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第64話 最強の力(稽古編)

※61~63話の内容が変更されています。未読の方はあわせてご確認下さい。


200万PV、14000pt、6000ブックマークをそれぞれ突破しました。

閲覧及び評価いただき、本当にありがとうございます。


※2016/10/13 「子、曰く」は孫子ではないとの指摘を頂き、該当部分を修正しました。

 ティエナの工房を後にした俺たちは、そのままドラゴンの大牙亭へと戻ってきた。


 ユズはゴブリン相手に殺戮……もとい人体ならぬ魔物体実験……いやいや、ええと……ともかく迷宮に行きたがったが、今日はもう昼の鐘も鳴り終わって二時過ぎになった頃だ。

 これから装備を用意して、一時間馬車に揺られて迷宮に行くとなると、夕方の鐘までに街はおろか門前町まで戻ってこれるかも危うい。


 そんなわけで、今日は迷宮探索は休みということにしたのだが……


「……暇だねえ」

「することがないな……」


 ……クロードと二人して、ぐったりと机に突っ伏すことになってしまった。

 いや、三日月党との戦いに備えて準備は必要なのだが、今は丁度、するべきことが特にない状態なのだ。

 クロードも手持ちの本を読み尽くし、新しい本を買うにも少し手持ちが足りてないらしく、手持ち無沙汰にしている。


 ちなみに、ユズは自由市場を覗きに行った。

 もちろんウィンドウショッピングではなく、仲間の遺品探しなのだが…… 精神へのペナルティも-5に軽減されていて、もう心配しなくてもいいだろう、と天龍が言ったのもあってついていかなかった。

