おおきに
ヌゥとヒズミの2人は、船のある海岸へと辿り着いた。船体は半分しかなく、激しく損傷している。それでも何か荷物が残っているかもしれないと思い、2人は船に近づいた。すると、何人もの先住民たちが船に乗り込み、荷物を漁っているのが見えた。
「ひぃ! めっさおるやん!」
「取り返してくる」
「何言うてんねん! やめとき! 何人おると思てんの!」
ヒズミの言葉を聞かず、ヌゥは彼の手を離し、船に向かって駆け出した。
(うわ! ほんまに行った! まじ知らんで…)
ヒズミは口に手を当ててハラハラしながら、隠れ身の術で姿を隠したまま、ヌゥの動向を見守った。
ヌゥを見つけた先住民たちは、声を荒げた。
「あん?! 誰だてめえ」
「異国人か?!」
「へへっ! 生きてやがったか! 戻ってくるとは馬鹿な野郎だ! ど〜れ、死体稼ぎと行くか!」
20人ほどの先住民が、殺気だったようにヌゥを睨みつけた。皆、様々な武器を所持している。まだ真新しい剣や斧を掲げ、ヌゥに襲いかかってきた。
ヌゥもまた、敵に向かって駆け出した。
(早い?!)
男が驚くのもつかの間、ヌゥは1番近くにいた男の顔面に蹴りを食らわせた。男は勢いよく飛んでいき、後ろにいた3人にぶつかり、まとめてノックアウトした。
(こいつら、弱い)
ヌゥは武器を使うまでもなく、次々と男たちを蹴散らしていく。サバイバルゲームで多少戦闘に慣れているとはいえ、その動きはヌゥには止まって見える。誰1人、彼の敵ではない。あっという間に最後の1人になってしまった。
「君で最後かな?」
「ひぃ!」
最後の男は怯えてしまって抵抗すらできない。ゆっくりと後退っていく。
「そ〜れ」
ヌゥは一瞬で男の目前までやってきたかと思うと、デコピンを食らわせた。数メートル後方までとばされた後、男は気を失った。
「な、何やあの強さは…」
ヌゥの戦闘を見るのはヒズミは初めてだった。人間離れしたスピードと攻撃力に目を見張るばかりであった。敵の姿がなくなったことを確認し、術を解いて姿を現すと、船に駆け寄った。
(やばい奴とは聞いていたけど…本物や……。ほんまに強いぞ、この子…)
そして彼が仲間であって良かったと、心底思うばかりだ。
(こんなん敵にしたらと思うと、ゾッとするわ!)
「ヒーズミっ!」
「ぎゃはあ!!」
ヌゥに声をかけられ、ヒズミはいつものように驚きで飛び上がった。
「荷物取り返したよ」
ヌゥはニコニコ笑いながら、運良く無事だった食料たちを抱きかかえている。ヌゥはその中から袋詰にされた菓子パンを取り出し、ヒズミに渡した。
「そら、おおきに…」
ヒズミがそう言うと、ヌゥは何だか首を傾げていた。
(な、何やの……)
ヒズミは不審に思いながら、数個入った菓子パンのうちの1つをかじりながら、ヌゥを横目で見つめた。ヌゥはこちらを見ているままだ。
(食べづらいわ!)
「ヒズミ、機嫌治った?」
「え?」
「他にもあるよ! 何食べたい?」
「いや、とりあえずこれでええよ。大事にとっとかな」
「ああ、そう」
「ていうか、あんたも食べたら?」
ヒズミは持っていた袋をヌゥに差し出す。ヌゥは目をキラキラさせたようにヒズミを見つめた。
「いいの? ありがとう!!」
満面の笑みでお礼を言った後、袋から菓子パンを取り出し、一口で頬張った。
(お礼言うのはこっちなんやけどな…)
何か調子狂うわ…。
「他にも何かないか探してくるね」
「え? ほなわいも…」
「いいから! 俺に任せて! ヒズミはそれ食べて休憩してて」
ヌゥはそう言って、軽い足取りで船体に上ると、中の捜索に向かった。
(休憩せなあかんのはあんたやろ……)
何や、恩着せがましい奴やな…
普通にええ子なだけか…?
