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第37話 MPK

 クロードと、探索士が他の探索士を襲うことについての話をしたのは、もう何日くらい前だっただろうか?

 確か、深森の迷宮に初めて入った時のことだったと思う。


 あの時、クロードの話を聞いて、まるでMMORPGのようだ、と思ったのを覚えている。

 それらのゲームで、PvP(対人戦)がメインではないのにあえて敵モンスターではなく他のプレイヤーを襲うプレイヤーやその行為をPK(プレイヤーキラー)と呼ぶわけだが、それには様々なデメリットが伴われる。

 ゲームにもよるが、名前が赤くなって全てのプレイヤーから狙われるようになったり、普通の店で買い物が出来なくなったり、衛兵などに追い回されてしまったり。


 こういったデメリットを回避しつつPKをする方法も考えられてきた。

 そのうちのひとつが、MPKモンスター・プレイヤーキラーだ。

 自分が手を下すのが不都合なら、モンスターにやらせればいい。

 巻き込まれればたちまち死んでしまうようなモンスターの大群を引き連れて逃げ回り、それを目標になすりつける。

 自分は転移アイテムなどで逃げ切り、後で悠々と戦利品を回収する、というわけだ。


「すまん、悪く思うな!」

「恨んでくれるなよ!」


 ……が、口々に言いながら俺達を追い抜くその探索士パーティは、PK狙いというわけではなさそうだ。

 戦士か四人に魔法使いが一人。斥候なしのパーティである。

 おそらく、アラームトラップに引っ掛かって逃げ、逃げる途中にまたアラームトラップに引っ掛かったのだろう。

 実力不足で逃げ回った結果として想定外に大量のモンスターを集めてしまい、結果としてMPKになることもある。


 大樹の迷宮で、俺が蟻に囲まれた時みたいな状況だな。

 あの時との違いは、こんなところじゃルティアのパーティが通りがかって助けてくれることには期待できないってことだ!


「連鎖する炎の公式より――」

「何してるのっ、逃げるよ! 魔法を撃つなら逃げながら!

 あんな数、まともに相手してらんないよっ!」


 魔法を唱えようとしたクロードの手を引いて、ユズが走り出す。

 俺も悠長に構えている場合じゃない。逃げないと!


「ギギィーッ!」

「ゲギャッ! ゲギャッ!」


 ゴブリンたちはかなり興奮していて、口々にわめき、意味もなく跳びはねながら追いかけてくる。

 その先頭に立つゴブリンにユズの投げたナイフが突き刺さり、もんどりうって倒れたが、後続のゴブリンは容赦なくそいつを踏みつけ乗り越えていった。


「駄目だ、広範囲魔法でもぶつけないと足止めにもならない!」

『ううむ、奴らの中に飛び込んで、片っ端から千切って投げてやれたら気分爽快なのだが』

「無茶言うなよ!?」


 思わず天龍に向けて怒鳴ったら、クロードが口をつぐんでしまった。

 俺もクロードも、まだ相手をまとめて吹っ飛ばせるような規模の大きい魔法を使うことはできない。

 まして、走りながら撃つことなんて想定してもいなかった。


 ユズのナイフも太股のベルトに左右二本ずつ、他に仕込んであったとしてもせいぜい数本だ。ゴブリンの大群を倒すにはとてもじゃないが足りない。

 幸い、ゴブリンの足はそれほど早いわけでもないし、こちらは全員が軽装なのでしばらく走り続けるのに問題はない。

 このまま、なんとか距離を離して逃げ切って……


 その時、元々ゴブリンたちに追われていた探索士たちが逃げていった方から、カランカランカランと甲高い音がけたたましく響いてきた。


「うわあぁっ、またアラーム踏んだ!?」

「ゲギャッ、ギャギャーッ!」

「ギッギィーッ!」


 よりにもよって第一層へと繋がるスロープのある方から、探索士たちの悲鳴とゴブリンの怒号が聞こえてくる。

 前もゴブリン、後ろもゴブリン、ご丁寧に挟み撃ちの形だ。


「馬……ッ鹿じゃないの!? 馬鹿じゃないの!?」

「パーティに斥候がいなかった結果があれだよ!

