103.兄ちゃん、食堂に向かう
「あのー」
僕はゆっくりと近づき、彼の肩をトントンと叩く。
「ひゃい!」
聞こえてきたのは可愛らしい驚いた声だ。
どうやら驚かせてしまったらしい。
「驚かしてすみません」
僕がすぐに謝ると、青色の瞳がジーッと僕を見つめていた。
金髪で青色の瞳だけど、どこかで見たことあるんだよね。
それに誰かに似ているけど、身近にいる人じゃないから中々思い出せない。
「何かありましたか?」
あまりにも見つめてくるので、僕は彼に聞いてみた。
「いえ、私を見ても態度を変えなかったので……」
「態度……あぁ!? 貴族の方でしたね!」
僕は黒翼騎士団の制服を着ているから、貴族の子どもからしたら立場は下になるのだろう。
僕はすぐに姿勢を正して、拳を胸の前に当てる。
それを見た少年は少し残念そうに表情を曇らせた。
正しいことをしたのに、間違えたのかな?
「すみません。まだまだ礼儀とかわからないので……」
「いや、気にしないでくれ。むしろ私はそれが嫌なんだ……」
どうやらあまり畏まって接してもらいたくないのだろうか。
年相応に接してもらえないのも大変なのかな?
「えーっと、僕の名前はソウタって言うんだけど、君の名前は?」
「私かい? 私は……ルシ……ルシアだ」
「ルシアくんね!」
これで名前を聞いたから、少しは距離が近くなるだろう。
よく弟妹の友達と一緒に遊ぶことが多かったけど、名前で呼んであげると警戒心が減って、すぐに仲良くなれるからね。
「ルシアくんは迷子かな?」
「いや、君の方が迷子じゃないのかい?」
「うっ……」
迷子かと聞かれれば迷子だろう。
だが、迷子になっているのは彼も変わらないと思うけど……。
「よかったら一緒に探検しませんか?」
「探検?」
「ええ、僕はこの通り騎士なので、目的地までルシアくんを守りますよ!」
そう言って、僕はルシアくんの手を握る。
城の中を探検していたら、そのうち食堂の場所ぐらいわかるだろう。
「ルシアくんはもう文字の勉強を始めた?」
「私は何年も前に習いましたよ」
「うわー、やっぱり貴族ってスパルタなんだね」
僕は朝勉強したばかりなのに、同じ年頃のルシアは数年前に習ったようだ。
きっと二~三歳ごろには貴族の教育が始まったことになる。
「たくさん勉強するのが貴族として勤めだからね」
「ふふふ、じゃあ将来は立派な貴族にならないといけないね」
そう伝えると、ルシアくんはその場で足を止めた。
その表情はどこか暗く、辛そうに見えた。
「本当に勉強を頑張ったら立派な貴族になれるのか? 毎日毎日、剣を振るか勉強するか……そんなのことをして意味があるのか?」
ずっと縛られていることが、ストレスになっているのだろう。
この年頃だと走り回ってみんなで遊びたいよね。
弟妹が同じ年頃の時は椅子に座ることすら嫌がっていたのに……。
気づいた時には僕の手はルシアくんの頭の上にあった。
「なっ……なんだ!?」
「あっ、頑張っているなと思ったら、つい撫でちゃった」
ずっと頑張っているのに、褒めてもらえなかったら、やる気も続かないだろう。
それに今まで接してきた貴族は、みんなガチガチに縛られて、詰め込まれる教育を受けてきた。
だから、人に甘えるってことを知らない。
ここは年上である僕の出番だ。
「あんまり頑張りすぎも体に悪いですからね」
「そんなこと知ってる」
「本当に? ほら、腕を広げて!」
僕はルシアくんの腕を広げると、勢いよく抱きついた。
大変な時って人の温もりを感じると、自然と体の力が抜けてリラックスできる。
ゼノさんなんて僕を人形みたいに感じているのか、ずっと抱きついてくるからね。
どうしたらいいのかわからないのか、宙に浮いていたルシアくんの手はゆっくりと僕を抱きしめ返す。
「ほら、リラックスしてきたでしょ」
「そうだな」
少し照れくさそうに笑っているルシアくんは、年相応な顔をしていた。
「じゃあ、探検の続きでもしますか!」
さあ、いざ探検すると言っても、城の奥を見て回ったことがないから、どこに向かえばいいのだろう。
「ソウタはどこに向かってたんだ?」
「僕? えーっと、食堂の場所って知ってる?」
僕の言葉にルシアくんはポカンと口を開けた後、すぐにクスクスと笑い始めた。
「なっ、ルシアくんも迷子じゃん!」
