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第48話 三日月の剣士

 かき氷を食べて休憩した後、俺とユズは改めて市場を回っていた。

 主に見て回っているのは探索士の出している店だが、ここには本当に色んな店がある。

 食べ物や家具や道具を売る店の他、変わったところでは矢尻を外した弓矢を使った射的屋や、占いをします、なんて看板が出ているところもある。

 なんというか…… 実にカオスだ。


 この自由市場は、文字通り誰でも自由に出店できる。

 前日までに商業組合に申し出ればいいらしいが、スペースに空きがあれば飛び入り参加もできるらしい。

 屋台は自分で用意してもいいし、組合からの貸し出しもしているし、屋台を使わずシートを敷いて露店にしている店も少なくない。

 隣り合ったスペースを借りて休憩スペースにしている食べ物の屋台もあれば、複数人で隣り合ったスペースを借りて合体させて大きな店にしているような所もある。

 一定の区切りからはみ出さなければ使い方は自由だ。


 そんな場所なので、探索士でも一般人でも、旅の人でも街の人でも、日々の生活にレジャーに仕事にデートにと、毎日沢山の人で賑わっている。

 店舗を持たず、作品や商品をここで売る職人や商人も少なくないとか。


「……そういえば、治癒の霊薬を買いに来てたんだった。

 ユズ、ちょっと寄っていっていいか?」

「ん、いいよ。ぼくも付き合うね」


 ふと馴染みの露店を見付けたことで、買い食いに夢中になって忘れてた買い物を思い出したので、ユズに断って立ち寄る。

 暇そうにしている店主の元へ歩いていくと、こちらが声をかける前に向こうが俺に気付いた。


「おやっ、コンチこれまたアヅマのダンナ! にっへっへ、今日も薬でやんすか? いいのが入ってますよーう?」

「ああ、うん、普通に治癒の霊薬でいいんだけどね?」


 やたら胡散臭い口調で、揉み手で笑みを浮かべてくる。

 この店主も、店舗を持たないで自由市場で作品を売る錬金術師の一人だ。


ティエナ・クラムジー 人間 Lv22

21歳 女性 天属性

調合師Lv18


 こんな口調で女性である。

 しかも、きらきら明るい金髪でスタイルもいい、顔立ちもすっきりとした美人……の筈。


 何故曖昧な言い方になったかというと、いつもかけているサングラスで目元が見えないからだ。

 いくつもサングラスを持っているらしく、その日の気分でサングラスの形状が違う。今日は中華マフィアが使っていそうな真ん丸のやつで、胡散臭さが更に三割増しだ。


 なお、調合師というのは錬金術と薬学を修めることで取得できる、錬金術師の上位クラスである。


「……な、何、この人? アズマ、知り合い?」

「錬金術師のティエナだ。いつも彼女の霊薬を買ってる」

「あちしはティエナ・クラムジーってぇケチな錬金術師でさあ。

 アヅマのダンナにゃ、いつもお世話になってやす!

 ……ところでお嬢さんは、あれですかい。ダンナのコレで? エルフの娘っ子なんて連れて、にくいでやんすねぇ!」

「いや、その小指はよくわかんないけど。うん、ユズだよ?」


 ユズが若干ドン引きである。

 怪しいサングラスかけて、歯並びのいい白い歯を見せながら、口の端が裂けたような三日月形の笑みを浮かべられたら、まあ警戒もするだろう。

 素の顔立ちがいいとか悪いとかもう関係ない。


 なんでこんなのの店の常連になっているかというと、彼女の霊薬がここでは一番安くて一番品質がいいのだ。

 品質Dが横行し、良くてたまにBという中で、彼女の霊薬は常にA、しばしばSまで並ぶのである。


「それより、霊薬もらっていいかな? こいつとこいつで」

「たはーっ、相変わらずお目が高い! あちしがたまーに『おっ、こいつぁいい出来だぁ』って思ったら、ダンナは必ずそいつを持っていきなさる! お見事でさあ!」


 そりゃまあ、品質高いの選んでるからな。

 DとSだと、体力バーの回復具合が1.5倍は違う。初級の霊薬だとあんまり大した差にはならないんだけど、その差が命を別けることもありうるのだ。


「ね、ねぇ、アズマ、ほんとにこんなお店で大丈夫?」

「性格は変だけど、薬は一流だよ」

「くはぁっ! 嬉しいこと言ってくれなさる!

