第28話 嘘の魔法の覚え方
「聞け、我に従いし幾千の精霊よ。我は炎の支配者なり。
紅蓮に燃える赤き炎、輝く星よりも青ざめたる炎、煉獄の底より沸き上がる黒き炎よ、汝らすべからく我が手の内にて踊るべし。
見よ! これこそは永劫に燃え続ける闇の炎! 汝ら精霊の力もて、この世ならざる炎を我が命のままに現世にもたらさん!
――ダークフレイム!」
身振りを交えた、朗々たる詠唱が響き渡る。
舞台に立つ名優のごとく歌い上げられた詠唱により、眼前へと差しのべられたアルバートの手の上に、魔力が集っていく。
ごう、と音を立てて吹き上がった炎は、漆黒の闇の色。
炎色反応では決して作り出せない、名状しがたい黒い光を放つ炎の揺らめきが、アルバートの手の上に現れた。
「くくく…… 見るがいい。これこそが、我が魔法……」
「黒い炎か…… 普通の炎とはどう違うんだ?」
「ふっ、見てわからんか? ――かっこいいだろう!」
それだけの違いかよっ!?
やたら仰々しい詠唱だったのに、効果は「かっこいい炎が出る」だけかっ。
「え、温度が凄く高いとか、霊体にも効くとか、消すことが出来ないとか、聖なるものや邪悪なものに対してダメージが大きいとか、そういうのは!?」
「何を言っているんだ、貴様は。炎とはただあるがままに炎なのだ!」
あるがままじゃねえよ!? 黒いだろ!?
ま、まあ、ともかく、色は黒いが普通の炎らしい。
「大体だな、こんな町中でそんな異常なものや派手なものを出せるわけがあるまい。万一まかり間違って下の大通りに投げ込んでみろ、大惨事になって司法の裁きを受けるかもしれんぞ」
中二病患者に常識的なダメ出しをされた……!?
「ともあれ、午後は魔法の使い方を教える。
しかし魔法の使い方など、ひたすら練習するしか無い。魔力感知と同じく、一度成功させた魔法はもう失敗しなくなるものだ。
精霊は必ず貴様らの声に応えよう。己と精霊を信じるがよい!」
俺がショックで呆然としている間にも、アルバートの説明は続く。
魔法というのはまるで自転車の乗り方みたいだな。
乗れるようになるまでは何度でも転ぶが、乗れるようになれば二度と忘れることはない。
俺も自転車は乗れる。子供の頃に乗ったきりで、いつの間にか乗らなくなって、今となっては何処に自転車をしまったかも思い出せないけど、たぶん今でも乗れるだろう。
こっちの世界にも、自転車はあるのかな。あれば迷宮に通うのも楽になるだろうか。
「まずは、このように手のひらに小さな炎を出してみろ。
目を閉じ、手を前に伸ばし、意識と魔力を集中させるのだ。大切なのは、イメージと、精霊を信じること。
ああ、色は黒くなくていいぞ。緑でも青でも、好きな色を選ぶがいい!」
普通に赤ではいかんのか。
ともあれ、サラマンダーほどではないが、この炎も出し続けているとやはり魔力を消費するらしく、アルバートは手の上の炎を握りつぶすようにして消した。
消える瞬間に、指の合間から残滓のように黒い炎が漏れ出る。
「そんじゃ、まずは俺からやってみるぜ。
聞け! 我に従いし幾千の精霊よ!」
レジーが一歩前に歩み出て、朗々と詠いあげる。
おお、一度見ただけなのに、詠唱も身振りもアルバートのやった通りだ。
むしろレジーの方が動作にメリハリがあってかっこいい。
「紅蓮に燃える赤き炎、輝く星よりも青ざめたる炎、ちょっちこれ恥ずいんだけど他のやり方ないかなアルっち!?」
「恥ずかしいとか言うな! 我の考えた最高にカッコいい呪文だ!
仕方あるまい、ならば教えてやるが、要は呪文などというのは精霊に正しく伝わればいいのだ。最初は『炎よ』でも『燃えろ』でも好きな言葉でいい。
精霊と深く心を通わせた使い手ならば、簡単な魔法にはもはや詠唱を必要とすらせんという。
だが、自分の考えた自分だけの詠唱があった方が、魔法はより容易く強く精緻に発動する、というのは魔法使いの常識だな」
「そういうの考えるの、難しいし恥ずかしくね?
