八話 提案と帰還。
「お疲れ様。」
孝介はゆっくりと起き上がる。
初めてあの場内アナウンスの声を生で耳にする。
孝介は、スーツ姿でピンクのストレートの肩まで伸びた髪と、西洋の人形を彷彿とさせる整った顔立ちに少し魅入る。年は20前後だろうか。主張の激しい胸についてはなるべく見ないように心掛けた。そして、はっと我に返り、女に質問をぶつける。
「あの、ここは?」
「私の部屋よ。元の世界へ戻すまでの間、ここで私と話すことが出来るわ。今回も前回に引き続き、元の世界に戻れるのは1人だけのようね。」
ピンクの髪の女はそう当然の事のように答える。
もどる?戻るって、エネミーは倒していないはず。
孝介は混乱していた。確かエネミーを倒したら元の世界に戻れるはずだが、孝介はエネミーを倒していない。確かに目の前でエネミーは死んだが、あれは勝手にエネミーが自殺したに過ぎない。もっと言えば、武器はヨウタの物だ。
混乱している様子を見て、女は説明する。
「エネミーを倒した場合、基本的には武器の所持者が元の世界に戻されるわ。次に、武器の所持者が死亡していた場合、エネミーに一番近い人が元の世界に戻される。」
つまり、あの卵の一番近くに居たのが孝介だから、孝介は元の世界に戻れる、という事らしい。そして、孝介は一番聞きたかった事を聞く。
「なぜ、何故こんなことを……。」
「先に言っておくけど、恨むなら創造主を恨みなさい。私はただここでアナウンスをするために生まれたの。」
孝介は、何一つ理解出来ずにポカーンとしていると、女は、はーっと深いため息をついて、説明を始める。
「便宜上、あなた達の居た世界以外の世界を異世界とするわ。あなた達を異世界へ飛ばしたのは、創造主よ。創造主っていうのは、異世界を生み出している存在。そして、創造主は一斉に異世界を生み出し始めた。世界を作り、そこに、創造主から作られていないあなた達のいる世界の人間を送り込んでいるの。何故そうするのかは分からないわ。たぶん気まぐれね。」
ここまではいいかしら、といったように孝介を確認する。孝介は、申し訳なさそうに、いくつか質問する。
「僕らのいた元の世界って、じゃあ、一体誰が作ったんでしょうか。」
「さあ、それは分からないわ。世界を作れる創造主が、別の世界へ飛ばせる程度の事しか出来ないのにも関わらず、どの創造主も『完結』を宣言していない世界。それはつまり、創造主からは作られていないという事の証明。」
女は質問に答えると、続けて話す。
「とにかく、創造主の間で異世界を作り、あなた達の世界の人間を別の世界へ飛ばすという事が頻繁に行われた。問題はここから。創造主の中に、創造の途中で放棄する者が現れだしたの。」
「異世界を作ってからあなた達を創造主が作った世界へ送る。そして、なぜかあなた達を試すかのように、創造主は異世界を脅かし、あなた達の命を狙うような怪物も同時に作り、異世界へ送るの。そこまでなら問題は発生しないわ。」
「異世界は創造主によって作られた物で、すごく不安定な物なの。世界は創造主が『完結』を宣言すると完成して、以後その世界には創造主も干渉できなくなり、あなた達のいた元の世界と同じように安定するの。でも、『完結』を宣言せずに世界を作りかけのままにしておくと、簡単に壊れてしまう。そして、世界が壊れると、創造主が責任を持ってあなた達を元の世界に戻す、はずだった。」
はずだった?
孝介はそう口でなぞり、説明を乞う。
「創造主が世界を作りすぎて飽和してんのよ。壊れた世界からあなた達を元の世界に戻すのに、膨大なエネルギーが必要。でも異世界へ飛ばされる人数が多すぎて一気には飛ばせない。そして、本来異世界で産み落とされるはずだった怪物達も行き場を失い、このままでは、あなた達が戻るときに、他の世界やあなた達がいる元の世界に怪物ごと流れ込んでしまう恐れがあった。」
「だから、見かねた創造主がこの世界、異世界の果てを作り、ここで怪物とあなた達を一旦置いておくことにしたの。でもそのままだと、あなた達を元の世界に戻している間に、いずれこの異世界の果ても怪物で飽和してしまう。」
「そこで、怪物を元の姿から、なんとかあなた達が倒せるレベルに変形させて、あなた達に殺させたの。そうすれば、人もエネミーも両方減らすことが出来るから。まぁリサイクルっていうやつね。」
リサイクル?なんだそれ。俺たちは勝手に異世界へ飛ばされて、それで、どうにもならなくなったから、その後始末を俺たちに死に物狂いでやらせるっていうのか?俺たちは何なんだよ、ハッ、笑えてくる。おもちゃかよ。ふざけんな。ふざけんじゃねーよ。
ここまで聞いて、孝介は憤慨した。
「ふっざけんじゃねえぞ!!!!そのために何人死んだと思ってんだよ!!!!ケイも!!リクヤも!!!!……ヨウタも!!!!」
そこに被せるように、女も声を上げる。
「だからァ!!!あたしに文句言うんじゃねえっつってんだろ!あたしはここでアナウンスしてただけだよクソがァ!!!」
孝介は何かのスイッチが入ったように当たり散らした。生涯初であろう。反抗期の時だって孝介は声を荒げなかった。初めてこんなに声を荒げた相手が、まさか女の子になるとは孝介自身も思っていなかっただろう。しかし、それが八つ当たりだと気付き、冷静さを取り戻す。孝介が、ごめん。と一言返すと、女は、別にいいけど。と不貞腐れたように返す。
そして、一番最初に聞いておくべきことを、孝介は思い出す。
「あの、名前は?」
「ないわ。あるのかしら。あるんだとしたら、知らないわ。」
ついさっき、ここでアナウンスするために生まれたといった。その時に名前は与えられなかったのだろうか。すると、孝介の頭に何か降りてきた。
「ウグイスは?」
「なにが。ていうか、ウグイスって何よ。」
女は初めて困惑の表情を見せる。
「名前だよ。ウグイスっていうのは、いい声で鳴く鳥のこと。ほら、アナウンスでいい声してると思ってたからさ。」
場内アナウンスが何となくウグイス嬢ぽかったからというのが本音だが、説明をするのも面倒臭いので、てきとうなことを言って説得する。
孝介がそう言うと、女は少し固まり、不貞腐れたように、しかしどこか恥かしそうに言った。
「あたしに名前なんて必要ないわ。ここでアナウンスしているだけだから。」
「俺がなんて呼んだらいいか困るんだよ。じゃあ俺は勝手にウグイスって呼ぶよ。」
孝介は勝手にため口にする。怒鳴った手前、敬語に戻すのも不自然だと思ったのだ。
どうやら女の反応を見る限り、どうせすぐここから消えるくせに、と文句は言っていたが、嫌ではないようだ。
「あ、戻す時間が来たみたい。」
どこか名残惜しそうにウグイスは言った。
「そうか、じゃあなウグイス。」
孝介がそう言うと、ウグイスは一瞬笑みを浮かべ、真剣な眼差しを孝介へ向けた。
「さようなら。」
その言葉と共に、孝介の意識は切断された。