 一人で大丈夫、と本人も言っていたが、おそらく三日月党を倒すその日まで、ペナルティが消えることはないだろう。

 ……やっぱ、ついてった方が良かったかな。


 退屈なのは俺達だけでなく、探索士の大半が迷宮に向かっていて街におらず、昼食時も過ぎた大牙亭の中全体がまったりとした空気に包まれていた。

 夜に向けての仕込みも一段落ついているらしく、このくらいの時間が大牙亭が最も暇な時間帯なのだ。


 今は俺達以外の客もいない。

 ミーシャもカウンター席に座って休憩しているし、店長も黙々と食器を磨いている。


 ……そうだな、暇なら剣でも振るか。

 自分のレベルは見えないとはいえ、レリックに匹敵しているとも思えないし、それに気になっていたこともある。


 よし、とテーブル席を立って、カウンター席の方に向かう。

 食器を磨いていた店長が、ちらり、とこちらを見て手にした食器を静かに置いた。


「店長、お願いがあるんですが」

「……なんだ?」

「良かったら是非、剣の稽古をつけてくれませんか」

「…………む……」


 気になるのは、やはり店長の強さだ。

 圧倒的に強いのは、天龍眼で見るだけでわかる。

 その店長に教えてもらえれば、三日月党と戦うのに役立つかもしれない。


 それに、怪我のペナルティがあって丁度、三日月党のガルシアと同じくらいの能力値になる。

 スキルの差はあるが、対三日月党の仮想敵としても悪くない。


「……ただの暇潰しなら、付き合わんぞ」

「いえ、真面目にお願いします」


 頭を下げてお願いする。

 ……しばらく沈黙が続く。考え込んでいるのか、呆れているのか、頭を上げて確認したくなるが、ぐっとこらえた。


「………………少しだけなら、いいだろう」

「えーっ、アルマさんだけずるい!」


 店長が答えた途端、ミーシャが文句をつけてきた。

 がたんと椅子を蹴立てて立ち上がり、唇を尖らせている。


「おとうさん、私が教えてって言ったときは断ったのに!」

「お前が剣を覚えてどうする。おれはお前を探索士にはさせんぞ」

「探索士になりたいってわけじゃないけど…… おとうさんに剣教えてほーしーいー!」

「あの、俺はミーシャも一緒でも…… いえなんでもないです」


 店長にじろりと無言で睨まれた。

 ミーシャには悪いが、親子の問題は自分達で解決していただければ幸いである。


「どちらにしても、まだ営業中だ。おれとお前がそろっていなくなるわけにはいかん」

「むーっ、アルマさんずるーい!」

「いや、そんなこと言われても……」


 いつになく子供っぽいミーシャに困ってしまったが、店長がぴしゃりと言い付けて、拗ねてしまったミーシャを残して屋上で剣の稽古をすることになったのであった。




「全く…… あれに剣を覚えさせたのはお前だそうだな。余計なことを」

「いえ、まあ…… その、話の流れで」


 足の悪い店長を手助けしながら、屋上への階段を上がっていく。

 後ろからはクロードがついてきていた。

 稽古を見学したいということだが、クロードは店長が強いとは思っていないようで、階段を上がるのに苦労している店長を心配そうに見ている。

 さりげなく、落ちてもフォローできる位置についているな。


「最近は、暇があると剣を振っているようでな……

 剣が楽しいとか言っていたが。……確か、あれの父親が、若い頃に同じことを言っていた」

「父親……って、店長が?」

「いや。あれの父親は、おれの兄貴だ。……もう死んだ」


 さらりと家庭の事情を聞かされて、返答に窮してしまう。

 ミーシャは店長の実の娘じゃなかったのか。

 母親はどうしたのだろう。……やっぱりそちらも、だろうか。


「15年近く前のことだ。気にするな。

 ……ふん、まあ、おかげで最近あれは楽しそうにしている。年頃の娘らしい趣味ではないのが心配だが……」

「いや、でも、可愛らしい娘さんで」

「見目は母親に似たな。……やらんぞ」


 いや、別に狙っているわけではないのだけれど。

 じろりと店長に睨まれて、苦笑するしかない。

 実の娘じゃなくても、やっぱり店長は親バカの気があるよな。

 普段は無口なのにミーシャのこととなると口数が多い。饒舌と言ってもいいくらいだ。


「でも、やっぱり剣を教えるくらいしてあげてもいいと思いますよ。親子の交流になっていいじゃないですか」

「おれはもっと、普通の娘らしくさせてやりたいんだが……

 ……誕生日も近いし、髪飾りでも買ってやるか」

「ん、もうすぐミーシャの誕生日なんですか?」

「来月だ。……贈り物のことは、娘には言うなよ」


 ふむ、普段世話になっているし、俺も何か考えておこうかな。

 ……まあ、その時まで生きていたら、の話だが。

 来月までは結構あるし…… ミーシャの誕生日までに三日月党の件が片付けばいいな。


 ちなみに、誕生日を祝う風習は数十年ほど前、ある国の貴族が始めたのだと伝えられている。

 それまでは誕生日を毎年お祝いするという風習はなく、成人など一定の年齢にお祝いをするのみだったという。


 だがその貴族は、妻や家族の誕生日を毎年祝い、豪華なケーキを作ってパーティをし、贈り物を送り、ハッピーバースデイトゥーユーと歌を歌って……ってその貴族転生者だよな、絶対に転生者だよな!? もう亡くなってるらしいけど!


