第59話 タクティクス・ウルフ
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連載開始半年あまり積み重ねた色んな数字が、この一週間ほどで三倍以上に……あばば、ランクイン効果しゅごい……(震え声)
皆様、本当にありがとうございます。
※2016/9/15 文章の構成を読みやすく編集・加筆しました。
全体が晴れない靄に包まれた牙狼の迷宮にあってなお、伸ばした手の先も見えないほどの濃い霧が壁のようにわだかまり区切られた一角。
ジャベリンウルフの待つ第四層の手前に、俺とルティアの合同パーティは再びたどり着いていた。
ジャベリンウルフの戦術に手痛い敗北を喫したのはほんの数日前のことだ。
それを思い出してか、皆に緊張が走り、ルティアは霧の壁に伸ばした手をためらいがちに引っ込めた。
「行こう。ルティア」
俺が声をかけると、ルティアは一度こちらを振り返り、こくん、と小さくうなずいた。
決心を決めたのか、ゆっくりと霧の壁の中に入っていく。
俺達もその後に続いて、次々と霧の壁をくぐり抜けた。
霧の壁の向こうに、それはいた。
悠然と伏すジャベリンウルフの巨体。
大儀そうにゆっくりと立ち上がり、身もすくむような咆哮と共に強烈な風を解き放つ。
そして現れた手下たちと共に、殺気も露に突進してきた。
まるで、数日前と同じ光景。
これがジャベリンウルフの必勝のパターンなのであろうと予見させた。
「──要は戦術だ」
二度目のジャベリンウルフに挑む前日のこと。
俺とクロード、ユズ、そしてルティアのパーティは大牙亭に集まって、作戦会議をしていた。
かたん、かたん、と勇儀王のカードを並べ、俺は言う。
熟練の剛剣士、軽快な剣士、弓矢使いの少年獣人、炎の支配者、寡黙な神官、キラキラお姫様な探索士。
堅固な学士、エルフの隠密、三日月刀のアルマ。
そして、ジャベリンウルフと、グレイウルフが二枚。これらは俺たちとは逆向きに置く。
「ジャベリンウルフの戦術は、分断と各個撃破だと思われる。
まずは突進してこちらの陣形を崩し、左右に分断されたパーティに後続の手下が襲いかかる寸法だ」
ジャベリンウルフの巨体が真っ直ぐ突っ込んでくれば、普通は左右にわかれて回避する。
そこへすかさず、後続の手下が体勢を立て直す間もなく襲いかかる。
混乱したところへ、ジャベリンウルフが反転して挟み撃ちを仕掛ければ、成す術もなく崩壊したパーティも多いことだろう。
だが、ゴルドさんならそれを受け止められる。
これは稀有なアドバンテージである。
そのあとの展開では、ジャベリンウルフとその手下に翻弄されて窮地に陥ってしまったが、機動力を殺して押し止められるのはかなりの利点だ。
これを利用しない手はない。
「ジャベリンウルフは、手下を呼ぶ際に必ず距離を取る。
前回は、これにゴルドさんとレジーが釣られて孤立してしまった。
……だが、今度は二人だけじゃない。全員でジャベリンウルフを追い込んで、戦線を押し上げる」
下がるジャベリンウルフを追いかけて、全てのカードをごっそりと動かしていく。
やがてジャベリンウルフのカードはテーブルの縁に追いこまれ、下がる場所がなくなってしまった。
「ジャベリンウルフの取り巻きの狼はどうするんだい?」
「それは、その都度全滅させるしかない。
俺とクロードがディッツやアルバートの援護を受ければそれほど難しいことじゃない。後は陣形を崩されないようにすぐに元に戻ればいい」
そして、最後は左右に逃れられないよう、俺とクロードが挟み込んでジャベリンウルフを追い詰め、全員の攻撃を集中させる。
──これで、奴を倒せる筈だ。
「……あの、アルマさん」
勇儀王カードを並べたテーブルの上を見て、ルティアが声をあげる。
「最初の突進を、必ずしも受け止めなくても良いのでは?」
「いや、ジャベリンウルフはかなり身軽で機動力が高い相手だ。これを押し込めるには、ゴルドさんが受け止めるのが一番いい」
確かに、ゴルドさんが危険な位置ではある。
だが、ジャベリンウルフに自由に動かせる方がおそらく危険だ。前回はゴルドさんとの押し合いに終始していたが、奴の本当の恐ろしさは遊撃に回ったときの機動力と攻撃力になるだろう。
軽やかに動き回る巨体が、必殺の風の槍を自由に撃ち込んでくるのは考えただけでも脅威的だ。
「いえ、そうではなく…… ええと」
カチャカチャと、ルティアがテーブルの上のカードを最初の位置に戻す。
「最初の突進を、左右に別れてかわせば、ボスを挟み込む形になりますよね?
