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第22話 快刀乱麻(後編)

 探索士に協会があるように、鍛冶士にも組合がある。

 探索士協会が探索士から魔石の魔力や魔物のドロップアイテムを買い取り、それを必要とするところに売るように、鍛冶士組合もまた鍛冶士から作品を買い取り、それを商人へ卸し、流通させる。

 その他、この長さの剣ならば何ダイム、といったように作品の価格を規定し、極端な値崩れや値上がりを抑制して利益を守るなど、色んな役割がある。


 ただし、組合だって運営のためには資金が必要だ。

 そのため、鍛冶士から買い取った作品にマージンをつけて卸し、利益を得る。

 組合が認めた一定の品質が保証されるかわり、それなりのお値段がする。

 ちなみにラディオン鍛冶士組合の直営店は大通りに面した一番大きい店である。


 だが組合を通さず直接鍛冶士と交渉することで、協会を通すよりも安く仕入れることが可能なのだ。

 鍛冶士としても、協会に買い上げられるよりも高く販売することができる。

 この工房の品も、直営店に比べて1~2割は安いとか。

 また、鍛冶士にとっては直接指名を受けての取引は腕を認められているということでもあるから、直接交渉を奨励するどころか組合に問い合わせれば仲介だってしてくれるらしい。


「……と、そのような仕組みになっています」

「なるほど……」


 こそこそと小声でシャリア先生のレクチャーを受けながら、ゲイルさんとデュロイ氏の様子をうかがう。

 見たところ、和やかに世間話から入っているようだ。

 だが、油断はできない。デュロイ氏はLv1とはいえ詐術スキルの持ち主だ。


 そりゃ、商人だって一筋縄じゃ行かないだろう。詐術が必要なこともあるかもしれない。

 また、詐術スキルがあるからといって、必ずしも詐欺師というわけではない。

 だが、詐欺を仕掛けてくる「かもしれない」のは確かだ。

 スキルがLv1になる程度には、彼は詐欺を行うということなのだから。


「それでは今回の仕入れなのですが、四日後の氷の曜日に短剣とナイフを5つずつ、ショートソードとスピアは2つずつで考えております」

「ええ、それなら用意できますよ。数をそろえておきましょう」

「カラードさんは毎度仕事が確かで助かります。

 代金は、端数をそろえて1万ダイムでいかがでしょうか」


 ん、この値段設定はどうなんだろう?

 さっと視線を泳がせて、店内の商品の値段を確認する。

 じっくりと見て探す必要はない。天龍に少し頼んで調節してもらえば、それぞれの名前と値段がポップアップする。

 正確な価値を確認するのは負担が大きいという話だったが、今回は店で設定された価格……値札のチェックだけなので大した負担ではないらしい。

 不要な情報をフィルターしてもらえば、さらにわかりやすくなる。


 ナイフは250、短剣は300ダイム。

 ショートソードは2500、スピアは2000ダイムだ。

 あわせて、えーと……11750ダイムかな?


 およそ二割の値切りが入っているが、まとめ買いだしこんなものか……?


「……シャリア先生、あれって組合の方ではいくらで買ってくれるんです?」

「えっと、確か……

 ナイフと短剣は両方200、ショートソードは2000、スピアは1500ですね」


 結構買い叩かれるもんだな…… そんなものだろうか。

 組合価格だと、9000ダイム。

 デュロイ氏のお値段のほうが1000ダイムお得だ。

 うーん、詐術スキルに警戒しすぎただろうか。どうやら真っ当な取り引きのようだし、こそこそ覗かなくても……


「しかし、今回はずいぶん少ないですね。いつもは三万くらいは仕入れて行かれるのに」

「今回は資金が少々心許ないのです。

 ですが、そうですね。カラードさんの武器は売れ行きもよろしいですから、もう少し買っておきますかな」


 ……ん?


