六話 救い無きこの世界。
遠くから声がする。意識を徐々に取り戻すと、孝介はタカアキに体を揺すられて起きろと声を掛けられていた。
体を起こすと、見覚えのない風景が広がっていた。辺りは住宅街のような街並みが広がっており、孝介達はその住宅街の子供達が遊ぶであろう公園の中に居た。
唯一前回と同じなのは、周囲が薄暗いことだ。
前回のオフィス街とは大きく異なっており、孝介は一瞬戸惑った。どうやら戦闘区域は1つでは無いらしい。それ以上は考察する間もなく、タカアキに、「行くぞ」と即され、立ち上がる。
ケイとリクヤは既に意識を取り戻しており、孝介が意識を取り戻すのを立って待っていた。
行くって、どこへ。
そう尋ねる間もなく、タカアキはついてこいと言うと走り出した。走りながら少し振り返ると、40人ほど意識を失って寝ていた。人数が増えているのは、恐らく新しい漂流者だろう。
どうやら孝介達のチームが一番最初に意識を取り戻したようで、まだ皆大人しく寝ていた。
孝介が来た最初のオーダーの時も孝介はてっきり最初に目を覚ましたものだと思っていたが、恐らくこうして先に動き出していたのだろう。
3人は、何かを探すように走るタカアキについていく。タカアキが立ち止まって細道を何かを探すように眺めている。その隙に、質問をしてみる。
「何を探してるんですか。」
タカアキは「隠れる場所」とだけ答えると、再び走り出した。孝介は驚いた。場内アナウンスが流れるよりも早く、まず安全な場所の確保に努めているのだ。もし自分なら、場内アナウンスが流れるまで公園で待ってしまっていただろう、孝介はタカアキに感心した。
確かにタカアキは嫌な奴だし、依然として嫌いだが機転の利く頭の良い奴だと孝介は評価を改めた。このチームに加わったのは正解だったかも知れない。孝介はタカアキに頼もしさすら感じ始めていた。
そうして探して回っていると、裏庭の付いた家を見つける。裏庭までは細い道が続いていたため、エネミーが侵入してくる心配もない。タカアキも納得したらしい。ここにしよう、とタカアキが言うと、3人は肩で息をしながら頷いた。
試しに家の扉や窓を開けようとしてみるも、やはり開かなかった。
やがて、場内アナウンスが流れる。新しい漂流者へ向けたお馴染みのアナウンスだ。孝介もおよそ7時間ほど前に聞いたものと同じであった。
そして、前回と同様に目の前に武器が支給される。孝介の今回の武器は、10センチメートルほどの亀の形をした置物だ。相変わらずふざけている。
タカアキは金属バット、リクヤは白い粒子の入った瓶、ケイはオタマジャクシの人形であった。唯一武器になり得るのはタカアキの所持しているバットくらいか、とガッカリしていると、タカアキは目を見開きリクヤの持つ瓶を見つめていた。
「ちょっと貸せ。」と言うとリクヤの手から瓶を奪い、蓋を開けて中の粒子を指に付けて舐める。3人は驚いたが、どうやら身体に問題は無いようだ。タカアキは僅かに呆け、
「海の味。」と呟く。タカアキが無事なことを見届けると、好奇心に駆られた孝介も少し貰って舐めた。しょっぱい。どうやらただの塩のようだ。
「よし、俺のバットとこれ、交換しようぜ。」
なんと、タカアキはただの塩と自身の武器であるバットを交換しようと持ちかけた。リクヤからすれば、断る道理が無い。リクヤはタカアキの提案を受け入れ、武器を交換した。
そして、カウントダウンが始まる。
「エネミーが出現します。戦闘を開始して下さい。」
戦いは始まった。
しかし、指揮を執るタカアキは動く気配を見せない。ここで60分間やり過ごすのだろうか。対抗手段がない以上は仕方ないか、と孝介は勝手に納得する。
「よし、見張りだ。」
司令塔が指示を出す。全員で裏庭へ続く道に出て、道路にエネミーが出現しないか見張るということらしい。確かに、この細道なら奴らが侵入してくる心配はない。安心して見張る事が出来る。
何体かエネミーが通った。観察してみると様々な事が分かる。エネミーにも色々な種類があるようであった。
既存の動物が巨大化、変形したもの。無機物が怪物化したもの。人間の形をしているが怪物であるもの。大まかに分類するとこれらに分かれた。
また、どうやら鳴き声があるものとないものもあるようだ。
タカアキは、通りかかるエネミーを見ては、ちげぇな、来ねぇな、といった独り言をぶつぶつと言っていた。何か特定のエネミーを待っているようだった。
その時、右方向からノソノソとゆっくりエネミーがやってくる。巨大なカタツムリであった。しかし、ただのカタツムリではない。
触手のように伸びた目が20本近く生えておりウネウネと何かを探すように動いている。
