第46話 ルティアとお茶会
迷宮で休憩を取るときは、見張りを立てる。
全員が一度に気を緩めて休んでしまうと、いつ魔物に奇襲を受けてしまうかわかったものではない。
だから、皆が寝ていても食事をしていても、誰か一人、できれば二人は、周囲を警戒する必要がある。
とはいえ、見張りをするメンバーも休みが必要なことにかわりはないので、途中で見張りを交代して休むことになる。
このパーティでも、二人ずつの二交代で見張りをするが、今日は俺達がいるので何人かは見張り免除になる。
ということで……
「さーいしょーはグー!」
「じゃんけんぽんっ!!」
見張り役決定じゃんけん大会の開幕であるッ──!
……いや、なんでこの世界にじゃんけんあるの?
しかも、ルールやかけ声が日本と全く同じだ。
もしかしたら、俺以前にも誰か日本人がこの世界に来て広めたのかもしれない。
『ふむ、少なくとも私にこの「じゃんけん」なるものの記憶はない。私が封じられた後で広まったもの……だと思うぞ。
探せば、他にもお前の故郷のものがあるやもしれぬな』
米とかあればいいんだけどなあ……無理かなあ。
ちなみに、このじゃんけん大会はルティアとガイウスは免除である。
ルティアはもはや説明する必要もないが、ガイウスはシートやティーセット、ルティアの座るクッションなどなど休憩に必要な道具の用意と準備を一手に行っているためだ。
「やたっ、勝ったっス!」
「っべー、マジかよ、っべー、パねぇー!」
ともあれ、何度かのあいこを経て見張り役が決定した。
まず、レジーとクロード。次いでアルバートとユズだ。
まあ、あくまで警戒のための見張りであって、魔物が襲ってきたら全員で対処することに変わりはないんだが。
俺がソナーで見張る、というのは却下された。
俺だって休憩する必要があるし、ソナーにばかり頼っていると、魔力に刺激されて寄ってくる魔物がいる迷宮に挑むときに困るからな。
俺達がじゃんけんに興じている間に、ガイウスが草の上にシートを敷き、食事と紅茶の準備をしていた。
俺達も大牙亭の店長のサンドイッチを用意していたのだが、せっかくなのでみんなでわけよう、ということでまとめて広げてある。
「それじゃ、少し周囲を見てくるよ」
「俺達のぶんも残しといてくれよ、ぜってーだかんな?」
見張り役の二人を見送って、俺達は昼食を取ることにした。
ちなみに、レジーが心配しなくとも、二人のぶんはガイウスが別によけてくれている。
「それでは、早速食べましょうか。今日のお昼は賑やかですわね」
「では、いただきます」
手をあわせて、サンドイッチに手を伸ばす。
まずは、店長の作ったサンドイッチだ。表面を軽く小麦色に焼いた固めのパンで、たっぷりの具材を挟んである。
ベーコン、レタス、トマトにタマネギ、野菜も沢山入っていてあっさり風味になりそうなところを、濃いめのソースでまとめてある。
これは、バーベキュー味……! ってこっちの世界でも言うのかわからないが、ともかくバーベキュー以外にも幅広く使えるバーベキューソースの味だ!
ザクッとしたパン、柔らかいトマト、シャキッとしたタマネギと、歯ごたえも複雑で飽きずに楽しませてくれる。
流石は店長、今日のサンドイッチもうまい!
だが店長のすごいところはそれだけに留まらない。なんと日によって具材のみならず、パンの種類まで変え、毎日食べても飽きないお弁当なのだ。
おかげで探索中もお昼ご飯が楽しみで仕方ない。
では、ルティア達の選んだサンドイッチはどうだろう。
柔らかそうな純白のパンで具材を挟んだサンドイッチを、ひとつ手に取る。
これはっ…… 柔らかい!
こっちの世界では、よくある中世もののように柔らかい白パン一個が金貨一枚なんて暴利は言わないが、それでも現代よりは高い。
まして、この柔らかくしっとりとしたパンは、触っただけでもわかる。すごく高級なヤツだ!
具材は、卵やハムサラダなど何種類かあるが、なめらかで柔らかな食感のものが多い。がっつりカツサンドなどは存在しない。
これは、柔らかさを楽しむサンドイッチなのだ。
味付けは薄味かと思ったら、意外に濃いめ。
しかし、その味を極上の白パンが優しくふんわり包んでいる。
大胆かつ繊細。
これはまさに、貴婦人のサンドイッチ。
探索士が迷宮で食べるってレベルのものじゃないぞ。
夢中で食べてしまいそうだが、ここは落ち着いて紅茶のカップを手にする。
鮮やかな紅色の液体が、ふわりと湯気をあげた。
うぅむ、いい香り……!