 アヅマ、ユズ、そこの横道に入ろう! とにかくゴブリンを撒くんだ!」

「わかった!」


 壁に設置された松明の明かりが届かない位置に、クロードが生み出した青白い明かりに照らされた横道が確かにある。

 やや道幅は狭いが、むしろ逃げ込むなら好都合だ。

 ユズ、クロード、俺の順番にその横道に飛び込んだ。


 ちらりと後ろを見ると、ゴブリンたちが一斉にこの横道に入ろうとしてちょっとした渋滞が起こっている。

 ゴブリンに譲り合いの精神などない。押し合い圧し合い、突き飛ばしあって喧嘩したり、諦めてアラームにかかった探索士の方に向かったりして、ゴブリンの列は細長くなり、数も若干ながら減ったようだ。


 そういえば、幕末の武士も多数の敵を相手にした時はまず逃げると聞いたことがある。

 すると追ってくる相手の足の早さの差で敵が分断されるので、追い付いてくる敵を一人ずつ相手にすることができる、のだとか。

 そんなにうまくいくもんかね、と聞いたときには思ったものだが。

 このぶんなら、もう少し減らせれば何とかなるかもしれない。




 と、甘い考えを持ったのがいけなかったのか。

 俺達の逃走は、そこから三回角を曲がったところで遮られた。


「グギッ?」

「ゲギャッ?」


 錆びた剣を手にしたゴブリンファイターが二体と、取り巻きのゴブリンたちが数匹、そこでたむろしていたのだ。

 アラームトラップを引っかけるようなヘマはしていない。

 ただの偶発的遭遇(ランダムエンカウント)だ!


「どいてっ!」

「ガァッ!?」


 ユズの判断は素早い。

 ファイターの一体が予期せぬ遭遇に呆けている間に、足も止めずにするりと駆け込んで、喉元に短剣を突き立てた。

 ユズに押し倒されるようにゴブリンは後ろに倒れ、地面に倒れ込む前に魔力に還って消え去る。


 そして、そのゴブリンの陰になって見えていなかった、アロートラップがそこに張られていた。


「しまっ――ぁぐっ!?」

「ユズ!」


 張り巡らされた糸を踏んだ途端、何処ともなく飛んできた細い矢がユズの足、ふくらはぎのあたりに突き刺さる。

 その直後、我に帰ったもう一体のゴブリンファイターが手にした剣をユズ目掛けて降り下ろした。


「ギャアッ!」

「く……っ!」


 素早く割り込んで、その剣をがきりと受け止める。

 動きが止まったところで、クロードが横合いから斬りつけてファイターを倒した。


「ユズ、大丈夫か!?」

「大丈夫……って言いたいけど、やばい、かも……!」


 ユズが足に突き立った矢を引き抜くと、役目を終えたとばかりに矢は魔力に還って消えてしまう。

 傷はあまり深くはなさそうだが、立ち上がろうとして痛みに顔をしかめている。ゆっくり歩く程度ならともかく、普段通りには走れそうにない。


  仮にもリーダー格だったファイター二体を瞬く間に倒されて、俺とクロードが向ける剣に周囲のゴブリンたちも戸惑いとためらいを見せる。

 だが、そんな拮抗状態も後ろからゴブリンたちが追い付いてくると一気に崩れた。


「ギャッ! ギャッ!」

「ギィッ!」


 耳障りな声で騒ぐゴブリンが一体、二体と増えるにつれて、戸惑っていたゴブリンたちの表情がにやりといやらしく歪む。


 そろそろ俺にもわかっている。こいつらは、群れると強気になる。

 不利になるとすぐに逃げたり命乞いしたりするのに、ちょっとでも有利になれば手のひらを返して襲いかかってくる。

 有利なうちは、仲間が少しくらいやられてもおかまいなしだ。


 だから、ゴブリンが次々と追い付いて大量に群がるまでに斬って数を減らすべき。

 べき……なんだが、この期に及んで構えた剣を降り下ろせない。

 殺すくらいなら殺された方がいい、なんて博愛主義者じゃなかった筈なんだけどな……!


