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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第5章
32/56

4

 結局、天境界にモーリスはいなかった。

 モーリスに門番はつけているが、その門番からの報告もない。

 ずっと雷帝の机仕事をこなしながら、門番が帰って来ないか待っていてたが、待ちくたびれてしまった。一仕事終えた隙に一休みしようと思ったユラだったが、明け方近くに領民に起こされて、眠ることも出来なくなくってしまった。


「ありがとうございます。雷帝。助かりました」


 霧の立ち込める山道で、 天虚二体がユラに向かって深々と頭を下げている。


「…………この程度のこと。たいした手間にはならない」


 ユラは、強張った顔のまま慇懃に答えた。

 何処まで領民と親しげにして良いのか、距離感がつかめないためだった。


 ――何者かが森の木々を能力で倒してしまい、通行不可能になってしまった。何とかして欲しい。


 そんな嘆願を受けて、ユラは急いで着物を身に着け、現場に駆け付けた。

 道が通れないのは、緊急事態だ。

 天虚には自分の畑を持ち、作物を育てて、自給自足をしている者の方が多い。

 誰かが単純に癇癪を起して、勝手に倒木したというのなら、犯人を突き止めなければならないが、まずは、倒れている木々の撤去だろう。

 ユラは持参の剣で細かく切り分けて、端に寄せた。

 これで通行の邪魔にもならないし、持ち帰って、寒い日に薪にするのにも便利になる。

 

(誰かの役に立っているし、感謝もされるし、嬉しいこと一杯だわ)


 こういう地味な仕事がユラは、好きだった。

 喜びの表情を出せないのが辛いくらいだ。


「今日は、本当にありがとうございました。また礼を持って、雷城に伺いますので……」

「そんなものはいい。また何かあったら、気軽に雷城に来なさい」


 首の長い天虚は、くるくると首を回してお辞儀して、薄闇の中に消えて行った。

 緊張が抜けた途端、ユラの意識が遠のきそうになる。


「……眠い」


 でも、まだ今日は始まったばかりなのだ。

 これから詰め込んだ仕事をこなし、一息ついてから、ハルアの邸宅に向かう予定にしている。

 モーリスの行方は心配ではあったが、門番がユラに何事も伝えに来ないということは、平和だということだ。

 生まれて初めて徹夜をして、ハルアの気持ちがようやく分かった。

 いつも、彼はこういう状態でユラと話しているのだ。

 まあ、対応が淡泊になるのもうなずける。 


(…………大丈夫、ハルア様に、危害が及ぶはずがないわ)


 合計二体の門番が動いている。

 一体はハルア、一体はモーリス。

 ユラより頭の回転の速い門番だ。

 もしも不測の事態が起こったら、どんな手を使ってでも一体がユラに知らせてくるだろう。


(もちろん、私だって、ハルア様の所には必ず行くけど……)


 壁画のことも気になっている。

 いや、一番気がかりなのはハルアの暢気な性格だろうか……。


(どうして、あそこまで危機感がないのかしら?)


 眠いとか、仕事に追われて訳が分からなくなっているとか……。

 小さい頃から王子として、命を狙われていて感覚が麻痺している……とか。

 同情の余地はある。

 だけど、ユラは苛々していた。

 モーリスが本気を出してきたら、ハルアなど簡単に殺されてしまうだろう。

 今更ながら、もし本気でモーリスが自分の力を取り戻そうとしてるのなら、手段は二つしかない。


 ――ハルアの寿命を待って、力を回収しに来るか。

 ――ハルアを殺して、力を奪うか。


 正直、人の気持ちを察知する程度の力に、モーリスが全力を出してくるのだか分からないけれど。


(うーん、益々分からなくなってきた……)


 そもそも「人の力を読む」程度の力で、天境界最強の八連衆になることなんて出来るのだろうか?


(…………やっぱり、イライラする)


 モーリスに、聞きたいことが明確になってきた。 

 ……それなのに、当の本人と連絡が取れないなんて、こんなに痛ましいことはない。


(あの時、怖がらずに、もっとちゃんとモーリスを問い質しておけばよかったのよ)


 ハルアの言うとおり「絆の証」を返したことで、かえって彼を追いつめてしまったのだろうか……。


「…………私のばかっ」


 長い髪をそのままに、うなだれていると、背後に温かな気配を感じた。


 ――この気配は?


「トワ兄さんっ!? どうして」

「ユラ。どうしたんだい? お前がここまで気配を感じないなんて、珍しいじゃないか」


 トワもユラと同じような容姿をしている。

 見た目も似ているし、顔をつき合せると、本当に自分の分身のようだった。


「まさか、兄さんがこんな朝早くにこんな所に来るなんて。城を出たら、危ないですよ。体は、大丈夫なんですか?」

「うん。平気、今日は気分がいいんだ。それに、こんな時間じゃないと、なかなかユラとも話ができないからね」

「……トワ兄さんと話せるのは、私だって嬉しいですけど。……でも」


 心配で眉を寄せるものの、トワは強引にユラの隣に腰を下ろした。

 一つの切り株に、二人で肩を寄せ合って座っている。こんなに近いのは、子供の頃以来だ。


「僕の体調は気にしないで。ユラだって怪我しているみたいだし、大丈夫なの? それ?」


 そういえば、大木を退ける時に、手の甲を少し切ってしまったのだ。

 出血はしているが、掠り傷だ。放っておけば、きっと、すぐに治る。


「ああ、こんなの平気ですって。何て言ったって、私雷帝ですからね!」

「ははっ、頼もしいね。何だかハルアに会ってから、ユラの雰囲気が変わったような感じがするよ」

「まさか……体重のことですか?」


 毎日、甘い物ばかり食べているので、横幅が膨れてしまっているのかもしれない。

 それとも、心労がたたって太ってしまったのだろうか。

 しかし、トワは笑いながら否定した。


「いやいや、違うって。大人になったってことだよ。綺麗になったと思ったんだ」

「……私が……ですが?」


 疲れているユラへの気遣いだろうか?

 怪訝な顔でトワを見遣ったものの、彼は意味深に頷くばかりだった。


「だって、それ以外、考えられないからさ。ユラは、急に雷帝を継ぐことになって、いつも、逃げたい、辞めたいって、怖がってたでしょ? でも、彼と会ってから、良い意味で、自信がついてきたんだよ。それが外見的な美しさにも繋がってきているんだと思う」

「そんなことありませんよ。自信なんて、泣きたくなるほど何もありません。今だって、どうして良いか分からなくて、沈んでいたんですから」

「でも、ユラは「絆の証」を返すと決断した。それは間違ってないと思ってるでしょ?」

「……それは、その。…………思っています」


 そのことに関してのみ、自信を持って肯定することができる。

「絆の証」のようなやり方は嫌だ。

 モーリスの件がなかったしても、ユラは今回と同じように返却したはずだ。


 ……ただ。

 返却方法については選ぶべきだったのかもしれないと、今になって後悔はしている。


「そっ、だから「絆の証」を返したことは正解なんだよ。ユラ、もっと自信を持ちなって。迷ったり、悩んだりして、でも、最終的に譲れないことだと決断できたのなら、それが正しい答えなんだと、僕は思うんだ」

「兄さん……」

「…………と、まあ、良いこと言っているようだが、果たして、どうなんじゃろうかのう?」

「…………はっ!?」


 子供の場違いな声が割り込んできた。


「誰なの!?」

 

 誰何しながら、慌ててユラは立ち上がって振り返る。―――すると。


「……サクヤ殿」


 八連衆の長老サクヤは、堂々と二人の背後に突っ立っていた。

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