アリマ1日目の夜
「もう、ヒズミってばビビりすぎ〜」
アリマ漂着1日目の夜、ヌゥとヒズミは洞窟に帰還していた。ヒズミの火遁の術で火をたいて暖を取ったが、それでもまだ寒く、ヒズミは1枚しかないその毛布にくるまっていた。昼間の暑さとは打って変わって、夜のアリマはやたらと冷え込むのだ。
荷物を洞窟に運び終わった後、再び外に出てジーマとシエナの捜索に乗り出した2人だったが、彼らを見つけることは出来なかった。
その途中にたくさんの先住民たちを見つけたのだが、ヒズミは隠れ身の術を一切解かず、断固として逃げることを選んだ。
「うるさいなぁ。無傷で済んだんやからええやん」
「戦ったって無傷だよ。あんな弱い奴ら」
「ええから。めっちゃ強い奴が紛れとうかもしれんやろ」
「そんな奴いなかったよ〜。見ればわかるもん」
「そんなん、見えとう中におらんだけかもしれんやんか。遠距離攻撃の奴が影で狙っとうかもしれんし、あんたより強いボスみたいな奴が隠れとったらどうするんよ。あんたが死んだらわいも終わりやねんから」
「もう〜。死なないってば〜…」
ヌゥはだらりと岩にもたれて足を伸ばした。1日中、ジーマたちを探して歩きっぱなしだった。敵を見つける度に逃走して、戦うよりも体力を使った気がする。
ヒズミは口を尖らすヌゥをちらりと横目で見ながら、今日1日の彼の様子を振り返る。
(ほんま、何言うても怒らんな)
今も不機嫌そうやけど、ヌゥは怒ってない。まあこんなん、冗談の範囲内や。
完全に怖くないっていうたら嘘かもしれん。
でも2人きりで話をするのには何だか慣れてきた。
慣れすぎて、ちょっと喋りすぎたところもあったかもしれんけど、この子はわいが何を言うてもけろっとしとる。この子は怒らん。怒る気配がない。
やからもう、前よりは気負わんと、この子と話が出来るようになったわ。
「わいはこの隠れ身の術でここまで生き延びてきたんや。せやから、これからもそうする」
「ふ〜ん。ヒズミってほんとにビビりだよね」
「せやで。だから何やの」
「……」
ヒズミは自他共に認めるビビりである。そして本人はその事を、恥ずかしがりはしないのだ。
(まあでも確かに、俺より強い奴がいるかもしれないよね…)
ヒズミは逃げ腰だが、実は頭がいい。ヒズミにペラペラと言いくるめられたら、ヌゥに反論の余地はない。
また忍術の才能も大変秀でている。比較となる忍者がユリウス大陸にはいないので、周りには知られないことも多いが、隠れ身の術は高度で、自分だけでなく、自分に触れた他者の姿も消しながら長時間使用するなどということは、非常に難しいことなのだ。
「ねえ、隠れ身の術ってさ、ヒズミに触ったら絶対に全部消えちゃうの?」
「普通の忍びがこの術を使こうたらな」
「えっと…それじゃヒズミは違うの?」
「せやで。わいは隠れ身の術だけは、誰よりも極めとうからな〜」
ヒズミはヌゥの手を握りしめた。今はまだ、ヌゥにも自身の身体が見えている。
「よう見とってみ」
すると突然、ヌゥの手首だけが姿を消した。
「うわ!」
ヌゥが驚いて、消えた手を逆の手で触った。確かに自分の手の感触がある。透明になったみたいに何も見えないが、確かに存在している。
「こんなんも出来るで」
ヒズミは調子に乗ったように、自分の頭を消したり、ヌゥの足を消したりしてみせた。
「すごいすごい! 面白〜い!!」
ヒズミは、彼と彼の触れている物の中の、望む部分だけを消すことが出来るのだ。他の忍びには不可能、この術を極めた自分だけが出来る応用忍術だと、何度も自慢げに話をした。
