魔法少女の剣王祭
皆が帰った後の聖グリュフィス聖堂は閑散としていて、それなりに賑やかだった昼間と比較して、シャルルさんは物悲しい気持ちになってしまう。
“私ハ、静カナ方ガ良イケドナ”
今日は一日中屋内から出なかったロココさんは、そう言うけれど
“ロココモ顔ヲ出セバ良カッタノニ…”
それなりに楽しかったと感じてるシャルルさんはそう思う。
しかし
“アノ人達ニ関ワルト、ナンダカ疲レル気ガスルカラ断ルワ”
言われれば、確かに妙な疲労感のあるシャルルさんは『そんな事はない』とは言えないのである。
何はともあれ、聖堂内はとても静かで、誰かが近付いてくれば足音がよく響く。
その足音の主に、心当たりはあるから
“随分早カッタナ…モウ見ツカッタノカ?”
シャルルさんは声をかけた。
「ええ。一冊だけ不自然に状態の良い書物があるのは知ってたましたから、それではないかと思ってね…」
聖堂内の書庫から戻ってきたシニャック老は、一冊の書物を携えていた。
「表題は無いですが、一頁目の冒頭に『聖グリュフィスの真実をここに記す』と書いてある。
これで間違いないでしょう…」
そう言いながら、シャルルとロココが座る長椅子へと腰を下ろす。
シニャック老が手にしているのは、シャルルの記憶の中で、『聖エヴァレット』が言及していた文献だ。
“ドウスルンダ?ソレ”
「さあ…私にはどうしたものか分かりませんが、こういった物はエルダーヴァイン夫妻に預けるのが間違いないでしょう」
なるほど、手広く事業を行うエルダーヴァインなら顔も広い。
歴史研究家等に、直接ではなくてもコネはありそうであるからして、あの二人にお願いすれば間違いは無さそうだ。
それを言い終えると、シニャック老は「ふぅ」と軽くため息をつき、祭壇に飾られた『聖エヴァレット』の肖像画を眺めながら
「それにしても、君は酷いですね?」
シャルルに向かって言い放つ。
“ナンダヨ、藪カラ棒ニ”
酷いと言われる事に、心当たりが無い訳ではないが、シャルルは一応惚けてみる。
「この前、ここで話した時も彼女の事、何も話さなかったじゃないですか?」
“アア、ソレカ…”
少しの沈黙
「貴方は、彼女に有った事があるのですね…」
“…話シテタラ信ジタカ?”
「…どうでしょうか…」
ロココだけが、話についていけずにキョトンとしている。
「何故、急に自分の過去の記憶を見せたりしたのですか?」
シニャック老のこれは、素朴な疑問であり、深い意味は無く
“別ニ…深イ意味ハ無イ…”
シャルルさんのこれは、嘘とまでは言わないけれど、本音とは言えない。
その自覚が無い訳じゃないから、シャルルは少し考えて言葉を選ぶ。
“ナントナクサ…似テルンダヨ…”
「何がです?」
“『聖グリュフィス』ト魔法少女サ”
感じ方は人それぞれだが、その感覚はシニャック老には分からない。
少なくとも、シャルルの記憶の中で見た『聖グリュフィス』からは、そんな感じはしなかったのだが
“…何時も何カ思イ詰メテル感ジガスルンダヨナ…”
実際に同じ時を過ごした者にしか、分からない事があるのかもしれない。
“今日ダッテ、ズット何カ考エ事シテタシナ”
それは、シャルルの能力で気付いた物ではあるけれど
「そう言われてみれば、なんだか上の空でしたね?」
能力なんか無くたって、気付きもする。
「何を抱えてるのかね…」
“サアナ、ソコマデハ分カラン…”
話してくれれば簡単なのに…と思わなくもないが、そんなに簡単な事じゃないから話さない訳で
「難しいですね…」
“ダナ…”
どんなに長い時を生きていたって、人の心は分からない。
すぐ傍にいるロココさんが、何故かご機嫌斜めになっている理由だって分からないのだ。
“…ドウシタ、ロココ?”
“オ爺チャンノ、過去ノ記憶ッテ、ドウイウ事?”
“ア、アア、ソレカ!ソレハ後デ説明スルヨ!”