そこを反転して囲めば……」
「おお、ボスをテーブルの縁に追い詰める形じゃな!」
テーブルの奥側ではなく、手前側にボスを追い詰め囲い込む形になった。
なるほど、これならジャベリンウルフに手下を呼ばれることなく包囲することができる。
こちらから押していくのではなく、向こうから突進してくるのを利用したのか。
だが、これには二つ問題がある。
「ジャベリンウルフの後からついてくる、最初の取り巻きはどうするんだ?」
「ボスと一緒に挟み込んで、アルバートさんの魔法で一緒に巻き込んで攻撃するのが理想ですけど、おそらく後続の狼は左右に別れたわたくし達を狙ってきますわ。
これは、クロードさんとアルマさんに防いでもらいます」
「……僕達だけで、かい?」
「ユズさんとディッツさんにクロードさんの、アルバートさんにアルマさんの援護をお願いします。
ゴルドさんは、ボスの抑え込みを。
そして、手下の狼を片付けたなら、全員でジャベリンウルフを囲んで……一斉攻撃でデュエル決着ですわ!」
メンバーの振り分け自体は、前回と同じだ。狼が一チームあたり三体、卒なく処理できるだろう。
だが、問題はもう一つ。
「ジャベリンウルフが第三層に逃げる可能性もあるんじゃないか?
これがテーブルだから行き場が無いように見えるけど、実際はそこは俺達が入ってきた入り口だろう」
「なるほど、つまりこういうこと……だねっ」
と、ユズがディッツと一緒に隣のテーブルを運び、ひとつにくっつけた。
これで、ジャベリンウルフに隣のテーブルへの逃げ道が出来たことになる。
「ボスは基本的に迷宮の決まった場所から移動しないから、それでも逃げるのはかなり追い詰めた証拠になるだろうけど……」
「だがそうなると、迷宮中の狼が呼び寄せられて来るかもしれないな。それは避けたいところだ」
「……では、こうすれば如何ですか?」
と、ルティアは二つのテーブルの境目にゴルドさんのカードを持ってきた。
ゴルドさんに隣のテーブルへの逃げ道を遮られ、そして翼が閉じるかのように他の皆のカードで背後を封じ込められる。
これは…… 変形ながら、鶴翼の陣!
「包囲を破られないようにうまく封じ込めれば、これで勝てると思いますの。
ゴルドさん、それに皆さんの力なら、きっと出来ると信じていますわ」
一人一人を見渡して、にっこりとルティアは微笑んだ。
「来たぞ、作戦通りに行けば勝てる!」
迷宮にわだかまる靄を切り裂くような速度で走るジャベリンウルフに、俺は刀を構えて叫ぶ。
狼たちは疾風のように、みるみるうちにその瞳の黒目が確認できるほどに迫り、今にも噛みつかんと口を開け、牙を剥いて吠えたてた。
「──今ですわ!」
ルティアが叫んだのは、ジャベリンウルフが飛びかからんと身をたわめる正にその一瞬。
俺たちは一斉に左右に別れ、その突撃を回避する。
「ぬううううんっ!!」
パーティの最後尾にいたゴルドさんだけがその場を動かず、飛び込んできたジャベリンウルフの頭に目掛けて全力で大剣を降り下ろした。
頭蓋骨など容易く粉砕してしまいそうなその一撃に、流石のジャベリンウルフも焦ったか、慌てて牙で受け止める。
がごぉん、と重い金属音が鳴った。
「後続は任せるっス!」
「ダークフレイムバースト!」
「フレイムピラー!」
「ガンシューティング、開始!」
