第47話 ラディオンの休日
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牙狼の迷宮に挑むようになって、数日が経った。
第一層ではグレイウルフ三体のチームでうろついていた狼達だが、第二層ではそれが2チームまとまって襲ってくるようになる。
しかもグレイウルフだけのチームではなく、三体のうち一体は、サーベルタイガーのように長い牙を持った狼になっていた。
ファングウルフ 魔物 男性 Lv18
動物系 無属性
こいつがたまに毛皮ではなく牙を落とすのだが、これはそのまま削って磨いて柄をつけて、短剣として売り出されるようなものだ。
魔物素材の装備は色々と制限もあるが、下手な金属装備よりも強く、軽く、素材によっては魔力を宿したものもあるという。
この牙の場合は、単に軽くて鋭いだけなんだけど。
牙はまだ比較的かさばらないからいいのだが、4体に1体、25%くらいの確率でしか落とさないのでやはり毛皮がかさばることになる。
ひどいときは昼に一度出て精算し、午後はまた迷宮に潜って夕方もう一度精算する有り様で、稼ぎはすごくいいんだけどなかなか不便だ。
具体的には、その。ドロップのしすぎで第三層まで行けない。
第二層の途中で荷物がいっぱいになるのである。
贅沢な悩みだとは思うんだけどな……
ともあれ、ドロップアイテムの所持限界についてはおいおい考えていくことにして、資金に余裕もできたので今日は身の回りのものや霊薬の補充、その他何か便利なものがないかと市場を見て回っている。
『ふーむ、こうして見ると、霊薬以外にも色々なものがあるな』
そうだな、同じキノコ串でもタレの味付けが違ったり、切れ込みを入れていたり、小さく切っていくつも刺しているものや豪快に大きいのをひとつ刺しているもの、野菜や他の肉も一緒に刺したものなど、様々だ。
ちなみにキノコ串とは、キノコ肉をタレで味付けして木串に刺して焼いた、ラディオンでは定番の屋台メニューである。
もちろん、売っているのはキノコ串だけではない。
鳥肉と野菜を交互に串に通した定番の焼鳥や、シチューを木のお椀で出している屋台もある。
シチューのお店には簡易スペースもあって、食べたあとのお椀は屋台に返す形になっている。
そこで食べていくお客を狙ってか、様々な串焼き屋台やジュースを売る屋台が集まっていた。
中でも驚いたのは、なんとかき氷の屋台だ。
魔法使いの店主が魔法で作った氷の塊を目の前でシャリシャリと削って、細かく刻んだフルーツとアリ蜜のシロップを上からかけたものである。
現代のかき氷のシロップは、実は色が違うだけで味は同じ──そうでないかき氷もあるとは思うが──だというが、この店はちゃんとフルーツの果汁を使って違う味にしている。
屋台ものにしてはちょっとお高めであったが、人気のデザートだ。
その他、具材をパンで挟んだケバブみたいなものや、クレープのようにくるくる巻いたものなど、地球でも見たようなものや見たことのないものが沢山あって食べごたえがある。
しかもここは自由市場、別の日に来ればまた別の店が出ていて、別の食べ物を売っているのだ。なんだこれ天国か!
『……おい、ユートよ。さっきから食べ物ばかり、一体どれだけ食えば気が済むのだ』
むぐっ。……確かにちょっと食べ過ぎたかもしれない。
屋台で食べ歩きなんて、小さな子供の時以来だったからなあ……ついつい、大人買いで楽しんでしまった。
食べ物以外にも、探索士必携の霊薬を売っている店、色とりどりの布地を山と積んで中古の衣類を売っている店、職人がアクセサリーを売っている店、様々な小物を売っている店などがある。
変わったところでは、引退する探索士が装備を売りに出していたり、魔物からドロップはしたが協会では買い取ってくれない特殊なアイテムを置いている店もある。
迷宮に一度食われ、魔物からドロップして排出された装備や道具は、値段をつけるのが難しいため協会では買い取ってくれない。
武器や雑貨を扱う店に買い取ってもらえることもあるが、こうして自由市場で売りに出す探索士も少なくはなかった。
むしろ、探索士からそういったアイテムを買い取って集め、自由市場に出す商人もいるのだとか。
『……む、ユートよ。あれはユズではないか?』
天龍と心の中で会話を楽しみつつ、あちらこちらと店を冷やかしていると、ユズを発見した。
休みの日はいつも、ちょっと用事があるとか言ってどこかに行くのだが、こんなところにいたのか。
「ユズ、何してるんだ?」
「あれっ、アズマ? アズマも来てたんだね」
真剣な面持ちで露店をチェックしていたユズだが、俺が声をかけるとぱっと笑顔を見せた。
「俺はまあ、買い物と冷やかしだな。そっちは?」
「んー…… みんなの装備が、もしかしたら出てないかなって思って……」
そう言いながら、ユズの笑みが僅かに翳る。
……全滅したっていう仲間の遺品か。
彼らの遺体は、装備と一緒に三日月の迷宮に置いていかれた。まとめて迷宮に食われたと見るべきだ。
だがもしかしたら…… 誰かがドロップして、自由市場で売りに出しているかもしれない。
毎日張っている訳でもないし、自由市場に出す以外にも処分方法はあるので、それを見付けるのは奇跡に期待するようなものだろう。
だが、それでも『もしかしたらあるかもしれない』という可能性を無視できない…… その気持ちも、理解できなくはない。
……そうだな。
「それじゃ、一緒に見て回ってみるか」
「……えっ?」
「俺だって学士なんだ。それらしいものがあったら、何か気付けるかもしれないだろう?」
ま、俺の学士スキルは天龍眼頼みだけどな!