「焦るな、アヅマ。今、ユズに治癒の霊薬を飲ませたから、少し時間を稼げばまた走れる筈だ。

 それまで、どうにか凌げばいい」


 右手に剣を構え、左手に炎の魔法を準備したクロードがささやく。

 ちらりと見ると、ユズが小瓶を片手に口元を手の甲で拭ったところだった。


 ……というかクロード、唱えた魔法を待機させるなんてできるのか。こんな時まで器用な奴だよ、ほんと。


「ギャッギャッ!」

「グゲゲッ!」


 ゴブリンたちはその数を増やしながらも、襲ってはこない。

 おそらく、十分に数を増やしてから一斉に襲いかかるつもりなのだろう。にやにやと笑いながらこちらを半包囲している。


 クロードも手を出さない。

 ユズの傷が癒える時間を稼ぐなら、膠着状態はむしろ都合がいい。

 ゴブリンが襲ってきたその瞬間に対応すべく、身構えている。


 じりじりと圧迫感を増す包囲網に、緊張が高まっていく。

 だがしかし、ゴブリンに堪え性なんてあるはずもない。

 案の定、一体のゴブリンが棍棒を振り上げて一歩踏み出した!


「ギャゴッ!?」


 そのゴブリンの喉にユズの投げナイフが吸い込まれ、ゴブリンは後ろにひっくり返って絶命した。


 一瞬、その場が静まり返る(天使が通り過ぎた)


「ギャギャーッ!!」

「ギギィッ!!」

「立証、フレイムピラー!」

「大丈夫、走れるよっ!」


 直後、一斉に動き出す。

 ユズの手から放たれた二本のナイフがそれぞれ別のゴブリンの急所を撃ち抜き、クロードの魔法が密集したゴブリンのど真ん中に向かって放たれる。


 だがしかし、後続のゴブリンは倒れた仲間を踏み潰し、燃え盛る邪魔な仲間を殴り付けて吹き飛ばしながらも、数を頼みに俺達に殺到した。

 連携など考えずに押し合いながら、三体のゴブリンが俺に同時に打ちかかる!


「おおおっ!?」


 ゴブリンの攻撃は拙い。

 手にした武器を振り回しているだけだし、密集して仲間に当たっても気にしていないし、反撃を打ち込むその隙も十分にある。

 打ち込めないけどな!


 だがそれでも、同時に三体はさばくのに手数が足りない!

 ゴブリン相手だからこそ何とかなっているが、二歩、三歩と後退を余儀なくされて、あっという間に壁際まで押し込まれそうになってしまった。


「アズマ、駄目! それ以上下がったら――」

「そんなこと、言っても……!」


 ユズの声が飛ぶ。

 黒衣の袖からすとんと手のひらに落ちてきた最後のナイフを(なげう)ち、両手のダガーでゴブリンを切り払って、こちらへ駆けてくる。


 しかし俺はその間にもゴブリンに押され、にたにたと嫌らしそうに笑う奴らの攻撃を避けて後ろに下がり――


 一歩踏み出したその足下が、ぼろりと崩れた。

 ――落とし穴!?


「アズマっ!!」

「アヅマ! ……くそっ!」


 一瞬、周囲の動きがゆっくりになったように見えた。

 ユズがすぐ近く、手を伸ばせば届きそうな距離にまで来ていた。

 だが一歩だけ足りない。

 クロードはさらに離れていて、俺と同じく三体のゴブリンに押し込められている。


 俺と打ち合っていたゴブリンたちは、してやったとばかりに嘲り笑いながらギャアギャアと騒いでいる。

 もしかしてこいつら、最初から狙っていたのか!?


