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第65話 あらぶるルティアちゃん

「おはようございます、アルマさん」


 目を覚ますと、天使がキスをしていた。


 ……いやいや、訂正しよう。

 天使のように美しい少女が唇の触れそうな至近距離で微笑んでいた。

 一瞬色んな意味で心臓が止まったかと思ったが、よく見たらルティアだ。


「お、おはよう。……な、何をしてるんだ?」

「アルマさんったら、いつまでも寝てばかりで退屈ですので、起こして差し上げようかと思いましたの。王子様は眠り姫の口付けで目を覚ますと言いますでしょう?」

「……いや、それは逆じゃないのか?」

「くすっ。冗談ですわ、何となく寝顔を見ていただけです」


 猫のように悪戯っぽく笑って、ルティアは離れた。

 いや、離れたけど離れてない。俺のお腹のあたりに頭を乗せて、だらーんとのし掛かっているせいで、身体を起こすことができない。


 寝転がったまま周囲を見渡してみると、大牙亭の自分の部屋だった。

 窓の外はもう暗い。階下の賑わいからして、夕飯時のピーク、六時前後だろう。

 三時間くらい気絶していたことになる。


『おはよう、ユート。どうやら死なずに済んだようだな』


 おはよう、天龍。なんとか平気だったみたいだ。

 頭痛も胸の痛みもない。おそらく、意識を失っている間に回復魔法をかけてもらったのだろう。

 ルティアがいるってことは、クロードはガイウスを呼びに行ったのか。教会は結構遠くにあるし、ルティア達の宿の方が近いのは確かだけど……


「ガイウスを借りてすまない。ルティア達がいて助かった」

「いえ、たまたま勇儀王でもしようかとそちらに向かっていただけですわ。お気になさらず」


 ……ルティアもすっかりデュエリストだなあ。

 そして、大牙亭もすっかりデュエルスペースがわりである。

 というか、そういう答えが返ってくるということは、ルティア達の宿じゃなくて大牙亭に来る途中でクロードに会ったのか。


「アルマさん、胸骨が折れて肺が痛んでいたそうですわよ。剣の稽古もいいですけれど、心配させないでくださいまし」

「いや、まあ、事故みたいなものだけど…… ごめん」

「謝意は言葉よりも行動で示して頂きたいものですわね。髪など撫でてもよろしくてよ?」


 はいはい、と柔らかな髪を撫でると、ふふん、とルティアは満足そうに鼻をならした。


「今のところ、こーんなふうに気兼ねなくワガママ言って甘えられるのはアルマさんだけですもの。つまらないことで、いなくなってしまわれては困りますわ」

「そうなのか? レジーやゴルドさんは受け入れてくれそうだけど」

「ええ、そうでしょうとも。

 ですが、皆はわたくしの思い通りにしてくれますけど、わたくしも皆の思い通りのわたくしでいなくてはいけない。そういう関係なのですわ」


 うーん、アイドルはイメージを崩してはいけない、みたいな話か?

 イメージにあわないことをすると「~はそんなこと言わない」と言われるとかなんとか。

 ルティアの場合、本当にアイドルのクラスだしな。


「でもでも、皆が好きなことに変わりはありませんのよ?」

「ああ、わかってるよ」

「わたくしの大切な仲間ですわ。最近は、わたくしたちだけで、ジャベリンウルフを倒すことにも成功しましたのよ」

「へえ、それはすごいな」


 そういえば、こっちはジャベリンウルフとの再戦はしてなかったな。

 話を聞いてみると、やり方はいわゆる正攻法だった。

 陣形を保ち、呼び出される狼に対処しつつ追い詰め、ダメージを重ねて倒したらしい。

 風の槍の対処は、兆候を見逃さずに回避し、ガイウスが素早く回復を飛ばすことで乗りきったという。


 俺達なら…… まあ、三人だけでは無限に配下の狼を呼び寄せるジャベリンウルフ相手にはろくに工夫のしようもないな。

 おそらく、個々に戦って消耗しながらの泥仕合でどうにか削りきるしかないが、それをするにもまだまだレベルが足りないか。


「この調子なら、三日月に挑むのも遠いことではありませんわ。

 アルマさんは、もう三日月の迷宮には入りましたの?」

「いや、まだだな。今は色々と準備に追われてるところだ」

「でしたら、今度わたくし達と一緒に行きませんか?

