第56話 欠陥のある切り札
「オオオオォォーーーンッ!!!」
「二人とも、走るぞ! 狼の増援が来る前にクロードたちに合流するんだ!」
もう何度目になるかもわからない狼の遠吠えに、ディッツとアルバートに声をかけ、まばらになった狼の包囲網を抜けて駆け出す。
流石に二人ではその場にとどまり続けるわけにはいかなかったか、ユズとクロードはかなり遠くに引き離されていた。
さっきから走ったり戦ったり、動いてばかりでいい加減疲れてきたぞ!
「せええぇいっ!」
「アヅマ!」
「助かったよ、アズマ! もうへとへと!」
駆け付けざまに勢いを乗せた斬撃で狼を斬り伏せると、ユズとクロードが快哉を叫んだ。
二人ともあちこち傷だらけ、汗をかいて肩で息をしている。
クロードはまだいいが、ユズは服がズタズタに切り裂かれてしまっていて、白い肌にもいくつも爪痕がついてしまっていた。
裂け目からきらきらときらめきを覗かせる、服の裏地に縫い付けた目の細かい鎖帷子がつなぎ止めていなければ、ちょっと大変なことになっていただろう。
「もう少し頑張ってくれ、ゴルドさん達を回収したら撤退するぞ」
「了解っス! ……うわあっ!?」
「くうっ、フレイムランス!」
今まで4ヶ所に振り分けられていた俺達が合流し集まると、そのぶん1ヵ所あたりの狼の増援が多くなる。
その増えた狼を押さえきれなかったか、戦線をすり抜けたファングウルフがディッツに飛び付いて肩口に深々と牙を突き刺した。
すぐさまアルバートが魔法の炎を槍のように撃ち込んで狼を倒したが、ディッツはそのまま声も上げずに倒れ込み、傷口からどくどくと大量の血を流して緑の草を赤色に染める。
「ディッツ!」
「まだ生きてる! 霊薬を!」
思わずひやりとしたが、体力バーはギリギリ、ドットで踏みとどまっていた。
俺が自分の霊薬を渡すと、アルバートは慌てて取り落としそうになりながらもなんとかフタを開け、それをディッツの傷口に振りかける。
ティエナ特製の品質S霊薬なだけあって、それでどうにか命の危険は脱したようだ。
……が、目を覚まさない。誰かが担いで霧の外まで連れて行くしかない。
「クロード、ユズ、アルバート。ディッツを連れて撤退してくれ。霧の外まで行けばガイウスがいるはずだ」
「待て、アヅマ一人で残る気かい?」
「そうだよ、無茶だよ!」
「二人とも、これ以上は無理だろう。アルバートも、もう魔力が尽きかけてる筈だ」
「……よくぞ見破った。実はあと一回魔法を使っただけで倒れるぞ!」
そんなことを偉そうに言うものではない。
クロードもユズも、体力バーが大幅に減っている。クロードに至っては魔力の方も五分の一くらいしかない。
アルバートも、何度も魔法を使ったせいかクロード以上に魔力が削れている。
みんな、これ以上戦うのは厳しいだろう。
ディッツに霊薬を使ったとき、焦ったような様子を見せていたから、みんな手持ちの霊薬もなくなっていそうだ。
その点、俺ならまだ余力がある。
レジーとゴルドさんに合流すれば、十分に勝機はあるだろう。
「大丈夫だ、こんなところで死ぬつもりはないよ。
アルバート、ディッツを抱えてくれ。……いや、お姫様抱っこじゃなくていいから。肩に担がないと走れないぞ。
合図したら、俺はゴルドさん達の方へ走る。そっちは霧の向こうに逃げるんだ」
「……わかった。無茶はほどほどにね、アヅマ」
心外な。俺は臆病と慎重が身上で、無理無茶無謀は趣味じゃないぞ。
「……よし、行くぞ!」
俺とクロード達はそれぞれ逆方向へと駆け出した。
こちらを包囲していた狼達が一瞬戸惑ってから、二手に別れて追いかけてくる。
俺よりクロードたちの方に向かった数が多いようだが、クロードとユズならあしらいながら撤退できるだろう。
俺は走りながら左手で軽く十字を切り、指先に意識を集中させた。
「ガンシューティング、開始!」
イメージの銃を引き抜きざま、前方に狙いをつける。
目標は、ゴルドさんと渡り合っているジャベリンウルフだ。
……近くで見るとますますでかいな!