それに、これはユズのトラウマにも関わる話だ。一人で歩かせるより、一緒にいた方が気も紛れるだろう。
第一、今の話を聞いて「そっか、頑張ってね」と何事もなかったかのように別れるのも人としてどうかと思う。
「うん…… アズマ、ありがと」
ユズはそう言って、華やかな笑顔を浮かべてみせた。
ほどなくして午後の鐘が鳴り、自由市場の店が入れ替わりはじめたので、改めて最初から二人で見て回ることになった。
昼過ぎということもあって、午後の市となると残念ながら食べ物を売る屋台はぐっと減る。小さなパンケーキみたいなものや冷やしたフルーツなどのデザート系の屋台が増える。
あとはキノコ串の屋台も変わらずある。ラディオンにおいてキノコ肉は、主食にもおやつにも、あらゆるシーンで親しまれているのだ。
『おいユート、食べ物の屋台ではなく、迷宮のドロップ品を売っている店を探すのだろう?』
おっと、そうだった。
しかし天龍、そのアイテムがユズの仲間のものかどうか、なんてわかるのか?
『流石に、過去誰が持っていたか、なんてことまではな……
だが、それが死者の持ち物であったかどうかは、おそらく私ならわかる。死んだときに身に付けていたなら、魂魄の残滓が残っているはずだ』
魂魄の……残滓?
『うむ。命を失った魂は、形を保てずに急速に拡散してしまう。
だが、死んだときに身に付けていたものなら、魂が僅かにまとわりついている。生前から執着のあったものならば尚更だ。
あまり長い時間が経てばやはり消えてしまうが…… 一月か二月くらいなら、目を凝らせば見付けられるだろう』
おお、流石だ天龍。
魂も天龍眼で見えるのか……
『いや、ユートには見えまい。魂を見るにはある種の才能が必要だ。見ることができぬものに天龍眼は効かん。
そして、その才能をこの世界では魂魄魔法と呼ぶ。……覚えるだけで罪になる魔法のようだから、魂が見えるなどと言うのはやめておくといい』
魂魄魔法といえば、死した魂を操りアンデッドを作り出すという。
天龍もそんなことが出来るのか?
『……ユートも一種のアンデッドと言うならその通りだが』
そうだった! 俺、死んでこの世界に来たんだっけ!
しかも天龍の力で今の身体に入って蘇ったんだったよ!
いかん、最近すっかり忘れてた……
なるほど、これも魂魄魔法ということになるのか。
『今はそれよりも、店の方を見ろ。
そこの露店に置いてある盾に、魂の欠片がついているぞ』
ん、どれどれ…… あれか。
丸い盾を真ん中で切って、半分ずらしてくっつけたような奇妙な形で、ランクや品質は平凡だが付与の部分が「軽量化(1/1)」となっている。
「ユズ、あの盾なんかはどうだ?」
「うーん…… リーダーが盾を使ってたけど、もう少し大きくて方形の盾だったかな」
店の人に断って試しに手にとってみたが、明らかに見た感じより軽く感じた。これが軽量化の効果か……
何件か回って天龍が魂を感じたものを見てみたが、まあ当然のことながらユズの仲間のものは無い。
まあ、そうだよな。元々あるかどうかもわからないようなものなのだ。
「……ごめんね、付き合わせちゃって」
「気にするな。俺もこうして見て回るのは結構楽しいからな。
……少し、休憩するか」
丁度そこにかき氷の屋台が出ていたので、ユズの手を引いていく。
かき氷なら、味覚がなくても冷たさを楽しむことができるだろう。
午前の市の時とは違う屋台で、女性の魔法使いが店主だった。
「すみません、かき氷ふたつ」
「いらっしゃい。お味はどうします?」
「うーん。よくわかんないから、アズマに任せるよ」
「じゃあ、そうだな。ふたつとも苺で」
店主の女性にお金を渡すと、木のお椀にしゃりしゃりと氷を削り出してくれる。
午前の市はガリガリした粗めの氷だったが、店主が女性で気遣いの違いせいか機械がいいのか、白く細かくてふわっとした雪のようなかき氷だ。
お椀に盛ったかき氷の上に、慣れた手つきでさっと赤いシロップがかけられる。かき氷の白に着色料を使っていない鮮やかな赤色が映えて美しい。
「わ、綺麗だね」
「うふふ、ありがとう。彼女さんにはシロップサービスしますね」
と、片方にシロップ増量してユズに差し出された。
俺もお椀を受け取って、併設された休憩スペースの方の椅子に座る。
添えられた匙も木製だ。午前の市の店は金属のスプーンだったと思う。氷が溶けにくいように、という配慮だろうか。
女性らしい細やかな配慮だ。午前のかき氷は威勢のいい男性の店主だったからな、心配りの差が大きい。
そのぶん、お値段はこちらの方が高かったが、気にするほどのこともない。
「えっと、50ダイムだっけ?」
「いや、これくらい奢るよ」
「そう? ありがと。
……それにしても、彼女さんだって。恋人に見えたかな?」
「そんな、別にデートってわけでも……」
……ん? いや、あれ、もしかしてこれはデートなのか?
