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紅の吸血鬼と白の聖女騎士  作者: オレンジ方解石


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今回、少し長いです。

「聖殿に増援の使者を送れ! 聖殿所属の城壁警備兵は全員集合! 弓と矢をあるだけ持ってこい!!」


 ナイト=ベイジルが城壁上で指示を飛ばす。三体目の魔物が倒れたあと、彼は兵士の肩を借り、魔物達が会話に気をとられている隙にあの場を離れて、城壁上に戻っていた。

 魔物の術者である、ナイト=リリーベルの兄代わりのもとに彼女を置いてきたことは、むろん心苦しい。

 だが、ナイト=ベイジルは足を負傷してまともに戦える状態ではなく、彼を支える兵士に至っては白騎士や白魔術師でさえない。ナイト=リリーベル自身も傷を負った。

 あそこでナイト=ベイジルがとどまったところで、ただ、戦闘能力のない人間が増えるだけであり、それはすなわち人質や足手まといばかり増えることを意味する。

 城伯令嬢が魔物化し、ナイト=リリーベルの兄代わりや、居合わせたあの髪の長い男がよりにもよってあかの一族というならなおさら、足手まといが増えるのは最悪手でしかなかった。

 それよりは、まとめ役であるナイト=ベイジルが兵士達のもとに戻り、体勢を整えなおしてあらためて戦闘の指示を出す方が、まだ勝機はあった。


(それにしても、家族同然だった存在が、実の家族を殺した張本人とは。ナイト=リリーベルも、とんだ魔物に目をつけられたものだ)


 左腿を斬られて膝をついたナイト=リリーベルの動揺ぶりは、ナイト=ベイジルの目にも痛々しかった。普段、強力な魔物にも怯まず立ち向かっていく姿をよく知る分、その差は際立った。ナイト=ベイジルは久々に、ナイト=リリーベルがまだ十六歳だという事実を思い出す。

 彼女をあの魔物に囲まれた場所に置いてくることは、紅の一族の注意を引きつける『おとり』として利用することは心底、胸が痛んだ。

 しかし。


(この痛みも含めて、偽善か。実行した以上は弁解のしようもない。戦況次第では、ナイト=リリーベルを完全に見捨てて、あの魔物達の浄化に全力を注ぐ必要もある)


「かまえ!!」


 白魔術師達によって聖化され、さらに聖水をかけた矢をつがえた兵士達が、胸壁から身を乗り出して城壁の下へと狙いをさだめる。

 そこを大きな揺れが襲った。






 芋虫型の魔物が頭をもたげて地面を、人間と人間の姿をした魔物達を見守っている。全身に生える人間の手足は勝手気ままに動いているが、本体そのものは術者の命令を待っている。

 その異様を見あげながら。


「私が……紅の一族に……? 本気で言っているのですか?」


 言われたのが今夜でなければ、リリーベルはカレルがおかしくなったと驚愕しただろう。

 しかし悲しいかな、八年間『優しい兄代わり』を演じてきたカレルは今夜、その忌まわしい正体と過去を明らかにしていた。


「もちろん、本気だよ。むしろこのために八年前、君を引きとったのだから」


 カレルの手がリリーベルの顎を持ちあげ、赤く妖しく輝く瞳がリリーベルの緑の瞳をまっすぐ見おろす。


「あの魔物は、君のために用意したものだ。といっても、こんな風にちまちま出現させるのではなく、もっと念入りに屍を魔物化させて、とびきりの巨大な一体を出現させる予定だった。そいつにスノーパールの街を襲わせて君の力を使い果たさせ、ついでに君の同僚や街の人間達の血で街全体を彩って、君が紅の一族になったお祝いにする予定だったんだ。君は必ず、泣いてくれるはずだから。私はその絶望を味わいながら、今度こそ君を私のものにするつもりだった」


 カレルはそこで一つ、ため息をつく。


「だが、熟成していた一部は君達が描いた魔術陣に刺激されて、勝手に目覚めてしまったし、第六位バーミリオンまで出てきて、君自身も私の求婚を受け容れそうにない。しかたなく今夜、力技で君を変化させることにしたんだ。手始めに、私の血を与えて急造の三体目を出現させ、君をおびき寄せるつもりだったんだけれど……」


