第24話 戦果と祝宴
今回の更新には食事描写が含まれます。深夜帯などの閲覧にはご注意ください。
レッサートレントは1~1.5メートル程度のひょろっとした木が人間を大雑把に真似たような形の魔物だった。
頭や両手にあたる部分は葉が繁っていて、腕を上げてじっと立っているとまるで普通の若木にしか見えない。
ただ、天龍眼にかかれば名前が出てくるので擬態していてもわかるんだが、そうでなくとも深森の迷宮の木々は鬱蒼とした濃い緑色なのに対し、レッサートレントの葉は青々と繁っているのでバレバレだった。もう少しきちんと擬態しろと言いたい。
身体が植物なせいか、動き出すとパキパキワサワサと結構やかましい。
だが、胴体部でも俺の腕と同じくらいの太さしかないので、キノコほど楽ではないが一撃で両断も可能だ。
ドロップ品はトレントの細枝と、レアドロップでトレントの青い実。
枝は乾燥させて薪にしたり、矢に使われる。しなやかで強く、また安定した火力で長時間燃えるので、魔力で動く暖房器具よりコストがいいし、ご家庭に魔力供給がされていない村などで重宝するらしい。
迷宮産だから森林破壊にも繋がらないエコ暖房である。
トレントの実は小さな青リンゴみたいな実だが、酸っぱくてそのままではとても食べられたものじゃなく、食材ではなく霊薬の材料として使われるそうだ。
さらに奥へと進む俺たちを歓迎したのは、あるキノコの亜種である、うろつキノコだった。
お前もそういうネーミングか……
あるキノコは傘が丸まっていたが、こちらはよく育ったヒラタケのように傘が開いて反りぎみになっている。
Lvは上がっているが、基本的にはあるキノコと変わらない。
胞子を吸い込むと身体中がかゆくなり、しばらくクシャミと鼻水が止まらなくなると言う恐ろしいものらしいが、吸い込むことはなかった。
というか、あるキノコと同じく一刀両断だった。
ドロップアイテムはやはりキノコ肉とキノコの上質肉だが、あるキノコとは食感が違い、買い取り価格も少しだけ上だとか。
天龍眼では同じ「キノコ肉」だが、一般的に「キノコカルビ」と呼ばれている。
「ゲキャッキャッキャッキャ!」
どいつもこいつも一刀両断でつまらん、俺を倒せる者はおらぬか!
と調子に乗る俺を嘲笑うような鳴き声で現れたのが、ハミングバードを真っ黒にしたような鳥の魔物、ラフィングバードだ。
ハミングバードほどのスピードはないが、ふわふわと浮くような動きで弧を描いて飛び、けたたましく鳴くので非常にうざい。
二羽、三羽とまとめて来るのでさらにうざい。
一緒に出てくるのが胞子の怖いうろつキノコやよりパワーのあるレッサートレントなので、ますますうざい。
ええいお前も一刀両断だ! と剣を振るうが、掴み所のない動きでなかなか当たらなくて、いよいよもってうざい。
あんまりにもうざいので、ハミングバードよりも遠慮無く攻撃は繰り出せるんだけど。
こいつの対処はクロードが上手かった。
的確に剣を当てて落としたところで、特に躊躇いも見せず手早くトドメを刺す。
見ているだけなら簡単に斬っているんだけど、俺がやると何故かうまく剣が当たらない。ぐぬぬ。
「活躍の場があって良かったよ。このまま全部、君が一刀両断してしまうんじゃないかと思っていたんだ」
そう言って笑うクロードだが、それに対して上手く鳥を捉えられない自分の腕に不足を感じずにはいられない。
燕を斬るために必殺技まで編み出した佐々木小次郎の気分がよくわかる。
ラフィングバードとは、奢らず精進せよという偉大な剣豪からのメッセージだったのかもしれない…… いや、そんなわけないか。
肝心のラフィングバードのドロップアイテムは、カラスのように黒く艶やかな黒羽根と、鳥モモ肉だ。
色は黒いがハミングバードの翡翠色の羽根と同じ価格での買取りになるし、モモ肉もハミングバードと同じものとして扱われるそうだ。
……そういえば、結局ハミングバードからモモ肉を手に入れることはなかったな。
深森の迷宮は訪れる探索士も多く、魔物の数も多いため、キノコ肉とモモ肉が大量に供給されるラディオンの食糧庫だ。
もしも探索しすぎて迷宮が消えてしまっても、キノコや鳥類は森林系の迷宮ではポピュラーな魔物である。すぐに新しく、これらが採れる迷宮が生まれるのが常であったという。
ここからさらに先に進めば、麻痺毒を持つアサシンスネークや、緑濃いこの深森の迷宮にあって枯れ木に擬態するという姿を見せる前から突っ込み待ちのマイナートレントが出現するが、今日のところはここまでだ。
いくらゲイルさんの剣の切れ味がいいといっても、トレントを何体も斬っていては刃も痛むし、さらに奥へ進んでは日没までに帰れないおそれがある。
ドロップアイテムで重みを増したバックパックを背負い、俺たちは深森の迷宮から脱出した。
「乾杯!」
クロードは琥珀色の酒が入ったグラスを、俺はフルーツジュースのコップを掲げ、軽く打ち合わせた。
無事にドロップアイテムの清算も済ませ、ドラゴンの大牙亭で打ち上げである。
テーブルの上に並ぶのは、ごろっと大きいからあげにポテトサラダ、ふわふわのオムレツに刻み香草ととろっとしたあんをかけたもの、暖かな湯気をたてるコーンポタージュスープ、夕方に焼いた香ばしいパン。
一言で説明するならば…… ご馳走だ!