 なんですかい、もしかしてあちしを口説いておいでですかい? あちしのハートはプライスレスでやんすが、薬のお代はきっちり頂きやすよ! 生活かかってますんでッ!」


 性格が変なのは気にしないのか。自覚が出来てると見える。

 ともあれ、霊薬を二つもらって代金を渡した。

 自由市場での物の値段は店次第だが、初級の治癒の霊薬の相場は180~230ダイム、おおよそ200ダイムとなる。

 しかし、ティエナの店ではなんと100ダイムこっきりだ。


 ティエナは100ダイム銀貨二枚を受け取ると、嬉しそうにちゃりんちゃりんと革袋に入れて、脇の地面に置いた。


「う、うーん、こんな安いのでほんとに大丈夫なの……?」

「にっへっへ、薬の出来はこのあちしが保証しまさぁ!

 ……うーん、なんですけどねえ。なんででやしょかね、こーんな安くしてるのに、ちぃとも売れねぇんですよねえ。ダンナがいなけりゃ首も回りゃしやせんや」


 うん、まあ、そりゃ売れないだろうなぁ……

 ティエナ自身があからさまにうさんくさいのだ。それで商品が不自然に安かったら、誰でも何か裏があるまともじゃない品だと思うだろう。


『む、ユート、その端にある薬を見てみろ』

「おっ、ダンナぁ、気付きやしたか? にっへっへっへ、こいつが何だかおわかりで?」


 天龍に言われて俺がちらりと視線を移すと、にやにや笑いながら目敏くティエナが割り込んできた。

 今まで彼女の露店には初級の治癒の霊薬しか並んでいなかったのだが、他の薬としれっと混じって、違う薬が入っていたのだ。


「なぁに、毎度ダンナが買ってってくださるおかげで、あちしにも余裕ってえもんができやして、作ってみたんですよ。

 ユズお嬢さんには、こいつが何かおわかりですかい?」

「えっ? 何って…… 普通の治癒の霊薬じゃないの?」

「にっへっへ、そいつが違うんでやんすよねぇ、これが!

 ダンナはわかりますかい? もしも見ただけでぴたりと当てやしたら、他の霊薬と同じ値段でお譲りしまさぁ!」

「いいのか? そんなことしたら大損だろ」

「うっ。……か、カマぁかけてんですかい? い、いやいや、まさかそんな、流石のダンナでも一目見ただけでは……」


 さらりと言った俺に、ティエナがたじろいで霊薬のビンを抱え込む。

 まあ、一目だろうがなんだろうが、天龍眼にかかればばっちり名前が見えている。

 確か、霊薬の種類についてクロードに聞いたときにちらりと耳にした名前だ。かなり高いって話だったんだが。


「ええーい、あちしも女だ、二言はねぇってんでさ!

 さぁさダンナ、こいつの正体、答えられるもんなら答えてみてくだせぇ!」

「別にいいんだけどなぁ。まあいいや、その霊薬は──」


「きみッ!! 何してるのッ!!」


 俺が答えようとした瞬間、ユズの鋭い声が響いた。

 びっくりして声もなく振り返った俺とティエナの目の前で、何か革袋を手にした男が一目散に逃げていく。


「へっ、はっ!? あ、あちしの全財産ーッ!!?」


 ティエナがわたわたと、何もない地面のあたりを探る。

 今の男は、俺達が会話に夢中になっている隙にティエナのお金が入った袋を盗みとっていったのだ!


「ユズっ!」

「うん、追うよ!」

「あわわわわっ、ま、待ってくだせぇっ!」


 俺とユズは素早く立ち上がり、逃げていく男のあとを追いかける。

 わたわたとティエナが追いかけてくるが、流石にそれを待ってはいられない。


 ユズがすぐに気付いてくれたおかげで、距離はそれほど離れていないが、とにかく人通りが多くて走りづらい!

 ユズはするすると人ごみの合間を抜けていくが、相手の男も心得があるのだろう。やはり人ごみの合間をするりと抜けていくせいで、なかなか差が縮まらない。


 というか、まずい。ユズはともかく俺が置いていかれそうだ!

 自分では捕まえられないなら…… 他人を頼る!


「泥棒ーっ! その男は泥棒だ! 捕まえてくれーっ!!」


 大声で叫ぶと、ざわっと周囲に波紋が広がった。

 だが、その声に反応した人の流れが滞って、さらに走りづらくなってしまう。

 対照的に、ユズと男は障害物が動かない方が走りやすいのか、更に速度をあげていく。


「泥棒っ……おわっ、すみません! そこの走る男は泥棒だ!!」


 人にぶつかりそうになりつつ、めげずに声をあげて走る。

 いかん、だんだん二人の姿を見失いそうに……!


