第23話 快刀乱麻(実戦)
ラディオンの森には、大樹の迷宮以外にも複数の迷宮が存在する。
狼系の魔物が多く存在しボスの狼も確認されている「牙狼の迷宮」。
洞窟の中にあり、ゴブリンが集団で出てくる「巣穴の迷宮」。
クレセントベア狩りで多くの探索士が挑みまた命を落とす「三日月の迷宮」などだ。
探索士協会では、大樹の迷宮を含めて現在五つの迷宮が確認されている。
これだけの迷宮が一カ所に乱立する場所は珍しく、そこからもたらされる豊富な素材や魔力はラディオンを繁栄させる大きな原動力となっている。
迷宮は内部の構造や魔物の強さで危険度がおおまかにランク付けされており、ラディオンの森で最も危険度が高いのはクレセントベアが出没する「三日月の迷宮」だ。
逆に最も危険度が低いのは大樹の迷宮……だったのだが、クレセントベアに匹敵する強さの魔物であるアンフィスバエナが確認されたことで、現在調査&危険度見直し中である。
危険度ランクが大幅に上がり、場合によっては三日月の迷宮を抜いてトップに躍り出る見込みだ。
大樹の迷宮、牙狼の迷宮、巣穴の迷宮、三日月の迷宮……
そして、現在ラディオンに存在する五つ目の迷宮が、深森の迷宮だ。
本来のラディオンの森とほぼ変わらなかった大樹の迷宮とは異なり、木々が密集し鬱蒼と生い茂った昼なお薄暗い森で、主に植物や鳥系の魔物が現れる森である。
俺とクロードは、その深森の迷宮前に来ていた。
迷宮の危険度は大樹の迷宮の次に高い。ちなみにその次は巣穴の迷宮だ。
ある地点を境に、明らかに植生が変わり薄暗くなっている深森の迷宮を前に、否が応にも緊張が高まる。
腰の剣をいつでも抜けるように確かめつつ、俺は一歩を踏み出した。
「よし、行くぞクロード」
「いや…… ちょっ、待、休憩しないか……?」
……あれ?
振り向くと、クロードがぜーはー言いながら膝に手をついていた。
「どうしたんだ?」
「どうしたも何も、三時間も歩きづめだとこうもなるよ!」
と、何故か怒られた。解せぬ。
俺はもう慣れているからなんてことはないが、あまり迷宮に入れていないクロードにはここまで歩いてくるのは大変だったらしい。
道中、何度か休憩は入れたんだけどなあ。
まあ、昼食を取るには調度いい時間だ。
迷宮にはお弁当を食べてから入ることにして、迷宮の入り口横でグランノート店長に作ってもらったお弁当箱を広げる。
店長の料理は美味いんだが、お弁当となるとどうしてもメニューがサンドイッチになるのは難点だ。
箱は木の皮を編んだものだし、中に敷く繊維の紙がないので汁気が出るようなメニューも出せない。笹の葉のような包み紙がわりに使える大きな葉などもないようだ。
せめて、おにぎりとか食べたいんだけどなあ……
米と味噌汁が懐かしい。こっちの世界にはないのかな。
「つい一昨日にぶっ倒れるほど走ったばかりなのに、君は元気だねぇ……
いや、だからこそアンフィスバエナから逃げ切れたのかな?」
「毎日何時間も迷宮に潜るんなら、これくらいの体力は必要だろう?」
「まあ、そうだけど…… しばらくは、馬車を使わせてほしいね」
と、クロードは苦笑した。
昼食を終えるまでの間に、何組かのパーティが迷宮を出入りするのを見かけた。
クロードに聞いたところによると、大樹の迷宮よりも魔物が群れて現れやすく、巣穴よりは魔物も弱いため、駆け出しのパーティなら大樹よりも稼ぎが良くて通いやすいのだとか。
ルティア達以外に全然出会わなかった大樹の迷宮とは違い、こちらでは中で他のパーティと出会うこともありそうだ。
「とはいえ、基本的に手出しはしないのが暗黙のルールだ。
ドロップアイテムは普通は倒した人のものだけど、横入りはトラブルの元だからね。例外は他人を助けるときくらいかな」
「なるほど……」
まるでネットのMMORPGのようだ。俺も少しだけだがプレイしたことがある。
パーティプレイにチャット機能。間接的にアイテムをやり取りするバザーや、辻斬りならぬ辻ヒール。ウィキで攻略情報を共有するのもひとつの協力プレイだ。
だが、協力プレイを謳うゲームと同じくらいの、あるいはそれ以上に多くのゲームが売りとするプレイヤー同士の関係性もある。
「逆に他の探索士に襲いかかる探索士、ってのもいるのか?」
PvPだ。
