20 終わらない恋になれ
目が覚めたあたしは、また暫く病院に入院を余儀なくされた。まだ精神的に不安定だからって。確かにそうかもしれない。だって今でも何も考えてなくても胸が痛くて涙が出たから。
季節は12月に変わり、木枯らしが吹いていた。
20 終わらない恋になれ
「幸、そう……貴方が幸なのね」
初めて母さんと面会をした時、母さんは涙を流しながらあたしを抱きしめた。もう母さんは前の幸がどうとか、そんな事は言わなかった。2人で一緒に幸せになろうね、それだけしか言わなかった。母さんはあたしと2人で生きて行くって言ってくれた。大切に育てたいって。
有難う母さん、その言葉だけであたしは幸せだよ。
「あたしね、幸と話したんだ。幸せになるって」
「うん、なろうね。絶対にお母さんが幸せにしてみせるからね」
うん、あたしの世界の大部分は母さんから作られてる。あとは学校の友達、そして……
思いだしたのは温かい笑顔、いつもあたしを包み込んでくれた優しい腕、嫌味な事を全く言わない口。春哉はどうしてるんだろう、春哉は今何をしてるんだろう。あたしがいなくなって幸せに生きてるのかな?それはそれで悲しいけど。
でも母さんの言葉を聞いて一刻も早く春哉に会いたくなった。
「春哉君ね、一度家に来たのよ」
「春哉が?」
「うん、幸を助けられなかった事を謝りに……優しい子ね。だからね、待っててあげてって言ったの。そしたら彼、ずっと待ってるって」
涙が出た。春哉はあたしを待っててれている。あたしなんかを……春哉は約束を破らない。今でもあたしを待ってくれるんだ。
泣きだしたあたしを抱きしめて、母さんは優しく語りかけた。
「幸、今度は貴方が迎えに行かないとね。ずっと迎えに来てもらってばかりだったもの」
「うん……」
「もう余所見しないで真っすぐ歩けるね」
「うん」
「でも辛くなったら後ろを振り返っていいのよ。母さんが迎えに行ってあげるからね」
「うん……ッ」
母さんに抱きついて、わんわん泣いた。
母さんの前でこんなに泣くのは久しぶりなのかもしれない。でも母さんは嫌な顔1つせずに、あたしを抱きしめてくれた。
あぁ……あたしと幸は小さいころからずっと、この手の優しさに憧れてた。やっと手に入れた。優しい絶対的な存在を……
その後はリハビリだって勉強だって頑張った。そして病院から出られたのは12月23。クリスマスイヴの前日だった。その日は夜遅くだったから、そのまま母さんと小さくお祝いをした。
明日の夜は母さんと2人でクリスマスを過ごす。そして明日のお昼に春哉に会いに行く。そう心に決めた。
12月24日に、溜まっていたメールを石原達に返した。
すぐに電話がかかってきて、それに出た途端、藤田さんの感極まった声が聞こえてきて、後ろで石原達が早く変われって騒いでる。藤田さんと会話をして石原と変わった。
「石原?」
『倉田さん大丈夫だったのか?まさかの病弱設定?』
「そうだよ、あんたがあたしにストレスためさせっからだよ」
『……ごめん』
「ん?」
『俺たち倉田さんに酷い事知らないうちに言ってたのかもしれない』
悲しそうな石原の声。そうか、幸は学校で馴染めないって言ってた。多分、石原もそれを感づいていた。石原はだからあたしに謝っているんだ。
でもいいんだよ。あたしはむしろ遠慮ない言葉の方が気が楽なんだから。
「違うよ石原、救われたのはあたしだよ」
『倉田さん?』
「有難う」
『……修学旅行さ、俺達同じ班になったから、1月学校来いよ。話し合わなきゃいけない事あんだからな』
「任せて」
その後にも石原の友達と軽く会話をして電話を切った。
修学旅行か……考えもしなかった。どうしよう、すごく楽しみだ。そしてその前にやらなきゃいけない事がある。服を着替えて軽く化粧をした。一番好きな人に不細工な顔は見せられないから。多分泣くと思うけど、マスカラとアイライン取れたらどうしようかな。
家に鍵をかけて外に出る。寒い風がむき出しの皮膚を攻撃したけど、それすらも何だか嬉しかった。
春哉の家の行き方は分かる。何度も前を通ったから。
今日は終業式だ。春哉は帰ってるかな?それとも友達と遊んでるのかな……あたしは息を大きく吸ってインターホンを鳴らした。
出てきたのは春哉のおばさんだった。おばさんは目を丸くして、上がってくれと言った。
「ごめんね、春哉まだ帰ってないの。多分すぐ帰ってくると思うけど」