 わたくし達が力をあわせれば、クレセントベアもただの熊さんですわ」

「うーん…… いや、三日月にはしばらく行かないでくれ」


 一瞬悩んだのは、ルティア達と一緒に行くかどうかではなく、ルティア達が三日月の迷宮に行くのを止めるかどうか、だ。

 三日月党が人斬りをしている三日月の迷宮に行かせる訳にはいかないのは確かだが、そう言えばその理由を話さないわけにはいかない。


 案の定、気持ち良さそうに目を細めて頭を撫でられていたルティアが、ぴくんと反応して薄く片目を開けた。

 だが黙っていて、もしルティア達が三日月の迷宮から帰ってくることが無かったとしたら、一生後悔することになるだろう。


「『行かない』ではなく、わたくし達にも『行かないでくれ』と言いますの? ……何か、理由がありまして?」

「ああ、実は……」


 軽く頭を振り、髪を撫でる手を煩わしげに振りほどいて、ルティアは見上げるかのようにじっとこちらを見詰めた。

 三日月党が探索士を襲っていること、ユズがその生き残りで、その復讐のために準備を進めていることを話す。


「むー……」


 ルティアは黙って聞いていたが、俺が話終えると、のそっと身体を起こし、唸りながら俺のお腹の上によじのぼってまたがり、馬乗りになる。

 ……あの、ちょっとこれ起き上がれないんだけど。

 マウントポジションというやつだ。


「いいですか、アルマさん。

 たとえ相手が人殺しでも、人を殺せば犯罪ですわ」

「いや、それはそうだけど……」

「そんなの、衛兵か探索士協会に訴えるべきですわ!」


 それは正論だし、そうするのが一番いいだろう。

 シオンさんにも同じことは言われたが、三日月党が探索士を殺しているというのは、ユズの証言……それと天龍の感じた魂の残滓しかないのだ。

 レリックのミスリルソードは、迷宮からドロップした、と言われれば証拠にはならない。


「それに、どうしてアルマさんが……それにクロードさんまで、あの子の復讐なんかに付き合わなければいけませんの?」

「遅かれ早かれ、三日月の迷宮には行くし、そうなれば三日月党とは戦うことになる。付き合わなくても一緒だろう」

「そんなのっ、三日月に行かなければいいだけのことですわ! 死にたいなら好きなように死なせておけばいいのです!」

「といっても、仲間だからな。放ってはおけないよ」

「仲間といっても、わたくしよりも付き合いの短い子じゃありませんの! それに付き合って最強と名高い三日月党と殺しあうなんて、自殺行為ですわ!

 なんなんですの、惚れましたの!? わたくしにはなびかないくーせーにー!」

「惚れたわけじゃないけど、ちゃんと考えて決めたことで……」


 だんだんヒートアップしてきて、ルティアはぽふぽふと両手を握って叩いてくる。

 とはいっても、全然力が入ってないしシーツ越しなので全然痛くなかった。


 ひとしきり叩いたルティアは、疲れたのか叩くのをやめて、ぜえはあと肩で息をする。

 ようやく落ち着いたルティアは、両手で俺の頬を挟み込んで、じっと真っ直ぐに俺の目を見た。


「──嘘ですわ。貴方は、仲間の力になりたいだけでしょう」

「いや……」


 いや、の続きは出てこなかった。

 確かに、そういう気持ちが無いと言えば嘘になるが……

 でも、それは別に普通のことだろう?


「……アルマさん、わたくしの父の話を覚えておりまして?」

「あ、ああ、ドラゴンに船を沈められたっていう……?」

「ええ。わたくしは、かの大海竜を倒し、父の仇を取りたいのです。

 三度の大討伐を退け数多の船を沈めた大海竜と、わたくしと一緒に戦ってくれませんか?」


 大海竜のことは、あの後俺も調べてみた。

 ここからずっと西に地中海のような内陸の海があり、大海竜はそこに現れたのだという。

 そこを通る船を次々に沈めた大海竜に向け、すぐさま大規模な討伐部隊が結成された。


 だが、討伐部隊はあえなく全滅。

 討伐部隊は合計三度に渡り結成されたが、回を追うごとに規模は縮小し、そしていずれも失敗した。

 今も、大海竜は我が物顔でそこに居座り、その海を通る船は無くなったという。


「……わかった。力になろう。

 でも、もしも三日月党に負けて死んでしまったら、その時は、ごめん」

「………………はぁ…………」


 あっれ。

 真剣に考えて答えたのに、何故かルティアは深々とため息をついて、がっくりと項垂れてしまった。

 何かおかしなことを言ったか……?


「……ええ、ええ、そうなんですのね。

 アルマさん、わたくしは貴方という人のことが少しわかりました…… はぁ……」

「お、おう……?」


 何故か疲れたようにため息をつくルティアに、俺は戸惑うことしかできない。


『……ふむ。小娘が何を言いたいのか、わかった気がするな』


 俺にはさっぱりだが、どういうことなんだ?


