心動かされるものだった。


(そんなわけあらへんのに…)


この子は殺人鬼。そう思って、怯えていたはず……

なんやけどなぁ……。


ヌゥもまた、安心したような面持ちで、荷物の山を抱きかかえていた。


(何だ! ヒズミはお礼を言ってくれてたのか!!)


「ヒズミって訛ってるから、時々何言ってるかわかんない時あるんだよね」

「え……すまん…」

「別にいいんだけど!」


ヌゥは再びにっこりと笑った。ヒズミはその笑顔に、もう一度反応した。


(またや……)


怖くない……。

何となくやけど……。


(不思議な子……)


「じゃあ、さっきの洞窟戻る?」

「せやな。あの辺には先住民の奴らもおらんようやし、あそこを拠点にしよか」

「せやな!」


ヌゥがわざと訛ってそう言ったので、ヒズミは不意をつかれて驚いたような表情を見せた。しかしその後、不覚にも笑って軽く吹き出してしまった。


「あれ? 間違ってた?」

「いんや。合っとうけど。でもちょっとイントネーションに違和感あるわ」

「えー? ほんまかいな!」

「いや! それも何か変やで!」


(ヒズミが笑った……!)


ヌゥは感極まる思いで、満面の笑みを浮かべた。ヒズミも今度は、彼に笑い返した。


「半分貸し。持ったろ」

「え? いいよ。ヒズミ非力そうだし」

「いやいや、そんなわけないやろ。貸せや」

「嫌だよ〜!」

「あ! ちょお待たんか!!」

「ふふ!」


ヌゥは満面の笑みで荷物を全部抱えたまま、洞窟に向かって駆け出した。ヒズミもまた、文句を言いながらもどことなく楽しそうな様子で、ヌゥの後を追いかけた。




「いませんね…」


シエナとジーマもまた同時刻、森の中にてヌゥたちを探していた。船から見渡した島の全貌を思い出す限り、ここアリマはかなりの面積がある。1日ちょっとで見つかるような広さではなさそうであった。


道なき森の中で、ジーマとシエナはピタっと足を止めた。


「シエナ!」

「わかってます!」


その後すぐに、敵の攻撃がとんできた。2人はさっと後ろに飛んでそれを避けると、距離をとって相手の居所を探った。先程2人が立っていた地面は黒く焦げ付き、バチバチと電流が漂っているのが目に見えた。


「異国人2人。まとめて殺す」


敵は木々の影から姿を現した。電気を帯びた長剣を持っている男だ。剣に纏わりつくその稲妻はバチバチと音を立てており、肉眼でもよく見える。男は鼻から下を覆う黒いマスクをつけており、唯一見える細い目がこちらを睨みつけていた。


「何なのあの剣!」

「これは雷鳴剣。死体20人を集め、ようやく手に入れたレア物だ」


男はぶつぶつと呟くようにそう言った。そしてこちらにその剣先を向けた。


ジーマが鞘に手をかけようとすると、シエナは止めた。


「ジーマさんが戦う必要はありません!」

「え…でも僕がいるのに女の子に戦わせるなんて…」

「いいんです! 私はかよわい少女なんかじゃありませんから!」


シエナはずかずかと前に出て、ファインディングポーズをとった。雷鳴剣を持つ男はシエナを見ると、バカにするように鼻で笑っていた。


「威勢のいいガキだな、でも嫌いじゃないぜ」

「私は嫌いよ! ジーマさんにたてつく愚か者はね!」

「ふっ! ガキだろうと容赦しない」


男はすかさず雷鳴剣を振った。すると雷がバチバチと放たれ、砲弾のようにシエナをめがけて飛び出した。


(何なのあの武器!)


しかしその雷弾も、シエナが避けられない速さではなかった。シエナは高く飛び上がると、木の幹を両足で踏みつけ、反動をつけて男に向かっていく。


(なかなかの速さだな。でも丸腰とはな! あんなガキ、俺の敵じゃねえ!)


男は雷鳴剣を構えた。シエナは男を蹴り上げようと得意の回し蹴りの体制に入ったが、男に脚が届く前に、雷鳴剣に纏わりつく雷がシエナの足に感電し、軽い痺れが彼女を襲った。


「痛っ!」


シエナの蹴りが男の上を通ってすっぽ抜けると、男はその隙をついて雷鳴剣をシエナに振りかざした。シエナは腕で剣の刃を食い止めたが、腕につけている小手に感電し、シエナを再び痺れさせた。


「ひゃっ」


シエナは顔をしかめ、すかさず後ろにバク転して距離をとった。


(この小手のせいね…)


シエナは男を睨みつけた。男の顔は見えないが、恐らく嘲笑っているに違いない。


(むかつくわね!!)