左右に別れた俺達に、後続の狼達が襲いかかる。
だが、その狼達に逆に襲いかかったのは、俺達の遠距離攻撃だ。
ディッツの矢が突き刺さり、クロードの魔法が狼を火だるまにする。
アルバートの黒い炎に狼達が飲み込まれ、俺の弾丸が狼の体力を削り、衝撃で足留めする。
ちなみに、黒い炎だと体力バーと魔力バーが赤い炎よりも判別しやすく、狼の姿が見えなくても攻撃しやすいと言う密かな利点がある。
まあ、どっちにしろガンシューティングではとどめを刺すのは難しいので、足留めして炎に巻かれて死ぬのを期待するわけだが。
それを期待できそうにない、まだ体力の余っている狼を炎の中に飛び込んで一刀の元に斬り伏せる。
『またそういう無茶を……』
できることが証明されている行動は無茶ではない。
天龍も慣れてきたのか、呆れ半分にため息つくのみだ。
素早く炎の中から飛び出すと、クロードの方も残り一体を残すのみだった。あちらも程無く片付くだろう。
それよりも問題はジャベリンウルフの方だ。
こちらには背中を向ける格好になっているが、手下の狼達がやられてしまったのは感知しているのだろうか、ぎぃんとゴルドさんの大剣を弾いて後ろに下がろうとしている。
「ガイウスさん、くるくるですわ!」
「……!!」
ルティアの指示にあわせ、ガイウスが地面にばんと両手を叩きつける。
その途端、ジャベリンウルフの足下の地面が不規則に波打ち、ジャベリンウルフは後ろに跳ぶ動作を強引に中断させられてしまった。
ちなみに、くるくるとは、任意のユニット一体を横に、あるいは縦にできる勇儀王の速攻魔法だ。
「アズマっ、片付いたよ!」
「こっちもだ!」
クロード側の残る一体を仕留めたユズが声をあげる。
黒炎の中にも、もう体力の残っている狼はいない。
手下を全て片付けて、左右に別れていた俺達はジャベリンウルフを後ろから囲み込む。
ゴルドさんと三角形を作って包囲する形だ。
ジャベリンウルフは自らの尾を追うようにぐるりと回って周囲を見渡したが、簡単に突破口を見出だすことは出来ないようだ。
前回はジャベリンウルフの戦術にやられてしまったが、今度は見事にこちらの戦術がはまっている!
「皆さん、一斉攻撃ですわ! 絶対に逃がさないでくださいまし!」
「おおぉっ!!」
「ガアアアァァッ!!」
一人で奮戦するしかないと悟ったか、咆哮をあげ全身に力をみなぎらせるジャベリンウルフとの戦闘が開始された。
ジャベリンウルフの武器は牙だけではない。鋭い爪や、意外にも太く強靭な尻尾も侮れない武器になる。
そして、何よりもジャベリンの名の由来でもある風の槍だが……
「クロードさん! 風の槍がそちらを向いていますわ」
「やばい、風の槍だ!」
「物質の容の公式に我は干渉する、大気よ凍てつけ──!」
不自然な霧の動きに気付いたルティアが声をあげる。
形成された槍の穂先が向けられたクロードは、早口に唱えて魔力を集中させた。
「立証、エアステイシス!」
「ガアゥッ!?」
魔法を唱えると同時に、ぎぃん、と音にならない音のような、何かむずっとする、微かな圧力のようなものが走った。
それと同時に、風の槍が崩れて霧が散り、ジャベリンウルフがよろめく。
「よし、うまくいった!」
『同じ対象に異なる属性の魔力を干渉させて、風の槍の形成を邪魔したか!
