第一村人発見
ダンジョンに戻ったクロノスは、食事を済ませると、マジックボックスに大量の食糧を詰め込んで再び村へと戻ってきた。
「これで当面の心配はないな」
クロノスはマジックボックスの中身を確認しながら、満足そうにうなずいた。
食糧の心配はなくなった。これでようやく冒険に集中できる。
もっとも、クロノスにとっては、そもそも冒険などしたくもないのだが。
「よし、村に入るぞ」
「やっとか……。まったく、ここまで来るのにどれだけ苦労したと思っておるんじゃ」
「細かいことは気にするな」
「お主が言うな!」
クロノスの抗議を聞き流し、アレンは村の入り口へと向かった。
村を囲んでいるのは、簡素な木の柵だった。魔物の侵入を防ぐためのものなのだろうが、ところどころ傷んでおり、立派な防壁とはとても呼べない。
入り口にも門らしい門はなく、門番の姿も見当たらなかった。
「門番もいないな。村も木の柵で囲われてるだけだし、ボロいな」
「農村なんてこんなものじゃろ」
「そういうもんか」
アレンは村の中を眺めた。
木造の家が並び、道は舗装されていない。家の周囲には畑が広がり、遠くでは農作業をしている村人の姿も見えた。
都会のような賑わいはない。商店が立ち並んでいるわけでもなければ、旅人を歓迎するような施設があるわけでもない。
まさに、どこにでもありそうな小さな農村だった。
「さて、まずは情報収集だな」
「情報収集と言っても、何を聞くつもりじゃ?」
「それは村人に聞けばいいだろ」
「行き当たりばったりじゃな……」
「冒険なんてそんなもんだろ」
アレンは堂々と言い切った。
クロノスは、こいつに任せて本当に大丈夫なのだろうかと不安になったが、今さら引き返すわけにもいかない。
二人が村の中を歩いていると、近くにいた老人がこちらに気づいた。
老人は二人の姿を不思議そうに眺めてから、声をかけてきた。
「この村に旅人とは珍しいのう。どこから来たんじゃ?」
「冒険者になることを夢見て、冒険中だ」
アレンは即答した。
「ほう、冒険者か!」
老人は感心したように声を上げたが、すぐに困ったような顔になった。
「じゃが、こんな村には冒険者ギルドもないし、依頼もないぞ。魔物退治を頼もうにも、そもそも大した魔物も出んからのう」
「そうなのか」
「冒険者になりたいのなら、もっと大きな町へ行くといい。あちらなら冒険者ギルドもあるじゃろう」
「なるほどな。じゃあ、数日滞在したら次の村に移動するよ」
「次の村と言っても、ここから先も似たような村ばかりじゃぞ?」
「それならそれでいいさ。旅をしながら冒険者について学ぶのも修行のうちだからな」
アレンはそれらしいことを言った。
実際には、冒険者になって何をしたいのか、まだ具体的には決めていない。
とりあえず旅を始めてみたものの、行き先も目的も曖昧なままだ。
しかし、そんなことを正直に話す必要はない。
冒険とは、そういうものなのだ。
「まあ、若いうちはいろいろ経験するといい」
老人は微笑ましそうに二人を見た。
「ところで、泊まれるところはある?」
アレンが尋ねると、老人は少し考え込んだ。
「宿屋はないが、空き家ならあるぞ。今は誰も住んでおらんから、使っても構わん。ただし、いくらか金をもらえると助かるんじゃが」
「一泊一万払うよ」
「……なんじゃと?」
老人が固まった。
聞き間違いかと思ったのか、何度かアレンの顔を見直している。
「一泊、一万じゃと?」
「そうだけど?」
「お主……貴族の御曹司か何かかな?」
「普通の冒険者に憧れた村人Aだよ」
「村人A……?」
老人は首をかしげた。
普通の村人は、一泊するだけで一万もの金をぽんと出したりしない。
そもそも、この村に宿屋がないのは、泊まりに来る旅人がほとんどいないからだ。空き家を貸すとしても、掃除をして使えるようにする程度の手間賃をもらえれば十分だと思っていた。
それなのに、目の前の少年は、こちらが金額を提示する前から大金を差し出そうとしている。
どう考えても普通ではない。
「……まあ、そういうことにしておこう」
老人は何かを察したように、それ以上は追及しないことにした。
金持ちの子供が世間知らずなのか、それとも何か事情があるのか。
どちらにしても、こちらから深く尋ねるのはやめておいたほうがよさそうだ。
こうしてアレンたちは、村の空き家を借りることになった。
老人に案内されて空き家の場所を教えてもらい、鍵を受け取る。
家は古びていたが、雨風をしのぐには十分だった。家具も最低限は残っており、掃除さえすれば問題なく使えそうだ。
老人は何度も礼を言いながら去っていった。
その背中を見送ったあと、クロノスがアレンの服を引っ張った。
「なあ、アレン」
「なんだ?」
「今のやり取り、何かおかしかったと思わんか?」
「別に。空き家を借りられたんだから、何も問題ないだろ」
「問題はそこではない!」
クロノスは声を潜めながらも、怒りをにじませた。
「金銭感覚がバグっておるぞ! 一泊一万とは何じゃ!」
「ちゃんと払うんだからいいだろ」
「よくないわ! この世界の物価を考えろ! あの老人の様子からして、一泊一人五千円でも十分すぎる金額じゃぞ! 二人で千円も払えば十分じゃろうが!」
「そうなのか?」
「そうなのか、ではない!」
クロノスは頭を抱えた。
アレンにとって一万円など、たいした金額ではないのだろう。
しかし、それはダンジョンの中で大量のポイントを扱い、金銭にも困らない生活を送ってきたからだ。
この世界の一般的な村人が、どれほどの収入で生活しているのか。
一泊するのにいくら必要なのか。
そうした感覚が、完全に抜け落ちている。
「いいことをしたと思おう」
「自分に都合よく解釈するでない!」
「でも、あの爺さんは喜んでただろ?」
「それはそうじゃろうが……!」
老人にとっては、思いがけない臨時収入だ。
空き家を貸すだけで大金が手に入ったのだから、喜ぶのも当然だろう。
だが、問題はそこではない。
「下手な場所で同じことをすれば、金を持っていると思われて村人に襲われかねんのじゃぞ!」
「村人に襲われるのか?」
「金を持っていると知られれば、何をされるかわからんという話じゃ!」
「なるほど。次からは気をつけるよ」
アレンは素直にうなずいた。
クロノスは、ようやくわかってくれたかと少しだけ安心した。
「まったく……。冒険者として旅をするのなら、もう少し世間の常識を身につけてほしいものじゃ」
「わかったわかった」
「本当にわかっておるのか?」
「次からは気をつけるって言ってるだろ」
アレンは面倒くさそうに手を振った。
クロノスは疑わしげにアレンを見つめたが、これ以上言っても無駄だと判断した。
そもそも、アレンはダンジョンの運営者だ。
大金を使うことにも慣れているし、普通の人間がどんな暮らしをしているのか、実感する機会も少なかった。
そんな男が、何の準備もせずに冒険者の旅を始めたのだ。
これから先も、金銭感覚に限らず、さまざまな問題が起こるに違いない。
「……先が思いやられるのじゃ」
クロノスは深いため息をついた。
一方のアレンは、借りた空き家を眺めながら満足そうにうなずいていた。
「よし、拠点も確保できた。これで冒険の準備は万全だな!」
「どこが万全なのじゃ!」
村に到着して早々、クロノスの苦労は始まったばかりだった。