『そうだな…… 要は、お前が仲間のためなら尽力を惜しまぬ、ということだ』


 うん……? そんなの、当たり前じゃないのか?


『くくっ、まあ、お前がそう言うのならそうなのだろう』

「……念のために言っておきますけれど、大海竜を倒したい、なんて冗談ですわよ。

 大海竜がいなければわたくしの人生は違っていたかもしれない、と思わなくはありませんが…… かといって大海竜を憎いと思う気持ちはありませんわ」

「あ、ああ、そう……なのか?」


 何故か妙に楽しそうな天龍と、何故か妙に疲れた様子のルティアに、俺は頭にはてなマークを浮かべるばかりだ。

 何なんだこれは。どうすればいいんだ。


「ともあれ、わたくしも三日月党への対処……ええ対処ですわ……ご協力致します」

「……相手は三日月党、最強の探索士パーティとの殺し合いだ。危険だぞ」

「貴方が! 今更! それを言わないでくださいましっ!?」


 何故かすごく怒られた。解せぬ……


「大体、相手は貴方より強くて人数も多いパーティですのよ!?

 三日月党は悪い奴だから一緒に倒そうなんて言って仲間になってくれる人が、わたくし達の! 他に! いると思ってますのっ!?」


 ぽむっ、ぽむっ、ぽむっ、と両手で胸板を叩かれるが、非力なルティアのこと、まるで痛くも何ともない。

 言われたことはちょっと痛いんだが…… 実力も人数も劣っているのはどうしたものか、というのはずっと気にかかっていたネックだ。


 パーティの他の皆が何というかはわからないが……

 ……まあルティアのパーティだし、何だかんだといって皆ルティアがこれと言ったらあっさり協力してくれそうではあるが。


「確かに、仲間のあてなんか他にないけど…… すまない」

「そう言うときは、すまないではなく、別の言い方をすべきですわ」

「あ、ああ、そうだな…… ありがとう、ルティア」

「大変結構です。

 ……ふう、わたくし疲れてしまいました。下に降りて食事に致しましょう。今日は怪我させたお詫びに全て店長さんの奢りだそうですわ」


 よいしょ、よいしょ、とようやくルティアが俺の上から退いてくれたおかげで、身体を起こすことができた。

 ベッドから降りて大きく伸びをしてみるが、どこも痛まない。

 ガイウスの回復魔法には感謝しきりである。


 部屋を後にして、二人で階下へと移動する。


「わたくし達もご相伴に預かりますので、食後は一決闘(デュエル)と参りましょう」

「ルティアもすっかり勇儀王にハマったな…… 俺よりよっぽどデュエリストだよ」


 何気に、俺達も含めた全員の中で一番強いのはルティアだ。

 次点はクロードで、俺はその次くらいである。

 とはいえ、元々のゲーム勘があるからの順位なので、皆が慣れてくると俺の順位も落ちていくだろう。


 ルティアのパーティの中では、意外にディッツが強い。戦術は甘いが、勝負運や勘が良いのだ。

 レジーやガイウスは堅実なプレイスタイルで、アルバートは戦術に凝りすぎて勝率は低いがハマった時が強い。

 ゴルドさんと、それにユズはゲーム自体にあまり乗り気じゃない。見ている方が楽しいらしい。


「おかげで、クロードさんとも話しやすくなった気はしますわね。

 以前は延々と口論していたのが、最近では『では、デュエルで決着を着けましょう』と言えますもの」


 ころころと笑うルティアだが、お前ら本当にそれでいいのか。

 カードゲームを題材にしたアニメのキャラのようなセリフだが、もしかしてそれを口実に遊びたいだけでは……いや、仲良く遊んでいるなら、いいのか?


「アルマさん、貴方の作った勇儀王の力は、遊んで楽しいというだけのものではありませんわ。

 わたくし、ひとつアイデアを思い付きましたの」

「アイデア……?」

「ええ、勇儀王の力で三日月党を弱らせて差し上げますわ」


 何……だと……?

 思いもよらない言葉に絶句する俺に、くすくすと悪戯っぽく微笑むルティア。


 結局、何をするつもりなのか「秘密ですわ」としか答えることなく、軽やかに階段を降りていくルティアを追って、俺も階下へと降りていくのであった。

次回予告

 勇儀王で三日月党を弱らせる。その策のため、ユートとルティアは強敵に挑む。

 剣も魔法も伴わない戦いが、今幕を開けた。

 次回、第66話「ラディオン・デュエルシティ化計画」

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