その時、タカアキがリクヤの手を引っ張り、先頭に連れてきたかと思うと、タカアキはリクヤを思い切りドンと押した。リクヤは巨大なカタツムリの前へと放り出される。リクヤは、巨大なカタツムリを前にして動くことが出来ない。また、カタツムリもおよそ半分の数の目でリクヤを捉え、残りの半分ほどは相変わらずウネウネと動いたまま様子を伺っているようであった。
すると、
「俺を信じろ!そいつは遅ぇ!そのバットで倒せる!」
この時、その場にいた全員がタカアキの言葉を疑わなかった。
その一言に、リクヤは攻撃的な顔付きになり、バットを剣のように構える。そして、今に殴りかかろうかというとき、カタツムリの目が一斉に触手のようにリクヤへと伸びてくる。先ほどまでのノソノソとした歩き方がまるで嘘のように、素早く伸び、リクヤは反応する術も無く触手の目に捕まる。触手の目は、タコの吸盤のように、リクヤの体へ貼り付いていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!!」
控え目なリクヤから想像もつかない苦痛の叫びが聞こえる。
その時、タカアキは飛び出し、カタツムリの正面を避けて側面へと回った。そして、先ほど交換した武器の粒子の入った瓶の蓋を開けて、カタツムリへ振りかける。すると、少量の塩を振りかけただけで、カタツムリの触手はリクヤを離し、苦しそうにウネウネと素早く動き始める。そして、次第に黒に変色していき、どんどん小さくなっていく。
やがて、完全に動かなくなった。それは、絶命した事の証明であった。
「おっしゃあああああああ!!!!!」
タカアキは雄叫びをあげる。タカアキはこのカタツムリのエネミーを倒したのだ。そして、叫び声と共にタカアキは、まるでそこに何も無かったかのように姿を消す。元の世界へ戻ったのだろうか。
しかし、今はそれどころでは無かった。触手の目に襲われたリクヤは、貼り付かれた箇所にぽっかり穴を空けており、そこから血が流れ出ていた。
ふっ、ふっ、ふっ、と小さく息をすることしか出来ない姿が、もう助かる事は無いという事を物語っていた。
「リクヤ君!」
そんな事は分かっていながら、ケイが細道を飛び出し、リクヤの元へと駆けつける。リクヤを抱き抱え、大丈夫か、大丈夫か、と必死に声をかけるが、見ても大丈夫な様子ではなかった。ケイとリクヤは、孝介が見る限り、休息区域ではミーティング以外の間もずっと一緒にいたようだった。ケイにとって、リクヤはこの世界で一番の仲間になる予定であったのだろう。
孝介は動けず、相変わらず細道で呆然としていた。そして、懸命に声をかけ続けていたケイが急に静かになる。
いつの間にか、カタツムリの反対側の左側の道路に、エネミーがいたのだ。浮遊しており、下半身はオカリナで、口をつけて吹く部分からカメレオンの頭部が生えていた。口を開け、ストローのように伸びた舌は、ケイの頭部を突き刺していた。貫通していた事から、即死であることは明白であった。
ケイはリクヤに覆い被さるように倒れ込む。
その下で、リクヤはまだ懸命に、ふっ、ふっ、ふっと苦しそうに息を続けているのだった。
孝介は膝から崩れ落ちた。これが夢なら早く覚めてくれと願う事しか出来なかった。
タカアキは、目を覚ますと真っ白な部屋で寝ていることに気が付いた。もう異世界に飛ばされてから何年も経っているのであまり覚えていないが、こんなきれいな部屋に住んでいたということは無かったはずだ。体を起こすと、声がした。
「あんた、本当クズね。」
その声は、あの場内アナウンスの声であった。声の方を見ると、髪はピンク色のストレートで、胸元までの長さがあった。顔はまるで洋風の人形のように整っていて、体は細いのに胸はやたらと主張しているスーツ姿の女が居た。
「お前、あの声の。」
と、思い出しながらタカアキは呟く。
タカアキがそう言うと、その女は嫌悪感を露にして、
「あんたのおとりや犠牲になって、何人死んだと思ってんの?」
と吐き捨てるように言った。
タカアキは、「そもそもてめぇがこんなゲームを」と言いかけて止める。そして鼻で笑い、
「こっちは死に物狂いだ。てめえもやってみろ。俺の気持ちがわかるぞ。」
と、得意げに言う。
「なんであんたが生き延びたのよ。あんたがリクヤのおとりになれば良かったのに。まぁ良いわ。エネミーを倒した以上、あんたは元の世界に戻れる。因みに、戻るのは異世界へ飛ばされる直前になるわ。」
と、残念そうに女は言った。
俺が異世界へ飛ばされる直前、俺は何をしていた。どうやって飛ばされた。
それを思い出し、タカアキはハッとする。
「待っ」
言い切らないうちに、タカアキは元の世界に飛ばされた。
「いい気味ね。」
無表情で女は一言呟いた。