爛々と輝く凶悪な眼差しが震え上がるほど恐ろしい。
今までこれを相手に剣と牙をぶつけあい渡り合ってきたゴルドさんを尊敬せざるをえない。
しかし、身体が大きいぶん大柄なゴルドさんと渡り合っていてなお狙いはつけやすい。
ゴルドさんに当ててしまわないよう気を付けつつ、連続でトリガーを引いた。
「ガルルァッ!!」
ガンガンと轟く銃撃の轟音と、頭に当たる衝撃に驚いたのか、ジャベリンウルフが距離を取る。
ただし、ほとんどダメージは与えられていないようだ。
体力ゲージは9割近く残っているし、魔力に関しては減っているかどうかもわからないくらいである。
ゲームだと、ボスのMPが無限に設定されているのも珍しいことではないのだが……
『ボスは迷宮そのものと深く繋がっている。迷宮自体の魔力を使えるからな、増援の数と同じく無限と思って差し支えないぞ』
つまり、こいつに限らずボスはみんな魔力無限か。ずるいな!
「アヅマっち! マジ助かるわー!」
「ルティア達は……どげんしたとか……!」
「みんな撤退した。後は俺達だけだ!」
二人とも満身創痍、体力ゲージは半分以下になっている。
特にゴルドさんは、見た目にもあちこちから血を流していて、今もこちらに目を向ける余裕もなく、ジャベリンウルフを睨み付けていた。
そのジャベリンウルフの頭上に、不自然に霧が渦巻いて槍の形を取る。
ガンシューティングの残弾を撃ち込んだが、ゴブリンシャーマンの魔法とは違い、弾を当てた程度では小揺るぎもしなかった。
銃を投げ捨てて、改めて刀を構える。
「威力不足は課題だな……」
「気ぃつけろよアヅマっち、直撃くらったらタダじゃすまねーぞ!」
「ガアァッ!!」
レジーが言い終わるのも待たずに、短い叫びと共に風の槍が飛んでくる。
風の槍なんて普段なら見えないものだろうが、ここでなら周囲を渦巻く霧の動きでわかるので、かろうじて回避ができる。
咄嗟に回避すると、地面に激突した風の槍は意外に控えめな土煙を上げたが、命中した地面は深く抉れている。炸裂しないぶん貫通力が高められているようだ。
「二人とも、逃げるぞ!」
幸い、風の槍は連射がきかないらしい。
再び風の槍が渦巻き始めたのを警戒しながら、周囲の狼を薙ぎ払って撤退を開始する。
ゴルドさんはジャベリンウルフに向かい合って後退りしつつ、レジーは俺と一緒に狼たちを牽制しながら、ジャベリンウルフから距離を取り始めた。
「ガアアァッ!!」
「来るぞ、風の槍だ!」
勿論、追撃の風の槍は警戒している。
距離が離れていたこともあり、風の槍は空しく地面を穿つだけだった。
だが、今度はジャベリンウルフ自身が、風の槍にも劣らない速度で迫り、追いかけてくる!
「ぬううぅぅっ!!」
その突進を、大剣を掲げたゴルドさんががっちりと受け止めた。
だが、ジャベリンウルフの巨体に押さえ込まれ、そのまま動けなくなってしまう。
「ゴルドさん!」
「ゴルドのおっさん!!」
「ガオォンッ!!」
しかも、ゴルドさんを牙で押さえ込みながらジャベリンウルフが一声吠えると、残った配下の狼が一斉にゴルドさんに向かって飛びかかっていく。
俺やレジーを狙っていた狼も一斉に、俺達を無視してゴルドさんへ殺到する。
無防備な狼を何体かは倒したものの、みるみるうちにゴルドさんの身体に狼たちが噛み付き、覆いつくしてしまった。
俺達を逃してでも、確実にゴルドさんを倒すつもりか……!?
「ぐぬうぅっ!」
「おっさん、今助ける!」
「来んでええ! お前らは逃げえ!!」
ジャベリンウルフの咆哮にも負けない大声で、ゴルドさんは叫ぶ。
確かに、今なら確実に俺とレジーは逃げられるだろう。
囮、殿、捨て奸。少数を危険に晒して多数を生き残らせる戦術は確かにあるが……
「ふざけんなよ!? ルティアちゃん泣かす気かよ!」
「すまんが、ルティアのことは頼むけえのう……!」
「……レジー、お前は逃げてくれ」
「ちょ、アヅマっち!?」
ぎょっと眼を見開いて、レジーは俺を睨み付けた。
俺は刀を鞘に納め、左手を軽く十字に振る。
「大丈夫だ、死ぬつもりは無い。ゴルドさんも死なせない」
「だったら、俺も残るっつの!」
「悪いけど、ちょっと奥の手を使うつもりなんだ。その方法だとゴルドさん一人しか連れて逃げられない。
だから、レジーは先に逃げてくれ」
レジーはしばし、何とも言えず苦々しい、泣きそうにも思える表情で俺とゴルドさんを何度か見比べた。
俺はじっと、そのレジーを見つめる。
「……くそっ! 絶ッ対に死ぬなよ! 死んだら一生許さねーからなあ!」
「大丈夫だ、俺もこんなところで死んでられないからな」
ガッ、と苛立たしげに地面を蹴ってから、レジーは走り出した。
俺はそれに背を向け、ゴルドさんに…… そしてジャベリンウルフに向けて意識を集中させる。
『ユートの大丈夫ほど、信じられないものはないな』
失敬な。大丈夫だと思うから言っているというのに。
だが天龍からは苦笑の声しか帰ってこなかった。
まったく解せぬ。
ともあれ、魔法のイメージを思い起こす。
目の前にはガンシューティングの筐体。
スロットにコインを二枚、落とし込む。
そして、両手で銃を引き抜く。
「ガンシューティング・ダブルプレイ、開始!」
二人プレイを一人でやる二丁拳銃スタイルだ!