 カレルはアルベルテュスを見やる。

 視線が、彼が出しゃばったおかげで計画が狂った、と語っていた。

 リリーベルはもう、肉体的にも精神的にも、立っているだけでつらい。


「それでは……ここにいた警備の兵士達を殺したのも……お兄さまなのですね?」


 確認しながら、視線だけで周辺を見渡す。

 ナイト=ベイジルも彼を支えていた兵士達も、姿を消している。

 それでいい。今の戦況では、とにかく一人でも多くの戦力を、できるだけ万全の状態で確保するべきだ。ましてやナイト=ベイジルは、今夜の城壁警備における聖殿側の最高責任者。

 無理にリリーベルを助けようとした結果、命を落とした、などという展開のほうが最悪だ。

 部下一人が死んでも、まとめ役が残っていれば残った部下達は戦えるが、まとめ役一人が死んだだけで、部下達は有効な戦い方ができなくなってしまう。

 ナイト=ベイジルは優秀なまとめ役であり、それをリリーベルは知っており、したがって彼が自分を放置して逃げたことは、彼女にとってなんの問題もなかった。むしろ自分が囮になることで、彼を逃せた安堵を感じている。

 ナイト=ベイジルには、囮になった甲斐があった、危険以上の見返りがあった、と言えるような結果を出す、それ以外に望むものはなかった。


「私の邪魔をしたから……というのは、言い訳だね。はじめから殺すつもりだったよ。この魔物を強化するためには、死体はいくらあっても邪魔じゃない」


 リリーベルは『兄』だったはずの存在に対して、強い嫌悪感を覚えた。


「この辺りには、大勢の遺体が埋まっていました。いったい……ご自分の目的のために、どれほどの人々を犠牲にされたのです!?」


「さあ。二百か、三百か、それ以上か……まあ、殺しまくったのは、たしかだよ。造るからには、強いやつにしたかったからね」


「お兄さまが造りはじめたのは、スノーパールに来てからですか? いったいどこで、あれほどの遺体を……」


 カレルがこの街にきてから、まだ十日も経っていない。その短い期間で二百、三百の犠牲を出したなら、どこかで怪しまれていそうなものだが、スノーパールの街で不審死や行方不明者が急激に増加しているという話は、耳にした覚えはない。


「旅人やら芸人やら……夜に城壁の外にいたやつらを利用したよ。やつらが消えたところで、誰も気にしないし、正確な数も把握されていないしね。あとは、街と近隣の村の墓場から調達した。片端から私の血を与えて『生ける屍』にし、この場所に集めて、地面の下で眠らせた。そこに私の血をかけて、より強大な魔物へと熟成させていたんだ」


 リリーベルは唇を噛んだ。

 そうだ、あの地面から出てきた遺体は、大半が下層民と呼ばれる人々の遺体だった。夜の闇にまぎれて彼らを殺し、死体に自力で移動させて、もう何年も太陽の光が当たっていないこの場所に、自ら穴を掘って埋まらせていたのか。


「私一人を……紅の一族にするために、そこまで大勢の人を……」


「だって、君の肉体は聖化が進んでいるし、まして君自身が強力な白魔術の力の持ち主だ。なにしろ、第十一位バーガンディーを浄化した実力者だからね。相応の量が必要になるんだよ」


 そこでカレルはふと、グレイシー嬢を拘束したままのアルベルテュスを見やる。


「悪いね。君の領域内で勝手なことをして。それにしても『人間の手には負えない魔物は、紅の一族第六位(バーミリオン)たる君が引き受ける』というのが、スノーパール城伯と交わした契約だったろうに、むざむざ魔物の創造を許すとは、第六位ともあろうものが失態だねぇ」


 カレルの言葉は明らかに嫌味だったし、事実でもあったし、それだけに本来なら、よりいっそう神経を逆なでする台詞のはずだったが、アルベルテュスは堪えなかった。


「まったくだ。毎晩、リリーベルと会っていたので、街のことはどうでもよかった」


「!」


「今宵も何事もなければ、心弾む逢瀬の時間を堪能していたのに。密会の邪魔とは、つくづく野暮な男だな、第十三位ピンク


「貴様……っ!!」


 リリーベルはいちいち反論する気力もわかなかった。

 アルベルテュスは変容したグレイシー嬢ごと、カレルとリリーベルにむきなおる。

 ちなみにグレイシー嬢は、ずっとアルベルテュスの手から逃れようと抵抗をつづけているのだが、アルベルテュスの両手はぴくりとも動かない。自由になる足で蹴っても、長い足はびくともしなかったが、そこにどれほどの筋力のせめぎ合いが存在しているのか、残念ながら、見ているリリーベルやスノーパール城伯には読みとることはできなかった。