そんなわけあらへんか…
この子は最年少殺人鬼…
怒ると誰かを傷つけずにはいられなくなる、呪いがかかってる……
(呪い……とか言われてもなあ……)
最悪最強の殺人鬼。その肩書きさえなければ、明るくて強くて素直ないい子やと思う。子供みたいにはしゃいで、いつも笑顔でいて、何の悩みもなさそうな、幸せな子。
呪いはこの子の意思ではないと、ジーマさんたちが言うてた。怒りの感情が彼に、その意思にはない攻撃をさせるのだと。
(怒ったら呪いが発動するて、一体どの程度の怒りやねん。怒らん奴なんておらんやろ、ちょっとイラっとしたら、もう相手刺してもうたりするんか?)
いやぁ、やっぱりやばい奴やて。アグとかいう、一緒に来た仲間のことも、ボコボコにしとったやんか。理性の効かんイカれ囚人。うん、やっぱりそうなんやって…。
「ヒズミ! 着替えが少しあったよ! あと1つだけだけど、毛布も!」
「ひっ! そ、そら凄いわ…。おおきに」
ヒズミがそう言うと、再びヌゥは首をひねるような表情を見せた。ヒズミは顔を引きつらせた。常時びくついている心臓が更に大きく高鳴る。
(な、何かわい、やらかした…?)
「あのさ」
「な、何や…?」
「おおきにって、何?」
「へ?」
ヒズミは拍子抜けしたような声を出した。しかしヌゥは真剣な表情である。
「ありがとうって意味やけど…」
ヒズミがそう言うと、ヌゥは納得したように、にっこりと笑った。
(あれ…)
その笑顔は、無垢な子供のように純粋なものだった。何となく癒やされるような、何となくこっちも綻んでしまいそうな、そんな風に心動かされるものだった。
(そんなわけあらへんのに…)
この子は殺人鬼。そう思って、怯えていたはず……
なんやけどなぁ……。
ヌゥもまた、安心したような面持ちで、荷物の山を抱きかかえていた。
(何だ! ヒズミはお礼を言ってくれてたのか!!)
「ヒズミって訛ってるから、時々何言ってるかわかんない時あるんだよね」
「え……すまん…」
「別にいいんだけど!」
ヌゥは再びにっこりと笑った。ヒズミはその笑顔に、もう一度反応した。
(またや……)
怖くない……。
何となくやけど……。
(不思議な子……)
「じゃあ、さっきの洞窟戻る?」
「せやな。あの辺には先住民の奴らもおらんようやし、あそこを拠点にしよか」
「せやな!」
ヌゥがわざと訛ってそう言ったので、ヒズミは不意をつかれて驚いたような表情を見せた。しかしその後、不覚にも笑って軽く吹き出してしまった。
「あれ? 間違ってた?」
「いんや。合っとうけど。でもちょっとイントネーションに違和感あるわ」
「えー? ほんまかいな!」
「いや! それも何か変やで!」
(ヒズミが笑った……!)