「くそっ、てめえそこどけ!」


 ん? ……どうやら誰か、男の前に立ちはだかったようだ。

 少し走ると、足を止めたユズの背中にすぐに追い付く。

 泥棒の男の方は、というと……


 その男の前に立ちふさがったのは、華奢な男だった。

 まるで女性のような整った顔立ちの、やや髪の長い青年だ。天龍眼で見えていなければ、俺も女性だと思ったかもしれない。

 腰には長剣を差している。俺も刀を提げているが、探索士はオフでも自衛と防犯のため、防具はともかく武器を持ち歩くのがこちらの常識だ。


レリック・ハルワタート 人間 Lv35

男性 19歳 無属性

剣士Lv22


 探索士協会の支部長に匹敵するレベルだ。

 立ち姿に隙はなく、すり抜けられないと思ったのか泥棒の男はナイフを取り出して、彼に向かっていく。

 彼はというと、腰の長剣をすらりと引き抜いて……って、おい、こんなところで剣を振る気か!?


「うおおお!」

「おらァ!」


 整った顔立ちに似合わない野性味のある声と共に、一閃。

 泥棒の男はひらりとそれをかわして、彼の横を抜けていく。

 だが彼は、それを追うことなく、ぶんと剣を横に振った。


 びしゃっ、と剣についた血が振り払われる。


「ぎ、ぎゃああああ!?」


 泥棒の男が悲鳴をあげて転がった。

 剣は見事に、革袋を手にした男の右腕を切り落としていた。

 吹き出す血と苦悶の声に、周囲からも悲鳴が巻き起こる。


「うるっせェな、正当防衛だっつーんだよ! お前ェ、こいつのが先に抜いたのを見てたろ?」


 転がった男をがしっと蹴りつけて、彼は俺の方を見た。

 遠巻きに距離を取ったり立ち竦んで動けなかったりした周囲の人々の中で、俺だけが彼に近付いていったからだ。


「でも、そこまでする必要もなかっただろう?」

「あァ? 珍しく親切心を出したオレに言うことがそれかよ。チッ、まあいいけどよ」

「はひー、ぜひー、ようやく追い付きやし……って、あわわわ、な、なんなんでさぁこれ!?」


 押っ取り刀ならぬ誤用の方の「おっとり刀」でティエナが追い付いてきたが、この場の惨状を見た途端、ガタガタと震えて俺の後ろに隠れる。


『ユート…… あの男、危険だぞ』


 天龍に言われるまでもなく、わかっている。

 彼……レリックは、地面に転がった男の手を剣の鞘ですくいあげ、握られたままの革袋と一緒に俺の方へと飛ばしてきた。


「おらっ、こいつお前ェのだろ?」

「いや、こっちの彼女のものだけどな。……一応、礼は言うよ」

「ひぃっ!? あわ、あわわ、あわわわっ……」


 内心俺も人間の生手首にびくつきながらも、強張った男の指をはがしてからティエナに革袋を返す。

 どうにかそれを受け取ったものの、彼女はますます怯え震えて、頭を抱えて震えていた。

 ……ティエナには悪いけど、この怯えっぷりを見たから逆に落ち着いていられる、ってのはあるな。


「礼ってんならよ、その三日月みてぇな形の妙な剣が欲しいぜ。

 ……あん? お前ェ、その剣もしかして…… 三日月剣のアルマとかいうやつか?」

「今は、三日月刀だ。悪いけど、この刀はやれないな」

「ぎゃははっ、三日月刀(・)か!

 奇遇だなァ、オレもだよ。三日月党(・)のレリックってんだ」


 三日月党、と名乗った途端、周囲がざわつく。

 ……なんだ、有名な名前なのか? 俺にはさっぱりだが。


「お前ェ、最近調子がいいそうじゃねぇか。

 お前ェがオレたちと同じ、三日月の迷宮まであがってくるのを楽しみにしておくぜ。くくっ」


 レリックの端正な顔が、にやりと笑う。

 その途端、奇妙な寒気がぞくりと背筋を震わせた。

 ……何だ、これ。殺気、というやつか?

 ゴブリンの悪意とも、狼の獲物を見る目とも違う。

 あるいは気のせいかもしれない。その寒気はほんの一瞬だけで消えてしまったからだ。


「ま…… 待って!」


 去ろうとしたレリックに、ユズが声を上げた。


「……ユズ?」


 ユズの様子がおかしい。

 怒り……というか、恨みとすら感じる強さでレリックを睨み付け、俺よりも前に進み出る。

 レリックの方も、顔から笑みを消して振り返った。


「きみの、その剣は…… ぼくの友達のものだ」

「あァ? こいつはオレが迷宮で拾ったんだよ。

 御愁傷様ってェところだが…… 迷宮で拾ったもんは拾ったヤツのもんだ。わかんだろ?」


 友達……という言い方だが、ユズの仲間のものか。

 あれに魂の欠片が残っている、ということか?