ま、とりあえず…… 燃えろ! ダークじゃないフレイム!」
しーん。
レジーの突きだした手のひらからは、炎どころか煙も出なかった。
「……あっれ?」
「ふ、最初からそううまくはいかん。ともあれ、集中して何度もやってみるがいい。
最初の魔力感知ほど難しいものではないが…… 今日中に魔法を覚えるのは難しいかもしれぬな」
「あのっ、アルバートさん! わたくし、今日はどうしても魔法を覚えたいのですけれど……!」
「おお、我が姫よ! ならば我が叡知を惜しみ無く与えようぞ!」
ルティアが両手を組んで瞳をうるませてお願いすれば、アルバートは懇切丁寧に指導に入る。
どうやら、午後のアルバートはルティアにつきっきりになりそうだ。
俺達も、それぞれに魔法の練習に入った。
午後の魔法訓練が始まって、ほんの十分程度した頃。
ふとガイウスの方を見てみると、見学のゴルドと一緒にシートを敷いて、持参のティーセットでお茶を淹れていた。
ディッツも起きていて、お茶菓子を美味しそうにぱくついている。
「ガイウスは、魔法の練習は諦めたのか?」
「……………………」
近くに寄ってそう聞いてみると、彼は少し首をかしげてから、片手を上にして差し出した。
「…………神よ、奇跡を示したまえ……」
その手のひらに、何もない虚空から岩の塊が生み出される。
砲丸投げの玉くらいの大きさで、ずっしりとした重みがありそうだが、重力を忘れたかのようにガイウスの手の上で浮いていた。
「もうできたのか! 早いな……!」
「……………………」
「アルマ、これはちいと違うんじゃと。
ガイウスは精霊よかやはり神に祈り力を請いたいちうてな。じゃもんで、おんなしこたぁ出来ても、こいつは精霊じゃのうて神の奇跡じゃし、それ以外の力ば使えんと」
こくり、とうなずくガイウスが魔力を止めると、岩の塊は形が崩れ、跡形も残さずに消えてしまった。
彼は元々魔法は使えたが、精霊という新しい概念と魔法の形態を受け入れることはできなかったようだ。
……精霊と神、結局何かの力を借りるというなら、その両者にはどういう違いがあるのだろう?
いや、大差がないからこそ、精霊を受け入れ難かったのかもしれない。
「アルマもお茶とお菓子、食べるっスか?」
「いや、休憩はまだやめておく。もう少し頑張るよ」
「……………………」
最後にガイウスのステータスを天龍眼で確認すると、「魔法・地Lv3」と書いてあった。
……これは元々あったスキルかもしれない。アンフィスバエナの時に地割れで足止めする魔法を使っていたのを、俺は思い出していた。
「炎よ…… 燃えろ! うーん…… えいっ!」
ミーシャは目を閉じて集中しながら、何度も呪文を唱えていたが、うまく形にならない様子だった。
パッシブソナーを見てみると、唱える度にミーシャの手のあたりから魔力を感じるので、魔力の集中は出来ているようだが……
「……一旦休憩したらどうだ? 疲れてきてないか?」
「ん、アルマさん…… そうね、なんだか疲れたかも」
声をかけると、ふう、とため息をついてミーシャはその場にぺたんと腰を下ろした。
俺も、その隣に腰を下ろす。
見ると、ミーシャの魔力を示す青いバーが半分以上減ってしまっている。
魔力が減ると疲労を感じるのか、うっすらと額に汗をかいて、はぁはぁと喘いでいた。
「魔力を集中させてる感じはあるんだけど、なかなかうまくいかなくて…… 魔法って難しいわねぇ」
「普通は一日で簡単に覚えられるものじゃないみたいだしな。
……でも、ミーシャでもうまくいかないのか」
ミーシャには成長速度補正・極大があるんだから、最初から魔法が使えるガイウスは別として、もっと早く使えるようになるのかと思っていた。
うーん、教えてもらおうにもアルバートはルティアにつきっきりだし……
というか、魔法を教えてもらうための先生役なのに、ルティアに取られてしまってはどうしようもないな。