全く器用な手先技の利く奴よ。ユートが感じたのは、魔法になりきらずに拡散した魔力の余波だな』
なるほど、今のはソナーの波みたいなものか。
微妙に不快な感覚だが、風の槍を封じ込めた上に大きな隙を作れたのは大きい。
無防備なジャベリンウルフに一斉に斬り込むと、ジャベリンウルフは大きな悲鳴を上げ、灰色の毛皮が血で赤く染まった。
「アズマ、背中借りるよっ!」
「え、うわっと!?」
突然、背中や肩に軽い衝撃が走ったかと思うと、俺の頭を飛び越えてユズが大きく跳んでいた。
そのままジャベリンウルフの背中に飛び乗り、体重をかけて深々とダガーを突き刺す。
「ガアアァッ!?」
「うわっ、とっ……!」
大きなダメージに暴れまわるジャベリンウルフの背中に、ロデオのようにユズがしがみつく。
激しく暴れるジャベリンウルフから、皆が少し距離を取った。
「皆さん、今のうちに陣形を立て直して下さいまし。
──ユズさん、離れて!」
「はーいっ、と!」
タイミングよく手を離し、くるりと宙で一回転してユズは綺麗に着地する。
ジャベリンウルフの体力バーはまだ半分以上残っているが、もはや戦闘の趨勢は明らかだ。
ルティアが小まめに指示を出して包囲を維持し、大きく跳躍して強引に突破しようとすればすかさずガイウスが地面を揺らす。
風の槍はクロードに邪魔され、前回とは逆にこちらがジャベリンウルフを封じ込める形が出来上がっていた。
そして、ジャベリンウルフには状況を打破するための奥の手は無い。
「これで……終わりだっ!!」
深く踏み込んで斬り付けると、ジャベリンウルフの体力バーが砕け散った。
がくり、とその巨体を支えかねたように四肢が折れ、倒れ伏す。
ジャベリンウルフはそれでも頭を上げ、立ち上がろうとしたが…… それも叶わず、長い牙を地面に突き刺すように、全身の力を失い崩折れた。
「……やりましたの?」
おそるおそるルティアが呟くと同時に、ジャベリンウルフの身体が魔力に分解されて空中に消えていくように崩壊していく。
皆、武器を構えたまま何も言わずに、その巨体がゆっくりと消えていくのを見守った。
そして最後に、地面に突き立った巨大な牙だけが残された。
天龍眼には「ジャベリンウルフの大牙(ランクB)」と表示されている。
「……お、おお、やった! やったぞ!」
「くぁーっ、緊張したぁー……!」
「うむ、我々の勝利だ!」
ようやく勝利の実感が沸いてきて、次第にそれぞれの表情に笑顔が浮かぶ。
いずれも体力バーは削れていたが、まだまだ半分以上残している。前回に比べて、余裕の勝利と言ってもいい。
「ルティア、やったっス! ルティアの作戦通りっスよ!」
「…………見事!」
口数の少ないガイウスも、うなずきながら称賛を口にする。
ルティアはまだぽかんとしていて、勝てたという実感がないようだ。
「俺の思った通り、ルティアは指揮官役に向いてるな。見事にジャベリンウルフを封じ込めていたぞ」
「なるほどねえ、アズマがルティアを特殊ユニットみたいなものって言ったのはこういうことだったんだね」
ユズはうんうんと頷くが、それを言ったときはそういう意味で言ったんじゃないんだけど……まあいいや。
ルティアの戦い方。ルティアに向いた役割。
それは指揮官だ。
戦士、斥候、魔法使い、ついでに学士というクラスに縛られた探索士では意識されづらいだろうが、強敵、特にジャベリンウルフのような戦術を使う相手と戦うには重要になってくる。
元々、カリスマには指揮や戦術学も含まれるのだから、自然とパーティの中心になっているルティアが指揮官をしていないのはむしろ不自然なくらいだった。
今回も、少し離れたところから全体の様子を把握してもらいつつ、細かい指示を出してもらっている。
特に、ジャベリンウルフのジャンプのタイミングを見切ってのガイウスへの指示は的確だったと言えるだろう。
「ルティア。……君への前言を撤回しよう。
剣も魔法も使えない、パーティに貢献していないなんていうのは、僕の不見識だったようだ。……彼らこそ、君の剣と魔法なんだな」
「クロードさん…… 皆さん……」
仲間の剣と魔法を最大限に活かす。それがルティアの戦い方だ。
ルティアはクロードを、それから俺を、そして皆を見渡す。
ようやく、勝利の実感が沸いてきたようだった。
「皆さん…… ありがとうございます、大好きですわ!」
その時ルティアが浮かべた笑顔は本当に心の底から嬉しそうで、思わず見とれるくらいにキラキラと輝いていた。
次回予告は一身上の都合によりお休みさせていただきます。
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