第27話 恋の魔法の覚え方
結局、魔力感知の訓練では俺とミーシャの他に、ルティアとレジー、それとガイウスとクロードが魔力を感知することに成功した。
ただ、ガイウスは元々魔法を使えたので、成功したというよりは元々出来ることが出来るようになった、って感じだな。
ゴルドさんとディッツは脱落。
というかディッツは目をつぶって深呼吸していたら、途中からうららかな陽気に誘われて立ったまま寝ていた。あれはあれで凄いと思う。
ミーシャは、無心になって俺と追いかけっこしていたらいつの間にか魔力感知の制御が出来るようになっていた。
気持ちの切り替えが出来たのが良かったらしい。代償として俺は蹴られたが。
ざっと天龍眼で見たところ、魔力感知のレベルはミーシャのLv6がダントツでトップ。
アルバートとガイウスの魔法職コンビがそれぞれLv3、クロードがLv2、ルティアとレジーがLv1だ。
俺はどうだろう。ソナーのイメージのおかげでLv2くらいには……なってるといいな。
「それにしても、恐るべきは貴様らの素質よ…… 僅かな時間で、これほどの人数が魔力感知を会得するとは、我としたことが見くびっていたようだ。
だが、午後からはこうは行かぬぞ! ……うまいなこれ!」
お昼ご飯のサンドイッチをぱくつきながら、アルバートが唸る。
ちなみに、お昼ご飯は集まってではなく、各々が好きなところで食べている。クロードとルティアを同席させると喧嘩しそうだからだ。今日は喧嘩や挑発は禁止である。
さて、魔法を知らない者が魔法を学ぶとき、最初の難関が魔力感知らしい。
それまで感じたことのないものを感じられなければ、魔法は使えない。剣の達人が気配や殺気を感じられるようになるのと同じようなことが、魔法使いにとっては最初の一歩なのだ。
アルバートは最初に魔力を感じ取るまでおよそ一週間、ほぼ一日中瞑想を続けていたという。
そしてある夜、暖を取るために薪に火をつけ、それをぼうっと見ているうちに、不意にその中に魔力を感じたのだとか。
午前中に深呼吸するだけで半数以上が魔力感知に成功するのはかなり珍しいようだ。
まあ、おそらく俺とクロードの「パーティ成長補正・小」が働いたのだろう。
……小のはずなんだけど、かなり高倍率になっているような気がする。一体俺の学士レベルはいくつの扱いなんだ……?
さらに恐ろしいのは、小の次には中や大があるだろうっていうことと、覚えたぶんだけ効果が重複するであろうことである。
重複したアビリティがどういう扱いなのかはよくわからないが、加算ではなく乗算で効果が現れるとするととんでもないことになりそうだ。
程々でやめておく意味もないし、強くなるぶんには歓迎だが。
「ハムサンドもーらいっ。さっきの件はこれで許してあげる」
あ、と声をあげる間もなく、背中から忍び寄ったミーシャが俺のサンドイッチをつまんで、ぱくりとかじりついた。
ふふん、とドヤついた笑みを浮かべてひらりと手を振り離れていく。
ちなみに、俺とクロードの「パーティ成長補正・小」と、自身の「成長速度補正・極大」が重複して大変なことになった実例がミーシャである。
確か昨日まではレベル10にも満たなかった筈なのに、いつの間にかLv11、勇者Lvは6になり、格闘スキルLv2が生え、体力・筋力・技量・敏捷が軒並み10台後半まで伸びていた。
ほんの20分くらいガチで鬼ごっこした結果がこれだよ!!
ミーシャが俺とパーティを組んで訓練すれば、きっとすぐにこの中で一番強くなれるだろう。
勇者として鍛えるべきか、それとも放っておくべきか……
いや、それを決めるのは本人次第だ。
ミーシャ自身はどう思っているんだろう?
『以前も言ったが、あまり勇者に関わるな。
あれは色んな意味で特別なクラスだ。関わると厄介ごとを抱え込むことになりかねんぞ……と言っても、もう遅いかもしれんがな』
天龍はそう言うが、もう知り合ってしまったし、縁もできてしまった。
ミーシャや、ひいては大牙亭や店長に何かあったら、たぶん俺も首を突っ込んでしまうだろう。
無茶をするつもりはないが……
そもそも、勇者とは何がどう特別で厄介なんだろう?
『うむ…… 実のところ、私も具体的なことはかなり忘れてしまっているのだが……
……勇者とは運命のようなものだ。そして、やめることもできぬ』
クラス取得条件からして「世界に自分以外の勇者がいない」、すなわち世界でミーシャだけが取得しているクラスだが、何故ミーシャなのかはわからない。
そして「転職不可」のアビリティ……
……確かに、勇者は何やらきな臭い気配のするクラスである。
それならば、ミーシャもいざという時に備えて鍛えた方がいいのだろうか……?
