五話 無益な検討と不穏な警告。
本当に身勝手な奴だ。孝介は、出会って30分ほどの男に早速嫌悪感を抱いていた。しかし、孝介は彼らのチームに加わる事にした。このような状況下で、味方を選んでいられる場合ではない。孝介は、あんな化け物に一人でまともに戦えるわけもないので、贅沢を言っていられる場合でもなく、とにかく仲間が必要であると考えた。
タカアキ以外の二人と挨拶をする。二人とも若い。高校生くらいであろうか、ややぽっちゃり気味のリクヤと、顔立ちは整っているが、不愛想がもったいなさを感じさせるケイだ。二人とも孝介と雰囲気が似ており、あまり知らない人と関わりたくなさそうな、人見知りな感じが見て取れる。孝介は彼らに、俺も学生の時こんな感じだったなぁと勝手に親近感を覚える。
タカアキは空気読まず、初対面同士を放っておいて、トイレに行ってくると言い残し、その場を後にした。初対面同士で気まずい事この上無かったのだが、その場の中で孝介が一番年上であるので、必然的に孝介が場を取り仕切る事になる。
話を聞くと、ケイとリクヤの二人も異世界で旅をしており、ケイは一人旅を、リクヤは仲間と共に旅をしていたらしい。そして驚いたことに、ケイと孝介は生まれた年が5年しか違わなかった。異世界へ飛ばされる前の姿に戻っている為、孝介とケイは見た目の年齢が10歳ほど年齢が離れている。それは、必然的にケイが異世界へ飛ばされて5年前後は経っていたという事である。
一方、リクヤが生まれた年は、見た目の年齢相応のもので、孝介と10年ほど離れている。リクヤ曰く、異世界のカレンダーは元の世界のものと大きく異なっているため正確ではないが、異世界に飛ばされて大体半年ほどであったという。
生まれた年の近いケイに孝介は親近感を持ち、若干心を許す。ケイは、ケイが異世界へ飛ばされる前に流行っていたアニメがどうなったとか、当時人気だった芸能人が結婚したとか、一つ一つに新鮮なリアクションを示すので、孝介は心が躍ってネタバレを続けた。そして、リクヤはそれに、へぇ、とか、すごい、とかてきとうに相槌を打っており、何とか会話についていこうという意思を示しているところを見ると、悪くない奴であることは間違いないようだ。
これを雪解けに、色々と会話をすることが出来た。幸いなことに、タカアキはなかなか戻ってこない。
漂流者の中でも、異世界に洗脳されていない人間が二人もいることに孝介は安心した。リクヤはまだ異世界へ飛ばされて半年ほどで、やっと馴染んできたかどうかくらいの時期であった。ケイに至っては、先ほどの報告会によれば、ずっと一人旅なので持ち前の人見知りは直らず、過酷な出来事にばかり遭遇していたようで、どうやら勇者としての自覚だとか強さ故の慢心といったような余裕は無かったようだ。
そんな話をしていると、戻ってくる足音と共にタカアキが声をかけてくる。
「おー、仲良くやってんじゃん。」
その一言で、一同は一気にテンションが下がる。まぁ、別に、と言った具合にタカアキを受け流す。まるで、怖い教師が休み時間に、教室に登場した時のようであった。この反応を見て、ケイとリクヤもタカアキが苦手であることを察した。そのことにより、孝介はまた勝手に親近感を覚えるのであった。
タカアキが帰ってきたところで、チームミーティングが始まる。おさらいがてら、もう一度戦闘区域であったことを報告会より鮮明に話し合うことにした。まず、エネミーを間近で目撃した孝介が体験したことを具体的に聞かれる。途中で気分が悪くなり、察したケイが気遣って次の話題へ進めようとするが、タカアキは今後のためだから、と容赦は無かった。あのボウリング球と遭遇し、情けなく怯えて地獄が終わるのをただひたすら待っていた所まで話し終わる。
次に、ケイが話し始める。ケイは最初に全員で目撃した芋虫以外のエネミーでは、巨大なマンボウに手と足が生えたような化け物を目撃したらしい。マンボウはケイに気付かず通り過ぎて行ったのだが、あまりの不気味さに戦意喪失し、あとは孝介と同じように逃げ隠れていたようだ。そして、リクヤは最初の巨大な芋虫に驚き、そこからは孝介と同様に隠れていたようだ。タカアキはと言うと、まぁ俺も同じかんじ、とだけ言い、それ以上は特に語らなかった。
このチームのメンバー以外でも、先ほどの報告会で聞く限り、生き残った者は総じて隠れて逃げ延びたようであった。そうであるならば立ち向かった人たちは、と孝介の頭に一瞬よぎるが、それ以上は考えないことにした。