……まあ、最近はこれが出来ないゲームも多いし、実際やっても一人プレイより簡単になるってわけでもないんだけど。
走る。
走って近付きながら、片方の銃はゴルドさんに群がる狼に、もう片方の銃はジャベリンウルフに狙いを定め、連続でトリガーを引く。
耳朶を打つ炸裂音が輪唱のように轟き、魔力の弾丸に撃ち抜かれた狼が一匹、二匹と悲鳴をあげてゴルドさんから離れた。
ジャベリンウルフもわずらわしそうに唸り、左右に頭を振る。
『ユート、風の槍が来るぞ!』
天龍の声に、はっとジャベリンウルフの頭上を見ると、霧が渦巻いて形作られた槍の切っ先がこちらを向いていた。
気付いた直後に発射される。
スライディングの要領で身を低くし、柔らかな草の上を滑った。
のけぞるように上体を倒した、その鼻先に強い風を受ける。
顔面直撃一歩手前か? 怖いなこれ!
だが、結果としては回避に成功し、ゴルドさんの元に辿り着いた。
そのまま、身を低くしてゴルドさんとジャベリンウルフの間に潜り込み、アメフトのタックルを仕掛けるような形でゴルドさんの腰に腕を回す。
「な、なんじゃ、何をしとる!?」
「歯を食いしばってろ、舌噛むぞ!」
一刻も早く離脱するために、魔力を集中させ、イメージを呼び起こす。
……というか、首の後ろにジャベリンウルフの生暖かい息が当たるんだけど。がふがふ言ってて超怖い!
「お、おい。なんぞキィーンって音がしとるぞ……!?」
戸惑うゴルドさんの声にも答えず、魔力の操作に意識を集中する。
ありったけの魔力を背中に集中させて、魔法を唱える。
「ロケットスタート、ゴー!」
その瞬間、俺とゴルドさんとゴルドさんは風になった。
爆発的な炎と風を受けたジャベリンウルフと、俺に抱えられたゴルドさんの悲鳴を置き去りに、砲弾のようにかっ飛んでいく。
狼達も、その勢いに耐えられずに剥がれ落ち、ギャウンと悲鳴を上げて転がっていった。
この魔法の原理は、アンフィスバエナのジェット突進と同じだ。
魔力の噴射で自分自身を超高速で発射する。
現代のジェットエンジンがイメージの元になっているせいか、背中から盛大な炎を噴き上げるおまけつきだ。
ダブルプレイもロケットスタートも、本来はレリック攻略のために編み出した魔法である。
だが、実は二つともボツ魔法だ。
ダブルプレイは、斬られる前に遠距離から倒すために、単純に手数を増やして火力アップを狙ったのだが、二丁になったせいか魔力が分散してしまい、一発の威力は半減。
牽制くらいにしか使えない魔法になってしまった。
ならば、斬られる前に接近して斬る、ということで編み出したのがロケットスタートなのだが。
勢いが凄まじすぎて、ろくに制御が効かないのである。
ちょっとでも気を抜くとスッ転んで大変なことになるし、気を抜かなくてもスッ転んで大変なことになる。ボス部屋が起伏も樹もない平坦な地形でなければ大惨事だった。
その上、ものすごい勢いで魔力が減る。
自分の魔力バーが天龍眼で見えなくても、ぎゅいんぎゅいん減っていくのがわかるほどだ。おそらく全快からでも5秒ももたない。
そのぶん速度は凄まじい。
霧の壁まで50m、30m、あっという間にあと10m──
──あっ、魔力がもたない。
「うわあああぁっ!?」
「ぬおおおおぉぉっ!!?」
やばい、と思った瞬間に失速、バランスを崩して転倒した。
ゴルドさんともつれあい、地面に激突して天地もわからない勢いで回転し、ボールのようにバウンドする。
最後に一度、ドカンと背中から樹に激突し……
魔力不足もあって、そのまま気を失ったのだった。
次回予告
大牙亭の自室で目覚めたユートの元へ、ルティアが現れる。
ルティアが吐露する過去、そこから天龍が見通したものは。
次回、第57話「己を縛る呪い」。




