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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第5章
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5

 濃紺の長い外套に、純白のクラバットのサクヤは、朝から西洋貴族の洒落た装いだが、彼の見た目は、十歳にも見えない子供だ。

 半ズボンがかえって彼の幼さを強調しているようでもあった。


「お二人共、若いのに、早起きじゃな」

「……いや、私、驚くほどぜんぜん気づきませんでした」 


 ユラは愕然としていた。

 二回も彼の存在に気付けないなんて、とんだ失態だ。

  眠かったからなんて、言い訳にもならない。


「一体、いつからいたんですか?」 

「そうじゃな。兄さん、城を出たら危ない……あたりからかな?」

「ほぼ、最初からじゃないですか?」


 動揺するユラ同様、トワも驚いたのだろう。

 切り株から立ち上がり、そそくさとユラの後ろに隠れた。

 トワの存在は八連衆に明らかになっていない。逃げる必要性を直感したようだった。そんなトワを、ユラは首を振ってなだめた。


「兄さん。サクヤ殿は、私たちのこと知っているみたいなんです」

「えーっ!?」

「確か、お前さんは、雷帝の弟君だったかな?」

「僕は兄ですよ! ……て、今の絶対わざとでしょう?」


 語気強く、トワが言い返すと、わざとらしい笑声を上げて、サクヤが接近してきた。


「まあまあ。それだけ熱くなる体力があるのなら、お前さんも、まだ大丈夫じゃろう」


 ――と、そこまで言ってから「よっこらしょ」と今までユラとトワが座っていた切り株に腰を落ち着かせてしまった。


「一体、何なんですか? こないだは貴方が足止めしてくれたおかげで、マサキが襲われて、大変だったんですからね」

「まあ、それはもう終わった話ではないか?」

「もしかして、ユラ。サクヤって、こないだユラを足止めさせて、マサキを襲わせたっていう。あのジイサン……?」


 トワが興奮しながら、ユラと目を合わせた。そこまでは、トワにも話していたのだ。


「ええ。その……ジイサンです。」

「何じゃと。わしは見た目ぴちぴちの、モテモテ少年じゃぞ」

「残念なことに、口を開けばジイさんです」

「ふん。小娘が言いよるわ。それにのう、言っておくが、あれは、わしがけしかけたわけではない。ルーガがどうしてもというから、協力してやっただけのこと。お前さんが出張らなかったら、あの時点で「絆の証」は八連衆に戻っただろうが、しかし、結局、お前さんは、親切に我らに返して寄越したのだから、結果としては同じということじゃろうて?」


 よく舌の回る老人だ。

 何だか、もうすべてがどうでも良くなってきた。


「…………分かりました。サクヤ殿。もういいですよ。ルーガの件は、マサキも謝罪はいらないと言っていましたから」

「一体、貴方は何を話しに来たのですか?」


 もう隠れる必要がないと悟ったのだろう、トワがユラより前に一歩出た。

 その姿に、サクヤは目を細める。


「その坊主が言っていたこと、まさしく正論じゃが、現実は上手くいかんと思ってのう」

「…………はあ?」


 二人して気の抜けた声を発した。

 サクヤは白皙に老獪な微笑を浮かべている。


「お前さん、あれだけわしが忠告したのに、やることが真っ直ぐすぎて、ちょい驚いたぞ。まさか、こんなに早く「絆の証」を返してくるとはな。ルーガも、フィンも、モーリスも戸惑っておった。わしは、まあ、お前さんが猪突猛進なだけだと知ってはいるが……」


 誉めている訳ではなく、けなしている訳でもなさそうだ。 

 ユラは溜息混じりに答えた。


「……だったら、貴方の口から、私の気持ちを伝えて下さいよ。特に「絆の証」絡みで人間にちょっかいを出している八連衆に、厳重注意をして下さい」

「何で、わしが、お前さんのためにそこまでしなければならないんじゃ?」


(やっぱり……ね)


 否定しないということは、ユラの推測は正しいということなのだ。サクヤは知っているくせに、黙っている。悩むユラを見て、楽しんでいるのだろう。


 ――味方ではない。


 どうせ、そういう反応だろうと予想はしていたが……。


「大体、わしが伝えたとところで逆効果じゃ。わしは昔エンラと対立しておった。わし以外の八連衆は、エンラを尊崇しているのじゃ。お前さんを嫌うのは、その反動じゃろう」

「じゃあ、せめて、何でモーリスが今頃、あの人に手を出してきたのか教えて下さいよ」

「そんなこと、本人に聞けばよかろう? あんな角男の鬱屈とした心情など知ったことか」

「それが出来ないから……。私はですね」

「その程度のことが出来ずして、何が雷帝じゃ。……わしの言葉の裏も読めんバカ者が」


 サクヤは、ぶつぶつ文句を言いながら、上着の内ポケットに手を這わせると、そこから先日ユラが返却したばかりの角笛を取り出した。


「……えっ? それは、貴方の?」

「そうじゃ。これは、わしがエンラに渡した「絆の証」じゃ。今日の本当の目的は、これをお前さんにやることじゃ」

「何、これ? 僕、こんな笛、見たことないけど?」


 トワが目を丸くしつつも、興味深そうに顔を近づけた。


「ただの笛じゃないからの。これは、次元を越える優れものの笛じゃ。エンラがいつどこにいても目覚ましになるよう、細工をした。他にも色々と機能はあったはずじゃが、昔のことで、忘れてしもうた」

「…………そんなよく分からない性能のもの、怖くてもらえません」

「せっかく、こんなもん、いらんからくれてやるって言っているのに、その態度は何じゃ?」

「貴方がいらないものを、もらいましてもね……?」

「まあ、悪いもんじゃないから安心して良い。吹いてみたら、性能も分かるじゃろう」


 ほいっと投げて寄越されたユラは、危なげなく片手で笛を捕えた。

 動物の牙のような形をした白いでこぼこの笛は、手作り感が満載ではあった。

 いっそ吹いてみようかと、口を当てようとしたら、即座に、サクヤが止めに入った。


「駄目じゃ。それは癖のある笛だからの。吹くと大変なことなる。多分、天境界全体に爆音が響き渡るじゃろうな。眠っている天虚を起こしたくはないじゃろう?」

「…………吹かないと性能が分からないと言ったのは、サクヤ殿ですよね?」

「何もここで吹かんでも良いじゃろうて。わしは耳を壊したくはない」

「そんな恐ろしい凶器を、何で今日、朝一番で、私のところに持ってきたんです?」

「貴方、一体何を知っているんですか?」


 トワが怪訝な表情のまま、サクヤと対峙している。

 サクヤは茶目っ気たっぷりに片目を眇めた。


「ほほう、なるほどな。洞察力は、兄の方が優れているようじゃ。お前さんは、頭が弱いからのう」

「……どういう意味ですか?」

「わざわざ、お前さんの事情を知っているわしがここに来たということは、どういうことなのか。わしはお前さんの真意を伝えることは出来んが、奴らを突っつくことは出来るぞ」

「…………それは、どういう意味……ですか?」


 一気に、緊張感を覚えたユラの前に、漆黒の影が走り寄って来た。

 見るからに怪しい全身黒ずくめの天虚を、ユラは彼ら以外知らない。


 ―――門番であった。

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