『む、ああ、確かにあの剣には魂が残っているが……』


 天龍がそう言うなら、間違いはないだろうが……


ミスリルソード 長剣 ランクB 品質A 耐久92% 重量14

魔力なし 付与なし(0/2)


 なんと、魔法金属として名高いミスリルの剣だ。

 この世界のミスリルやオリハルコンは迷宮金属と呼ばれ、迷宮の奥でかなり高レベルの魔物を倒さなければ手に入らない、希少な金属である。

 品質や付与の枠を見ても、ただミスリルというだけの剣ではないことがわかる。


「うん。わかってる。……大事に持ってるといいよ」

「はッ! そうさせてもらうぜ。

 こいつはいい剣だからよォ、オレが使ってやった方がいいってもんよ、ぎゃはははっ!」


 品のない声で笑いながら、レリックは去っていく。

 周囲を囲んでいた野次馬が、自ら左右に割れて彼の通り道を空けた。

 ユズはその後ろ姿をじっと見ていたが…… どんな顔をしているのかは、見えなかった。


「……あの剣は、リーダーの剣だったんだ。

 とても大切な剣で、実家の家宝だって言ってた。鞘の紋章は削り落とされてたけど……でも、間違いないよ。

 あいつが……持ってたんだ」

「はわ、はわわ…… な、なんなんですかい、あのお人は……

 や、や、やばい、やばいやばい、やばいなんてもんじゃねぇってぐらいやばいってんでさぁ、ダ、ダンナ、お嬢さん、あんなやつ絶対、関わってたら……殺されちまいますぜ!」


 ティエナが異常なぐらい怯えている。

 がくがくと全身を震わせて、俺の服の裾を両手で掴んでいた。


『おそらく、魂の力にあてられたのだろう。

 ……ユートよ、あの男…… 剣だけではないぞ。全身に濃く魂の残滓をまとわせていた。魂が乏しい魔物だけではない、迷宮の外で生まれた命をいくつも斬らねば、あんなふうにはなるまい』


 ……何だって?

 俺にはわからないが、そんなことになっていたのか。

 まさか探索士が休みのときは家畜を精肉にする仕事をしている、なんて落ちはあるまい。


 レリックは、人を斬っている。


 その魂の残滓…… いわば死の気配を感じ取ったからこそ、ティエナはこんなに怯えているのか。


 ──ところで、魂を感じるには特別な才能がいるという。


ティエナ・クラムジー

 錬金術Lv6

 薬学Lv6

 魔法・魂魄Lv1


 本人が自覚しているのかどうかはともかくとして、ティエナにはその才能があるのだった。


「ティエナ、とにかく落ち着け。それよりも、復元の霊薬を取ってきてくれ」

「へ、あ……は、はわ? ふ、復元の霊薬ですかい?」

「ああ、あれなら切れた腕もくっつけられるんだろう? いくら泥棒といっても、放っとくと死ぬぞ。頼む」

「あわ、わわ…… へ、へい、合点でさあ!」


 ちらりと見ると、泥棒の男は気を失ってぴくぴくしている。

 ぽん、と背中を押してやると、ティエナは慌てたように転びそうになりながら走っていった。


 復元の霊薬は、露店の方でティエナが見せた霊薬だ。

 強力な治癒の霊薬としても使えるが、最大の特長は切れてすぐならば切り落とされた体の一部ですらくっつけてしまうことである。

 幸い、切った剣と腕が良かった。切断面が綺麗なので問題なくくっついてくれるだろう。


 この霊薬は本来、どんなに安くとも1500ダイム以上はするものらしい。

 ティエナには悪いけど、約束通り治癒の霊薬と同じ100ダイムで譲ってもらうとしよう。


「……………………」


 ユズはというと、表情をなくした顔で、レリックが去っていった方角をぼんやりと見詰めていた。

 ようやく見付けた仲間の剣が、あんなやつに使われているなんてな……

 いや、もしかしたら、ユズの仲間を殺したのも……?


 三日月党のレリック。

 証拠は天龍とティエナの感覚だけだが、人斬りの男。

 彼と迷宮の中なんかで出会ったら、おそらくただでは済まない。

 この先、三日月の迷宮に待ち受ける新たな障害の予感に、俺は危機感を覚えるのだった。

次回予告

 いずれ戦う新たな敵、三日月党。

 ユズが隠していた、全滅の真相。ユート達に近付いた理由。

 パーティを抜けるというユズに、ユートの答えは……

 次回、第49話「是非もなし」

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