第十二話:王都観光をする科学者
ハンターギルドの本登録を済ませ、リーガハルとサッハディーリッツェと共にギルドを後にしたときは、すでにとっぷりと陽が暮れていた。リーガハルが黒竜の礼もかねて夕食をおごってくれることになったのだが。それは想像していたより遥かに美味いものだった。
のであるが、酒を飲めないことをリーガハルにも知られることとなってしまった。もちろん屁理屈という名の持論をめいっぱい展開したが、それは無駄なあがきだった。
「酒に強くなる訓練でもしようかな……いやいや、酒が体に悪いことは科学的に証明されてるんだ。俺は酒を飲まないぞ」
リーガハルに酒が飲めないことがバレ、イジるつもりで仲間にしたサッハディーリッツェにイジり倒された俺は、彼らが帰宅した後は傷心のうちに宿の部屋へと戻った。それでも彼らとのバカ騒ぎが楽しかったのも事実である。
二人が帰宅した後、宿の二階にある部屋でベッドに座り、明かりも点けずに明日以降の行動計画を練り直している。明日は黒竜のオークションが開かれるが、俺の役目は出品者としてお披露目されるだけだそうだ。
その後の計画を今のうちに考えておいた方が良いだろう。ハンターギルド加入後の活動計画は既に立ててあった。しかし、ハティを従えるのに時間がかかってしまったのだ。本来の計画から日程的にずれが生じていたのである。
ただハンターとして活動するだけなら、その活動期間をズレたぶんだけ短くすればいいが、とあるイベントに参加する予定だったのでその日程に変更を加える必要が出てきた。そのイベントとはハンターの聖地を抱えるアスガルド王国ならではの、定番的なもらしい。
俺がそれに参加しようとしているのも、手っ取り早く名を上げるという事もあるが、それよりも単純にイベントに参加したいという欲求のほうが強かった。というより、目立って名を上げようという欲求がここのところ収まってきた気がする。それはきっと、この世界での生活が楽しいからだろう。
「面白い仲間もできたしな」
それでも、ファンタジー世界を崇拝していると言っても過言ではない俺にとって、こういったイベントに参加するということは、もはや責務と言っても差し支えない高尚なことなのだ。そしてそのイベントとは、「武闘大会」などではなく、狩猟王国の定番「狩猟祭」である。
いくら定番だといっても、アスガルド王国の狩猟祭は大陸で最も権威と歴史がある祭りだ。もちろんアスガルド王国は武を重んずるお国柄らしいので、武闘大会は行われていると聞いているが、開催は四年に一度であって、次回は今から約三年後になる。しかし。
「武闘大会に出てもつまらないかもしれないな」
よくよく考えなくても、強化しまくった俺の戦闘能力で人間相手に武を競うのはチート以外の何ものでもない。相手が倒すべき敵ならばそんなことは考えないが、スポーツ的感覚で武を競う大会に出るのは申しわけなさ過ぎると最近思うようになった。
それでも狩猟祭には参加しようと持っている。それはこの大会が団体戦だからだ。団体戦ならばチームの総合力とチームワークが勝敗を決めることになるし、俺がサポートに徹すれば面白い戦いが楽しめると思う。せっかく異世界に来たのだから楽しめる催しには積極的に参加すべきだろう。
前置きはこのくらいにして、俺たちは集団で行う狩りに慣れておく必要があった。理由はもちろん狩猟祭がチームでの出場しか認められていないからだ。
大平原に生息している獣や魔獣はピンキリで幅広いが、群れで行動する種が多い。 そして、狩猟ターゲットとなる種は特にその傾向が強いらしい。
「魔獣の分析はアトロに任せるかな」
狩猟祭に限らず、カシール大平原では生半可なハンターが単独で狩りをするなどもってのほかなのだった。ハンター単独で狩れる弱い獣も多いが、それを狙う肉食獣も多く、単独行動はそれだけで命取りとなるのだ。
もともと、狩猟祭の主催者はアルガスト王国国王である。アルガスト王国がいくら武を重んじるお国柄だったとしても、無謀な単独参加を国王が認めるはずは無い。
そういう訳で、集団での狩猟に慣れる必要があった。俺はエーリッツェ率いるチームに加わる予定でいる。既にそのことはエーリッツェ隊所属のリーガハルに話してあって、彼からは同意を得ている。
隊長であるエーリッツェもそのことについては大歓迎だろうと、リーガハルは言っていた。エーリッツェ隊は黒竜に襲われた折に、隊員の六名を失っている。
さらに、エーリッツェ自身が足を骨折しており、狩猟祭にはまず間に合わない。そういった意味で俺のエーリッツェ隊参加は大歓迎であろうと考えた。
「さて、一陽と七日後か。あまり悠長にはしていられないな」