ヌゥは感極まる思いで、満面の笑みを浮かべた。ヒズミも今度は、彼に笑い返した。
「半分貸し。持ったろ」
「え? いいよ。ヒズミ非力そうだし」
「いやいや、そんなわけないやろ。貸せや」
「嫌だよ〜!」
「あ! ちょお待たんか!!」
「ふふ!」
ヌゥは満面の笑みで荷物を全部抱えたまま、洞窟に向かって駆け出した。ヒズミもまた、文句を言いながらもどことなく楽しそうな様子で、ヌゥの後を追いかけた。
「いませんね…」
シエナとジーマもまた同時刻、森の中にてヌゥたちを探していた。船から見渡した島の全貌を思い出す限り、ここアリマはかなりの面積がある。1日ちょっとで見つかるような広さではなさそうであった。
道なき森の中で、ジーマとシエナはピタっと足を止めた。
「シエナ!」
「わかってます!」
その後すぐに、敵の攻撃がとんできた。2人はさっと後ろに飛んでそれを避けると、距離をとって相手の居所を探った。先程2人が立っていた地面は黒く焦げ付き、バチバチと電流が漂っているのが目に見えた。
「異国人2人。まとめて殺す」
敵は木々の影から姿を現した。電気を帯びた長剣を持っている男だ。剣に纏わりつくその稲妻はバチバチと音を立てており、肉眼でもよく見える。男は鼻から下を覆う黒いマスクをつけており、唯一見える細い目がこちらを睨みつけていた。
「何なのあの剣!」
「これは雷鳴剣。死体20人を集め、ようやく手に入れたレア物だ」
男はぶつぶつと呟くようにそう言った。そしてこちらにその剣先を向けた。
ジーマが鞘に手をかけようとすると、シエナは止めた。
「ジーマさんが戦う必要はありません!」
「え…でも僕がいるのに女の子に戦わせるなんて…」
「いいんです! 私はかよわい少女なんかじゃありませんから!」
シエナはずかずかと前に出て、ファインディングポーズをとった。雷鳴剣を持つ男はシエナを見ると、バカにするように鼻で笑っていた。
「威勢のいいガキだな、でも嫌いじゃないぜ」
「私は嫌いよ! ジーマさんにたてつく愚か者はね!」
「ふっ! ガキだろうと容赦しない」
男はすかさず雷鳴剣を振った。すると雷がバチバチと放たれ、砲弾のようにシエナをめがけて飛び出した。
(何なのあの武器!)
しかしその雷弾も、シエナが避けられない速さではなかった。シエナは高く飛び上がると、木の幹を両足で踏みつけ、反動をつけて男に向かっていく。
(なかなかの速さだな。でも丸腰とはな! あんなガキ、俺の敵じゃねえ!)
男は雷鳴剣を構えた。シエナは男を蹴り上げようと得意の回し蹴りの体制に入ったが、男に脚が届く前に、雷鳴剣に纏わりつく雷がシエナの足に感電し、軽い痺れが彼女を襲った。
「痛っ!」
シエナの蹴りが男の上を通ってすっぽ抜けると、男はその隙をついて雷鳴剣をシエナに振りかざした。シエナは腕で剣の刃を食い止めたが、腕につけている小手に感電し、シエナを再び痺れさせた。
「ひゃっ」
シエナは顔をしかめ、すかさず後ろにバク転して距離をとった。
(この小手のせいね…)
シエナは男を睨みつけた。男の顔は見えないが、恐らく嘲笑っているに違いない。
(むかつくわね!!)
「シエナ! 大丈夫?!」
「大丈夫です! ちょっと痺れただけですから。仕方ありません。外します!」
シエナはジーマを見るとそう言った。ジーマも頷いた。
「へへっ! 黒焦げにしてやるよ、ガキ」
「私、武器に頼って鍛錬をしない愚か者も嫌いよ」
シエナは腕につけていた小手を外した。シエナがそれを地面に落とすと、ズシッとかなり重ための鉄が落ちる音がした。更にシエナは足に巻いていた鉄製のすね当てをとった。更に靴も脱ぎ捨てると、彼女の手足を守るものは何もなくなった。
「はぁ〜〜! 軽〜〜っ!!!!」
シエナはぴょんぴょんとその場で飛び跳ねた。
(これ外したの、何年振りかしら〜!)
「そんな重りをとったくらいで、何だってんだ!」
「確かに威力は落ちるわね」
「ふん! 蹴りの威力はその鉄の小手あってのものなんだろう! お前だって武器に頼っているじゃないか! ガキの素足の蹴りなど、恐るるに足らずだぜ」
男がそう言うと、シエナはニヤっと笑った。後ろではジーマも、笑みを浮かべている。
「確かめてみる?」
シエナは地面に屈んで両手をつくと、勢いをつけた。
(……速い?!)
