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第49話 是非もなし

おかげさまでブックマークが200を越えました。

ありがとうございます。

 その日の夕飯を終えた後、クロードとユズには俺の部屋に集まってもらった。

 三日月の迷宮で、三日月党……レリックとの戦いになるというのなら、クロードにも情報を共有しないわけにはいかないからだ。

 それに、人の多い場所でするような話の内容でもない。


「……で、何の話だい? ユズの様子がおかしいのと関係があるかな?」

「あっれ、ぼくってそんなにわかりやすい?」


 唇を尖らせるユズはとりあえず放っておいて、レリックのことを話す。

 とはいえ、天龍と魂魄魔法のことについては言うわけにはいかないので、レリックがPKをしている根拠は曖昧になってしまったが。


「……とてもじゃないけど、信じがたい話だね」


 話を聞いたクロードは、少し考えてから、そう切り出した。


「三日月党は、この街で最強と名高いパーティだ。

 彼らには、名声も実力も、もちろんお金だってある。発覚すれば全てを失うんだから、リスクが大きすぎるよ」


 俺はあまり他の探索士の噂に興味がなかったから知らなかったが、三日月党といえば三日月の迷宮を専門に探索する有名なパーティらしい。

 迷宮に潜れば必ずクレセントベアの肝を持ち帰り、メンバーを一度も死なせたことはなく、最も長く三日月の迷宮に潜り続けているという。

 実質、ラディオン最強パーティと名高い。


「……でも、そうだとすると納得できることもある」

「納得?」

「今まで、多くの探索士が三日月の迷宮で散ってきた。

 何度もクレセントベアを倒しているパーティでも、ある日を境に戻らなかった、なんてよく聞く話だ。

 だからこそ、クレセントベアは恐ろしいとされ、三日月の迷宮に潜れるパーティは注目され、生き残った三日月党は最強だと言われている。

 ……だが、その最強の三日月党が敵ならどうだ。

 クレセントベアよりも何倍も恐ろしい、しかしまさか敵ではないだろうと思い込んでいた相手が、不意を打って襲いかかる。

 そりゃ誰もが全滅するさ。……そうだろう、ユズ」

「……………クロードは本当に、意地悪だよね」


 はぁ、とため息をついて、ユズはするりと顔を撫でた。

 くるくるとよく表情の変わるいつもの明るい雰囲気が消え、表情のない顔にぞくりとするものを感じさせる陰鬱な瞳が暗くゆらめく。


「……そうだよ。ぼくの仲間は、クレセントベアじゃなくて、三日月党に殺されたんだ」


 これが…… ユズの、本当の顔だ。

 いつもはにこにこと笑顔を貼り付けた仮面で隠して誤魔化している、深く傷ついた、今の彼女の素顔だった。


「それを今まで黙ってたのかい?」

「クロードも言ったでしょ、信じがたい、って。

 奴らには名声があるから、下手にそれを言いふらしても信じてもらえないし、証拠もない。

 それにぼくが生き残っているのを知られたら、町中でも闇討ちされたかも、しれない」


 そう言うユズの声は微かに震えていた。

 彼女に最初に会ったとき、奴らが追いかけて殺しにくるかもしれない……そう思って一晩中震えていた、と言っていた。

 その恐怖は、きっとまだ、ユズの中にくすぶっているのだろう。


「二人だって、ぼくが最初からそんなこと言ったら、信じてくれた?

 信じてくれたとしても…… 初対面のぼくのために、見も知らないぼくの仲間のために、最強の三日月党と戦って命を捨てて、仇を討ってなんて言って、うなずいてくれる?」


 出会ってすぐの頃なら…… どうだっただろう。

 信じたとしても、俺もクロードも、初対面の人のために別の人を殺すなんてことに頷けなかった筈だ。 良くも悪くも、俺達は二人とも慎重でリスクを考える性格をしている。

 それにあの頃の俺は、ゴブリンすら斬れなかったのだ。


 だが実際にレリックを見た後では、むしろ疑う余地がない。

 あの男は、確実に殺す。その確信が今ならある。


『やれやれ、人間が魔物ではなく同じ人間と殺しあうとはな…… 愚かしいことだ』


 ……愚かしいのだろう。

 どんな理由であれ、人間同士で殺し合うなんていうのは。

 殺し合おうという気になる、というのは。


「ユズは…… 最初から、復讐が目的で僕達のパーティに入ったのかい?」

「そうだよ。本当は誰でも良かったし、きみ達の他にも目をつけたパーティはあった。三日月の迷宮までたどり着けそうな、ぼくを仲間に入れてくれそうなパーティなら、どこでも良かった。