ガイウスは魔法じゃなくて奇跡だから、聞いても神に祈れとしか言われないような気もする。
『……ふむ、ユートよ。それは炎にこだわるから良くないのではないか?』
おや、天龍には何か意見があるようだ。
魔法についてはあまり口出しをしてこないので、教えられないのかと思っていたが……
『下手な口出しは魔法の習得を妨げかねんから、黙っていたまでだ。
ともあれ、属性を思い出してみよ。あの魔法使いの男は火属性、そしてその娘は天属性だろう。
ならば、火ではなく天の属性のものをイメージさせた方がいいのではないかな』
天属性……って言われても、よくわからない。
空を見上げてみるが、青い空に白い雲、太陽が浮かんでいるのみだ。
風? ……は、別の属性だしな。
魔法の属性は曜日と同じだという。すなわち、地・天・火・水・風・氷・雷、そして無属性をあわせた8つだ。
『風や雷も天属性で操ることはできるが、天属性ならば光だな。
魔力灯と同じことを魔法でやれば良い』
なるほど、光か。
魔力灯なら、大牙亭にもあるしイメージしやすいかもしれない。
「魔力灯…… 大牙亭の明かり……」
天龍の言ったことをミーシャに伝えてみると、何やらピンと来たらしく、ぶつぶつとつぶやいて、何か考え込み始めた。
「――竜の大牙に灯る明かり、闇夜を優しく照らす光――」
肩の力を抜いて、差し伸べた手の指先に魔力が集う。
ごくごく当然のように、その魔力は光を放ち、ほのかに輝く小さな球体になって姿を現した。
残念ながら闇夜ではなく昼日中なのでちょっと見えにくいが、手で覆って影を作ってやると、光っているのがよくわかる。
「なぁんだ、肩に力が入りすぎてたのね」
くすくすと笑って、ほんの僅かな魔力を送り続けて光を維持する。
初めの内は不安定に明滅していたが、しばらくすると魔力灯の光と遜色のない安定感で魔力の明かりを維持できるようになっていた。
天龍眼で見ると、魔力操作Lv2と魔法・天Lv1のスキルが生えている。
あっという間にLv2か…… 勇者の成長倍率は凄まじい。
『勇者はもう放っておいてもいいだろう。
それよりユート、お前の方はどうなのだ?』
むぐっ。
……うむ、まあ、さっきからガイウスやミーシャのところを回っているのは、自分がなかなかうまくいかないので気分転換がてらに様子見しているだけなのだ。
まあ、魔法の使い方が違うガイウスと、勇者補正の効いたミーシャではあまり参考にならなかったが。
「それじゃ、俺も自分の練習を頑張ってくる」
「いってらっしゃい。私はもう少し、ここで練習してるわね」
さて、もうちょっと頑張ってみるか……
「クロード、調子はどうだ?」
「おや、アヅマ。気分転換か何かかい? うまくいってないのかな?」
様子を見に行ったら、一発で見破られた…… 解せぬ。
そういうクロードは、左手の上に静かに赤い炎を灯していた。
特に何の問題もなく順調に、魔法の発動に成功しているようだ。
「そっちは、うまくいったみたいだな」
「ああ、思ったより簡単に出来てしまって、拍子抜けしてるところさ。
彼…… アルバート君の教え方がうまいのかな?」
教え方といっても、当のアルバートは早々にルティアにべったりになっちゃったけどな。
ミーシャのように魔力を使いすぎるようなこともなく、魔力バーも余裕の長さを保って危なげなく炎を維持している。
クロードは本当に何でも器用にこなすなあ……
「とはいえ、実はこれは精霊の力を使ってはいないんだ。
やっぱり僕は数秘学の考え方が性にあっているからね。魔力を燃素に変換してくべているんだよ」
「燃素?」
「ああ、数秘学の公式では、火とは燃素という物質が起こす現象だとされている。燃素はごくありふれた物質で、普段は大人しくしているが、高い熱を加えると炎と熱を撒き散らす。
だから、燃素をくべてやり続ければいつまでも火を灯し続けられるし、逆に燃素を絶ってやれば何も燃えない」
燃素とは、酸素のようなものだろうか?