その後も2人は話をした。ヌゥは別大陸にあるヒズミの国の話を聞いた。海の近くで、魚が美味しくて、料理は和食ばかり。その国では皆ヒズミのように訛った言葉を話すらしい。学校の教科の中には忍術があって、それが1番メインの授業なんだそうだ。
ヌゥは誰かと話をするのが好きだった。独房にいた頃、ヌゥのお喋りに呆れたアグは彼の話を無視するばかりだったけれど、ヒズミは違った。何ならヒズミはヌゥよりもよく喋るので、ヌゥが聞き手に回ることの方が多かった。そしてこんなにも、誰かと話が弾んだことはなかった。
「ふわ〜あ」
喋り疲れたヒズミは、大きな欠伸をした。何時かはわからないけれど、もう夜遅くに違いない。
「もう寝よっか」
「せやな〜。明日もジーマさんたち探さなあかんし」
「敵も倒さないとね!」
「いや、合流するまでは無駄な戦いはせんとこ」
「ふふ! わかったよ〜」
小さな灯りはつけたままで、2人は少し離れて横になった。ヒズミか毛布を使っているのに対し、ヌゥは着替えの上着を腹掛け代わりにして、寝転んでいる。
「ていうかあんた、寒ないん」
「寒くないよ」
「いやいや、ここ夜になったらめっちゃ寒いやん。風邪引くで」
「大丈夫だよ。俺、風邪引いたことないし」
「いや、そんな奴おらんやろ!」
ヒズミは突っ込んだが、実はヌゥは本当に、生まれてから一度も風邪を引いたことがなかった。赤ちゃんの頃の記憶はないからわからないけど、覚えている限りでは風邪どころか、何の病気にもかかったことがない。健康優良児だと自身では思っていた。
「おやすみヒズミ」
「おやすみ……」
そう言った後、ヒズミはすぐに眠ってしまった。ヌゥもゆっくりと目を閉じた。
(ヒズミの話、面白かったな…)
ああ…早くアグに話したい。
俺、ヒズミと仲良くなれたよって。
アグのおかげだよって。
ありがとうって。
(早く言いたいな……)
ヌゥはそんな安らかな気持ちで寝入ったのだけれど、その日もまた、事件の日の夢を見た。
ヌゥはハっと目を覚まし、口を手で抑えて駆け出した。
(うん……?)
物音に気づいたヒズミはぼうっと目を開けた。寝ているヌゥの姿はない。
(どこ行ったんや…?)
しかし、まだ強い眠気に襲われ、起き上がる気力がない。仕方なく遠耳の術でヌゥの足音を追った。洞窟の外に向かっている。
(何や…トイレか……?)
ぼぅっとしながら、聞き耳を立てる。数百メートル遠くの入口にいるヌゥの声も音も、その術を使えば全て聞こえるのだ。
『おぇえええ!!』
(え?)
ヒズミはその声に目を開け、身体を起き上がらせた。
「何や?! 吐いてんのか?」
『ゲホッゲホッ! おぇっ! ぉえええ!!』
聞こえてきたのはヌゥのえづく声であった。音しか聞こえないが、確実に吐いている。
(何か悪い食べ物にでもあたったんか…?)
ヌゥはしばらく、外で吐き続けていた。その後小さな声で、彼が息を凝らし、鼻をすする音が聞こえてきた。
(何なん……泣いてる……?)
「!」
ヌゥがこちらに戻ってくる足音が聞こえてきた。ヒズミは何も知らないフリをして、慌てて再び横になって目を閉じた。
ヌゥはヒズミの近くまで戻ってくると、その場に座り込んだ。
「ぐすっ……っく……」
ヌゥは声を殺しながらしばらく泣いた後、再び横になって眠りについた。その間、寝たフリをしていたヒズミは、心臓が激しく音を立てたまま、眠ることが出来ずにいた。
(何やったん……)
あかんあかん。明日に備えてちゃんと寝な…。
その後何とか眠りについたヒズミだったが、目覚めた翌日の朝から、昨日の事が気になって仕方がなかった。