 いずれ、三日月の迷宮にたどり着いて…… 奴らが食いついてくれれば。

 そしてきみ達がやられている間に、忍び寄って不意を突いて…… 一人でも奴らを殺してやれればね」


 三日月党のメンバーは六人いるという。

 レリックも含めて戦士が三人、魔法使いが二人、斥候が一人だ。

 リーダーはレリックとは別の戦士らしいが、いずれも腕のたつ探索士だ。レリックと同程度のレベルがあると見ていい。


 ゴブリン相手とはいえ、真っ正面から不意を打つなんて芸当が出来るユズだ。奇襲から急所を狙って、一人くらいなら殺すこともできるかもしれない。

 だが、二人は無理だろう。

 そして、ユズ自身の命もそれまでだ。

 彼女は、それでいいと言う。


「……無謀だ。そんなことをしたって、何にもならない。

 それに相手は魔物じゃない、人間なんだ。話し合いや交渉で、凶行をやめさせたり、罪を認めさせるという手段もあるだろう」

「ぼくのリーダーも、同じようなこと言ってたよ。相手が人間なんだったら、話し合いで解決できないはずはないんだ、って。

 たとえ仲間が殺されたって、戦いながらだって、きっと言葉は尽くしたはず。

 だけど…… 殺された。ぼくはわかったよ、魔物じゃなくて人間だから、言葉が通じないこともあるんだってね」

「……確かに、強盗行為をするなら相手を全滅させるケースは多い。今から皆殺しにしようとしている相手の言葉になんて、耳を貸さないだろう。

 でも、だからって無謀な戦いを…… いや、戦いなんて上等なものじゃない。そんなのは、ただ死にに行くようなものだ」

「いいんだよ。それでいい。──それでいいの!

 ぼくは死に損なったんだ。みんなみんな死んだのに、ぼくだけ生きているなんておかしい! だったら、ぼくはみんなの仇を討ちに行って死ぬべきだ。そうでしょ!?」


 震える声で、押し殺すように、絞り出すように、ユズは叫ぶ。

 対称的に、クロードは真っ直ぐにユズの目を見て静かに受け止める。

 ……すごいな、俺ならたじろがずにいられなかったかもしれない。


「……君の境遇には同情しよう。だけど、僕は君の復讐に巻き込まれて死ぬつもりはないよ」

「いいよ。じゃあ、ぼくをパーティから追い出せばいい。

 それでもぼくは、諦めない。他のパーティを探して…… ううん、もしパーティが見つからなくても、ぼく一人でも、やるよ」

「……いや、きみをパーティから追い出すかどうかは、アヅマが決めることだ。

 このパーティのリーダーは、アヅマだからね」

「そう。アズマは…… どうするの?

 ぼくを追い出す? それとも……ぼくと一緒に死んでくれる?」


 ユズとクロードの視線が俺に向けられる。

 二人とも表情はない。

 しかし、クロードの瞳は数式でも解く学者のように静かに。

 ユズの瞳は、死を目前にした囚人のように沈鬱に。

 それぞれ、まるで違う目をしていた。


 これは、二人のうちどちらかの意見を汲むか……ではない。

 一言で言うなら、そうだな……


「──是非もなし」

「……え、っと……? なに、それ?」

「ふむ、どういう意味だい?」


 ユズは陰鬱な瞳を困ったように揺らせて、クロードは静かな瞳を興味深そうにきらめかせて、俺に説明を促す。


 意味か。

 現代ではよく「仕方ない」と訳される言葉だ。

 だがこの言葉は、かの織田信長の言葉として知られている。

 本能寺の変で明智光秀の襲撃を聞いた信長は、このように答えたと言われている。


 傲岸不遜、唯我独尊、恐れ知らず、日本人が好きな戦国武将ナンバーワン、女の子にされる戦国武将ナンバーワンの織田信長が、絶体絶命のピンチに「仕方ないにゃあ……(光秀の不満が)溜まってる、ってやつなのかにゃ?」とか言うだろうか?