 ともあれ、そこから貴族の間で広まり、やがて庶民にも広まって、誕生日には毎年贈り物をして祝うようになったのだという。

 流石にケーキやパーティは費用がかかるので一般的ではないが。砂糖は現代日本ほど安くないのだ。


 閑話休題……をしているうちに、屋上に辿り着いた。

 今日も良い天気で空は晴れ渡り、洗濯物が風に揺られてはためいているが、剣を振って立ち合うくらいの余裕はある。

 クロードは少し離れた場所に腰を下ろして、観戦の構えだ。


「あまり時間は取れん。さっさと始めるぞ」

「……あの、ほんとにこれでいいんですか?」


 向かい合って、店長か構えたのは…… 取り外したモップの柄と、金属の取手がついた木製の大きな鍋蓋だ。

 対して、俺が手にしているのは三日月刀である。

 いや、店長が強いのはわかってるんだけど、流石にモップの柄で打ち合うのは無理だろう。

 というか、店長自身を斬ってしまいそうで怖い。


「構わん。普段使っている剣で稽古しなければ意味がないだろう」

「……では、行きます」


 まあ、きちんと寸止めすれば大丈夫だろう。俺もそれくらいのことは出来るようになってるし。

 改めて、刀を構えて店長と向かい合う。

 店長も腰を落とし、盾を前面に押し出すように構えた。


 まずは、真っ正面から斬りかかる。

 勢いの乗った降り下ろしを、しかし店長は左手の鍋蓋でいとも容易く打ち払った。

 その手にかかった思った以上に強い力に驚く暇もない。

 胴が空いたのと同時に、突き出されたモップの柄が俺の脇腹に打ち込まれたからだ。


「ごふっ……!?」

「不用意に打ちかかるな。胴体ががら空きだ」


 腹を押さえてよろめく俺に、飛燕のごとく鋭く(ひるがえ)ったモップの柄が振り上げられ、打ち下ろされる。

 咄嗟に掲げた刀でそれを受け止め──たと思った直後、鍋蓋が死角から飛んできて、ぶん殴られた。


「武器ばかり見るな、全体を見ろ」


 慌てて後ろに下がるとそれ以上の追撃はなく、ようやく一息つくことができた。

 しかし、まるで何も起こっていなかったかのように、店長は最初と同じ構えのままモップの柄と鍋蓋を構えている。

 その立ち位置すら、元の場所と同じだ。


『むしろ、一歩も動いていないようだぞ。もっと果敢に攻めろ、ユート!』

「おれは足が悪いんだ。そちらから来い」

「……はいッ!」


 反撃を警戒しつつ、改めて打ち込む。

 次第に、手にしているのが刀だから、と遠慮をする余裕もなくなる。

 寸止めにしなければならない、というのすら忘れていたかもしれない。


 ──は、歯が立たない!


 木で出来たただのモップの柄が、同じく木製の鍋蓋が、マイナートレントの枝をばさりと切り落とす俺の刀でも、小さな傷しかつけられない。

 いや、巧みに力を反らされて受け流されているのだ。

 しまいには、モップの柄で腕を押さえて力を分散させつつではあるが、鍋蓋で切っ先を受け止められたりもした。塚原卜伝(ぼくでん)かよ!


 勿論、攻撃も容赦がない。

 攻撃を受け流されたあとの隙には、魔法のように店長の振るうモップの柄が吸い込まれ、強かに打ち付けてくる。

 振るうだけでなく、突き、払い、と自由自在だ。

 むしろ、柄も刃先もないただのモップの柄だからこそ、剣や槍よりも自由に柔軟に攻撃してくるのである。

 誰だ、モップの柄では無理だろう、なんて侮った奴は!


『それはお前だろう、ユート』


 冷静なツッコミをありがとう!

 攻撃をいなしてからの反撃だけではなく、迂闊な攻撃をすれば容赦なく出がかりを潰される。

 上から斬れば腹を打ち、下から摺り上げれば頭を打ち、踏み込みすぎれば出した爪先を突き。

 今は硬くて重いグリーヴではなく普段用のブーツなので、爪先が一番痛かった。


「武器に頼るな。斬るのは剣ではない、お前だ」


 容赦なく一撃を叩き込みながらも、店長は短い言葉でアドバイスをくれる。

 そのおかげか、足さばきを使わせるのには成功している……が、まだ一歩だけ。攻撃も、一撃は防げても二撃目が未だに防げていない。


「もっと踏み込め、全霊を掛けて斬れ」

「おおおぉっ!」


 力いっぱい踏み込んで刀を降り下ろそうとしたら、肘と膝と脇腹と、ついでに頭も、流れるようなモップさばきで叩かれた。


「不用意に踏み込むなと言っただろう! 焦って動かず、全力で守れ」


 踏み込めって言ったのに、理不尽!

 しかも言ってることが違う!

 いやいや、これは攻めと守りのメリハリをつけ、守る時は全力で守り、攻める機会が訪れたときは全力で攻めろということだ。

 いわゆる風林火山の心得に通ずるものがある。


 ちなみに武田信玄の言葉として有名な風林火山ではあるが、元は孫子からの引用であることは意外に知られていない。

 「敵を知り己を知れば~」と同じやつだ。

 惜しむらくは、孫子の言葉なんてその二つ以外にはろくに知らないことだが。


「……頑丈さと根性は文句なしだな」


 ダメージが蓄積されて足元がふらつき、息があがりながらも、刀を構え直す。

 一体どれだけアザを作られたかわかったものじゃないな。


 根性というよりは、あれだ。アクションやシミュレーションやシューティングの、難易度の高いステージに試行錯誤しながら何度も挑んでいる気分だ。

 まあ、リセットは無いのでダメージと疲労は蓄積されているのだが、そのぶん俺の経験値も積み重なっているはず。


 あれ? モップの柄で叩かれるくらいのダメージで経験値稼ぎながら高難易度ステージに挑み放題って、もしかしてこれご褒美なのでは? ヘビロテ周回ボーナス増し増し?