「事情はだいたい把握した。第十三位、貴様はリリーベルを手に入れるため、ここまで大事にしたというわけだな。そこまで判明したのなら、もう用はない。終幕だ。それとも、まだ他に言い残す事柄があるか?」


 紅の一族第六位は、雪の夜より冷たく暗い空気をまとって、カレルに宣告する。

 カレルは反発した。


「用がないのは、こちらだ。お前はこれから、そこでリリーベルが私のものになるのを見届けるがいい。第十三位の結婚の、第六位が証人となるんだ、けっこうなことじゃないか」


「貴様にそれだけの力はない。この程度の魔物で、俺を足止めできるとでも?」


「だから、そこが甘いというんだ」


 カレルはそこではじめて、スノーパール城伯を見やった。


「さあ、城伯。あなたが『契約』した魔物に、命じるといい。愛する娘をもとに戻せ、最優先で魔物化を無効化しろ、とな」


 はじめてアルベルテュスの顔にかすかな警戒が走る。


「人間同士の契約は、しょせん口約束。たとえ文書にしたためたところで、破ろうと思えば破ることができる。だが我々、紅の一族は異なる。一族の者が己の血を証に用いて交わした約束は、絶対の『契約』。それを破ることは、自滅行為に等しい。たとえ、第六位という高位であっても。いや、高位だからこそ、破った時の反動は強烈だろう」


 アルベルテュスが形のよい眉をひそめる。無言だが、その赤い瞳が雄弁に、同族に対する苛立ちと殺意を語っている。


「アルベルテュス……」


 スノーパール城伯がアルベルテュスを見た。先日、リリーベルが初めて間近で見た彼は、一分の隙もなく身なりを整えた、風格を備えた中年貴族だったが、今は髪がほつれ、着ている物も『とりあえずの略装』という雰囲気がありありと伝わってくる。


「名前で呼ぶな。位階で呼べ」


「頼む、第六位。私の娘を、グレイシーを助けてくれ」


 アルベルテュスはうんざりしたように、捕まえている存在ものを城伯に見せつけた。


「断っておくが、()()自体は、お前の娘自身が招いたことだぞ? 私は、一度でも紅の一族の血を飲んだからには、他の一族の血は飲むな、と警告した。()()()()からと。それを聞かずにこの結果を招いたのは、この娘自身だ。なにを言われたかしらんが、そこの第十三位の血を飲んだんだ」


 スノーパール城伯の顔が苦悩と絶望にゆがむ。

 リリーベルはカレルに訊ねた。


「本当に、グレイシー嬢はカレルお兄さまの血を飲んで、魔物化したのですか? 何故、彼女を巻き込む必要があったのです?」


「だってあの女は、君を叩いたじゃないか」


 カレルの答えには迷いがなかった。


「たかが人間のくせに、私のものに手を出した。傷つけた。だから()()したんだ。罰だよ」


 リリーベルは思い出す。そういえばあの時、カレルもすぐそばにいたのだ。


「それに、知っていて飲んだのは、あの娘だよ。『あげようか?』と訊ねたら、すぐに手を出してきた。紅の一族となって第六位の妻になるなら、どんな危険も苦しみも厭わないそうだ。第六位に捨てられて、ただの人間として老いて死ぬくらいなら、死んだ方がまし、とね。いざ、自分が危険な目に遭えば、第六位は助けてくれると考えていたんじゃないかな」


「考えすぎだな」


 アルベルテュスの返事はにべもない。


「契約した相手の娘というから、少し話しただけだ。俺の血を抜いて、眷属となる未来もなくなったのだから、助ける義理もない。ただ紅の一族に入りたいだけの人間かと思いきや、一族入りしたら俺の妻になるものと思い込んでいたし、血を抜いて正解だった。眷属にすれば、さぞ面倒だったろうよ」


 アルベルテュスは肩をすくめ、ついで突然、気づいたようにリリーベルを向く。


「断っておくが、俺とこの娘との間には何事もない。俺はこの娘に特別な感情は何一つ抱いていないし、抱いたこともない。俺が妻に望むのは、貴女一人だ。貴女だけが俺の中に感情を生じさせる。俺が恋しているのも独占したいのも、貴女だけだ、リリーベル。何に誓ってもいい」


