49.兄ちゃん、社畜の仲間入り?
「ソウタ、おはよう」
「んー……おはようございます」
眠たい目を擦る。
目を覚ますと僕の顔をゼノさんが微笑みながら、ジーッと眺めていた。
なぜゼノさんがいるのかと思ったが、昨日は一緒に寝たのを忘れていた。
「やっぱりモチモチだ」
ゼノさんは僕の頬をツンツンすると、嬉しそうに笑っている。
甘えたゼノさんではなく、普段のしっかりしたゼノさんがそこにはいた。
服も着替えて髪も整えている。
朝早くから起きていたのだろう。
「あっ……朝からトンカツを作らないといけないんだった」
「エルドラン団長がすでに準備してますよ」
「うぇ!? ひょっとして寝坊!?」
僕は勢いよく起きて部屋の扉を開けると、エルドラン団長が立っていた。
「あっ、おはようござ――」
「やっと起きたか! 早くトンカツを作るぞ!」
僕を掴むとそのまま調理場に運ばれる。
さすがに自分で歩けるんだけどな……。
「まさかずっと待ってたんですか?」
「いや、ちゃんと寝たぞ? だけどトンカツが待ち遠しくて寝られなかった」
どうやらトンカツが食べたくて目が覚めたらしい。
遠足前の園児かと思ったが、エルドラン団長って元からこういう人だもんね。
「エルドラン団長ならトンカツぐらい一人で作れませんか?」
「ん? さすがに無理じゃ……やってみるか!」
僕はエルドラン団長の様子を近くで眺めることにした。
揚げ物は今まで何度も作っている。
手先の器用なエルドラン団長なら、一度は作ったことがあるものなら作れそうな気がするけど……。
「まずは油を温めるだろ……。そこに肉を――」
「ちょちょ待った!」
「どうしたんだ?」
油に火をかけた状態で豚肉を片手に持っているエルドラン団長を止める。
何が間違いなんだ?
って表情から伝わってくる。
「エルドラン団長は何を作る気なんですか?」
「トンカツだろ? 確か豚肉を揚げてたよな?」
「はぁー」
僕は大きくため息を吐く。
エルドラン団長は記憶するのが苦手なことを忘れていた。
いまだに指の数しか数字をかぞえられないぐらいだもんね。
豚肉を揚げたらトンカツになるって、かなり工程を飛ばしすぎるだろう。
「トンカツに衣は付いてましたか?」
「衣……ああ! あの天ぷら衣か!」
「違う違う!」
小麦粉に水を入れようとしていたエルドラン団長を止める。
やっぱりここは初めから手順を教えないといけないのだろう。
「トンカツの衣はフライ衣なので、天ぷら衣とは別になりますよ」
「そうなのか? どっちも美味いから気にしていなかった」
エルドラン団長の中では揚げ物は美味い。
揚げ物は全て一緒って感覚に近いのかもしれない。
「まずフライ衣は小麦粉と卵とパン粉でできています。衣をパン粉で包む形ですね」
「ほう……」
「一方、天ぷら衣は小麦粉と卵と水でできた液体の衣です」
「液体とパン粉の違いか」
エルドラン団長は納得したのか、材料をいくつか取り出した。
パン粉もすでに冷凍庫のようなところに多めに作って保存しているから、いつでも作れる。
「素材に絡めて揚げることで表面に薄い膜を作る。だから天ぷらは軽く、とんかつは重い食べ応えになるんですよ」
「俺からしたらどっちも軽いけどな!」
トンカツが軽いってエルドラン団長の胃は相当丈夫なんだろう。
両親はエルドラン団長よりも少し年上だったけど、トンカツもヒレじゃないと渋い顔をしていたのにね。
「じゃあ、一緒にやりましょうか」
「おう!」
エルドラン団長は嬉しそうに隣で作業する。
まずは豚肉の筋を切っていく。
小麦を両面につけて、溶き卵に潜らせてからパン粉をふんわり押し当てるようにつける。
これで基本的な準備は終わりだ。
「フライは高温で一気に衣を固めて油を入れないようにするのが一般的かな」
「揚げるのは完璧だぞ!」
主に揚げ物担当しているエルドラン団長はパン粉を少しだけ入れて、浮き上がっているのを確認している。
あとは任せても大丈夫そうだね。
その間に僕は朝食の準備を――。
「あっ、ゼノさん!」
「やっと呼んでくれたね」
調理場の外からずっと覗くようにこっちを見ているゼノさんに声をかける。