『ユート、おいユート、しっかりしろ。

 打ち所が悪かったか? いつにも増して何を言っているのかわからぬぞ!』


 うるさい気が散る、一瞬の油断が命取り。

 だがしかし、そろそろ一方的に叩かれる展開からは脱したいところだ。

 これがゲームなら別のステージでレベル上げてくるのだが、残念ながら寄り道する余裕もなければ、時間的に挑戦回数も残り少ない。


 ……よし、天龍、力を貸してくれ。

 天龍眼を開放して攻撃を見切り、反撃の一撃を叩き込む。


『む、いいのか? 私の力を借りては稽古にならないのでは?』


 攻めるときは全力で攻めろ、と言われたからな。

 使えるものは全て使ってこそ、全力というものだろう。

 それに、これが店長に通じるなら…… レリックやガルシアにだって、通じるはずだ。


『……良かろう、やってみよう。

 いつも通りに5秒だけだが、私とお前の力で奴に一泡吹かせてみせろ!』

「…………む」


 俺が何かしようとしているのに気付いたのか、店長がモップの柄と鍋蓋を改めて構え直す。

 やはり、こちらの攻撃を待ち受ける迎撃の構えだ。


 対する俺は晴眼の構え。

 基本の構えだが、何事も最後には基本に立ち返るもの。

 下手に格好つけるよりも、先人の編み出した基本の方が効果的なのである。


 にらみ合う俺と店長の間に、しばしの緊張と沈黙が訪れる。


「──行くぞっ!」


 体のバネを使って、放たれた矢のように斬りかかる。

 その直後、左目の天龍眼から目の前の全てが飛び込んできた。


 最初と同じ、鍋蓋を使っての打ち払いで対応するつもりだ。

 それと同時に、鍋蓋の影からカタパルトで打ち出すかのような勢いでモップの柄が滑り出している。


 俺はやや強引に方向転換し、店長の左側、突き出されたモップの柄の外側に回り込む。

 店長の眉がぴくり、と震えた。

 すぐさまモップの柄が引き戻され、ほんの僅かな足捌きで体勢を立て直しつつ、突き出された側とは反対の先端を突き立てるように振るってくる。


 流石は店長、一切の迷いなく素早く対応してくる。

 なかなか攻撃に移れず、俺の刀がモップを、店長のモップが刀を弾く音が二度、三度と連続して鳴る。


 ──だが、通用している!

 ここまでほんの三秒か四秒だが、店長の動きについていけている。

 その店長の動きすら、若干ゆっくりに見えるかのようだ。体の動きが思考に遅れて、まるで向かい風が吹いているかのような抵抗さえ感じていた。


 天龍眼の持続時間もあとほんの一瞬、だが店長のモップは俺の刀に弾かれて外へ流れ、鍋蓋だけが行く手を遮っている。

 しかしこれを一閃!

 ぱかん、と音を立てて鍋蓋が真っ二つに割れた。

 ──勝てる!


 だが、ここで喜び勇んで店長に斬りかかれば、飛燕の如く舞い戻ったモップの柄に打ち据えられるのが天龍眼に見えている。

 5秒が過ぎる最後の瞬間、俺は刀を店長自身ではなくモップの柄の迎撃のために降り下ろした。

 それがモップの柄ではなく剣だったなら押しきられただろう。

 だが、あくまでただのモップの柄では、いかに店長の剛力といえど押しきれない。力を受け流さなければ刀に切られてしまうからだ。


 備品を壊されるのを嫌ったか、なんと店長は後ろに下がりながらモップから手を離して指で弾くように下に落とし、俺の斬撃を回避した。 

 しかし、これで天龍眼も時間切れ。ずきりと頭の奥に痛みを感じつつ、刀の刃を返し、店長に向けて振るう。


 ()った──!!


