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第十八話

(キリアン目線)

 二週間、キリアンは毎日深いため息をついて過ごしていた。誘拐犯からバイオレットを取り戻した夜。騎士団は総力を挙げて追跡したが、執事のユキエールと秘書のヒーロをあと一歩のところで逃してしまった。 キリアンはその後すぐに別動隊を率い、二人の居室や私邸を徹底的に捜索したが、どちらもすでにもぬけの殻だった。まるで事前にすべてを察していたかのように、必要なものだけを持ち出し、痕跡すら残さず姿を消していたのである。宮殿側の記録では、二人はすでに暇を出されており、それぞれ休暇先や帰省先へ向かったとされていたが、その行き先すら曖昧で、追跡は難航していた。


 このままでは、王妃の関与を暴くこともできず、さらなる危険の芽を摘み取ることもできない。実行犯を捕らえ損ねたことは、騎士団にとって手痛い失態だった。

 バイオレットを建築省へ戻した後、王子は王と王妃に対して、財宝の移動や計画の詳細を悟らせないため、しばらくは従う姿勢を見せると話していた。あえて従順を装うことで、時間を稼ぎ、その裏で準備を整える――そのはずだった。


 実際、あの夜から一週間で地下のパイプ設置作業はほぼ完了し、残る工程は玄関ホールの装飾のみとなっていた。そこはルカが父の事務所の職人たちと共に仕上げを進めており、すべてが終われば、最後に金を加熱し、一気に流し込む最終工程に入る段取りになっている。

(すべてが終わる頃には、王子はバイオレットを呼び戻すつもりだろう)  

キリアンはそう信じていた。あの計画の要は、彼女以外には成し得ないのだから。


 だが――

 ここ数日、王子の様子がいつもと違っていた。議会関連の用件以外でキリアンを呼び出すことはほとんどなくなり、顔を合わせる機会そのものが減っている。そして決定的だったのは、今日--。

議会が開かれる平日であるにもかかわらず、カイルはついに姿を現さなかった。


(……明らかにおかしい)

 胸の奥に、言いようのない違和感が広がる。あの王子が、何の連絡もなく姿を見せないなど、あり得るはずがない。その違和感が確信へと変わるよりも早く――宮殿の内外で、一斉に号外が配られた。


『カイル王子、エメラルダ令嬢と婚約発表』


全身の血の気が、一気に引いた。

(……嘘だろ。聞いてない)

一瞬、思考が止まる。——裏切られた?そんな言葉が、反射のように浮かんだ。だが次の瞬間、キリアンは強く歯を食いしばる。

(違うな)

あの王子が、何も言わずにそんな選択をするはずがない。


 嫌な予感に突き動かされ、キリアンは王子の私室へ駆け込んだが、誰もいなかった。北棟のあらゆる部屋を、理性をかなぐり捨てて捜索する。王室食堂には夕食を待つ王と王妃、第二王子の姿があったが、そこにカイルの影はない。

異常だった。ここまで完全に姿を消すなど、偶然で片付けられるものではない。宮殿中を走り回って王子の姿を探した。

(俺はずっと、子供の頃から宮廷のどこにいても、テラスや窓から外を見渡せばいつでもカイルを探し出せるのに……)


 王宮内が号外の祝賀ムードに沸き返る中、一人焦燥に駆られるキリアンの元へ、ルカが血相を変えて飛び込んできた。背後から勢いよく腕を掴まれ、次の瞬間には胸元を思い切り叩かれた。

「ちょっと!!このバカ!!聞いてない!あり得ない!許せない!」

背の低い彼女の顔を覗き込むと、怒りで顔を真っ赤にしていた。

「あんな顔しておいて……あんなにバイオレットのこと……!」

言葉が途中で崩れる。怒りなのか、悔しさなのか、分からないまま、ルカは歯を食いしばった。

「——まさか、最初から全部嘘だったんじゃないでしょうね?」

「それはない。あいつに限ってそんなことしない」

ルカの目を見て言い切った。それでもルカは叩くのをやめなかった。

「じゃあ、さっさとカイル連れてきなさい!!どういうことなのよ!!」

今にも周囲に聞こえそうな声量だった。


 キリアンは咄嗟に彼女の両手首を掴み、そのまま人目を避けるようにして自室へと引き入れた。扉を閉めると、外のざわめきが、少しだけ遠くなる。

「ごめん……落ち着いてくれって言うのは無理かもしれないけど」

「落ち着けるわけないでしょ!!なんなのよもー!!!」

 暴れるように叫ぶルカの手首を握り締め、キリアンは彼女の耳元へ顔を寄せ、小さく囁いた。

「……ルカ。今日、王子見かけたか?」

「……え?」


 一瞬で、彼女の表情が変わる。

「今日、ずっといないんだ。議会にも来てない。部屋にもいなかった。北棟も全部見たけど……どこにもいない」

「どういうこと……? まさか、王妃の企み?」

空気が、張り詰めた。さっきまでの怒りとは違う、もっと冷たい何かが、ルカの瞳に宿る。

「その可能性が高い。……今夜、地下をすべて探しに行く。協力してくれるか?」

「当たり前でしょ! 夜になったら動くわよ」 

 短く言葉を交わし、その日はそれぞれの仕事へ戻った。


-------

(キリアン目線)


夜九時過ぎ。二人は影に潜みながら、地下の隠し部屋をくまなく回った。

「客室も図書館も空っぽね……」

「まずいな。本当に攫われたのかな?」

「どうしてそんな、本物じゃなくても、一応家族なのに!」

言葉に、怒りと戸惑いが混じる。二人はさらに範囲を広げ、一階に通じる天井に耳を当てて気配を探るが、やはり何も感じ取れない。

「他の騎士団や、使用人の居住区が怪しいけれど……正面のドア以外からは入り込めないし」  

やがて二人は、地下の客室――いつもの四人の作戦会議室で、図面を広げた。


「こんな悠長なことしてる場合じゃないのに!」

「いや、落ち着いて動かなければ、僕たちまで捕まる。そうなったら全部終わりだ。王妃の目的が財宝なら、鍵を握る王子の命だけは安全なはずだし」

「でも拷問されてたらどうするのよ?」

図面を睨みつけ、二人は己の無力さを噛み締めた。しばらく沈黙が落ちた後、ルカはゆっくりと顔を上げた。


「……私、今から建築省の寮に戻るわ」

「バイオレットに聞きに行くのか? 彼女は何も知らないはずだ」

「事件については知らないでしょう。でも、この地下構造に一番詳しいのはあの子よ。何か気づくかもしれない」

ルカは作業着のまま、今すぐにでも飛び出さんばかりの勢いで立ち上がった。キリアンはその腕を力強く掴む。


「一緒に行こう。こんな夜更けに、女の子一人を歩かせられない」

その言葉に、ルカは何も言わず、小さく頷いた。

 二人がローブを羽織り、夜の王宮を抜け出すと、冷たい夜気が頬を打つ。だがその冷たさすら、今は何も感じなかった。

――急いでカイルを、見つけなければならない。その思いだけが、二人を突き動かしていた。


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