 まるで、恋人に浮気の嫌疑をかけられた人間の男のように言い募る第六位の姿に、リリーベルはどこから訂正すべきかわかなかった。


「……とりあえず、状況を理解しましょう……」


 今はそういう話をしている場合でない事は、明白だ。


「そなたの事情はどうでもいい、第六位!! グレイシーをもとに戻せ!!」


 たまりかねたように城伯が怒鳴る。

 思えば、この男性も散々だった。大事な愛娘が、どうやら恋に迷って『紅の一族(魔物)になる』とまで言い出したのに、肝心の男は自慢の娘を歯牙にもかけず、なのに娘はその男を追って、魔物にまで身を堕としたのだから。

 アルベルテュスは視線だけ城伯に向ける。


「ここまで変化したら、完全な状態でもとに戻すのは無理だ。見た目が人間に戻ったところで、中身は別ものになっているか、中身が戻っても外見が戻らないか、あるいは中も外も不完全な人間として生きていくか。生来の寿命をまっとうできるかも怪しい。それよりは、ここで一息に死なせて、美しい思い出と評判だけを残してやれ。この娘も状況を理解すれば、そちらを選ぶだろう。己の美しさをなによりの誇り、自慢としていたからな」


「そんな……!」


「いいじゃないか。駄目でもともと、試してみればいい。運が良ければ、奇跡も起きるだろう、はじめる前から諦めることはない」


 今にも膝をつきそうな城伯に、カレルが優しく語りかける。

 その内容は前向きだが、城伯の心を思いやってのものではない。

 城伯を煽り、アルベルテュスを牽制するためのものだ。


「グレイシーを助けろ、第六位!! 万が一、ということもある!!」


 城伯は必死の形相でアルベルテュスに訴える。距離は詰めてこない。魔物化した娘を警戒しているのだ。

 アルベルテュスは渋い表情をした。


「奇跡なんぞ、そうそう起きるか。あれは『自分にだけは特別に起きる』と思わせることで任意の方向に引っぱる、悪党の手口だ。だいいち紅の一族(吸血鬼)に奇跡を求めてどうする」


「いいから、やれ!! 『契約』があるだろう!!」


「この件が終わるまで待て。そうすれば……」


「今すぐだ!! 娘を最優先しろ! 娘を見捨てるなら、今後、一切の情報を渡さないぞ!!」


「おやおや。大変なことになったものだ」


 おかしそうにカレルが笑う。


「なまじ人間と『契約』など結ぶと面倒だね、第六位。こんな時に足を引っ張られるのだから。それとも自滅を覚悟で、『契約』を破ってみるかい? 私はそれも好都合だけれどね」


 カレルは捕まえたままのリリーベルをうながした。


「さあ、リリーベル。準備に入ろうか。今から君を、あの魔物に食わせる。あの魔物の中、無数の屍達によって君は汚され、肉体の聖化も失われる。そうしてやっと、私の血を与えられる。頭から爪先まで、すべての内臓を私の血だけでいっぱいにして、君は紅の一族に、私の眷属となるんだ」


「リリーベルと貴様の体質の相性を、確認しているのか? 相性の合う人間は、そうそういない。もし相性が合わなかった場合、リリーベルはただの魔物と化して、この娘と大差ない状態になるぞ?」


 アルベルテュスの声が割り込んできた。かすかな緊張と焦りがにじんでいる。

 カレルは「どうということもない」と笑った。


「合わなければ、その時はその時だ。私が責任もって、殺す。そんな風に、醜く中途半端に変化したリリーベルなんて、見たくないからね。リリーベルはこの可憐な姿のまま、私の記憶の中で生きる。私はリリーベルの絶望と恐怖の記憶に浸りながら、この先の時間を生きていくんだ。少なくともリリーベルが他の男に奪われる可能性はなくなるし、それもまた、リリーベルが私のものになる、一つの形だよ」


 アルベルテュスは秀麗な顔をしかめたし、リリーベルも、不愉快さにふつふつと力が戻ってくる。


(私は誰のものでもない――――少なくとも、こんな魔物のものにはならない――――!)


 一つの決意が、明確な存在感をもって胸に生まれる。


「さあ、待たせたね。君の出番だ」


 カレルが片手を挙げて、ずっと待ちつづけていた異形の魔物を誘う。

 魔物はカレルと、その腕に捕らわれたリリーベルを見おろす。

 頭が割れて、大きな口が開いた。

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