「シエナ! 大丈夫?!」

「大丈夫です! ちょっと痺れただけですから。仕方ありません。外します!」


シエナはジーマを見るとそう言った。ジーマも頷いた。


「へへっ! 黒焦げにしてやるよ、ガキ」

「私、武器に頼って鍛錬をしない愚か者も嫌いよ」


シエナは腕につけていた小手を外した。シエナがそれを地面に落とすと、ズシッとかなり重ための鉄が落ちる音がした。更にシエナは足に巻いていた鉄製のすね当てをとった。更に靴も脱ぎ捨てると、彼女の手足を守るものは何もなくなった。


「はぁ〜〜! 軽〜〜っ!!!!」


シエナはぴょんぴょんとその場で飛び跳ねた。


(これ外したの、何年振りかしら〜!)


「そんな重りをとったくらいで、何だってんだ!」

「確かに威力は落ちるわね」

「ふん! 蹴りの威力はその鉄の小手あってのものなんだろう! お前だって武器に頼っているじゃないか! ガキの素足の蹴りなど、恐るるに足らずだぜ」


男がそう言うと、シエナはニヤっと笑った。後ろではジーマも、笑みを浮かべている。


「確かめてみる?」


シエナは地面に屈んで両手をつくと、勢いをつけた。


(……速い?!)


男はシエナの姿を目で追えず、雷鳴剣を構えたままキョロキョロと周りを見渡した。


「こっちよ!」


シエナは男の後ろから声をかけた。男はハっとして振りむくと、シエナの足が既に顔の真横にきており、そのまま蹴り飛ばされた。


「ぐあっ!!」


そのままシエナは身体を回転させ、連続で蹴りを入れた。


ボコボコにされた男は、そのまま地面にぶつかって転げ回ると、そのまま気絶して完全に目を回していた。


「情けない奴ね! どんなに凄い武器を持ってたって、本人がこれじゃあ宝の持ちぐされよ」


ジーマはシエナの元に駆けつけた。シエナは振り返ってドヤ顔を浮かべていた。


「ジーマさん!」

「シエナ、大丈夫?」

「当たり前です! 凡人相手にこの私が負けたりしませんよ」

「随分動きが速くなったね」

「はい! 毎日これつけてますから!」


そう言ってシエナは小手を拾い上げた。そのまま小手をつけると、更にすね当てをつけ、靴を履いた。


「靴だけで片方5キロだっけ?」

「いえ! 片方10キロに増やしました!」

「そ、そう…いつの間に…」

「私も早くジーマさんみたいに強くなりたいですから!」


シエナはにっこり笑ってジーマを見た。ジーマは彼女にほどほど感心するばかりであった。


(若いな〜。いや、若いだけじゃないよね……本当にストイックだよ…シエナは。今の僕がそんな重りつけたら足首折れるって…)


「ジーマさん、この剣どうします?」

「うーん…回収しておこうか。他の先住民に拾われたら嫌だからね」

「そうですね! ジーマさん使ってみますか?」

「いや、僕はいいや…」


それから2人はヌゥたちを探し続けたが、4人が出会うことはなかった。辺りは暗くなり、ジーマたちはアパシーの村に戻ると、ハーレの家に泊めてもらえることになった。


「お仲間さんたちは見つかりませんでした?」


ハーレはジーマに尋ねた。


「はい…」

「広いですからね…この島は」

「明日も捜索を続けます。先住民たちの動向も同時に探っていきます。もし武器商人を見つけたら、速やかに捕獲します」

「ありがとうございます、ジーマさん」


(私もいるんだけど!)


シエナはつまらなそうに彼女とジーマが話すのを見ていた。


その後ジーマたちが持ち帰った武器を部屋に並べると、ハーレは目を丸くした。


「こ、こんなにたくさん…」

「捜索の途中、先住民たちを見つけ次第倒して、武器を回収してきました。申し訳ありませんが、この家に置かせてもらってもよろしいですか?」

「も、もちろんです…! 今日1日だけでこんなに倒したんですね…、ジーマさんって、すごくお強いんですね」

「いやぁ…僕は別に……」


ハーレは目を輝かせながらジーマを見つめていた。


(倒したの全部私なんだけど!)


2人が仲良さそうに話すのを見て、シエナはかなり不機嫌そうだった。ハーレがそんなシエナに気づいて、ふふっと笑ったような顔をしたので、シエナは更にカチンときた。


(こ、この女…)


「これ、この村で育てた野菜で作ったスープです。よかったら召し上がってください」

「ありがとうございます、ハーレさん」


そしてハーレは、ジーマとシエナに手作りのスープをふるまった。ハーブのいい香りが漂い、多くの野菜が細かく刻まれて入っている。


(何よ…こんなスープ……うっ、美味い…)


「すごくおいしいです。本当にありがとうございます」

「いえいえ、そんなに大したものではありません。うふふ…」


ハーレはまたシエナの方をちらっと見て、にんまりとしていた。シエナは絶句して口を開けたまま、言葉も出なかった。


(ぜっ、絶対に許さん、この女〜!!!!)


そう思いながらも、空腹だったシエナは、スープをかきこんで、何度もおかわりをした。



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