次に、議題はエネミーの対策に移った。そうは言っても、具体的に倒し方が分からない以上はどうにもならない。どうしたら良いのだろうと途方に暮れるばかりであった。しばらく沈黙が続き、タカアキは、これ以上は何も出ないと踏んだのか、とりあえず解散という事になった。
食欲は沸かなかったが喉はカラカラになっていた為、飲み物を求めてビュッフェへと向かう。そこには飲み物も置かれていることを確認し、孝介は安心する。飲み物をコップに入れ、一息ついていると、隣に男が並んできた。そして、声を掛けてきた。
「悪いことは言わない。タカアキと組むのだけはやめておけ。」
そう一言だけ、誰にも聞こえないように呟いた。孝介は、えっ、と小さく声を上げ、男を見る。どこか憔悴しきった様子であった。珍しくワイシャツを着ており、この中では若干まともな人間のように見えた。孝介は、自身も社会人として働いているのに、たまたま寝起きに異世界へ飛ばされたために上下ジャージでここに来てしまい、多数派のニートや引きこもりの彼らに外見上同化してしまっている事を悔やんだ。
男は続けて話す。
「俺とあいつは、お前らが来る1つ前のオーダーでここに来た。そしてあいつは、」
孝介は黙って彼の話の続きを聞こうとすると、ある声に制止される。
「コウスケ、そいつに関わるなよ。それ以上話したらお前もう仲間じゃねーから。」
孝介は、なんて器の小さい男だ。この期に及んで小学生染みたことをしている場合か。と呆れる。男は、クソ、と悪態をつくと去って行ってしまった。
孝介にしてみれば、どちらも信用するに足るものではなかったが、ケイやリクヤの事も考えると、男の後を追うことは止めることにした。
隙を見て男と接触を試みようとしてみるも、どうやらタカアキは孝介を警戒しているらしく、密かに見張られていることを感じたため、なかなか機会を得られなかった。あまり接触を試みようとしていると、それも悟られてしまう恐れがあるため、断念した。
それから、再度チームで集まり、タカアキがオーダー開始と同時にチームで集まるといった取り決めをすると、すぐにまた解散になった。この時孝介は男の発言の真意を確かめたかったが、これ以上タカアキが気分を害するのもこわかった為、止めておくことにした。
それから、仮眠を取ったり、食欲はないが何とか口に入れられそうなものをつまんで栄養補給をしたりして時間を潰した。
そして、トイレには何の気休めか、表紙に何も書かれていない薄い自由帳ほどの大きさと厚みの本が置いてあった。誰も興味はないらしく、置きっぱなしになっている。孝介は手に取り、広げてみる。どうやら詩集のようだ。
「懐かしき故郷を自らの手で焼け野が原に。」
「個性無き彼に色を、そして友を。」
「醜き兄には憐みの音色を。」
最初の数個を読んで孝介もページを閉じる。端的に言えば、不気味の一言だ。挿絵もなく、ただ詩だけが書かれていた。恐らくは先人の物だろうか。この異世界に連れてこられておかしくなったのだろう。しかし、新たな発見もあった。
孝介含め、今ここにいる漂流者は衣服以外は何も持ち込んでいないという事であったが、ここに本が存在しているという事は、次のオーダーでこの異世界の果てへ来る漂流者が何か持ってくるかもしれない。そして、その物がもしかしたら突破口になるかもしれない。孝介は微かにそんな期待を持ちつつ、引き続き時間を潰した。
そして、その時は訪れる。
「まもなくオーダーを開始します。転送に備えて下さい。」
再び地獄へと向かう時間がやってきたようだ。場内アナウンスを聞いて、あんなところに戻りたくないと泣き叫ぶ者や、愕然とする者もいた。
孝介は、残り時間を教えてくれるとか、そういったサービスは無いのだろうか。せめて休息区域にタイマーでも設けてくれたら良いのに、と心の中でクレームが言って強がれる程度の落ち着きはあった。チームを組んだせいか、周りの人達に比べたら冷静でいられていると見て取れた。
と言っても、当然孝介も嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ行きたくない行きたくない行きたくない!という気持ちが半分支配しかけている。僅かな冷静さを以って、虚勢を張って無理に強がっているのだ。
そして、地獄へ呼び戻すために、意識の切断が孝介を襲う。