 漫画で、小説で、アニメで、ゲームで、ドラマで、様々な信長が一世一代のドヤ顔で言う決め台詞が「しょーがないなー」では締まらない。

 ここはひとつ、俺流に意訳するとだ。


「上等だ。ぶっとばしてやる」

「えっ。……えっ?」

「おいおいアヅマ、本気かい?」

「えっ、ぼく…… ぶっとばされるの?」


 予想外の反応だったのか、ユズが困惑に混乱をかさねて無意味に俺とクロードを交互に見やる。

 先ほどまでの陰鬱な表情もはがれかけている。心の傷を癒やせばきっと、素のユズはいつものユズに近い素直で明るい顔をしているのだろう。

 対して、クロードは苦笑交じりの反応だ。

 いやいや、まさかユズをぶっとばすなんて訳はない。


「ぶっとばすのは、三日月党だ。降りかかる火の粉を払うのにためらう必要はない」

「いや、それこそ本気かい? 相手はラディオン最強のパーティだよ?」

「あの程度、最強でもなんでもないさ」


 さらっと言う俺に、クロードが絶句する。

 ……店長と毎日顔あわせてると、Lv35程度で二次クラスがLv30にもなっていないのに最強とかジョークだ。

 確かに、今の俺よりは強いのだろう。

 だが。


「あれくらいで怖じ気づいてるようじゃ、怒られるからな……」


 天龍に。

 今も『そうだぞユート、あの程度の相手に負けていては私を見つけるなど不可能だ!』とかなんとか上から目線で言っているが、ひとまず置いておく。


「どうせ、三日月の迷宮には挑むつもりなんだ。

 だったら、三日月党とは必ず戦うことになる。問題はその次だ」

「ふむ。どうやって勝つか、だね?」

「ああ。それと、俺達が全員生き残って、というのも追加だな」

「幸い、向こうに街中や牙狼の迷宮で闇討ちする意思はなさそうだ。牙狼を攻略しながら方法を考えていこう」

「まず、俺達自身が力をつけること、装備を整えることが第一だな。その上で実力差を埋める策がいる」

「彼らの情報も調べておかないとね。

 幸い、有名なパーティだからそこは苦労せずに済みそうだけど」

「ああ、メタを張れると楽になるな」

「え、え、ちょ、メタって何?

 ってか、ちょっと待って、ぼくをパーティから追い出すって話は?」

「相手の特性にあわせて対策をすることを、メタを張ると言う。

 あと、ユズを追い出すつもりはないし、俺達が死ぬつもりもなければユズを死なせるつもりもない。クロードもそうだろう?」

「そうだね、アヅマはそう言うと思ったし、僕にも異存はないよ。むしろ出ていかれると困る」

「えっ…… え、え、ええーっ?」


 ユズは何がどうなっているのかわからない、という顔をしているが、俺にとっては不思議でも何でもない。

 クロードだって、最初から戦うのが嫌だとは言ってない。

 あれは一種のディベートだった。

 ユズに反対するスタンスをとることで、俺の判断材料を増やそうという意図が見えていた。

 だから、最後に決断するところは俺に振ったのだ。


 今回に限らず、クロードは俺をパーティのリーダーとして立ててくれているところがある。

 おかげでかなり自由にやれているし、助かってるな。


「で、でも、ぼくは二人を利用するために近付いて……」

「おかげで、ゴブリンの壁に引っ掛かった時は助かったよ。

 僕だけじゃゴブリンの数に対抗しづらいし、こんなに早く牙狼の迷宮には挑めなかったかもしれない」

「いや…… あの時は迷惑かけたな」


 そういえば、そのゴブリンの壁を越えられたのも、ある意味ではユズのおかげだ。

 あの時は本当に、死ぬかと思った。ユズが。


「それに三日月党が敵だ、というのを知ることが出来たのは大きい。

 いずれ三日月の迷宮に足を踏み入れたとき、それを知っていると知らないとでは雲泥の差だよ。おかげで対策が練れるね」

「ユズのおかげだ!」

「ユズに感謝しないとね!」

「ユズすごい!」

「ユズ万歳!」

「なにこれ!? イジメなの!?」


 おっと、ちょっと調子に乗りすぎてしまった。

 俺とクロードで口々に褒め称えると、ユズは耳の先を真っ赤にして顔を覆ってうつむいてしまう。


「もーぉ~…… なんかぼく、バカみたいじゃん……」

「諦めろ。きっとアヅマを選んだ時点で手遅れだったんだよ」

「手遅れってどういう意味だ」


 俺は冷静に理知的に、当たり前のことしか言ってないししてない……はずだぞ?


