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――なんで、よりにもよって、雷帝はイラーナに行ってしまったのだろうか?
八連衆で一番の強面と言われているモーリスであったが、その中で一等、慎重で、気弱であることも自認していた。
あの夜、もしも小娘がイラーナに行くということが分かっていれば、絶対に自分は止めたはずだ。
自分がイラーナと行き来しやすいように、最近の人間界の天虚での行動が怪しいなどと、話をでっちあげて、せっかく地固めをしたのに、これでは本末転倒ではないか……。
(…………何でこんなことに、なってしまったんだろう?)
挙句は、長老に良いように利用されてしまっているのだ。
(あのジジイ……)
今夜しかないと言っていた。
『人間界も、丁度満月で、良い夜になるじゃろうて。大丈夫じゃよ、不可侵条約には触れんよう、人間に動いてもらうことにしたからのう……』
「…………理不尽だ」
モーリスの目的はたった一つだったはずなのに、猫に弱みを握られ、猫の目的も付加されて、おかげで大仰な仕掛けになってしまった。
誰が悪いと言えば、自分の手は一切使わず、こちらを嗾ける長老。
それと、なんだかんだで図太い王子だろう。
(あの王子……)
雷帝すらも巻き込んでいるのだから……。
(アイツが天境界に迷い込まずにいれば……)
三千年前、エンラに渡した『絆の証』を取り戻そうとしたのが、事の発端だった。
その行為自体を、モーリスは後悔していない。
そして、代替わりした今こそ、必要な物なのだと、日に日に強く感じている。
だから、雷帝に目をつけられ、長老に唆されていることを知りながら、今宵、決行することにしたのだ。
「…………門番、尾行しているな?」
モーリスは、低い声で問いかけた。
イラーナに降り立った自分を、尾け回している黒い影。
雷帝の唯一の手駒である門番は、モーリスの呼びかけによって、音もなく真横に出現した。
あまり気持ちの良いものではない。
一歩、距離を取る間に、モーリスは心の内を告白した。
「私はお前と争う気も、雷帝に手を出すつもりも、まったくないのだ」
門番は微動だにせず、無言で、モーリスの独白を聞いている。
彼らが話すことが出来ないことくらい、知っていた。
だが、苦しい胸のうちくらい誰かに吐露したかった。
「私はただ……これからの天境界のことを思ったまでのこと。あの雷帝はまだ若いし、何も分かってはいない。私がしっかりしなければならないのだ。……だから」
一陣の風が吹いた。
それが合図となった。
「…………ここは、撒かせてもらうぞ」
モーリスの動きと呼応するように、影が動く。
足だけは速いと自負している、モーリスだ。
…………とはいえ、もし門番が本気を出してきたら、逃げ切れる自信は実のところなかった。
――しかし、どういうわけか……。
思いのほか、今日の門番は、モーリスを執拗に追いかけては来なかったのだ。