いや、現代科学では、火とは物質が酸素と化合する際に光と熱を放出する現象だ。酸素そのものが燃えるわけじゃない。
火が燃えるには、他に燃えるものが必要だ。
「燃素を足すのではなく、取り除いてやれば……
――連鎖する炎の公式より、我は燃素を取り除く。眠れ、そして炎を絶て。立証、ファイアプロテクト」
左手に炎を維持しながら、クロードは右手に魔力をまとわせる。
その右手を左手の炎にかざすが、火傷どころか焦げ目ひとつつきはしない。
『二つの魔法を同時に、しかも相反する効果のものを使うのか。
こやつ、本当に器用だな!』
「こうして、炎から身を守ることもできる。アヅマもやってみるかい?」
「……その魔法、他人にもかけられるのか?」
「ああ、できるよ。……連鎖する炎の公式より――」
差し出した俺の右手に、同じようにファイアプロテクトがかけられる。
おそるおそるクロードの手の上の火に自分の手をかざしてみるが、炎に触れてみても確かに熱くもなんともない。
「……ていっ」
ふと思い立って、その手でクロードの左手の上の炎を覆ってみた。
隙間ができないように、握手でもするように、炎を押し潰すように。
そして、ぱっと手を離すと―― やはり、その手には炎が燃えている。
「……急にどうしたんだい?」
クロードはぱちくりと目を瞬かせているが、俺はその手の炎を見て唸るのみだ。
百歩譲って、燃素が実在するとしよう。
だが、燃素が燃えるということは、燃素が酸素と化合している、ということに他ならない筈だ。
しかし、酸素の入る隙間をなくすように覆い隠してみても、炎は全く消えていない。
考えられる可能性はいくつかある。
そもそもこの世界は地球と物理法則が異なっている可能性。
酸素がなくても火が燃え続ける、燃素という特別な物質があるのかもしれない。
しかし、ロウソクやランタンの火を消すための金属の蓋のような道具はこの世界にもある。近年は魔力灯に押されて使われなくなりつつあるが、まだまだロウソクやランタンの灯りも現役で、俺もゲイルさんの工房のある職人街でそういう道具を置いてある店を見かけた。
そういう道具があるということは、酸素がどうという原理は知らなくとも「蓋をすれば炎が消える」という現象は確かに起こるということだ。
この世界の炎が酸素がなくとも燃え続ける燃素によって起こされているなら、この道具は成り立たない筈である。
故に、これに関して地球とこの世界で違う物理法則が働いているとは考えにくい。
この世界でも、炎が燃えるには酸素がいる。
この世界では、酸素がなくても炎が燃える。
……明らかに矛盾する現象が、同時に成り立っている。
科学的な検証を十分に行ったわけではないし、魔法だからといえばそれまでだが、俺にはどうもしっくりこないのだ。
数秘学は、なまじ科学的なアプローチに似ているだけに、俺には逆に納得いかない。
「今一つすっきりしない顔だね。相談に乗るよ?」
「……もう少し、自分で考えてみる。ありがとう、クロード」
流石にクロード相手に現代科学知識を元にした相談はしづらい。
ひらひらと手を振って、その場を離れた。
さて、ガイウス、ミーシャ、クロードと三人の魔法を見てきたわけだが、どうもいずれも参考にはなりそうにない。
ガイウスは神の奇跡だし。
ミーシャは勇者だからかさらっと成功させてしまったし。
クロードの数秘学は、物理学とは似て異なる。
ガイウスの魔法も、さらっと流してしまったが、何もないところから岩の塊が現れて消える、質量保存の法則に真っ向から喧嘩を売る魔法だった。
考えすぎだろうか? だが魔法と言えど物理法則の支配するこの世界にある以上、無関係とはいかない筈だ。
しかし、魔法が現実に物理法則に反しているのも事実……
『……やれやれ、お前はその、ブツリとやらが余程好きと見える。
仕方ない。少しだけ、私が真実の魔法というものを教えてやろう』
おお、ついに天龍が固い口を開く気になったようだ。
天龍の意見を聞かせてもらうとしよう。
『だが、これから教えることはあまり人に言うな。そもそも信じてもらえん可能性も少なくない。
また、これを知ることで逆に魔法が使えなくなるかもしれん。良いか?』
といっても、どの道今のままでは魔法は使えない。
それに、そこまで言うような内容というのは興味がある。
『ふむ。……ではまず最初に言っておくが、今まで魔法について様々なことを学んだと思う』
様々な魔法の種類、魔力の感じ方、精霊の存在、魔法の使い方。
魔力感知のスキルで魔力を知り、魔力操作で魔力を操る。
魔法とは、それを土台にして現実に効果を発揮する。
そういうことを、クロードやアルバート、また天龍眼で見ることのできる情報から学んできた。
しかし。
『全部忘れろ。すべて嘘だ』
それを全部台無しにするようなことを天龍は言ったのだった。