「いえ、いいんです。こんな時間に来たんですから、出直します」
おばさんが出してくれたお茶とお菓子を食べて、頭を深く下げて立ち上がった。おばさんは申し訳なさそうな顔をして玄関まで送り出してくれた。
そして歩き出したあたしに一言言葉をくれた。
「幸ちゃん、うちの息子をよろしくね」
「え?」
「春哉は貴方がいないとどうしようもないから。ふふ……こんな可愛い子を連れて来るなんて思わなかったわ」
「春哉はあたしには勿体ないくらい格好いい彼氏です」
「有難う、お世辞でも息子を褒められて悪い気はしないわ」
春哉はおばさんにあたしの事を何かしら話してたんだろう。でもおばさんの反応から悪い事は言ってないみたいだけど。
春哉に会いたい、会いたい。
何回も心の中で念じた。電話をすればいいんだけど直接声が聞きたかった。電話だったらあたしは絶対に電話口で泣いてしまうから。
「幸……幸!!」
聞きなれた声。大好きな優しい声。
振りかえった先にはずっと会いたかった愛しい愛しい彼が立っていた。春哉はあたしの前まで走ってきて肩を掴んだ。どこにも行くなとでも言うように。
呆然としてたけど、春哉は何か思い出したように急に顔を真っ青にするもんだから何だか可笑しくてつい笑ってしまった。
「倉田、さん?」
あぁ、あたしを幸と間違えてるのか。
なんだかどこまでも春哉らしい、優しいね本当にあんたは。
「えらい他人行儀だね春哉」
「さ、ち……」
「他に誰かいる?」
春哉の腕の力が抜けてアホな顔になってる。
ねぇ春哉、話をしよう。ずっとしなきゃいけなかった大事な話。
「え、どうして……俺……」
「話があるんだ。行こう」
春哉の手を握って歩き出す。何も言わずについてくる春哉を人通りのない河川敷に連れていく。河川敷にはキャッチボールをしている兄弟の様な子しかいない。ここならゆっくり話せそう。
河川敷に腰掛けて、少しだけ沈黙になる。
「幸……」
「ただいま春哉、あたしさ、精神病院にずっと入院してたんだよ。そこで幸と話し合った」
あたしから言わなきゃ。そう思って春哉の声を遮って、自分から言葉を発した。でも話せば話すほど胸が痛くて、苦しくて、涙が出そうになった。でも泣いたら駄目、駄目なのに。幸の事を考えるとどうしようもなかった。あたしのせいで幸は消えてしまったも同然なんだから。もっとあたしが理解してあげていれば……
全部話して泣きだしたあたしを春哉は抱きしめてくれた。いつもこの腕に救われた。そして今回もこの腕に救われる。春哉の肩が震えている、あぁ春哉も悲しいんだな。ありがとう、一緒に悲しんでくれて。
「幸は消えた。あたしに身体を渡して消滅する道を選んだ」
春哉は黙って聞いてくれる。抱きしめる腕の力が少し強くなるだけで。
ありがとう、そうやって春哉は全てを聞いてくれる。そして受け入れてくれる。本当に春哉に出会えてよかったなぁ、心底そう思えるよ。
顔を上げて春哉を見つめた。少しだけ充血した眼も全て愛おしい。
「だから幸と約束した。絶対に幸せになるって」
「うん」
「……幸せにしてくれる?幸が羨ましがるくらいに」
「約束する。精一杯愛してやる。絶対幸せにしてやる」
その言葉が欲しかった。幸せになりたかった。でもなれる、あたしでもなれるんだ。
春哉がいてくれる限りあたしは幸せだ。一緒に歩いてくれる人がいて、あたしを抱きしめてくれる母さんがいて、あたしを笑わせてくれる友達がいて……なんて幸せなんだろう。
「幸せにするよ絶対。今度さ、修学旅行あるんだ」
「知ってる」
「自由行動さ、一緒回ろうよ。もう幸が隠すこと何もないよ。幸は幸なんだから」
「うん、うん……」
「俺が知ってる幸だ。やっと手に入れた」
「あたしもやっと手に入れた……」
不意打ちで春哉にキスされた。そうか、もう拒む必要もないんだ。だって全てあたしの物だから。
羨ましかったらまた戻らせてあげてもいいよ幸。春哉は譲らないけどね。
恥ずかしくて笑ったら、春哉も気恥ずかしそうに笑った。
――――――― 終わらない恋になれ ―――――――
「羨ましくなんかないよ。全くね」
どこかでそういう強がった声が聞こえてきた気がした。
実はあんたって頑固な奴だよね。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
2人に幸あれ。