「……すぐにそれを思い付く君に驚くよ。
勿論、強盗行為は禁止されている。発覚すれば罰せられるし、探索士登録も抹消だ。そんなことをする探索士を消す特別部隊がある、なんて噂もある。
他のパーティには手出し無用っていうのも、そういった行為やトラブルを多少なりとも防ぐ狙いもある。
けれど…… 迷宮の中はいつ命を落としても不自然ではないし、死体も迷宮が食い尽くしてくれる。中堅パーティの全滅の理由の何%かは、それが原因だと言われているね」
「新人狩りとか、大物狙いっていうのはないのか?」
「なくもないけど、駆け出しの探索士は装備も戦利品も高価ではないし、新人が向かう迷宮は得てして他の新人も多くて目撃されやすい。ハイリスクローリターンだから、お金目当ての強盗はまずないね。
逆に熟練のパーティは名前も知れてるし当然ながら強いから、襲ったあと発覚したり、返り討ちにあう可能性も高い。
装備は揃い始めたけど力量はそこそこ、という頃が比較的狙われやすいみたいだ。このあたりなら、巣穴や牙狼の迷宮に挑むようなパーティかな」
他の探索士も警戒しなければならないなんて、気の滅入る話だ。
俺達は人数も少ないし、装備が充実してきたら注意しないといけないかもしれない。
「さ、そろそろ行こうか。日が沈むまでには戻ってこないといけないからね」
「ああ。……あ、帰りは馬車に乗って帰るから、安心してくれ」
「帰りも歩くなんて言ったらパーティ解散を考えるところだったよ」
ははは、と笑うクロードだが目は笑っていなった。
深森の迷宮の内部は、わかってはいたが薄暗かった。
空が見えていた大樹の迷宮と違い、気を付けないと時間がわからなくなってしまいそうだ。
通路のように道が開けてはいるが、その脇は木々が密集して草木が生い茂り、とてもじゃないが大樹の迷宮のように突っ切っていくのは無理そうだった。
文字通り、植物の迷宮といった様相である。
「ここの魔物は、植物系が多い。大樹の迷宮にも出る歩きキノコや、若木に擬態するレッサートレントなんかが出るね」
「クロードはなんでも知ってるな」
「下調べしてきただけさ」
幾分得意気なクロードによると、少し奥に行くとハミングバードの亜種のような黒い鳥や、別の種類のキノコなども出るらしい。
さらに奥に行けば、軽い麻痺毒を持つ蛇や、若干大きいマイナートレントも出現する。
ここにはボスはおらず、マイナートレントが一番強い魔物になる。
レッサーとマイナーとどう違うんだって感じだが、レッサーは若木、マイナーは枯木で、マイナーの方が若干大きいんだとか。
さらに上に普通の樹のトレント、ねじくれたエルダートレント、巨大なジャイアントトレントと大きくなり、ジャイアントトレントに至っては全長8~10メートル、森林系迷宮の最上位クラスの魔物で、クレセントベアすら軽く殴り殺すという。
ただし、ラディオンの森の迷宮では、普通のトレントが三日月の迷宮の序盤に出現する程度だ。
「と、おしゃべりはこのくらいにしておこうか。
小手調べの相手が来たようだ」
通路の向こうに、見慣れたあるキノコが三体姿を現した。
大樹の迷宮のものと同じ見た目だが、迷宮が違うせいだろうか、レベルが2から4にアップしている。
しゃらん、と鞘走りの音を鳴らして、腰の刃を抜く。
刃渡り50cm少々、身幅は太く、中程から先端にかけて大きく反った片刃の剣。
中国の青竜刀にも似た形だが、天龍眼には「試作刀」と銘打たれている。
ずしりと重く、柄は長く、両手で扱うための剣だ。
ゲイルさんの打った試作品のうちのひとつである。
試作品とは言ってもゲイルさんも腕の立つ鍛冶士だ。どれも実戦で使うに申し分ない切れ味と頑丈さだということだが、直感でこの剣にした。
横を見ると、クロードはオーソドックスなショートソードを両手で構えている。
「両手持ちの曲剣か。珍しい武器だね」
「そうなのか? まあ、キノコなら試し切りには丁度いいだろう。
俺は左からやるから、クロードは右のを頼む」
「ああ、わかった」
クロードの返事と共に、俺はキノコに向かって駆け出す。
相手もとっくにこちらには気付いていて、相変わらずのたのたと短い足を動かして歩いてきていた。
三体並んだその左端のキノコに向けて、剣を降り下ろす!
「せぇいっ!」
ざん!