「ショートソードとスピアをあと4つずつ……で、全部で二万ダイムにしましょうか」

「ええと、では短剣とナイフが5つずつの……」

「いやいや、やはりさらにショートソードが2、スピアがひとつを加えて、2万5000ダイム、とさせて頂ければ。

 ああ、そのかわり短剣とナイフは2つずつ減らして……」


 え、えーと、ちょっと待て。

 11750ダイムにソード2500ダイムが四つ加わって……いやちがう、さらに2つ増えて8本だ。で、スピアが……


「ん、あれ…… 結局、いかほどお求めで?」

「そこはいつも通り、契約書にまとめましょう。後ほどそちらをご確認くだされば」


 計算に手間取ってる間に、デュロイ氏は羊皮紙とペンを取り出してカリカリと文字を書き付け始めている。

 ちょっと待って、スピアが8本の……


『スピアは7本だ。落ち着け、ユート』

「それでは、サインを。それを頂ければ契約締結ということで」

「ええ、わかりました」


 いかん、検算ができてないがゲイルさんが爽やかな笑顔でサインしようとしている。

 シャリア先生を見ると、よくわかっていないような顔で小首を傾げてこっちを見返している。

 確認は出来てない。いないが……


「ちょっと待った!!」


 バン!! と壁を叩いて大声を張り上げる。

 ペンを手にしたゲイルさんも、思わずびくっとして動きが止まっていた。

 良かった。こういうのは契約書にサインしたらおしまいだ。どんな無茶苦茶が書いてあっても、従わなければならなくなってしまう。

 こっちの世界の法律がどうなってるかは知らないが、金融を扱ったテレビドラマではよくある話だ。


「な、なん、なんですかな、貴方は? 私は今、店主様と商談の最中で……」

「その商談、異議あり!」


 もう一度繰り返して、びしっ、とデュロイ氏を指差す。

 検算なんて、まずは待ったをかけてゆっくりやればいい。

 というか、デュロイ氏の言った数と値段はおかしい。おかしいはずだ。ええい日本で受けた教育で培われた数学的感覚を信じろ!

 数学は苦手な方の科目だったけどな!


「アルマ君、一体どうしたんだい? 何かおかしなことでも?」

「おかしなことは、すぐにわかります」

「ああっ、契約書を……!」


 ゲイルさんからはペンを、デュロイ氏からは契約書を、手早く強引に奪い取る。

 紙に書いて計算すれば、こんなのは一目瞭然だろう。

 契約書には……

 ……なんかショートソード10本とか書いてるんだけど。これだけで工房価格で25000ダイムになるんだが……


 ともあれ、契約書に書かれている数字は、ショートソードが10本、スピアが8本、短剣とナイフが5本ずつ、となっている。

 全体的に増し増しじゃないか…… あからさますぎないか?

 いや、詐術スキルLv1じゃこんなもんなのかな……


 契約書を裏返し、ガリガリと書き込んで計算する。

 工房価格でショートソードが2500、スピアが2000、短剣が300、ナイフが250。

 組合価格でショートソードが2000、スピアが1500、短剣とナイフが200。

 その値段で契約書に書いてある数を掛けると……


 工房価格が、43750ダイム。

 組合価格でも、34000ダイム。

 ついでに、デュロイ氏の提示金額が25000ダイム。

 ……なかなかに大胆な値切りである。


「くらえっ」

「……うん?」

「あの、何がどう……?」


 何がなんだかよくわからない、という表情で小首を傾げるゲイルさんとシャリア先生。

 ……あれ?


「一体なんなんですか、大切な契約書にわけのわからない落書きをしないでくださいよ」

「あっ」


 余裕を取り戻したデュロイ氏に、契約書をひらりと表返された。

 ……しまった、日本語とローマ数字の数式じゃこっちの人は読めないのか!


