第83話 いくつになっても子供のように
魔法スキルが高ければ、魔法をより早く、効率的に、精密に、大規模に扱うことが出来るという。
逆に言えば、より早く、効率的に、精密に、大規模に魔法を扱えれば、魔法スキルのレベルが上がる、と言えるだろう。
では、具体的にはどうすれば良いか。
まず『早く』だが、これはもちろん撃った魔法の弾がスピードアップする……という意味ではない。
魔力が魔法として形になるまでがスムーズに、素早くなるということだ。
ラノベや漫画でよくある、魔法を無詠唱で使う、というのは代表的な『早さ』の演出である。
この早さを支えるのは、ひとえにイメージ力だ。
構造、原理、形状、性質。天龍眼の開放で得られる情報のように、自分の魔法を完璧に理解して詳細にイメージできれば、詠唱など無くても瞬時に魔法を使えるという。
呪文の詠唱や身ぶり手振り、特別な道具などは、全てこのイメージを補佐するものにすぎない。
使い慣れ、使い古し、使い切って、もはや名前を口にする前にその構成のすべてを構築し終える。その域に至りようやく、詠唱の必要もなく魔法を行使するに至るのである。
次に『効率的に』だが、これは魔力の消費量に関係する。
たとえば火の魔法を使う時、魔力を火属性に変換しているわけだが、この変換の時にやはりロスが生じてしまうのだ。
無属性など、自分の属性と同じ魔力を使う時でも、ロスが全く無いわけではないらしい。
この変換効率を上げるには……基本的に、魔法を使いまくって魔力の変換に慣れるしかない。いわゆる体で覚えるというやつだ。
意図的に少ない魔力で高い効果を出すように心がければ、効率的な魔力の使い方も身に付きやすいだろう。
そして『精密に』だが、これは分かりやすく命中率に影響してくる。
投げたボールが思った通りに飛ばないことはままあるが、撃った魔法が狙い通りに飛ばないのは異常なのだ。魔法は『思った通りのことを実現するもの』なのだから。
ならば、それは魔法が精密に……思った通りに実現できていないから、ということに他ならない。
たとえば、俺のガンシューティングを例にとってみよう。
高速の魔力弾を連射する魔法だが、その命中率は決して高いというわけではない。指先の微妙な感覚と、連射によってそれを補っている。
だが、魔法というのはそもそも、現実をねじ曲げて思い通りにするものだ。
本来なら、反対側に銃口を向けて撃とうが、思い通りの軌道を描いて思い通りの場所に向かって飛ぶ。それが魔法だ。
そうならないのは、俺が魔法をまだまだ思い通りに操れていないということである。
ともあれ、最後は『大規模に』だ。
これは言うまでもなく、魔法の大きさや複雑さ、範囲の広さなどだ。
規模が大きくなるにつれ、魔法の制御は困難になり、消費量が増え、発動に時間がかかる。
いわば、魔法の規模とは集大成だ。
精密な構築で制御を可能にし、効率の良い運用で消費を抑え、強いイメージで発動を早め、そしてようやく魔法が形になる。
レベルアップとは、この繰り返しである。
さて、これをふまえて、魔法を鍛えるための魔法に要求されるものとは。
……やはり、精密さだろう。
早さ、効率の良さ、規模は、いずれも繰り返しの学習によって習熟することができるが、その全ての基礎は精密さ。すなわちイメージだ。
最初は積み木を重ねるような大雑把さでいい。
それを、いずれ手の平サイズの精密模型を作るかのような細かさまで応用できる、そういう魔法が必要となる。
……というわけで、こんな魔法を作ってみた。
「投え……じゃなくて、構築、開始」
別に身体は変なもので出来ていないが、ボールを抱え持つような形にした両手の間に、丸い影が出現した。
もやもやとした、写りの悪い映像のような何かボール状の影。
それに魔力を送り込んで集中すると、次第に輪郭がはっきりとしてくる。
それは野球ボール大の、プラスチックのように滑らかな黒い球だ。
無属性の魔力を固めて、物質化したものだ。
魔力の物質化といっても、それほど特別なものじゃない。