説明するとは言った。しかし、記憶を見せるとは言ってないシャルルさん。
自分の子猫時代など、孫になんか見られたくは無い。
“コンナ事ナラ、昼間顔ヲ出スンダッタ…”
心底、昼間ロココがいなくて良かったと思うシャルルであった。
一方、聖グリュフィス聖堂孤児院では、メリルさんが子供達の夕御飯の準備をしてる。
昼間は友人宅に遊びに行っていた子供達は、今は部屋で休んでるところ。
手伝う事を申し出たが、「今日は休んでなさい」と言われたマリーは、椅子に腰掛け、夕御飯の準備をする母親を眺め
『昔にもこんな何でもない時間がたくさん有ったな』
と、感慨に耽る。
ただ、昔はもっと賑やかだった気がする。
そんなマリーだが、気掛かりな事がある。
「ねえ、お母さん…」
「なに?」
「リカちゃ…じゃないや…ソフィちゃん…いや、ソフィア様って言った方が…」
「ソフィちゃんで良いでしょ?」
「うん…ソフィちゃんって、あんなに大人しい子だったっけ?」
10年前の彼女の印象は、明るくて、イタズラ好きで、よく笑う女の子。
10年もあれば、人は変わってしまう物だろうし、彼女の境遇なら尚更だろうが
「うーん、基本的には昔と変わってないと思うわよ?明るくて優しい子」
メリルさんの見方は違うようだ。
「うん…本当に良い子に育ったよ。あの親の元でどうなるかと思ってたけどね…」
感慨深げに、そう語るメリルさんを見ていると、マリーは不思議と嬉しい気持ちになる。
まるで自分が褒められてるような気持ちになるからだけれど、それにしてもやはり今日見たソフィア姫の印象とは離れてる。
「ただねぇ…今日は分かりやすく元気無かったなぁ…」
流石にメリルさんもその事に気付いてたようだが、なるほど、今日のソフィア姫が特別だった訳だ。
「ま~た、何か抱えてるのかねぇ」
ソフィア姫を心配する母の姿は、なんだか楽しそうでもあり
「そう思うなら聞けば良いのに…」
少しだけ、やきもちを妬くマリーではあるけれど
「聞いて答えると思う?」
そう言われてしまえば、首を振るしかない。
何しろ、彼女は自分達の前ではユーリカ・マディンとして振る舞っている訳で、言いたくても言えない事だらけなのは、想像に容易い。
そこでマリーは、1つ疑問に思うのだ。
「ねえ、母さん…私達はずっとソフィちゃんの事、気付いてないふりをしなくちゃいけないのかな?」
本当の事を話してはダメなのだろうか?
それに対するメリルの答えは決まっている。
「わかんない…」
どうするのが最善なのか、なんて分かれば苦労は無い…
「さて…みんな待ちくたびれてるみたいだし、ご飯にしましょう」
この話はこれで終わりと切り替えて、メリルさんがマリーの後方へと視線を移すから、つられたマリーがその視線を追いかける。
少しだけ開けられたドアの隙間から、覗き込む目が3人分。
「みんな、ちゃんと紹介するから入っておいで」
言われて、一瞬ビクッとなってからドアを開け、照れ臭そうに入ってくる子供達。
マリーは
『私達がソフィちゃんと初めて会った頃も、こんな感じだったな…』
と、内心で独り言つ。
商店街から、寄宿舎へと向かう途中にある公園。
そこのベンチに、ユーリカ=ソフィアは座っていた。
例によって、エルダーヴァイン夫妻の馬車で途中まで送ってもらい、『歩きたいから』とうそぶいて、離れた所で降ろしてもらった。
おそらく、エルダーヴァイン夫妻には、歩きたいからというのが嘘だという事は、バレているのだろう。
そう考えて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
この公園に来たのは、人と待ち合わせるためだ。
今はあまり会いたくない人物ではあるのだけれど、会わない訳にはいかない。
間もなく、その人物が現れる…
季節は、もうすぐ本格的に夏になるというのに、コート姿に帽子を深々と被る。
人に姿を見られたくないからなのだろうけど、かえって目立ってしまってる。
「待たせたか?」
そう言いながら、コートの人物はユーリカ=ソフィアの隣に少し距離を開けて腰掛ける。
「…大丈夫です」
力の無い返事に、コートの人物は少しだけ困惑するが
「…今日、城にクルーアが来て、話をしたよ…剣王祭に出るそうだ」
すぐに本題に入り
「で…お前はどうする?」
拒否権が有るようで無い事を聞いてくる。
「…私がソフィアだって事、グリュフィス聖堂の人達は気付いてるんですかね?」
しかし、ユーリカ=ソフィアはその話を無視して、全く違う話を始めてしまう。
あまり時間に余裕の無いコートの人物は、苛立ちを隠しきれないが、同時に『その問いにどう答えるのが正解か』と考えてしまう。
あの連中が、ユーリカ=ソフィアの正体に気付いてないはずがないからだ。
その事を話してしまっても良いのかもしれないけれど、やはりどうしたらか良いのか答えは分からない。
けれど、少し冷静になれば、それに対してどう答えるべきかなんて、決まっていると気付く。
「私に分かる訳が無かろう…」
そんなものは当人にしか分からない。
『直接聞けば良いだろ』という言葉は呑み込んで、コートの人物…エリザベート・イヅチは、突き放すようにそう答えた。