どうしてまた今日は豪勢なのかというと、ドロップアイテムの実入りが良かったからである。
キノコ肉、キノコの上質肉、キノコカルビ、キノコ上カルビ、トレントの細枝、トレントの青い実、艶やかな黒羽根、鳥モモ肉……
魔石の魔力換金も含めてなんと4000ダイム以上になったのだ。
ひとつひとつは大した金額ではないが、なにぶん深森の迷宮は敵の数が多かった。
なので、ドロップアイテムの数も多かった。
普通のパーティならドロップアイテムも必ず落ちるわけではなく、パーティで2000ダイム少々が普通らしいが、学士のアビリティによって実現したドロップ率100%の俺たちにかかればこんなものだ。
「それにしても、今日は運が良かったよ。ドロップアイテムを落とさなかった魔物はいないんじゃないかな?」
「……実は、俺にとってはそれが普通なんだよ」
「……ふむ? 何か、特別なコツでもあるのかい?」
「理由は知らないけど…… 仲間に学士がいるとドロップアイテムが落ちやすい、なんてジンクスを聞いたことはあるかな」
ジンクスじゃなくてアビリティなんだけど、詳しく説明するとまだ誰も知らないクラスの秘密をぽろっとこぼしてしまいそうなので、ぼかしておく。
もしも天龍眼について知られるようなことがあると……クロードに知られるだけなら大した問題はないだろうが、それ以外の誰かにうっかり聞かれたりすると、面倒なことになりかねない。
天龍のことを信じてもらえなくて気味悪がられたり避けられたり、悪目立ちするおそれも確かにある。
だが逆に、信じられてもそれはそれで厄介だ。
俺の脳への負担を考えなければ何もかもを見通す天龍眼。悪用にしろ活用にしろ、いくらでもやりようはあるだろう。
それでトラブルに巻き込まれたり、探索士をやめなければならなくなったりするのは避けたい。
「初めて聞く話だね。本当なら、学士もやりやすくなるんだけど。
ま、今は食べよう。折角の料理が冷めてはいけない」
「そうだな、冷めても美味いが温かいうちはもっと美味い!
よし、いただきますっ!」
暗い話はここまでだ。今は料理に舌鼓を打つ時!
からあげやオムレツに真っ先に手をのばしそうになるが、まずはコーンポタージュスープだ。じっくりコトコト煮込んだ濃厚なコーンの甘みに、思わず笑みもこぼれてしまう。
サクサクとしたクルトンがまた美味い。クルトンって考えた奴は天才だと思う。特にポタージュスープとの相性は最強だ。
そしてポテトサラダ。サラダと銘打ちながら、マッシュポテトとマヨネーズをあえ、細かく刻んだニンジンなどを混ぜ、塩コショウで味付けされたそれは、ほかのサラダとは最早まるで別物の料理だ。
濃厚でかつなめらかなポテトとマヨネーズの味わいと舌触り、それを器の下に敷かれたレタスでくるんで……男ならば大口でばくっと行くべし。
マヨネーズの旨味の奥に確かにある、野菜の甘味、そして爽やかな瑞々しさ……!
今なら言える。野菜は美味い!
全国の小さなお友達に語り継ぎたい名言と共にサラダを一気にかきこみそうになるが、まあ待て、まだ慌てるような時間ではない。
まだまだからあげとあんかけオムレツが待ち構えている。
次のメニューはオムレツだ。スプーンで切り崩し、一すくい。
おお…… 柔らかいっ……!
抵抗もほとんどなく幾重にも折り畳まれた断面を晒すオムレツは、とろりとしたあんの衣をまとい、スプーンの上で艶かしく震えていた。
その艶姿、まさに食卓の貴婦人と呼ぶにふさわしい。
口に入れれば熱された卵黄のたまらぬ濃厚さと旨味。そしてあんかけの甘辛くも後を引くコクと味わい。一口、もう一口と食べずにはおられないが、ちょいとこってり濃厚過ぎる。
そんな時、爽やかな一陣の風、来たり――
これは…… 刻み香草! 上に散らされた青々しい香草の色合いが見た目にも爽やかで、口に入れればなお爽やかに、シャキッと味を引き締めてくれている!