『そこは、本人と店主に確認して許可を取るしかあるまい。
勇者だなんだと言って信じてもらえるかは疑問だがな』
あー…… そうだよな、ミーシャを借りるなら店長にも確認しないとな……
むしろ店長が鍛えた方が強くなりそうな気がする。
店長は間違いなく、ラディオンで最強の戦士だからな。
「あの…… アルマさん、少しよろしいですか?」
サンドイッチをつまみながらクロードと何か話しているミーシャの姿を見つつ考えを巡らせていると、ルティアが俺の元にやってきた。
ああ、と答えると、にこやかな笑みを浮かべて俺の隣に座る。
これがまた、近いんだけど近すぎない、気にはなるけどあえて座り直すほどでもない、絶妙な距離感だ。ほんとルティアはここがうまいな。
「その、先週のことを一言謝っておきたくて。
わたくし、頭に血がのぼったとはいえ、ひどい態度をとってしまいましたわ。アルマさんにも…… 一応、クロードさんにも。許して頂けますか?」
「ああ、俺は大丈夫、気にしてないよ。
むしろ、パーティに入るのは断ったのに、今日は協力してくれてありがとう。感謝してる」
「いえ、お誘いは断られましたけど、わたくしはアルマさんのこと、好きですから」
「えっ」
思わず、ルティアの顔をまじまじと見つめる。
ルティアは意味ありげな、優しい表情で微笑んで、下からのぞきこむようにやや上目使いで俺を見つめ返している。
その頬はほんのりと桜色に染まっていた。
いや。
いやいやいや。
これはあれだ、いつもの思わせ振りなあれだ。最初に大樹の迷宮で会った時もこんな顔してたじゃないか。
中学生や高校生のガキでもあるまいし、好きって言われたくらいで照れたりドキドキするようなことなんてないさ。
……無ー理ーでーすぅー!
やっべ美少女に好きって言われるとかむしろ初体験だよ! いや十中八九そういう意味じゃないんだろうけど、わかってるけど、でも……照れるわっ!
頬が熱くなるのを誤魔化すように、黙ってふいとそっぽを向く。
すると、ルティアがくすっと小さく笑ったのがわかった。
……こういうのは先に目をそらした方が負けだという。
いや勝ち負けの話ではないが、負けたような気分だ…… ぐぬぬ。
「ですから、これからも仲良くしてくださいまし。ね?」
「……あ、ああ」
どうにか心を落ち着かせて向き直ると、ルティアは立ち上がって小さく手を振り、離れていった。
くそっ、相も変わらずカリスマおそるべし……
手練手管なのだと理解していて尚ドキドキしてしまう、単純な生き物に生まれついたことを言葉ではなく感覚で理解するぜ。
「おーい、アルマさん。お茶は如何?」
「ん、ああ。ありがとう」
今度は大きめのポットとカップを手にしたミーシャがやって来た。
一杯目はくいっと一気に飲み干して渇きを癒し、おかわりを所望する。
二杯目のお茶を俺に手渡して、ミーシャは俺の隣に腰を下ろした。
「ルティアちゃんってさー」
「んー?」
二杯目のお茶はゆっくりと飲む。
相変わらず、色は紅茶なのに味は緑茶だ。もう慣れたけど、そのちぐはぐさが微妙に納得いかない。
ミーシャとルティアは、サラマンダーのおかげもあるけど、同年代の女の子同士だからか急速に仲良くなっている。
ルティアの笑顔も、俺を含む男どもに向けるよりもずっと自然で楽しそう……に見える、気がする。
まあ、クロード相手にはそもそも笑顔が出ないけどな。
……あ、今も向こうでにらみ合いが発生した。クロードは自制が出来るから大丈夫だろうが、今日は喧嘩は無しで頼む、とはルティアにも言ってある筈なんだけど。
「クロードさんのこと好きよね?」
「ぶふうぅぅっ!!?」
お茶吹いた。
「げほ、げっほ、ごほごほっ!」
「大丈夫?」
「ごほ、だ、だい……ごほっ! ……大丈夫ッ。
え、いや、何、誰が誰を、何だって……?」
「ルティアちゃんが、クロードさんに、ラブラブだって」
「ラブラブって……」
え、その言い回しはこの世界でも通じるの?
ぼちぼちとか物理とか、通じない言葉はいくつかあるんだけど。どういう基準で通じてるんだ、これ。
疑わしげに視線を走らせた先では、ルティアとクロードが身ぶり手振りを交えて口論をかわしている。
喧嘩までは発展していないが、ルティアはかなり感情的になって表情豊かになっているのがここからでも見てとれて、周囲でレジー達があわあわしていた。
「いや…… いやいや。いやいやいや……
無い。無いって。無い無い、ルティアとクロードに限ってそれは無い。
そりゃ俺も、少しくらい仲直りしてくれればいいとは思うけど、どう見たって犬猿の仲だろう?」
「えー、そうかしら? 絶対そうだと思うんだけどなー」
うーん、と首をひねりながら、ルティアとクロードを見つめる。
昼過ぎになって表の通りも賑わってきたので、二人が何を話しているか詳しい内容はわからないが…… もう少ししたらルティアの怒鳴り声が聞こえてきそうだ。
仕方ない。そろそろ止めるとするか。
よいせ、と立ち上がり、二人の方へ近付いていく
「クロード、そろそろ魔法の練習を再開しないか?
ルティアも、そのくらいで勘弁してやってくれ。レジー達が困ってるぞ」
「ん、ああ。もうそんなに時間が経ってたかい?
そうだね、何せ僕たちは二人パーティだ。遊びで迷宮に潜るような何処ぞのお嬢様とは違って、魔法のひとつも修得しないとね」
「むぅ……っ! わかりましたわ、それではわたくしも、魔法のひとつやふたつ今日中に覚えてみせます!
遊びなんかではないこと、教えて差し上げますわよ!」
「ああ、そう願いたいものだよ」
一体何の話をしていたものやら、ルティアはいちいち可愛らしい仕草でむくれながらも、やる気を出したようだった。
……それにしてもクロード、挑発するようなことも控えてくれって言っておいたのに。感情をうまくコントロールできなくなるのは、ルティアの方ばかりでもないらしい。
「ね? 二人とも仲いいでしょ?」
ミーシャはくすくすと笑ってそう言ったが、俺にはどこをどう見ればそう見えるのかわからなかった。




