九話 おかえりなさい。そして、
孝介は目を覚ます。ふかふかとした布団の感触が心地よい。そして、携帯のアラームがうるさく鳴り響いている。孝介は、元の世界の土曜日の朝に戻って来たようだ。とりあえずアラームを止めて、日付を確認する。間違いない。異世界へ飛ばされる直前に戻って来ていた。
「よっしゃぁー……。」
小さな声だが、体全身に力を込めて喜ぶ。孝介は、今日群馬の実家の両親の元へ行こうと決めた。無性に会いたくなったのだ。すぐに荷物をまとめて、車に乗り込み、実家へと向かう。
「どうしたの急にー。」
そう言いながら、母は嬉しそうに迎えてくれた。家にあがると、定年退職した父がニュースを見ていた。おお、なんだ。と平静を装っているが、内心驚いていることは孝介にもはっきり分かった。
そして夜、今日は泊っていく事にし、両親と酒を楽しんだ。
こんなことに、こんな幸せなことに、どうして気が付かなかったんだろう。
孝介は心の中で幸せを嚙み締めた。
「ほんと、育ててくれてありがとう。生きていて良かった。また頑張れるわ。」
酔っていたからだろうか、無意識に口にしていた。母は照れたように、急にどうしたのよ、とニヤニヤしていた。父は、大げさだなぁ、感謝はいいから早く孫の顔見せろ。と笑った。
死の危機に直面し、他人の死を目の当たりにし、孝介は大きく変わった。異世界の果てで死んでいった者たちを思うと、ただダラダラと生きていられるはずもなかった。日々、全力で、彼らに恥じないように生きよう。孝介はそう心に決めた。
その心境の変化は、仕事面でも変化を及ぼした。とにかく積極的、前向きになった。孝介が入社以来初めて、「終わりました。何かお手伝い出来ることはありませんか。」と言った時の上司の西島の顔ときたら、口をパクパクさせ、まるで夏場の鯉のようで、傑作であった。自然と一人カラオケで職場の愚痴も、西島の説教も減った。
ある日、「神田さん、最近変わりましたよね。素敵だと思います。」と話しかけられた。受付の紗江さんだ。西島紗江さん。そう、上司の西島の娘だ。親子揃って、同じ会社で働いている。異世界へ飛ばされる前、一人カラオケで散々上司の西島の愚痴がてらこの娘の事も「コネ入社」だとか言っていたことを思い出し、孝介は苦笑いをしながら、そうでしょうか、ありがとうございます。と言った。
1年後。
孝介は職場の忘年会に顔を出していた。以前であれば有り得ない事だ。そして、飲み会に顔を出すようになってから、何人か仲の良い同僚も増えた。地元の高校時代のオタク友達以外で、親しい人が出来たのは初めてであった。
同僚と酒を楽しんでいると、隣に西島がやってくる。
「神田君。君は本当に変わったね。驚きだよ。それから、」
そう言うと、西島は姿勢を正す。
「娘の紗江と仲良くしてくれているようだね。これからも宜しく頼むよ。」
そういうと、西島は去っていった。反対に座っていた仲の良い同僚の早川が目を見開き、口を半開きにしたまま硬直していた。
その帰り、途中まで同じ電車の早川と共に電車に乗り込んでいた。当然、話は西島の話になる。
「お前紗江さんと結婚しろよ!あれ西島さん公認って事っしょ?」
早川が、酔った勢いで中高生のノリで孝介に絡む。
「うるさい。他の人に迷惑だから。つーか付き合ってないし、向こうが誘ってくれるからバーベキューとか花見行っただけで、基本的に職場の人達いるし、つーかお前もいるじゃん。そもそも二人きりでデートとか行ってないし。そう言えば、お前紗江さんは無いなーとか言ってたじゃん。」
酔った孝介もいくらか饒舌になる。
「いや、ほら、顔はさ、もういいじゃん!お前ならいけるって!」
そう言い、孝介の肩を叩く。
「チャレンジ精神ですすめてくんなよ。俺にも選ぶ権利があるっつーの。」
孝介がそう言うと、早川は「童貞のくせに偉そうにすんな!」と捨て台詞を吐いて、俺ここだから、と電車を降りていった。扉が閉まり、電車が走り出す。お酒が入ったせいか、若干の眠気と戦いながら、携帯で来期のアニメをチェックする。
「急停車いたします。揺れにご注意ください。」
駅員がそう言うと、強い横揺れの振動がやってくる。
突然、目の前が暗くなる。
眠ってしまったのだろうか。意識を取り戻すと同時に「やばい!寝てしまった!」と焦る。はっと目を開けると、倒れていたようで、恥かしさのあまり咄嗟に飛び起きる。
「コウスケ、大丈夫?」
金髪の少女が話しかけてくる。
「突然倒れて、どうかされましたかな!?」
執事のような老人が加えて心配する声をかけてくる。
辺りを見回す。
青く透き通った空に青々と茂った草原。
横には半壊した頭はイノシシ、体は人間の巨人。
足元には何やら神秘的な剣。
確か俺は、こんな景色を知っていて、それで、この少女も老人も見た事があった、え-と。
一気に酔いが覚める。
嘘だろ。おいおいおいおい。嘘だろ?嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
硬直する孝介を、心地よく優しい風が撫でる。
孝介は膝に手をつく。ドッドッドッドと脈が強く早く打つのが聞こえる。受け入れがたい真実が孝介を襲う。
孝介は、異世界へ戻って来ていた。