貴婦人に一時別れを告げ、次に向かうはからあげだ。
もはや説明不用。初めて大牙亭に来た夜にも注文した、みんな大好き鶏のからあげ。
鳥ではない。鶏である。大牙亭のからあげは、魔物からドロップした肉ではなく畜産業者から直に買い付けたこだわりの鶏肉使用なのだ!
ザクッと快い衣の歯応えと、その奥で待ち受けるジューシーな熱々の鶏肉との二段構え! オムレツが貴婦人ならば、からあげは重装備の騎士!
ここまででも十分に素晴らしい。
素晴らしいが、騎士と貴婦人の侍る玉座は未だ空席だ。
そう、今日の食卓の主役……
「はぁーいお待たせッ! 鳥モモ肉の丸ごと贅沢ローストよ!!」
メインディッシュ、来たァー!!
ミーシャが両手にひとつずつ、鉄板を乗せた木のプレートを運んでくる。
じゅうじゅうと脂の跳ねる音をさせて湯気をたてる、その音と香りだけで最早暴力的。酒場の中がざわつく。
「おお、これは……!」
「いやはや、すごいね……!」
いつもはすまし顔のクロードも、これには唾を飲む。
ドロップアイテムとして出てくる鳥モモ肉を、飴色のソースを塗って丸ごとじっくりとオーブンで焼き、皮はパリッと、身はジューシーに焼き上がった味もボリュームも一級品の一品だ。
しかもそれが、俺とクロード、一人に一皿ずつ!
これぞまさに食卓の王者、これがメインディッシュでなければ何がメインディッシュなのかと言わざるを得ない!
王の登場をもって、今ここに艶やかな食卓の宮殿が完成するのだ!
「鉄板は熱いから気を付けてね。ごゆっくり!」
クロードはナイフとフォークを手にローストを切り分けようとしているが、この料理の作法とはそうではない。
何のために端っこの部分の骨が剥き出しになっていると思うのか。
ここは手掴みで、丸かじりだ!
それは、まさしくビッグバン。
鳥の脂と融和したソース、パリッと焼けた皮、そして肉が一息に口の中を満たす。
その瞬間、旨味が口の中で爆発し、身体中を満たしていく。
旨味という名の宇宙が俺の中に広がっていく。
天にも昇る気持ちなどというが、あれは嘘だ。天など突き抜けて、俺の心は宇宙へと羽ばたく。
今まさに、俺は…… 宇宙になった。
「……ああぁ、美味しそう! この匂いは反則よ……!」
甘辛いソースが熱された鉄板で焦げる香りに耐えきれなかったのか、ミーシャがウェイトレスらしからぬ物欲しそうな顔でこちらを見ている。
俺は、手にしたローストを、そっと彼女に差し出した。
虚を突かれたような表情になるミーシャに、俺は全てを悟ったかのような慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
ええんやで。
今の俺は宇宙なのだ。宇宙の広い心で、全てを許そう。
グランノート店長が俺とミーシャをじっと見つめているが、あえて知らんぷりをしておく。
ミーシャはほのかに頬を染め、恥じらいながらも口を開き、片手で髪をかきあげながら差し出されたローストにかじりつく。
白い歯が鳥の皮をパリッと突き破る快音。弾力がありながらも柔らかい肉を噛みきり、咀嚼し、こくんと喉を鳴らす。
ちろり、と赤い舌が唇についたソースと脂を舐め取った。
「んん~っ! おーいーしーいーっ!」
仕事中なのも忘れて、ほっぺたを両手でおさえながら叫ぶミーシャ。
幸せそうな満面の笑みで、小さく跳びはねている。
ウェストをきゅっと絞ることで強調された豊かな胸元がダイナミックな跳ね方をしていて、俺は思わず頬を熱くさせてそっと視線を外した。
「ミ、ミーシャちゃん、こっちにもそのモモ肉をくれ!」
「こっちのテーブルにも! 三つね! あとエールも!」
「え、えっ!? ち、ちょっと待ってすぐ行くから!」
音、香り、美味しそうに食べるミーシャと、視覚と聴覚と嗅覚を刺激されたあちこちのテーブルから鳥モモ肉ローストの注文が飛び交う。
その声にはっと我に帰ったミーシャが、慌てて注文を取りに行った。
やがて彼らは食感と味によって触覚と味覚をも刺激され、俺と同じ宇宙に飛び立つのだ。
大牙亭に今、宇宙が広がっていく……!
「……このノリ、僕はついてけないなあ」
『クロードとは話が合いそうだな……』
意思を疎通できないはずのクロードと天龍が、同じような声のトーンで苦笑していたが、俺は気にせず鳥モモ肉にかぶりついた。
「鳥モモ肉の丸ごと贅沢ロースト」はドラゴンの大牙亭でも高い方のメニューなのだが、今日に限って注文が続出し、ほどなくして品切れとなった。
なお、客のうち何人かがミーシャにそれを食べさせたがったが、グランノート店長自らの「うちの娘に餌付けは禁止」令により未遂に終わったという。