 俺の身体は完全に崩れ、もはや自力で逃れる術はない。

 穴自体はさほど大きくはないが、俺はなすすべもなくぽっかり開いた穴の中へと落ち――


「アズマーっ!」


 落ちかけた俺にユズが地面を蹴って飛び込み、どん、と体当たりした。

 ユズは細身で体重も軽いが、全力で飛びこめば、重心の崩れた俺を突き飛ばすくらいのことはできる。


 だが、落とし穴から逃れた俺のかわりに、ユズがその穴の中に落ちていく。

 声をあげる暇もあらばこそ。

 一瞬、呆けたような表情のユズと目があった。


 だがあっという間にその姿は穴の中に消え、俺の見ている前で穴自体も埋まって、なんの変哲もないただの地面になってしまう。


「グゲゲゲゲッ!」

「ゲギャーッギャッギャ!」


 ゴブリンどもが手を叩いて嘲り笑う。

 笑いながらシーフが錆びた短剣を振り上げ、俺に降り下ろそうとした瞬間、かっと胸の奥が熱くなった。


「っ……ざけるな!!」

「ゴゲェッ!?」


 立ち上がりながら、剣を握ったままのその拳をゴブリンの鼻先にぶちこんだ。

 小さな子供とそう変わらない体格のゴブリンは、俺が思った以上の軽さで後ろに吹っ飛び、後ろにいたゴブリンを巻き添えにして倒れる。


「ゴブゥッ!」


 突然ぶっ飛んだ仲間の姿に呆けた、手近な別のゴブリンに今度は前蹴りをお見舞いしてやる。

 ゴブゥってなんだ、まさにゴブリンみたいなテンプレ的な悲鳴だな! みぞおちのあたりを蹴られたらそういう声も出るだろうけどさ!


 ああ、くそ! っていうか、手と足なら出るじゃないか!

 抵抗感が皆無ではないが、剣で斬りつけるのに比べたら無視できる程度だ。

 シャリア先生にも蹴られたっていうのに、なんでこの発想が出てこなかったのか。これならもう少し戦えたっていうのに!


「くそっ、この野郎っ! なめるなよ!!」

『お、おい、ユート! 落ち着け、我を失うな!』


 急に暴れだした俺にゴブリンたちは戸惑い出すが、かさにかかって密集し過ぎたのが仇になって、距離をとろうとしても身動きがとれないでいる。

 俺はひとまずゴブリンの包囲を脱け出すまで、手近なやつを殴り、蹴り、剣で牽制してまた蹴り飛ばした。

 何やら天龍が喚いていた気がするが、きっと快哉でも叫んでいるのだろう。戦わないと退屈だって言ってたし。


「クロード! ひとまずここを離れるぞ!」

「あ、ああ!」


 堅実にゴブリンの攻撃を凌ぎながら隙を見て一体ずつ着実に仕留める、という戦いかたをしていたクロードも、手近なゴブリンを蹴飛ばして身を翻し、俺と一緒に通路の奥へと駆け出した。


 痛い目にあわせてやったからだろうか、追いかけてくる気配はやや少ない。

 が、そんなことはどうでもいい。もう問題じゃない。


「アヅマ……アヅマ! 落ち着くんだ、冷静になれ!」

『そうだぞ、無茶はよせ、おい、ユート!』

「大丈夫だ、落ち着いてる。無茶じゃない、俺は冷静だ」


 天龍とクロードに答えながら、ソナーを打つ。

 詠唱なしなので範囲はそれほど広くないが、近くにいる魔物や罠の位置は大体わかる。


「とにかく、一旦迷宮の外に出よう。ユズを助けに行くにも、二人だけじゃ…… 聞いているのか、アヅマ!」

『下の階層に落ちたのだ、あの娘は諦めろ。お前まで危険だぞ!』

「聞いてるよ。ユズを助けて外に出る、さっさとやればそう危険でもない」


 走りながら、迷宮内に注意深く視線を巡らせる。

 アロートラップとアラームトラップの糸は、注意して避け、あるいは飛び越していく。


「僕らは第二層に来たばかりだ、そもそも第三層に降りる階段の位置もわかっちゃいないんだぞ!?」

『無謀だ、お前がそこまでするような理由はあるまい……!』

「大丈夫だ、なんとかなる。……行くぞ、クロード!」


 そしてついに、探していたものを見つけた。

 クロードならついてきてくれるだろう、と確信して、俺は飛び込む。

 着地した地面はぼろりと崩れ、下の階層に続く穴がぽっかりと空いた。

 ――落とし穴の罠だ!


「ああもう! 君はドライなのかウェットなのかわからないな!」

『ええい、妙なところで無茶をするやつめ!

 こんなところでゴブリン相手につまらぬ死に方をしてみろ、100年言い続けてやるぞ!』


 クロードと天龍の声を聞きながら、俺は第三層へと落ちていった。

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