男はシエナの姿を目で追えず、雷鳴剣を構えたままキョロキョロと周りを見渡した。
「こっちよ!」
シエナは男の後ろから声をかけた。男はハっとして振りむくと、シエナの足が既に顔の真横にきており、そのまま蹴り飛ばされた。
「ぐあっ!!」
そのままシエナは身体を回転させ、連続で蹴りを入れた。
ボコボコにされた男は、そのまま地面にぶつかって転げ回ると、そのまま気絶して完全に目を回していた。
「情けない奴ね! どんなに凄い武器を持ってたって、本人がこれじゃあ宝の持ちぐされよ」
ジーマはシエナの元に駆けつけた。シエナは振り返ってドヤ顔を浮かべていた。
「ジーマさん!」
「シエナ、大丈夫?」
「当たり前です! 凡人相手にこの私が負けたりしませんよ」
「随分動きが速くなったね」
「はい! 毎日これつけてますから!」
そう言ってシエナは小手を拾い上げた。そのまま小手をつけると、更にすね当てをつけ、靴を履いた。
「靴だけで片方5キロだっけ?」
「いえ! 片方10キロに増やしました!」
「そ、そう…いつの間に…」
「私も早くジーマさんみたいに強くなりたいですから!」
シエナはにっこり笑ってジーマを見た。ジーマは彼女にほどほど感心するばかりであった。
(若いな〜。いや、若いだけじゃないよね……本当にストイックだよ…シエナは。今の僕がそんな重りつけたら足首折れるって…)
「ジーマさん、この剣どうします?」
「うーん…回収しておこうか。他の先住民に拾われたら嫌だからね」
「そうですね! ジーマさん使ってみますか?」
「いや、僕はいいや…」
それから2人はヌゥたちを探し続けたが、4人が出会うことはなかった。辺りは暗くなり、ジーマたちはアパシーの村に戻ると、ハーレの家に泊めてもらえることになった。
「お仲間さんたちは見つかりませんでした?」
ハーレはジーマに尋ねた。
「はい…」
「広いですからね…この島は」
「明日も捜索を続けます。先住民たちの動向も同時に探っていきます。もし武器商人を見つけたら、速やかに捕獲します」
「ありがとうございます、ジーマさん」
(私もいるんだけど!)
シエナはつまらなそうに彼女とジーマが話すのを見ていた。
その後ジーマたちが持ち帰った武器を部屋に並べると、ハーレは目を丸くした。
「こ、こんなにたくさん…」
「捜索の途中、先住民たちを見つけ次第倒して、武器を回収してきました。申し訳ありませんが、この家に置かせてもらってもよろしいですか?」
「も、もちろんです…! 今日1日だけでこんなに倒したんですね…、ジーマさんって、すごくお強いんですね」
「いやぁ…僕は別に……」
ハーレは目を輝かせながらジーマを見つめていた。
(倒したの全部私なんだけど!)
2人が仲良さそうに話すのを見て、シエナはかなり不機嫌そうだった。ハーレがそんなシエナに気づいて、ふふっと笑ったような顔をしたので、シエナは更にカチンときた。
(こ、この女…)
「これ、この村で育てた野菜で作ったスープです。よかったら召し上がってください」
「ありがとうございます、ハーレさん」
そしてハーレは、ジーマとシエナに手作りのスープをふるまった。ハーブのいい香りが漂い、多くの野菜が細かく刻まれて入っている。
(何よ…こんなスープ……うっ、美味い…)
「すごくおいしいです。本当にありがとうございます」
「いえいえ、そんなに大したものではありません。うふふ…」
ハーレはまたシエナの方をちらっと見て、にんまりとしていた。シエナは絶句して口を開けたまま、言葉も出なかった。
(ぜっ、絶対に許さん、この女〜!!!!)
そう思いながらも、空腹だったシエナは、スープをかきこんで、何度もおかわりをした。




