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ダンジョンでニート生活

アレンは、気がついたら無機質な部屋にいた。


「……ここはどこだ?」


 目を開ける前の記憶を思い出そうとする。


 だが、何も思い出せない。


 そもそも、自分がどうしてここにいるのかすら分からなかった。


「寝ていた……わけじゃないよな」


 アレンはゆっくりと立ち上がった。


 床は硬く、壁も天井も妙に綺麗だ。


 部屋には家具らしいものが一切ない。


 窓もなければ、扉すら見当たらない。


「閉じ込められた?」


 少しだけ警戒しながら辺りを見渡す。


 何もない部屋の中央には、黒い珠が一つだけ浮かんでいた。


「……なんだ、あれ?」


 黒い珠は、何かに固定されている様子もない。


 ただ空中に浮かんでいる。


 大きさは人の頭ほどだろうか。


 表面には光沢があり、部屋の明かりを反射している。


「どう見ても普通の物じゃないな」


 アレンが黒い珠へ近づく。


 触っていいものなのか迷っていると、不意に声が聞こえてきた。


「アレン様、お願いがあってお呼びしました」


「……今、誰か喋ったか?」


 アレンは反射的に後ろを振り返った。


 もちろん誰もいない。


 右を見る。


 誰もいない。


 左を見る。


 やはり誰もいない。


「空耳か?」


「私はここにいます」


「……どこだ?」


「目の前です」


 アレンは目の前の黒い珠を見た。


「まさか……」


「はい」


「この黒い珠が話しかけてきているのか?」


「その通りです」


「……」


 アレンは黙って黒い珠を見つめた。


 黒い珠も当然ながら何も表情を変えない。


「変な状況だな」


「申し訳ありません」


「いや、謝られても困るんだが」


 アレンはもう一度部屋を見渡した。


「それで、お前は何なんだ?」


「私はこのダンジョンのコアです」


「ダンジョンのコア?」


「はい」


「ということは、ここはダンジョンなのか?」


「正確には、ダンジョンの管理区域です。アレン様には、ここからダンジョンを管理していただきます」


「俺が?」


「はい」


「どうして俺なんだ?」


「アレン様が適任だと判断しました」


「その判断をしたのは?」


「私です」


「……自分で決めたのか」


「はい」


 アレンは少し考えた。


 事情はよく分からない。


 だが、少なくとも自分をここに呼んだのは、この黒い珠らしい。


「それで、俺に何をさせたいんだ?」


「私の作ったダンジョンに、人を呼び込む手伝いをしてください」


「人を?」


「はい」


「ダンジョンなんだから、冒険者が勝手に来るんじゃないのか?」


「それが……来ません」


「来ない?」


「ほとんど誰も来ません」


「……」


 アレンは黒い珠を見た。


「それはダンジョンとして大丈夫なのか?」


「大丈夫ではありません」


「即答だな」


「現在のダンジョンは、非常に不人気です」


「不人気ダンジョンか」


「はい」


「じゃあ、俺はそのダンジョンを人気にすればいいんだな?」


「その通りです」


 アレンは腕を組んだ。


「なるほど……」


 ダンジョンを経営する。


 そう聞くと、少し面白そうではある。


 だが、アレンには一つ気になることがあった。


「手伝ってくれって言うけど、俺に何か得があるのか?」


「もちろんあります」


「何?」


「マスタールームでは、日本の物を取り寄せることができます」


「……日本の物?」


 その言葉を聞いた瞬間、アレンの反応が変わった。


「具体的には?」


「食料、飲料、衣類、家具、家電など、さまざまな物を取り寄せることができます」


「食料も?」


「はい」


「日本の食事も?」


「はい」


「米も?」


「はい」


「ラーメンも?」


「はい」


「カレーも?」


「もちろんです」


 アレンの目が輝いた。


「それはいいな」


「さらに、マスタールームには生活に必要な設備も用意されています」


「ほう」


「ベッドもありますし、風呂もあります。テレビもあります」


「……」


「ゲーム機もあります」


「……」


 アレンは完全に食いついていた。


「それで?」


「マスタールームからダンジョンの構造を変更することができます」


「なるほど」


「通路を作ったり、部屋を増やしたり、罠を設置したりできます」


「ゲームみたいだな」


「実際に、ゲームに近い感覚で操作できます」


「それは楽しそうだ」


「さらに、モンスターの配置や宝箱の中身、冒険者への報酬なども設定できます」


「ダンジョン経営ゲームか」


「はい」


「それをやりながら、日本の食事が食べられる?」


「はい」


「しかもマスタールームから出なくてもいい?」


「はい」


 アレンはしばらく黙っていた。


 そして、満面の笑みを浮かべる。


「なにそれ最高じゃないか!」


「そう思っていただけましたか」


「俺に任せとけ!」


 アレンは即答した。


「ダンジョン経営のゲームをやりながら、日本の飯を食って暮らせるんだろ?」


「はい」


「だったら簡単だ。俺が人気ダンジョンにしてやる」


「ありがとうございます」


「それに、冒険者を呼び込む方法を考えるのもゲームみたいで面白そうだ」


「きっと楽しんでいただけると思います」


「そうと決まれば、さっそく始めよう」


 アレンはやる気満々だった。


 不人気ダンジョンを立て直す。


 それ自体は大変そうだが、ゲームだと思えば苦にはならない。


 何より、働かずに日本の食事を食べながら生活できる。


 これほど素晴らしい環境はない。


「ところで、食事はいつ出てくるんだ?」


「マスタールームに用意されています」


「最高だな」


 アレンは満足そうに頷いた。


 こうしてアレンは、不人気ダンジョンに人を呼び込む仕事を引き受けることになった。


 ただし、アレンはまだ知らない。


 マスタールームからダンジョンの状況を確認し、冒険者の動向を分析し、ダンジョンの構造を変更し、罠や報酬を調整する。


 それらすべてが、この世界では立派な仕事だった。


 しかし、コアは一度も「仕事」とは言わなかった。


 そしてアレンも、自分から「働かずに食事が出てくるニート生活」と解釈してしまった。


「これで俺も念願のニート生活か」


 アレンは満足そうに呟いた。


「はい。マスタールームで快適にお過ごしいただけます」


 黒い珠は否定しなかった。


 こうしてアレンは、本人だけがニートだと思っている在宅勤務生活を始めることになった。

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