日数にして四十四日。この期間でエーリッツェ隊との連携をとる訓練をする必要がある。俺の力が突出している事を利用して、実質彼一人で狩りを行い、エーリッツェ隊は獲物の運搬に徹するという選択肢もあるが、それでは人心を掴むことは出来ないであろうし、面白みもない。
誰だって自分を必要とされたいと思うし、チームの中でやりがいのある役割を得たいはずだ。雑用に甘んじて喜ぶハンターは少ないだろう。だから俺は自分の力だけで狩りを行おうとは思っていない。
などなどベッドの寝そべりながら、エーリッツェ隊での立ち位置を模索しているうちに、俺はいつの間にか寝息を立てていたのだった。
◇◇◇
今日は久しぶりにハンターギルド主催のオークションが開かれることになっている。通商ギルドに加盟している大商会、ジーニャ商会の会長であるファンヴァストは片腕の部下サンスヮールと共に、王都のオークション会場でいつもの席に陣取り、開始の合図を待っていた。
「会長、奴ら、来ていますね」
「ああ当然だろう。前回は奴らにしてやられた。今日は競り負ける訳にはいかん」
すり鉢を扇上に切り取ったようなオークション会場のバイヤー席。その前列右寄りに並んで座る、くすんだ褐色の肌で白髪交じりの男が忌々しい視線を左方に送っている。その左横で主の顔を隠すように、色白で豪奢な金髪の若い男が呟いた。
「出てきましたよ」
「ああ、――ッ!」
台車によって右方より扇の頂点、最前列より五メートルほどの大きな台に、運び込まれた黒竜と切断されたその右足が横たえられた。会場に集まるバイヤー達からどよめきが上がる。
「これはまた、なんと見事な……」
ファンヴァストの感嘆はガヤガヤと会場銃を埋め尽くすどよめきにかき消されていった。ファンヴァストとサンスヮールの目には、圧倒的な存在感を示す黒竜の艶やかな毛並みが映っている。
「サンスヮール、あの毛皮だけはなんとしても死守するぞ」
「では上限無しで?」
「そういう訳にもいかん。だが、ある程度の無理は覚悟の上だ」
ごくりと唾を飲んだサンスヮールは、その青い瞳をまじまじとファンヴァストに向けた。
ファンヴァストが「あの毛皮だけは」と言ったのには理由がある。一般の魔獣は通商ギルドが取り仕切る通常の競りにて、一頭単位あるいは数頭まとめて競り合うが、竜種などのような貴重な魔獣は、ハンターギルドオークションにおいて、その部位ごとに応札が行われるのだ。
それは、毛皮や肉、爪や牙などその部位ごとに必要とする買い手が異なることと、一頭丸ごとだと必然的に一商会が買い占めることになり、落札できなかったバイヤーたちの不満が大きすぎるためである。
ジーニャ商会は何でも取り扱っている大商会ではあるが、今回のオークションでは黒竜の毛皮を本命にしていた。そして、それには理由があった。前回のオークションで出品された茶毛竜の毛皮を、最大のライバル商社であるスターシア商会に競り負けたのだ。
スターシア商会の最大顧客は、大陸の中部西方に位置する大国、シルベスト王国の王宮であり、ジーニャ商会の最大顧客は大陸の中部東方に位置するターリャ王国の王宮であるのだが、この二国は古くからのライバル同士であり、ことあるごとに競り合ってきた。
憎きシルベスト王国に茶毛竜の毛皮を持っていかれたターリャ王国の王宮から、ファンヴァストは何としても黒竜の毛皮を落札してくれと頼み込まれている。ただし、いくら頼み込まれたといっても青天井でということはない。
ジーニャ商会とて慈善事業をやっているわけではないので、儲けが出ないのであれば引くことにはやぶさかではなかった。
しかし、ファンヴァストにも意地があった。前回スターシア商会に競り負けた茶毛竜の毛皮のことを考えると、今回は是が非でも勝ちたい。それが例え赤字を招くことになっても。
この、損は出したくない、しかし、是が非でも勝ちたい。という葛藤がこのときのファンヴァストの心境を満たしていたのだった。
本来、オークションには専門のバイヤーであるサンスヮールだけが参加する。しかし、今回の本命である黒竜の毛皮を、ターリャ王国の王宮へいくらで売れるか? 何処まで突っ込めるのか? 最悪の場合はどこまで損を出しても良しとするか? それを判断できるのはファンヴァストだけでありサンスヮールには不可能だった。だからファンヴァストがオークションに同行しているのだ。
そして、集ったバイヤー達が悲喜こもごもの思いでオークションの開始を待ち受ける中、壇上にオークショナーが現れ会場に静寂が到来した。オークショナーの横には黒目黒髪の男が、黒いパンツに黒いロングコートという黒尽くめの姿で立っている。