エルドラン団長の作業に集中していたから、存在を忘れていた。
「他の方も手伝ってください」
いつのまにか騎士たちも起きて、身だしなみを整え終わった人たちもチラホラいる。
料理を手伝ったことない騎士は積極的に掃除をしていたりと、中々うまく分業制になっている。
みんなが成長した姿にお兄ちゃんは嬉しくて泣いちゃいそうだ。
「みなさん、こんなに早起きなんですか?」
その中にはキッシュさんもいた。
ただ、その姿にキョロキョロとしながら驚いている。
「いや、ソウタが来てからっすね!」
「前までは私以外は起きなかったですからね」
ジンさんやエリオットさんの言うとおり、前まではみんな遅寝遅起きで、仕事の行く時間もバラバラだった。
それが今は朝食を食べるために早起きをしているぐらいだ。
「青翼騎士団はどんな感じなんですか?」
「あそこは後務騎士だけ早起きして、戦闘騎士は待っているだけですね」
「なんか亭主関白って感じですね……」
きっと僕も青翼騎士団に所属していたら大変だっただろう。
今ではみんなが手伝ってくれるけど、騎士団の食事を二人で用意するのは――。
「後務騎士の中で専業シェフは二人だけですか!?」
「ええ、俺とカルロスさんだけなので……」
「キッシュさん! 今すぐに帰ってください」
「……えっ!?」
キッシュさんは驚いた顔をしているが、今すぐ帰らないときっと青翼騎士団は大変なことになっているだろう。
だって――。
「あのおじいちゃんが一人で全員分の料理を作っているってことですよね!?」
「そうなりますね」
「何で知ってて黙ってたんですか!」
僕が勢いよく怒鳴るから、キッシュさん以外に黒翼騎士たちがソワソワとしていた。
自分たちが怒られているわけじゃないのにね。
「お年寄りに全員分の料理を作らせるなんて、完全にブラックじゃないですか!」
「そ、そこまで言われるほどですか……?」
僕は頭を抱えた。
いくら騎士で体力があるからってさすがにやっていることは社畜だ。
もはや青翼騎士団じゃなくて、黒企業騎士団だよ。
「一人で調理して、仕込みから配膳まで全部担当……しかも、団員全員分ですよ!?」
キッシュさんは戸惑ったように眉を下げる。
今更大変なことに気づいたのだろう。
キッシュさんも大事なところが抜けていそうだな。
「人員不足、属人化、業務過多の三点セットですよ!」
「ぞ……ぞくじんか……?」
「その人がいなければ回らないことです。カルロスさんが倒れたら、騎士団の食事は誰が準備しますか? 代替要員ゼロ、引き継ぎ不可能、完全に社畜構造です!」
言い切るとキッシュさんは目を丸くした。
医師である父がよく同じように悩んでいたから、僕も社畜の怖さを知っている。
少しでも父が喜んでくれたらいいなと思って、僕は当直中に食べられるように夜食のお弁当とかも作っていたからね。
毎回メモのような手紙を入れていたけど、大事に残してあるのを僕は知っている。
「あの方は長年やっていますし……」
「長年やってるからこそ危ないんですよ! 本人の善意と責任感に甘え切ってるだけです」
僕は勢いのまま指をキッシュさんに突きつける。
「今すぐに業務改善が必要です。コンラッド団長に伝えてください。まず人員を増やす、工程を分ける、休ませる! 倒れてからじゃ遅いんですよ」
「「「……」」」
その場にいた騎士たちが、なぜか一斉に僕を見つめた。
ゼノさんに限っては、目をウルウルとさせている。
「な……なんでみんなして黙るんですか?」
「いや……その……なんか申し訳ないと思ってな……」
エルドラン団長は困ったような顔をしていた。
僕は首を傾げながら、続きの言葉が出るのを待った。
「俺たちソウタに頼ってばかりで、休ませてなかったと思ってな」
エルドラン団長の言葉に黒翼騎士団員は大きく頷いていた。
そういえば、こっちの世界に来てから一度も休んだ記憶がない。
気づいたら僕が社畜の仲間入りをしていた。
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