地属性や氷属性の魔法だって、岩や氷を生み出す。
それを無属性でやってみたら、特徴のない不思議なプラスチック球みたいなものが出来上がった、というわけだ。
実際に目にしたそれを元に、イメージを明確化していく。
滑らかな、黒くて丸い球形。触ったら硬くて、つるつるとしている。重さは……やはり、野球ボールくらいか。ずしりと重たいわけでもなく、中身が無いかのように軽いわけでもない。
『いいぞ、ユート。触ってみろ、手に持てるはずだ』
天龍に言われるままに、それを手に取る。
しっかりと手に触れて、持つことができた。
ぎゅっと握ったり、色んな角度に回してみたり、軽く放り投げたりしてみる。
つるつると滑りやすいこと以外は、重さといい手に収まる感じといい、ますます野球ボールだ。
『魔力を送り続けることを忘れるな。じっくりと観察し、想像し、イメージを固めろ。空想の虚像を確たる現実へと近付けるのだ』
天龍の言う通りに、手からボールへと魔力が流れ込むのを意識する。
……結構疲れてきた。じわじわと魔力を吸われてる感じ。
サラマンダーを呼び出したアルバートが結構魔力を消耗してたけど、あれと同じ感じか。
まあ原理は大して違わない。作り出すのが、魔物かただの物質か、というだけだ。迷宮の壁や地面が作られるのと同じようなものだろう。
『む、集中が乱れているぞ、ユート。
……ふむ、そろそろやってみるか。形を変えてみろ。硬いものがだんだんと柔らかくなり、溶けて泥のように流れてゆくようイメージするのだ』
むむむ、なかなか難しいことを言う。
じっと手の中の球を見つめながら、それがどろりと溶けていくところをイメージする。
開いた指の隙間から流れ落ちていくように──
「あっ」
球形がゆっくりと歪みはじめたかと思うと、ばしゃっと割れた水風船のように、液体状になって周囲にぶちまけられてしまった。
慌てて立ち上がり確認するが、黒い水は集中が切れた途端に蒸発するかのように消え去り、濡れた後さえ残さない。
『くくくっ、最初からうまくはいかんようだな』
忍び笑いを漏らす天龍に、俺は溜息をついて肩をすくめた。
……というわけで、これが新しい魔法、モデリングだ。
効果は、イメージした通りに形を変える模型を生み出すもの……だったのだが、結構難しいな。
手を使わずに、イメージと共に魔力を流し込んで形を変えるのだ。
イメージ、イメージと口ではいうが、やはり百聞は一見にしかずという言葉の通りである。
模型を作ることで新たな魔法や既存の魔法についてもイメージを深めやすくする効果も……あると思ったが、しばらくはこの魔法をきちんと使えるようにするだけでも練習になりそうだな。
「よし、もう一回やってみるか。……モデリング、開始」
再び、モデリングの魔法を使ってみる。
一度成功させたからか、今度はさっきよりもスムーズに黒球を実体化させられたような気がする。
ところで、まずは球体から始めているが、もちろん球体以外の形から始めることもできる。
最初は簡単な形を……と思ったのだが、球体って意外と難しいかもしれない。最初は立方体の方が良かったか…… いや、そう大差ないかな。
さて、今度はこれを別の形に変えてみよう。
最初はゆっくりでもいいので、立方体にしてみることにする。
ゴムのように、粘土のように、泥のように、自在に柔らかくなるイメージ……たとえば、殺人ロボットの出てくる映画の二作目の敵みたいな感じ。
『エイガとかロボットというのはわからんが…… うむ、何やらスライムのような不気味な動きだが、順調だな』
擬音をつけるなら、ぶにょーん、というような感じで、球体が立方体に輪郭を変えた。
うん、やはり一度成功させると次からはうまくいく。ピラミッド型や八面体などにもしてみたが、ゆっくりとではあるものの崩れずに形を変えることが出来た。
……何だか楽しくなってきた。
集中しているからか、魔力の消費のせいか、額に浮かぶ汗をぐいっと拭いつつ、次は何の形にするか思案する。
よし、そうだな。東京タワーにしよう。
