エピローグ 最愛の姉へ
桜木 春奈の体重が一気に伸し掛かる。どうやら事尽きたようだ。
「お姉さんに向けて、だったのかな」
春奈さんは最後に『あいしてる』と言っていた。死ぬ間際まで人に思われるだなんて、どれだけ素敵な人なのだろう。死ぬ間際まで人を思えるだなんて、なんて素敵な人なのだろう。
私のお姉ちゃん、紅葉 椛はとても良いお姉ちゃんだった。大人しくて、気遣いができて、読書が好きで、自分を主張しない人だった。だが、ある日から真逆と言って良い程に変わってしまった。それがきっと、春奈さんのお姉さんを虐め始めた日なのだろう。その日から姉は気を遣うことを止め、家の帰りも遅くなった。大好きだった読書もめっきりしなくなった。
「人を変えてしまうような人間だったんだな」
桜木さんに興味が出てきた。もうどうやっても知れないのに。
「貴女のことなら知れたのにね」
春奈さんとの会話がフラッシュバックする。あのほんの数分の会話が人生で一番楽しかった瞬間に思える。決してそんなはずはないのだが、そう感じてしまう。きっとお姉さんもこの様な不思議な魅力を持っていたのだろう。
春奈の肩を持ち、体を横たわらせ顔をまじまじと見る。
「微笑んでる」
解らない。どうしたら微笑んで死ねるんだ。どんな生き方をしてきたら、こんなに穏やかに死ねるんだ。気になる。
春奈の前髪を撫で上げる。
「私、これからどうしよう」
問を投げても答えは返ってこない。
姉を殺した人物を殺したら、私も死ぬつもりだった。だが、こうも穏やかな死に顔を見てしまったら、そんな気失せてしまった。私も満足な顔をして死にたい。死ぬのが、怖い。
迷う。この場から逃げ出してしまうか、おとなしく責任を持って死ぬか。
春奈さんの言葉を思い出す。
『人の人生奪ってるわけだしね。それなのに命乞いだなんて無責任なこと、できないわよ』
「ですよね。責任、取らないといけないよね」
壁にぶら下がっているナースコールを手に取り、押し込む。その後、包丁を喉元に突き立てる。
そうだ。私も、春奈さんに則ってお姉ちゃんに何か言葉を残そう。
かといっても、もうナースコールを押してしまったので時間が無い。こんなことがあるだなんて思ってもみなかったので、姉に対する感謝であったり、労いのことばだったり、そういった言葉はそうそう浮かばない。
看護師の走ってくる音が聞こえる。
「同じような言葉になっちゃうな。でもま、言わないよりはましだよね」
呼吸を整えようと、大きく息を吸う。そして息を吐く。しかし呼吸は整わず、手の痙攣が増す。だがもう腹は決めた。包丁を大きく振りかぶる。
「愛してるよ、お姉ちゃん」
勢いよく包丁が喉へと突き刺さる。
痛い。苦しい。溺れる。
喉に血が溜り、呼吸が出来なくなる。
温かい。気持ちが良い。
『時雨ちゃん』
懐かしい声が聞こえ、振り向く。すると、そこには姉の姿があった。
「ぼ・・ね・・ぢゃ・・ん」
姉が微笑み掛けてくれる。
ああ、前のお姉ちゃんだ。
姉の方へ近づく。すると姉は強く抱き答えてくれた。
「私寂しかったんだよ。お姉ちゃん、全然話してくれなくなっちゃうし、家に帰ってこないし」
姉は優しく笑っている。
「もう、どこにも行かないでね。ずっと一緒にいてね」
姉は更に強く抱きしめる。
「ありがとう、大好き!大好きだよ!」
「・・・ね・・ぢゃ・・・ん」
お読みいただき、ありがとうございます。最愛の姉へ。は、今回をもちまして完結となります。
評価、感想をいただけますと幸いです。また別の作品でお会いしましょう。ありがとうございました。