 ……いや、殺っちゃだめだろ。

 頭のどこかで冷静に考えつつも、刀は急に止まらない。

 だが刃の切っ先が店長の喉元に迫った瞬間、天龍眼が不可思議な筋肉の動きを察知した。


 後ろに下がった店長の足が、再び前に蹴り出されている。

 その足の甲が、落としたモップの柄の先端を蹴りつけた。

 指で弾いたせいか、モップの柄の先端は軽く回転して俺の胸元を向いている。

 反応する間もなく、蹴りつけられたモップの柄が俺の胸に突き刺さった。


「がぁっ──!?」


 槍、いやパイルバンカーで()っ突かれたかのような衝撃に、俺の体は弾かれたように宙に浮いて後ろへ飛ばされる。

 肋骨が折れた、どころか肺が潰れたのではと思う激痛だ。

 モップの柄ではなく、槍だったなら確実に心臓を貫かれ破壊されていたに違いない。

 その衝撃に耐えきれなかったか、モップの柄がばきんと音を立てて粉々に砕けた。


 ケルト神話に語られる英雄クー・フーリンは、必殺の槍ゲイ・ボルグを「足で投げる」と伝えられているという。

 ──こういうことか! と思わせる一撃だ。

 というか店長、足が悪かったんじゃないのか。いや、足を悪くして弱体化してなおこの威力なのか?

 吹き飛ばされた身体が強制的に空を見上げる。


 その空を吹く風の流れが文字通り手に取るように把握できた。


 ……あ、あれ、なんでまだ天龍眼が続いてるんだ?

 左目から流れ込む、無意味で莫大な情報量が俺の脳を軋ませる。

 ずきん! と激しい痛みを感じた直後、吹き飛ばされた俺の体は床面に接地。盛大に転がって、二度、三度と回転した。


「ぐぁ、ッてぇ……」

「アヅマ! 大丈夫かい!?」


 駆け寄るクロードにゆっくりと目を開くと、左目の視界はもう元通りになっていた。

 全身、特に頭と胸がずきずきと痛むが、どうやら無事らしい。

 軽く手を振ると、クロードがほっとした顔になる。


 しかし、天龍眼を使っても店長から一本取れなかったか……

 かなりいいところまで行ったと思ったんだが。

 まさか、あそこで足が出るとは思わなかった。


「ああ、無事で良かったよ……

 それにしても、最後の攻防は凄かったね。まさか本当に店長を殺すんじゃないかと、息を飲んだよ」

『結局5秒で届かなかったとはいえ、惜しかったな』


 負けはしたが天龍も戦いぶりに満足したのか、どこか楽しそうな調子で言う。

 というか、天龍。天龍眼を5秒で元に戻すの忘れてただろ?

 7秒、いや8秒くらい続いてたぞ。


『む……? いや、今まで通り5秒しか開放しておらぬぞ。

 間違いない。僅か5秒を数える間に、2秒以上ズレるなど、まずありえぬ。私がどれだけ間抜けだと思っているのだ、お前は』


 んん? いやしかし、確かに5秒以上かかってた筈だ。

 天龍が言うことは俺にも当てはまる。5秒のつもりで2秒以上間違えるなんてそうそうありえない。

 戦闘の興奮で早くカウントしてしまっただろうか?

 そういえば、店長の動きも若干スローに見えた気がする。そうでなければ俺が店長の攻撃についていくのは難しかっただろう。


 原因はともかく、秒数を長く感じたせいか、天龍眼による脳へのダメージも大きい。

 仰向けの姿勢で鼻血が喉の奥に落ちてくるので、寝返りを打って横向きになる。


「げほっ、ごほっごほっ! かはっ……!」


 その途端、胸がひどく痛んで咳き込む。

 胸の奥から熱いものがこみ上げて、口から吐き出された。

 ……あ、やべ、なんか肺から血を吐いたんだけど。


「ちょっ、あ、アヅマぁ!?」

「すまん。足を使うのは久し振りで加減を間違えた。神官を呼んできてくれ」

「間違えた、じゃないよ店長!

 すぐに戻ってくるから、しっかりするんだ、アヅマ!」


 大丈夫、と手を振る暇もなく、クロードはダッシュで屋上を後にした。

 大丈夫かな。クロード、あんまり足早くないし体力も無いんだけど。


「浅く、ゆっくりと呼吸をしろ。

 心配するな、肺を潰した手応えはなかった。痛いだろうが死にはせん。……多分な」


 いまいち不安なことを言う店長のアドバイス通り、肺が痛まないようゆっくりと呼吸する。


 収まってきたのか麻痺してきたのか、ずきずきとした痛みも次第に気にならなくなり、いつの間にやらすーっと眠るように意識が薄れていった。

次回予告

 順調に探索を進めるルティアは、三日月の迷宮に共に行こうとユートに持ちかける。

 だが、ルティアに三日月党のことを話すと……

 次回、第65話「あらぶるルティアの舞」


※タイトル及び内容は予告なく変更されることがあります。ご了承ください。

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