「お集まりのバイヤーの皆様にご紹介します。このお方が今回の出品者であり、黒竜をしとめた竜討の英雄マーサ殿です」
これから始まる、黒竜という未だかつて無い貴重な魔獣のオークション。それを待つバイヤーたちの熱気溢れる中、全身黒尽くめでクールに決めているマーサと紹介された若い男に、盛大な拍手と怒号のような歓声が送られた。そんな中、ファンヴァストは男の纏う見慣れぬ黒い上着の生地と意匠、仕立てのよさに一瞬目を奪われる。
「あのマーサとかいう男の着ている上着。一見マントのようだが袖があって初めて見る意匠だ。それにあの緻密で極上に見える生地、この距離からでも分かる精密な仕立て。なんという高級感……」
ファンヴァストは黒竜をしとめた俺の実力と、身にまとうコートの異次元の品質に、思わず見惚れてしまっていた。黒竜をしとめるというハンターとしての実力、身に纏う極上の上着、ズボン、それに靴、どれをとっても一級品である。
ファンヴァストは黒竜の毛皮のこともあるが、あのマーサという男にも早いうちに挨拶しておかねばなるまいと。いや、長年培ってきた商人としての感からも、あの男とは懇意になるべきだとこの時思ったのだった。
「――長、会長! 始まりますよ」
◇◇◇
オークションでバイヤー達にお披露目された俺は、その結果を見ることなく会場を後にしていた。
黒竜の落札金総額がいくらになるのか興味はあるが、解体しながらオークションが行われるので、終了まで半日以上掛かると聞いて時間が惜しくなったのだ。同行していたサッハディーリッツェは最後まで見ていきたいと言っていたが、俺がそれよりも王都観光をしたいと半ば強引に会場を後にしたのだった。
ちなみに、落札金額は手数料と税金を引かれた後、俺の口座に入金されることになっている。そして、その一割を黒竜に殺されたエーリッツェ隊遺族の口座に振り込む手続きも終わらせてきた。
王都を観光したいといっても、アルガスト王国の主要産業は狩猟と牧畜らしい。これといった観光名所など無い。
同行しているリーガハルとサッハディーリッツェも根っからのハンターであり、このメンバーかつこの地での観光らしい観光は出来ようも無く、オークション会場から野郎三人で延々と歩き、その道中に興味を引くようなものは何も無かった。
今俺は、王都から少し離れた小高い丘の上。そこにある大きな木の下でヤギに似た牧畜の群れを眺めている。
「なぁ、リーガハル。思いつきで観光したいと言った俺も悪いが、これは無いんじゃないか?」
「すまんな。俺もサッハもこれと言った名所は知らん。辺境にまで行けば絶景は拝めるだろうが、ここはアルガスト王国だ」
持参した干し肉を分け合いながら、しばらく長閑な家畜たちの群れる風景を眺めていた俺たちは、これといったきっかけがあったわけでも無く、誰からとも無く一陽と数日後に迫った狩猟祭を話題にしていた。
「なぁ、サッハディーリッツェ。その怪我は狩猟祭に間に合うのか?」
「ああ、大丈夫だ。もうほとんど骨は繋がっている。そんなことより、アトロ嬢は参加してくれないのか?」
「おまえも大概しつこいな。アトロは当分の間仕事から手が離せん」
座ったままひざを抱え込み、がっくりとうな垂れたサッハディーリッツェに、リーガハルはやれやれと呆れている。彼のことは置いておいて、リーガハルと話を進めることにした。
「エーリッツェ隊長は出られないんだろ? 人数は大丈夫なのか?」
「マーサ、お前が加わってくれるおかげで何とかなりそうだ。サッハも復帰できそうだし戦力的には問題ないさ。まぁ優勝は無理だろうがな」
「そうか……でも優勝を諦めているのは気に食わんな。参加するからには優勝目指して何ぼだろ?」
「おいおい、何か策でもあるのか? 竜種を狙うと言うのは無しだぞ。チーム戦なんだからな」
「竜種は狙わないさ。でも、作戦なら既に考えてある。あとは連携の訓練と細部を詰めていくだけだ」
俺の話をリーガハルは目を丸くして聞いていた。そしてその表情は、次第に輝いていく。
「期待していいんだよな。狩猟大会で優勝か――」
リーガハル曰く、ハンター達にとってアルガスト王国狩猟際とは特別な祭りだそうだ。。その優勝賞金もさることながら、優勝すれば国王から直接その栄誉を称えられ、さらに優勝チームとしての栄光はハンターだけに止まらず、アルガスト王国国民憧憬の的でもある。
そんなこともあり、優勝を口にする俺が眩しくて仕方ないらしい。
「大会で優勝することは子供のころから憧れた夢だったんだ。マーサ、本当に期待してもいいんだよな」
「もちろんだとも」
自信ありげにそう答えたが、彼の夢に応えるためにも手は抜けないなと身が引き締まる思いだった。だってそうだろ。夢は叶えてこそなんだから。




