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第十一話:ハンターギルド支部~失意の科学者~


 到着した場所はハンターギルドの引き渡し専用倉庫で、大型魔獣や大量の獲物などが持ち込まれる所らしい。サッハディーリッツェは先に用があると言って、既にギルド支部本館へと出向いていた。


 倉庫には、中年で浅黒い肌のハンターギルドの職員が既に待ち受けていた。リーガハルが慣れた感じでその職員に声をかける。


「おう、リーディリッツェ、待たせたようだな。連絡が入っていると思うが、驚け。これが黒竜だ」


 言うが早いか、リーガハルは荷車の御者台からさっそうと飛び降りると、リーディリッツェと呼ばれたハンターギルドの職員に見せびらかすように、得意げな顔で黒竜にかぶせられていた麻布をはぎ取った。


 この時の俺の心情は「してやられたっ、それは俺の役目だ!」だったのだが、嬉しそうにリーディリッツェに黒竜を見せびらかしているリーガハルに、その思いを言いだすことが出来なかった。


「これは! 見事なものだな。長年入庫する魔獣を見てきたが、まさかこの目で黒竜を見ることになるとは。茶毛竜のときも驚いたが、今回の黒竜はまた……」

「がははははっ、そうだろうそうだろう。そしてこいつが黒竜をしとめたマーサだ」


 俺はリーガハルにバチンと手荒く背中を叩かれて、前へと押し出される。どうだと言わんばかりに胸を張ってみたが、リーディリッツェの反応は薄いものだった。


「この方はどなたで?」


 自分の存在感をアピールしようとしてスルーされた俺の心境は、ひどく悲しいものだった。しかも、さっき紹介された俺の名前まで忘れていやがる。


 もともと俺は黒竜を倒しているのだから、アピールなどせずとも自然に名声を手に入れられるはずなのだが。異世界に来て長い間人との接触を絶っていた俺は、褒められること、称賛されることに飢えているのだ。


「もう一度言おう、こいつがこの黒竜をしとめたマーサだ。登録の事もあるからよろしく頼む」


 リーガハルのこのセリフを聞き、落ち込んでいる俺を見て、ようやくリーディリッツェは自分のしでかした失態に気付いたようだ。


「これはこれは申し訳ない。黒竜の雄大さに圧倒されるあまり状況が見えておりませんでした。いやはや恥ずかしいことです」


 そんなことがあって、ハンターギルドに本登録するためにリーディリッツェに連れられて倉庫隣のギルド支部事務所へと案内された。


 一旦通りに出て、すぐ横の大きな建物へと連れて行かれた俺は、初めて見るギルド支部の印象を「これは完全に役所だな」とついつい一人ごちる。


 一階のだだっ広いフロアの奥に職員らしき数名の男女が座る受付カウンターがあり、そこには「登録・その他手続き」だの「買い取り」だのの木札が立てかけられていた。フロアには椅子や大きなテーブルが数組置いてあるが、人はまばらにしかいない。


 ”登録・その他手続き”と書かれた木札があるところに連れて行かれた。


「ここで本登録をお願いします。仮登録が済んでいますのですぐに終わるはずです」


 と、リーディリッツェに言われた俺が、仮登録用紙をカウンターに座る若いが印象の薄い女性職員に渡し、そして本登録の手続きが始まったわけだが。その場ですぐに内容確認がはじめられた。


「確認させていただきます。お名前はマサノリ ヒラサワ様ですね。年齢は十九歳、性別は男性」

「そうだ」

「次に出身国ですが、ニホンとは何でございましょうか? 大陸にそのような国はございませんが」

「外の世界だ。この世界ではない」

「そうでございますか。外の大陸でございますね。方角はどちらになりますか?」

「うーむ、住んでいるのは南の山脈の向こう側だ」

「南方の大陸ですね。これで確認は終わりました。メンバーズカードをお作り致します。個人認証に使いますのでこちらの用紙に母印を押してください。終わりましたらこちらの機械、ここに魔力を送り込んでください」


 俺は言われたとおりに出された用紙に右手の親指で母印を押した。そして出された四角く白い箱の丸いボタンのようなものを触って魔力を少しだけ送り込んだ。


「しばらく時間が掛かりますので、その間にハンターギルド規則と注意事項、活動などについて係の者が説明いたします」


 俺の受け答えを聞いて勝手に納得し、何やらサラサラと母印が押された用紙に書き込んでいった職員は、そう言ってリーディリッツェに説明を引き継ぐとカウンターの奥へと行ってしまった。


 これでいいのか? ハンターギルドよ。


 と、思わず心配してしまったが、わざわざ訂正することもあるまいと、大人しくリーディリッツェに付いてく。


 別室に通された俺は、小冊子を渡され「詳しくはそこに書いてあるが」と前置きされたうえで、ハンターギルドの説明がはじめられた。規則と義務で覚えておくべきことは。


 一つ、メンバーが死亡した場合、預け金は登録時に指定した受け取り人に渡され、受取人がいない場合は所属国へと納金される。受取人にはギルドも指定できるため、俺は取り敢えずハンターギルドを受取人に指定している。


 二つ、ギルドで得た売り上げには税金と手数料が発生し、総額の三割を自動的に差し引かれる。魔獣などの獲物は生息国の資源とみなされるため、生息国へと納金される。したがって、極力最寄りのギルド支部へ持ち込まねばならない。