真っ直ぐに降り下ろした一撃はキノコの傘の中心から切り込み、そのまま一気に足元まで真っ二つにした。
裂けるチーズか何かのようにぺろりと左右にめくれながら、キノコの身体が崩れ、魔力に還っていく。
そのまま、逆袈裟に振り上げて、右隣のキノコを斬る。
こちらは傘と胴体に切り分けられて、それぞれが別方向に倒れながら崩れて消えていった。
『雑魚とはいえ、一撃か! 剣の違いでこうも違うとは……!』
天龍が感嘆の声をあげる。
あまりの切れ味に俺もびっくりだ。いくら研いでもショートソードではこうはいかなかった。
クロードはというと、まだ残る一体に取りかかったばかりで、二度、三度と切りつけてはいるがまだ倒しきれていない。
天龍眼にアンフィスバエナの時のように体力のバーを表示させると、既に半分以上は削れているし、クロードの動きも危なげないが……
クロードが回避のために距離をとった瞬間を見計らって斬りかかり、三体目も真っ二つにして終了した。
「その剣、なかなかとんでもない切れ味だね……!」
「……正直、俺もちょっと驚いた」
相手がキノコとはいえ、縦に横に引っかかることもなく切り飛ばせた。
これだけの切れ味なら、敵が多くてもそれほど苦労することなく片付けられるだろう。
太さにもよるが、トレントも一撃でいけるんじゃないのか?
「ドロップ品も、全員落としたようだね。キノコ肉が2、上質肉が1か」
ほくほくした顔でクロードがドロップアイテムを拾っているが、ドロップ率100%はうちでは基本なので早めに慣れてほしい。
ちなみにキノコ肉はエリンギに味も食感も似ているが、上質肉となると絶妙な柔らかさと弾力があって豚肉にも似た味わいだ。
牛肉と合挽きにしてハンバーグにしたものをグランノート店長が出してくれたことがある。溢れだす肉汁をキノコ肉がしっかり閉じ込めて、あますところなく込められた旨味が噛むと口の中で一気に弾ける絶品だった。
キノコ肉……あなどりがたし!
「よし、この調子でサクサク行くか! トレントも斬っておきたいな」
「ははは、アヅマ君はやる気だね。
……僕も、早く魔法を覚えないと、剣ではあまり役に立てなさそうだ」
レベルに関しては成長補正ですぐに上がるだろうから、それほど心配はしていない。
おっと、魔法と言えば、クロードに言っておきたいことがあったんだ。
「魔法書だけどさ、俺も半分出すから、読ませてもらってもいいか?」
「それは別に構わないけど…… むしろ助かるけど、いいのかい? 半分でも2500ダイムだよ?」
「ああ、アンフィスバエナの素材を売ったお金もまだ残ってるし、魔法が使えるなら使ってみたいからな」
折角魔法のある世界に来たというのに、魔法を覚えなくてどうするっていう話だよな。
剣の腕も上がっている実感はあるし、新しい剣は強いし、さらにゲイルさんが日本刀を作ってくれている。これで魔法まで覚えたら、もしかして俺ってかなり強いのでは?
さては俺のチートパワーはこのあたりに隠されている……のかも。
『おい、調子に乗りすぎるなよ…… ユート、前!』
「アヅマ君、危ない!」
思わずにまにましながら歩いていたら、天龍とクロードが同時に声をあげた。
しかし目の前にも左右にも、魔物の姿はない。
なんだ、と戸惑いつつも足を踏み出すと――
「うおおおおっ!?」
踏み出した先の地面が崩れた。
いきなり足下がぽっかりと穴を開け、そこに転がり込む。
深さはせいぜい1メートル半程度だが、広さは2メートル以上あって一気に底まで転げ落ちた。
「っ痛ぁ……!」
「アヅマ君、大丈夫かい?」
この程度の高さとはいえ、まともに落ちると結構痛い。
というか、なんだ、落とし穴……? 一体誰がこんなものを……
「迷宮が生み出すのは魔物だけじゃない。こういう罠もあるのさ。
それに対処するのが斥候の役目なんだ」
クロードの手を借りて穴から這い上がると、土が盛り上がり最初から何もなかったかのように普通の地面になった。
もう、踏みしめても何も起こらない。ただの地面だ。
「罠の出現する数は迷宮によって変わる。確か、大樹の迷宮は罠が出現しないタイプの迷宮だったね。
深森の迷宮の罠はごくまれに、って感じかな。
罠自体も迷宮の危険度が高まるにつれて脅威的になって、即死するような罠もあるというけど…… ま、ここに出るのはせいぜい落とし穴やスネアトラップくらいだよ。運がなかったね」
『罠といえど、魔力で形作られたものに違いはない。天龍眼ではきちんと見えていたぞ、油断していたのではないか?』
クロードは苦笑するのみだが、天龍にはきつめに怒られてしまった。
調子に乗って油断していたようだ。天龍眼で見えていたというなら、次からは見逃さないよう注意しなくては。
「クロードには見えていたのか?」
「気付いたのはギリギリになってからだけど……
一応、斥候の訓練を受けたことがあるからね」
……そういえば、斥候のクラスも持ってたっけ。
クロードは多才だな……
俺も斥候のやり方をかじっておいた方がいいかな、と思いつつ気を引き締めて迷宮の奥へと向かうのであった。