「いや、私は一度も迷子って言ってないからな」
そう言いながら、ルシアくんは僕の手を引っ張っていく。
さっきよりもどこかその手は大きく感じるほど、グッと握られている。
まるで自分の進む道の迷いがなくなったのだろう。
これじゃあ、どっちが騎士かわからないね。
ただ、ルシアくんが歩いて行くのは、僕が歩いて来た方向だった。
「ひょっとしてだいぶ過ぎてたのかな……?」
「かなり奥まで来てたからね。あまり奥には近づいたらダメって聞いてなかったのか?」
「んー、あまり城のことはわからないからね……」
コンラッド団長からは何か聞いた覚えもないし、エリオットさんとは来た時はずっと付きっきりだったもんね。
「そうか……。まあ、貴族は姑息なやつも多いからね」
「その時は僕が守って……」
いざ胸を張ろうとしたら、ルシアくんは握っている手を目の前に出してニヤリと笑った。
「守ってもらいますね」
「くくく、ああ、私がソウタを守ってあげよう」
なぜかルシアくんの表情が逞しく見えた。
ルシアくんは迷うことなく廊下を進んでいく。
途中ですれ違う人たちは、彼の姿を見ると慌てて頭を下げた。
中には緊張した様子で挨拶をする人までいる。
やっぱり貴族ってすごいんだなぁ。
僕がそんなことを考えていると、ルシアくんは少しだけ居心地が悪そうに視線を逸らした。
「みんな、私を見るとああなんだ」
「人気者なんだね」
「そういうわけじゃないと思うが……」
むしろ困ったような声だった。
やっぱり偉い家の子なんだろうな。
いくら子どもでも数十年後には、上司になるかもしれないと思えば、よそよそしくなるのかもしれない。
その点、僕は子どもだからと誤魔化せるだろう。
そもそもルシアくんがそれを拒んでいるからね。
しばらく歩くと、遠くから香ばしい匂いが漂ってくる。
「おおっ!」
思わず声が漏れた。
まさか本当に匂いで食堂のある場所がわかるとは思わなかった。
「たぶん食堂があっちにあるよ!」
僕の言葉にルシアくんは肩を震わせた。
どこか寂しそうな顔をした後に、ニコリと微笑んだ。
「ソウタは食べることが好きなんだね」
「うん! よかったら今度何か使ってあげるよ!」
「本当に作れるのか? 城で迷子になるのに?」
「迷子は関係ないもん……。料理は任せなさい!」
僕が胸を張ると、ルシアくんはクスクスと笑っていた。
角を曲がると大きな扉が見えてきた。
美味しそうな匂いはその先からする。
どうやら本当に食堂に着いたようだ。
「着いたよ。この先が食堂だ」
「ありがとう!」
僕は勢いよく礼を言った。
もし一人だったら、今頃まだ城の中を彷徨っていたかもしれない。
だが、ルシアくんはその場で足を止めた。
「私はここまでだ」
「あれ? 入らないの?」
「私は勉強の続きをしないといけないからね」
そう言って微笑む。
どこか寂しそうにも見えたが、さっきよりずっと表情は明るかった。
「そっか。また会えたら探検しようね」
「ああ」
ルシアくんは一瞬だけ目を見開いた。
まるで、その言葉を予想していなかったみたいに。
「今度は迷子にならないように気をつけるよ」
「それは無理だと思うな」
「ひどい!?」
僕が抗議すると、ルシアくんは楽しそうに笑った。
年相応の無邪気な笑顔だ。
「それじゃあ……ソウタ」
「うん、またね!」
彼は少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。
「今日はありがとう」
その小さな声で一言だけを残し、踵を返す。
金色の髪が揺れ、窓から差し込む光を受けて明るく輝いている。
伸びた背筋は、さっきまでよりずっと大きく見えた。
「ルシアくん、絶対美味しい差し入れ持って行くね!」
振り返ることなく片手を上げた彼は、そのまま廊下の向こうへ消えていった。
初めて貴族の子どもと話したけど、思ったよりも変わった子だった。
イメージしていた貴族よりも偉そうじゃないし、真面目なのにどこか寂しそう。
まるで無理に大人になろうとしている少年って感じだ。
少しだけでも気分転換になれたなら良かったかな。
「またいつか会えるといいな……」
僕は気持ちを切り替え、目の前の大きな扉へ向き直った。
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