シンプルながらも鉄骨の編み目が難しい。リアルな模型ではなく、簡略化された形ならばどうにかなるかもしれない。
『トウキョウタワー……というのは、ユートの世界の建物か? どういうものなのだ?』
ああ、東京タワーというのはだな……
と説明しつつ、まずはピラミッド型に変形させた模型の頂上部を上に高く引っ張り……
「アヅマ、部屋にこもって何してるんだい?」
「うぉわっ!?」
唐突にノックと共にクロードの声がして、思わず声をあげてしまった。
集中してるときにいきなり声かけられるとびっくりする。
「ああっ……!」
急に集中を乱されたからか、模型もぐにゃりとでたらめに歪んだかと思うと、砂のように細かくなって弾けるように飛び散ってしまった。
「あぁー……」
「アヅマ、何かあったのかい? 入るよ?」
妙な声をあげたからか、クロードががちゃりとドアを開けて踏み込んできた。
「ああ、クロード。新しい魔法を試してたんだ」
「新しい魔法? ……部屋の中で?」
「危険のあるような魔法じゃないからな」
改めてベッドの上に腰を下ろすと、クロードもその隣に腰かける。
モデリングの魔法を使って黒い球体を生み出してみると、ほう、と興味深そうに唸った。
さらに形を変えてみせると、きらりと目が光る。
「面白いね。好きな形に変化する魔法か」
「ああ、魔法の練習のための魔法が作れないかと思ってやってみた。
といっても、この魔法自体が結構難しいんだけど……」
「ふむ、数秘学で再現するには、複雑な公式が必要になるね……」
背の高い三角錐は作れたものの、これからどうやって東京タワーの形にしたものか……と考えていると、あごに手を当てて考え込んでいたクロードが立ち上り、部屋を出ていった。
かと思うと、A4くらいの大きさの木枠のついた黒板とチョーク、それと本を三冊持って戻ってくる。
「……何の本だ?」
「数秘学の教本だよ。少しうるさいかもしれないけど、許して欲しい」
組んだ膝の上に黒板を乗せ、片手で本をめくりながら、もう片手で黒板に文字を書いたり消したり、となかなか器用なことをする。
『ユート、集中が切れているぞ』
「え? うわっと」
天龍に言われてはっと気付くと、手の中で黒い三角錐が崩れ去るところだった。
気を取り直して、もう一度モデリングを唱える。
最初の黒球を出すのはそろそろ慣れてきたな。
「アヅマ、それ触ってみてもいいかい?」
「ん、ああ。……どうぞ」
慎重に魔力とイメージを送り込んでから、クロードに手渡す。
クロードはそれを眺めたり、手の中で転がしたり、指先でつついたりした。
「硬い……けど、軽いね。金属でも、石でもない…… これは何なんだい?」
「え? いや、無属性の魔力を固めてみたらなんかできた」
俺の適当極まりない頭悪い回答に、クロードは考え込む。
ゲームのコントローラーに使われているようなプラスチックのイメージだったが、俺には馴染みが深くともクロードには未知の物質だろう。
「まだ無属性でしか試してないけど、別の属性の魔力を送り込むと属性に応じた魔力に色が変わる……筈だ」
「ふむ、探索士協会のレベルカウンターのようだね。
……つまり、受けとる魔力を変数として、それによって色を変えるような公式を組んで……」
黒球をベッドの上に置いて、クロードはまたカリカリと黒板にチョークで書き込む。
どうやら、モデリングを数秘学の公式に則って再現しようとしているらしい。
元々、クロードにも教えるつもりではあったが……
「……確かに、練習用の魔法と言うには難しくなりそうだ。
まったく、君の魔法はいつも再現に苦労するよ。君も数秘学を学んでくれれば楽なんだけど」
「いつも……って、クロード、俺の魔法を使えるのか?」
「ああ、公式は組んでるから、理論上はアヅマと同じ魔法を使えるよ。
あくまで見た目上再現しただけで、必要な魔力量と性能が見合ってないものがほとんどだし、ディメンジョンポケットやロケットスタートに関しては危険もあるから使わないけどね」
「マジか」
銃とかソナーとか、この世界に存在しない概念が多いはずなんだけどな。