紅茶の旨味と苦味が、濃いめに味付けされたサンドイッチの風味をさっぱりと洗い流してくれる。
ほのかな甘味と酸味も感じるだろうか。複雑な香りと味わいが、心を豊かにさせてくれるかのようだ。
「うまいっス! アルマさんたちのサンドイッチもいいっスね!」
「そうじゃな、がっつりっちゅう感じで腹にたまりよぅわ」
「どっちもうまいけど、俺はいつものやつかなー。
ルティアちゃんはどうよ?」
「わたくしは、少食ですので…… アルマさんたちのサンドイッチもとても美味しいのですけれど、少し重たく感じてしまいますわ」
「我は…… いずれも甲乙付けがたし。同じ料理でありながら、全く味わいの違う二品…… いずれも無窮の業物よ」
「俺は、この紅茶が気に入ったかな。サンドイッチにもよくあうし、香りがいい。ガイウスのお茶は美味いよ」
俺が褒めると、ガイウスも口の端に少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべた。
しかし、すぐにいつもの無表情に戻って、俺の方をじっと見てくる。
……いや、違うな。俺ではなく、隣に座ったユズを見ているのか?
ユズは少食の上に食べるのが早い。
今も、サンドイッチをふたつほどぱくついて、流し込むように紅茶のカップを傾けて、早々に飲み干してしまっていた。
……あれでちゃんと味わえているのだろうか?
「ユズはどうだ? 食べ比べてみた感想は」
「え? うん、どっちも美味しかったよ。
それより、午後はどうするの? もっと奥で戦ってみる?」
「そうだな、第二層に進んでもいいと思う……けど、ここって何層まであったっけ?」
「薄暗き森の狩人ども、彼の布陣は四つの層より成る。
深奥なる第四層には、彼奴らの首魁がいるという」
アルバートの言い回しは難しいが、要するにこの迷宮は四層まであって、第四層はボスがいるということか。
ボスのいる迷宮は初めてだな。どんなボスがいるんだろう?
ちなみに、大樹の迷宮にいた双頭の大蛇アンフィスバエナは、やはりボスではなかったらしいという話を聞いた。
「オイラたちは第三層までしか行ったことないっスけどね」
「わざわざボスに挑まなくても、十分に稼げますわ。
それに、今日はドロップアイテムも沢山出ていますから、第二層で荷物がいっぱいになってしまうかもしれませんわね」
「うーん、アズマが言うには、学士がいるとドロップアイテムが落ちやすくなる、ってジンクスがあるらしいよ?」
「うふふ、まさか。きっとたまたまですわ、学士にそんな力なんてあるはずがありませんわよ」
ころころと鈴を転がすような声でルティアは笑う。
……実際にはあるんだけどな、ドロップ率補正のアビリティが。
だが、実感しにくいせいか全く認知されてないけど。
それにしても、ドロップアイテムが多すぎる、か。
そのうちあるかとは思ったけど、案外早かったな。
これがネトゲなら、課金で拡張したくなるところだ。
今回はルティアたちがいるからいいが、三人だけならあっという間に荷物がいっぱいになってしまうだろう。
どうにか持ち歩ける量を増やしたい。
大きなバッグを買うなり仲間を増やすなり、手はいくらかあるが……いずれにしても限界はあるし、狼の毛皮がかさばるのに変わりはない。
比較的軽いとはいっても量が増えれば重くなるし、重い荷物を背負ったままでは戦うにも問題がある。
うーん…… どうしたものか。
ゲームのように、いくらでも入って重さも感じず戦闘の邪魔にもならない、そんな道具袋があればいいんだが。
『無いことも、ないのではないかな』
えっ。マジで?
『原理としては、迷宮を作るのと同じだ。
ごくごく小さな迷宮を箱や袋の中に作ることができれば、無限とはいかぬが倉庫を持ち歩くようなものだし、中の物の重さを感じることもないだろう』
なるほど。だが、思い通りの迷宮を作るのは莫大な魔力を必要とするし難しい、という話じゃなかったか?
