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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第3章
20/56

6

「……ちょっと! 駄目でしょう!!」


 ユラは叫ぶと同時に、矢を放った少年の目の前に着地した。


「な、何だよ?」


 強がりながらも、腰を抜かしている少年の前で、ユラはこれみよがしに眼鏡をはずす。

 人には非ざる黄金の瞳で、自分を取り巻き始めた子供たちを睨みつけた。


「私は…………君たちが言っていた「天境王」エンラの後継者ユラ。現在の雷帝と言った方が分かりやすい? 私は君たちに聞きたいことがあって、ここに来たんです。速やかに「あの方」について話す権限のある誰かを呼んできなさい!」

「雷帝って?」

「う、嘘だろ? 何で雷帝がここに?」

「物分かりが悪い子ですね。雷撃をくらわなければ、分からないのですか?」

「ひっ!」


 殺気を殺して静かに問えば、彼らは一目散に逃げて行ってしまった。


「あっ、ちょっと?」


(何やっているのよ……)


 ――失敗した。


 呼んで来いではなく、こちらから行くと言い張れば良かったのだ。

 リエルのことを診て欲しかったが、恫喝しておいて、追いかけるのも気が引けた。

 呆然としていると、ユラの背後から無駄に爽やかなハルアの声が飛んできた。


「ああ、ユラさん。こちらは大丈夫ですよ。リエル君は脳震盪を起こしただけのようですから」


 振り返ると、ハルアが意識のないリエルを抱いて立っていた。

 ユラは目を丸くした。


「脳震盪って……。そんなこと、ハルア様に分かるのですか?」

「ええ。芸術を志すのなら、人体の構造くらいは勉強しとかないといけませんからね」

「冗談ではなく?」

「どこをどうしたら、冗談になるんです?」

「すいません」


 なにやらさらっと言ってくれるが、人体の構造を学ぶということが、途方もないことだということは、ユラにも分かっていた。

 冗談でなかったら、多分この人は天才なのだ。


「ちなみに、ラトナが彼らを追いかけてくれました。ここで待っていても、後手に回ることはないでしょう」


 そして、ラトナとは以心伝心で、連携ができる仲のようだ。

 二人の関係が羨ましいくらいだった。


「ユラさん、ここには気を失っている彼もいることですし、少し休みませんか?」

「馬車で十分休みましたよ?」

「普段運動をしないので、私が疲れたんです」

「そういうことですか……」


 とても疲れたふうには見えないが、まあ、確かに先刻ひょいひょい矢を避けていたのは、彼にとって激しい運動に値するはずだ。

 それに、ラトナが追いかけたのなら、ユラは用無しである。

 あの天虚たちには、特別な力はないようだった。


「…………ラトナ様を、待ちますか」


 ユラは先程までの威勢はどこへやら、消沈した面持ちでハルアのもとにとぼとぼと歩いて行った。

 こちらが沈んでいくほどに、ハルアの声は明るい。


「もう一息ですねえ。仕掛けてみると、あっという間というか、もっと泳がせておけばよかったかもしれませんね?」

「それもどうかと思いますけど……?」

「まあ、そうですね。確かに、早々に彼らの狙いが分かれば私も対処の仕様もありますし、ロカ君に対しても、無駄に警戒せず済みますから、これはこれで良かったのでしょうね」


 ハルアはリエルを横にすると、その隣で、大木の幹にもたれるように座った。

 疲れてしまった。そうかもしれない。

 だけど、ハルアは画帳と鉛筆を手に持っている。こんな時でも画材を手放さないのは、芸術家としての執念なのだろうか……。

 命が狙われているくせに、まるで他人事だ。

 そのことが、ユラはとても気になった。


「どうしてハルア様は、殺されかけたのに、他人事のように冷静なんですか?」

「冷静でも、他人事のように話しているつもりも、ないのですけど?」

「そうは見えないんですけど?」

「そうですか。まあ、そうですね。生きているという感覚が、作品を作っている時くらいしか、得られなくなってしまったのは事実ですね」

「じゃあ、ずっと好きな絵を描き続けなければいけませんね?」

「それは、嫌ですね」

「はっ?」


 ユラの目はその時、多分本当に点になっていたに違いない。


「私、芸術活動好きじゃないんですよね。むしろ芸術家なんてやっているのは、苦痛に近い」

「えーっと?」


 どうしよう。

 …………もう、何を言えばいいのか分からなくなってしまった。

 王子も嫁ぎたくないからイヤで、芸術家も苦痛って?