 三つ、ギルドメンバーが犯罪や規則及び義務違反を犯した場合、その重軽によって注意、罰金、強制退会、いずれかの措置がとられる。


 四つ、狩猟などの活動は全て自己責任に於いて行わなければならない。たとえ狩りに出て死亡してもギルドはその責任を負わない。


 の四項目で、後はご自由にどうぞというのがギルドの方針だった。義務や規則はどれも社会通念上当然のことのように思えた。


 要約すれば、『狩った獲物をギルドに収めてさえくれれば、勝手に税金とか手数料を引いとくから、あとは悪いことさえしなけりゃ何やってもおっけい。但し何事も自己責任でね』となる。


 やけにあっさり済んだ説明に、俺は気になっていたことを質問した。


「質問してもいいか?」

「何なりとどうぞ」

「まず一つ目。ギルドからの依頼に難易度別のランクとかは無いのか?」

「有りません」


 あっさり言いやがって。まっ、まぁ、何事も自己責任と言ってたしな。


「では気を取り直して二つ目。魔獣とかに討伐ランクみたいなものはあるのか?」

「有りませんな」


 おのれリーディリッツェめ、せっかくの楽しみがまた一つ減ったではないか。彼に責任などあるはずないのだが、俺はやり場のない怒りを心の中で彼にぶつけることによって平静を装った。


「次で最後だ。ギルドメンバーに強さとかのランクとかそういった指標は?」

「それも有りませんな」


 ぬグググググッ、許すまじリーディリッツェ。この恨みどうしてくれようか……。


 もともと淡い期待だったが、それを完膚なきまでに断ち切られた俺は、完全にその矛先を罪無きリーディリッツェに向けている。が、もちろんそれを表情に出す愚を犯すことは無い。無かったのだが、念を押すようにリーディリッツェは言葉を続けた。


「さっきお教えしました通り、何をなさるにも自由、死のうが生きようが全て自己責任です。よほどのことが無い限りギルドが依頼を出すことなど有りませんな」


 再度リーディリッツェによって否定されたことで、俺の心情は怒りを通り越して奈落へと突き落とされたのだった。俺はがっくりと肩を落としている。しかしだ、リーディリッツェの先の言葉を思い出し、その言葉に引っ掛かりを覚えた。


『よほどのことが無い限りギルドが依頼を出すことなど有りません』


 と、確かに言ったよな。じゃぁ、「よほどのこと」があれば、それは達成難易度が高い依頼として出されることが有るのか?


 いまだ俺は、肩を落として下を向いた状態でだったが、口の端はニンマリとつり上がっていた。その表情までは見ることができないリーディリッツェが次の予定を話しはじめる。


「何をお考えになっているのかまでは存じませんが、そう落ち込まないで下さい。黒竜をしとめた有望な貴方には私の上役も期待しております。特別にギルドを案内してやれと仰せつかりまして、カードが出来るまではまだ時間がありますからよろしければご同行ください」


 その後はリーディリッツェに案内されて、さっき登録手続きを行った受付や、買い取り専用受付、預金引き出し受付などの利用方法や、魔獣についての情報を知ることができる資料室、食堂など、ギルド内部を案内してもってからメンバーズカードをようやく受け取ることができた。


 既に用事を済ませてロビーの椅子で俺を待っていたリーガハルとサッハディーリッツェと合流して、宿へと向かおうとしたとき、俺は肩に担いでいた麻袋をのことを思い出す。


「悪い、まだこれの換金が済んでいないんだ。もう少し待ってくれるか?」

「ああ、ティムール茸だったな。俺たちも付き合おう。いいな、サッハディーリッツェ」

「ああ、勿論だとも」


 持参した乾燥ティムール茸は、薬草などを買い取る受付で買い取ってくれることをリーディリッツェに聞いてある。俺は柔らかい黒髪で褐色の肌をした若い受付が座るカウンターへと歩くと、肩に担いでいた麻袋と発行されたばかりのメンバーズカードを提示した。


「これの換金を頼みたいんだが」


 受付の女性は少し面倒そうな顔をしたが、麻袋の中身を確認してその表情が一変した。 しばらく目を見開いて固まっていたかと思うと、勢いよく席を立つ。


「専門の者に鑑定させますので少々お待ちください」

「ああ、なるべく早くしてくれ」


 その言葉を聞いた受付の女は大事そうに麻袋を持つと、カードはそのままに慌てて奥へと消えていった。受付の女性を驚かせることに成功し、気分を良くしている俺に、サッハディーリッツェがやれやれと小さく手の平を上に両手を広げる。


「まぁ、ティムール茸をあの量見ればああなるわな」


 あまり間を置かず受付の女性が戻ってきた。五十過ぎだろうか、頭髪が寂しくなった小柄な男が彼女の前に出る。麻袋はその男が持っていた。


「この重さの乾燥ティムール茸ですと、小銀貨三百五十六枚と大銅貨二枚、小銅貨三枚になりますが宜しいでしょうか?」


 当然俺はキノコの数を数えていたし、相場をアトロに聞いていたのでおおよその金額は把握していた。そして、男が申し出た金額が相場から逸脱していない事に安心したのだった。


「その金額でいいだろう」

「では、この乾燥ティムール茸は我々が買い取らせていただきます。お支払いはどういたしますか?」

「小銀貨三百枚を預金する。残りを今渡してくれ」

「かしこまりました」


 俺はトレーに乗せて出された小銀貨五十六枚と大銅貨二枚、小銅貨三枚を用意していた巾着に仕舞うと、待ってくれていたリーガハルとサッハディーリッツェと共にギルドを後にしたのだった。

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