しかし、フラッシュバンを修得できたのも、こういう積み重ねがあったからなのかもしれない。
「アヅマの魔法の発想は面白いからね、僕としても公式を組んでいて勉強にもなるし、なかなか楽しいよ」
「勉強が楽しい、か。俺にはそこまで言えないなあ」
ベッドの上の黒球を手に取りつつ、小首を傾げる。
俺の学校での成績は十人並みで特に秀でたところはなかったし、クロードが細かく書き込んでいる数式なんて見る気も起きない。
「そうかい? アヅマは僕と同じタイプだと思っていたんだけど」
「俺とクロードは全然違うと思うぞ」
俺がそう言うと、クロードはただ僅かにに苦笑した。
「──アズマ、ねえ、アズマってば」
「──はっ」
ゆさゆさ、とゆり起こされて目が覚めた。
目の前にユズがいる。手を伸ばして、俺の肩に触れていた。
窓の外は暗い。部屋の明かりが付けられて、魔力灯の明かりが部屋を照している。
下の方から馴染んだ賑わいが聞こえてくる。この騒がしさだと、夕食のピーク時…… 6時から7時といったところだ。
あれ、俺いつの間に寝てたんだ……って、なんかこの感覚、覚えがあるな。
鳳翼一閃の試しにジャベリンウルフを斬ったはいいが、調整を誤って脳に過負荷をかけてしまい、記憶を失った時と同じだ。
「やあっと起きた。もー、晩ご飯の時間なのにいつまで寝てるの?」
「ごめん、ユズ、今起きる……」
少しふらつく頭を振って身体を起こす。
なんか変な体勢で寝てたな。ベッドを横切るような形で、足はベッドの外に投げ出すように。
ふと隣を見てみると、クロードが同じような体勢で倒れていた。
黒板にチョーク、開いたままの本がベッドの上に散乱している。
「ほら、クロードも起きて、おーきーてー」
「ん、んん…… 何だい、なんでユズが僕の部屋に……」
「ここはアズマの部屋だよ、クロード」
クロードも、どこか気だるげに起き上がり溜息つきながら頭を振っている。
俺だけだったなら、また天龍眼を開放しすぎて脳を痛めたのかと思ったところだが、クロードも同じような様子なのはどういうことだろう。
『二人して魔力の使いすぎだ。今回は私のせいではないぞ』
おはよう、天龍。
……ああ、思い出してきた。黙々と東京タワーに挑戦してたら、クロードがモデリングの修得に成功したんだ。
ずいぶん早いなと思ったが、クロードも自分で驚いていたな。俺の成長速度補正アビリティでも働いたのか。
その後はひたすらモデリングした。
二人して粘土遊びに夢中になる子供のように熱中して、とにかくこねくり回した。
いやあ、人間のイメージってやっぱりあやふやなんだな!
どうにか東京タワーらしきものを作ってみたんだが、出来上がったものに漂う強烈な「これじゃないな……」感といったらない。
赤くすればいいのかと色をつけてみようとしたものの、火属性の魔力を送ろうとしたら形が崩れたり歪んだり、ついには燃え上がったりして、どうにか事なきを得たがあれは焦った。
クロードは板状にした模型の上に、二色で簡単な模様を描いてみせたりしたのだが。やっぱりクロードは器用である。
で、そのまま二人とも魔力切れで倒れるまでモデリングしてたわけだ。
いや、あと少しもう少しだけ、まだいける大丈夫、余裕余裕……と、ついついやり過ぎてしまった。
モデリングは一日一時間だな……!
「……二人とも、大丈夫? ご飯食べれる?
そうだ、良かったらアズマがぼくに作ってくれたあれ、なんだっけ、おかゆっていうの? ぼくが作ってあげるよ!」
「え、ユズ…… 料理できるのか?」
「失敬な! 大丈夫だよ、おコメを水で煮込むだけでしょ?」
「あ、うん。わかった。……ほらクロード、しゃんとしないと大変なものを食わされるぞ」
「アズマ、ひっどい!」
料理スキル皆無のエルフ娘の抗議はさらりと聞き流し、まだ気だるげなクロードの手を引いて階下に向かうのであった。
次回予告
ついにその日はやってきた。
多くの人がこのために集まり、駆け付けたのである。
次回、第84話「酒場娘の誕生日」