『小部屋程度の大きさならば、大した魔力は必要ではない。
だが、少しでも魔力の制御に誤りがあれば、時間が経つと中に入れたものが魔力に分解されたり、虫のような小さな魔物が沸いたり、消滅して中のものをばらまいたりするおそれがある。
……すなわち、道具として安定させるには大変な技術が必要で、あったとしてもかなり希少か、ものすごい値段がついているだろう』
もしも無限に入る無限袋が簡単に入手できるなら、そんな便利なものをユズやルティアたちが使っていない筈がない。
そうでないということは、無限袋のような便利なアイテムは手に入れることが出来ない、ということか……
「ちーっす、たっだいまー」
「そろそろ交代をお願いしてもらってもいいかな」
無限袋について悩んだり、紅茶を飲みながら雑談をしたりしていると、間もなくレジーとクロードが戻ってきた。
どうやら何事もなかったようだ。
念のため俺もアクティブソナーを使ってみるが、狼たちは配置こそ変わっているものの、やはりこちらに向かってきたり気付いてしまいそうな奴等は特にいなかった。
「それじゃ、斥候してくるね」
「む、我に今しばらくの刻を与えよ……!」
立ち上がるユズに、アルバートが慌ててサンドイッチを詰め込んで紅茶を飲み干す。
ユズの隠密スキルからすると、一人で行かせた方が上手くやれそうな気もするが、まあ大丈夫だろう。
二人を見送り、その姿が見えなくなると、ガイウスがすっと音もなく移動し、俺の側にやってきた。
「……エルフは、人間と好みが違うのだろうか」
「好み? ……紅茶のか?」
こくり、とうなずくガイウス。
と言われても、俺がエルフのことなんてわかる筈がない。
困ったときにはクロードに聞くに限る。
「ん、なんだい? ……エルフの味覚?
そうだね、種族によってある程度の好き嫌いはあると言われているね。
たとえば、獣人は肉が好き、とか。
エルフは逆に肉や魚の風味を嫌うと言われている。
けれど、あくまでそういう傾向があるというだけで、個々人の好き嫌いの範疇を出ない。基本的には種族に関わらず味覚は同じだと思っていいよ。
……こんなところで、いいかな?」
「ああ。ありがとう、クロード」
ということは、別にエルフだからといって紅茶が好きとか嫌いとかいうことはない、ということだな。
「何か、ユズのことで気になることでも?」
「……気のせい、だとは思うが」
ガイウスの声はかなりの低音だが、そのせいだろうか、小さくささやくような声でも聞き取りやすい。
俺にだけ聞こえるような小さな声で、ガイウスはささやいた。
「彼女は口にしたものの味を、全く感じていないようだった」
「……………………」
「私の紅茶もただの白湯のように……
いや…… 私のつまらぬプライドがそう思わせたのかもしれない。忘れてくれ」
小さくかぶりをふって、ガイウスは元の位置に戻っていった。
……彼があんなにしゃべったの初めて聞いたな。
それにしても、ユズの味覚、か。
確かに、ユズが美味しそうにご飯を食べているところを見たような覚えがない。
少食で早食いだとは思ってたけど……
『ん? なんだ、ユートは気付いていなかったのか?』
なんだ、天龍は何か気付いていたのか?
『あの娘のステータスで、感覚が下がっていただろう。
精神的なものが原因で味覚障害を起こしているせいだ。
……何、そのうち心が落ち着けば治る』
さらりと天龍に言われて、そんなことにも気付いていなかったのかと、自分でも驚くくらいショックだった。
万物を見通す天龍眼があるといっても、俺はきちんとユズのことを見ていなかったのかもしれない。
何か、してやれることはないのだろうか……
……何が、出来るというのだろうか?
『気負うな、ユート。同情する必要はない。
こういうのは下手に何かするより、普段通りに普通にしてやればいい。あとは時間が解決する、と言うだろう』
天龍の物言いはなんとも無責任だ。
だが…… その程度のことしか、できないものかもしれない。
紅茶のカップに口をつけ、傾ける。
鼻先をくすぐる紅茶の香気と、口の中に広がる豊かな風味が、少し心を落ち着かせてくれた。
……本当に美味しいな、この紅茶。
いずれ、ユズも皆と一緒に紅茶を楽しめるようになるだろうか。
そんな機会があればいいな、と思うのだった。
このあと、午後の探索は第二層に入ったあたりで早々に切り上げることになった。
ドロップアイテムで全員の荷物が満杯になったからだ。
第二層に近付いて、一度に遭遇する狼の数が増えたせいもある。
まだかなり早い時間ではあったが、これ以上狼を狩っても意味がない。
早々に迷宮を後にしてドロップアイテムを分配し、ルティア達と別れて街に戻ることになったのであった。
次回予告
牙狼の迷宮を攻略する合間のとある一日。
自由市場を散策していたユートは、同じく市場に来ていたユズと偶然に出会う。
一緒に市場を見て回ることにするが……あれ、これってデート?
次回、第47話「ラディオンの休日」。