街中で偶然出会ってお店を回って冷たいデザートを食べる。
なんてこった、これはかの有名な古典恋愛映画と同じデートコースなのでは……!?
いやいやいや、俺とユズとは、そんな、そういう関係では。
ちなみに、遺産保護等の目的のため、現在あの広場では飲食禁止になっているというのは有名な話だ。
おそらく、あの映画の真似をする観光客は多かったのだろうが、ジェラートのカップをポイ捨てするなどの行為が目立ったのではないだろうか?
広場の隅や植え込みなどにゴミをポイ捨てする奴がいるが、あれは一体誰が掃除すると思っているんだろうな。掃除業者を雇うにもお金はかかるし、それは税金から支払われるわけで、場合によってはシンガポールのようにゴミを捨ててはいけないという条例が施行されるかもしれない。自分くらいは、というその気持ちがひとつまたひとつと様々な規制を生み出し、社会は窮屈になっていくのだ。だから俺も使った霊薬の瓶は迷宮内にポイ捨てせず持ち帰っているわけだが、迷宮ではポイ捨てしても魔力に分解されるわけで、だから別にポイ捨てしても問題はないのだが霊薬の瓶を持参すると値引きになるサービスがあって、そうそう霊薬といえば品質と値段で選んでいるとどうしても同じ露店から買うことが多くなり、最近では店主の錬金術師に顔を覚えられ──
『ユート。おい、ユート。落ち着け、そんなことで動揺するな。あの広場とか言われても私にはわからん。
それに、食わないと氷がとけるぞ』
はっ!? いかん、溶けたかき氷なんてただの薄いジュースだ。たとえ頭が痛くとも、冷たいうちに食べるべき。
「んーっ、つめたーい!」
最近は暖かいせいか、味覚の無いユズもさくさくといいペースで匙を口に運んでいる。
俺も少し慌てつつも、細かい氷を匙ですくってぱくりといった。
んっ……!?
これは……すごいぞ! 細かく削られた氷がふわっふわだ!
まるで絹のような、柔らかくてなめらかな舌触り。
甘酸っぱい苺の甘味と酸味を舌の上に残して、ふわりと溶ける……いや、まるで消えていくかのよう。
ち、違う、これは俺の知ってるかき氷と違うぞ!?
かき氷といえば荒く削った氷をざくざくと崩して食べるものだと思っていたが、氷を丁寧に細かく削るだけでこうまで別の食べ物になるとは……!
正直、異世界を舐めていた。所詮、現代のそれにはかなうまい、俺に新たな驚きを与えるのは無理だろう、と心のどこかで思っていたのだ。
このかき氷は、俺のそんな傲慢をさっぱりと拭い去ってくれたのである……!
「くうっ……!」
「あはは、頭痛くなったの? ゆっくり食べなきゃダメだよ」
「いや、まあ……つい、な」
あんまりにも美味しくて、という言葉は飲み込んだ。
いずれユズの味覚が戻ったら、その時にはまたここのかき氷を食べに来たい。
自分がどれだけ美味しいものを食べていたのか思い知らせてやろう。
不意にきーんとくる頭痛に注意しながら、二人でさくさくと美味しいかき氷を楽しんだのであった。
次回予告
ユズと二人で自由市場を歩くユートは、治癒の霊薬を買いに馴染みの露店に顔を出す。
珍妙不可思議にて胡散臭い店主、ティエナ。
彼女の売り上げを盗まれた現場に居合わせた二人は、慌てて泥棒の男を追うが、その先に現れたのはラディオン最強の剣士だった。
次回、第48話「三日月の剣士」。