(私、この人の絵、本当に好きなんだけどな。描くのが苦痛とか言われちゃったよ)


 憧れの芸術家から絵を描くことが嫌いだと、さらりと告白されてしまったのだ。

 かける言葉がなくなって、黙り込んでいると、彼の視線だけを感じて体がかゆくなった。


「あの、ハルア様、何ですか? 私の顔に何かついているんですか?」

「いえ……。ちょっと、貴方に見惚れていただけで、他意はありませんから、気にしないでください」


 ――いや、そういうのを他意と言うのではないのか?


 ユラは困惑しながら、彼の隣からやや距離を置いた。

 しかし、なぜかそういう時だけ気が利くハルアは、自分の外套を地面に敷いて、ユラに座るように手招きした。


「どうぞ」

「座れませんよ。そんな高そうな服の上になんか」

「安物なら良いんですか。そういうわけではないでしょう。私が良いと言っているんです」

「……はあ」


 ユラはおずおずと服の端っこに座った。

 変な感じだ。良く知らない人と、真っ青な空の下、森の中で並んで座っているのだ。

 まるで、人間の男女のように……。  


「実は、七日も君に会えなかったので、私は君のことを何千と思い、考えていたんです」

「…………とても、気持ち悪いですね」


 ちょっと距離が近づいた途端、すぐこれだ。

 今の熱視線は、気持ち悪い類のものだったらしい。


「……いえ、これは真面目な話なんですが」

「ハルア様の真面目……ですか?」 

「君の能力のことですよ」


 ………………瞬間、ユラは心臓を射抜かれたような気がした。


「君は何度もその場の感情で、能力を使おうとしていましたね。でも、結果的に一度も使いませんでした。さきほどの父上との謁見も、会いたくないと騒いでいたのに、力を使ってまで逃げようとしなかった。今もまた、雷撃を一発撃てば、すぐに彼らは大人しくなったはずなのに、あえて使わなかった。――どうしてなんですか?」

「…………どうしてって」


 指摘されるまでもない。

 彼の言う通りだった。

 ユラが雷撃の一発で威嚇でもすれば、リエルも怖い思いをせずに済んだのだ。

 元人間が雷帝と名乗りたくないという奢りと、自らの力に対する恐怖がユラの行動を大幅に制限している。

 でも、そんなこと自分の口からは告白できなかった。


「もしかして、ハルアさま?」

「すいません、少しばかり君を試してしまいました」

「………………さ、最低ですね」

「有難うございます」


 全速力で逃げたい、または全力で破壊したい衝動をユラは我慢した。

 彼はユラの何を知ってしまったのだろう。

 それだけが気になった。


「君、本当に可愛いですね」 

「雷撃を落としてもいいですか!?」

「ええ、お願いします。私はずっとそれを待っているのです」

「…………やっぱり、やめておきます」


 変態の期待に応えるわけにはいかない。


「私は、話したいけど話せない葛藤している君の表情を、ほほえましく感じるのですよ」


 駄目だ。

 歯止めが怪しくなってきた。

 今なら何も考えず、雷撃も打てるような気がしてきた。

 頭を抱えるユラに、ハルアは今まで一番驚いた口調で、当たり前のことを告げた。


「…………君、女の子なんですね」

「はっ?」

「………………女の子……なんですよ」

「あの、それ、そんなに連呼して言うことですか?」


(私のことを、何だと思っているんだろう。この人?) 


 人ではないにしろ、こんな寒々しい格好をしていたら、さすがに男には見えないはずだ。

 しかし、ハルアは今初めて知ったかのように、白皙を真っ赤にして照れながら喋るのだ。


「……すいません。魔物とか「雷帝」とか、そういうものの前に、君は一人の女性で、女の子なんだって、分かっていまたけど、今、改めて痛感していたところなんです」

「いや、あの…………?」


 しかし、それは油断だった。

 ハルアの言わんとしたいことは、他にあったのだ。


「君は心の優しい女の子で……。だから、恐れている。その能力で、誰かを傷つけしまうことを。力の制御を上手くする自信がないから、使いたくないのでしょう。まいったな」


 本当に、まいったな……はこっちの台詞だった。

 ぐうの音も出ないほど、完膚なきまでに言い当てられてしまった。


 ――自分の力が怖い……。


 そんなこと、トワにだって相談できない。

 この能力を受け継いだ時から抱えている、ユラ最大の悩みであった。

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