「やるなら徹底的に。俺達は誰も死なずに、三日月党を倒す。

 ともかく、ユズも力を貸してくれ。生き残るためにな」

「……うん。わかった」


 まだ少し赤い頬をぺちぺちと叩いて、ユズは頷いた。

 では、ここからは具体的な話だ。


「まず、三日月の迷宮には牙狼の迷宮のボスを倒してから挑むつもりだ。

 狼のボスにも勝てないのに、クレセントベアにも三日月党にも勝てないだろう」

「いいと思うよ。狼のボスは、単体の強さとしてはクレセントベアとほぼ同格だと言われているしね」

「……最後に奴らを皆殺しに出来るなら、ぼくはそれでいい」

「ユズには悪いが、必ずしも皆殺しにする気はない」

「ッ……!」


 キッ、と殺気さえこもった視線でユズが俺を睨んだ。

 まあ待て、と軽く手で制する。


「手加減して勝てる相手ではないだろうから、戦うなら殺すつもりで行く。でも、降参するなら受け入れるよ」

「どうして? 奴らはぼくの仲間をみんな殺したのに……!」

「ああ。三日月党は、多くのパーティを闇に葬った。

 だからこそ、三日月党を闇に葬っちゃいけない。

 最強の三日月党が全滅したというだけなら後続の探索士が怖じ気付くが、三日月党のやったことが明らかになれば、三日月党がいなくなることで活気付くだろう。

 そのためにも、生き残りはいた方がいい」

「……つまり、社会的にも抹殺しようってことかい?

 君は、なかなか怖いことを言うね」


 おや? 俺はみんなのためになるよう考慮しただけなのに、何故かクロードが戦慄した目をこちらに向けている。解せぬ。


「……わかった。でも、うっかり皆殺しにするかも」

「それこそ、是非もなし、だな」

「やっぱりぼくぶっとばされるの!?」


 ……あれ? 何か話が食い違ってしまったぞ?




 その後、色々と話し合って行動方針を決めた。

 まずは狼のボスの撃破を目指しながら、装備を調えてレベルをあげて、ボスを倒せたら三日月の迷宮に挑む。

 三日月党には、こちらから襲いかかることはしない。あくまで迎撃に務めるが、戦いとなったら容赦はしない。

 降伏は受け付けるが、相手を殺すことは躊躇わない。

 あと、うっかり皆殺しにしちゃってもユズをぶっとばさない。


 ちなみに、是非もなしには「良いも悪いもない、仕方ない」という意味もある、ということはちゃんと説明しておいた。


 殺す、という覚悟は意外にもすんなりと決まっていた。

 さんざん引っ掛かったゴブリンの壁を越えた時に、そのあたりの倫理観も乗りこえてしまったのだろうか。

 戦争のない法治国家で生まれ育った俺としては、殺さずに法の裁きを受けさせろと言うべきだったのかもしれないが、俺はそこまで立派な人間でもない。


 そもそも、それではユズがおさまらないだろう。

 復讐しても何にもならない、とはよく言う台詞だ。

 だが、復讐しなければ何にもならない、ということもあるのではないか。

 理性と理論と理想で止まるなら、この世に争いなんてないのだ。


「では、当面の目標は三日月党の撃破だ。気を引き締めていくぞ」

「おー!」

「是非もなし、だね」


 こうして、俺達は新たな目標に向かって動くことになったのだった。

次回予告

 長らく続いた大樹の迷宮の調査が終わる。

 大樹の麓でのお茶会を楽しみにしていたルティア達は、大樹の迷宮に入るためにユート達の力を借りようとするが……


 次回、第50話「崩壊の予兆」

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