「いや、だからですね、その契約書にサインしちゃダメですって!」

「そうなのかい?」

「そうなんですか?」

「落ち着いて計算すればわかります。組合に売るよりも9000ダイムも安く買い叩こうとしてるんですよ!」

「そうなのかい!?」

「そうなんですか!?」

「工房の値札につけた価格で計算すれば、二万ダイム近くです!」

「そうなのかい!!?」

「そうなんですか!!?」


 カラード夫妻はカウンター裏から算盤を取り出して、二人してぱちぱちと弾きながらしきりに首をかしげていた。

 なんだか計算にかこつけて、腕を組んでイチャイチャしてるようにも見えるけど、それは平常運転であろうから気にしないことにする。


「よっ、と」


 軽く助走をつけてカウンターに足をかけ、軽やかに跳ぶ。

 そして、こっそりと工房から帰ろうとしていたデュロイ氏の前に着地し、出入り口を通せんぼした。


「こそこそして、どこに行くつもりなんだ?」

「こ、こそこそだなんて、そんな、私は……」

「あんた、さっき『いつも通り契約書にまとめる』って言ってたな。

 もしかして、こんなことを何回もやったのか?」

「う、うむむ……」


 何がうむむだ。

 冷や汗をかいて後ずさるデュロイ氏を、じっとりと睨み付ける。


「あ、今までの契約書なら、保管してありますよ!」

「し、しかし、契約書には既にカラードさんの直筆のサインがあるのです、今さらお金は返せませんよ!」

「でも、あんたがとんでもない金額で買い付けた証拠にはなる。

 ――商人にも組合はあるだろう? そこにそれを持っていって訴えたら、どうなる?」

「ぐぬぅっ……!」


 実際どうなるのかは知らないが、デュロイ氏の反応を見る限りかなりマズいようだ。

 確かに契約書をかわしている以上過去のことはどうにもならないが、信用が大事なのはこちらの商人も一緒だろう。

 そこに、あこぎな商売の証拠を持って訴えたらどうか。

 それをかばえば、商人の組合そのものに対する信用にダメージが行く。詐欺は犯罪でもあるし、組合がデュロイ氏を見捨てる可能性は高い。


「もう逃げられないぞ――!」

「ぐはぁっ…… うう、つい、出来心で……!」


 指を突き付けると、ついに観念したのかデュロイ氏は膝をついてそのばにうずくまった。

 ……なんかこれ、気持ちいいな!

 推理ものの探偵役にでもなった気分だ。

 さて、こいつをどうしてやるとしようか……


「アルマ君、デュロイさん。ちょっとこっちを見てくれるかい?」


 デュロイ氏を見下ろして思案していると、ゲイルさんがそう声をかけた。

 俺たちの視線が向いたところで、ゲイルさんはおもむろに契約書を手に取り――


 ビリィッ!


「あーーっ!!」


 止める暇もあらばこそ、真っ二つに引き裂いてしまった。

 さらに重ねて、四つ、八つと細かく千切ってしまう。


「やあ、これは困った。契約書がダメになってしまったよ」

「な、何やってるんですか、ゲイルさん!?」

「でも、以前の契約書がまだ……」

「実はそれも、鍛冶場の炉の焚き付けにしてしまってね。

 最近新しい剣を打っていて燃料が足りなかったから、ついうっかり」


 爽やかに微笑むゲイルさんに、俺もデュロイ氏も目を真ん丸にしてしまう。

 え、いやいや…… えー?


「アルマ君は、デュロイさんが数字を書き間違えたのに気付いてそれを指摘してくれただけだよね?

 ありがとう。でも、デュロイさんを脅すかのようなことを言ってはいけないよ。

 デュロイさん、今度はちゃんと間違えないで契約書を書いてください。僕は、僕の作品をきちんと評価してもらえれば、それで十分です」

「ゲイルさん…… きゅんっ」

「カラードさん…… きゅんっ」


 ゲイルさんの爽やかな笑顔に、シャリア先生とデュロイ氏がキュンキュンしてる。

 ううん、俺はいまひとつ納得がいかないが……


『いや、私は別にこれでも構わぬと思う。

 敵を叩きのめすのは良いが、叩きのめされた者も黙っているばかりとは限らぬ。

 たとえ、叩きのめされた方が悪いのだとしてもな。

 ユートも、どうしても奴を破滅させたいわけではあるまい。そこまでして首を突っ込んでも誰も得をせぬ、無駄な敵が増えるばかりよ。放っておくがいい』


 うーむ、そういうものか。

 これもイケメンなゲイルさんの大人な解決法……なのだろうか?




 その後、俺がきちんと確認しつつ契約書を作り直し、無事に契約は成立した。

 ゲイルさんの武器の評判がいいのは本当のことだそうで、デュロイ氏は何度か取引をするうちにゲイルさんが計算ができないことに気付いたという。

 最初は多めに値切る程度だったが、次第にエスカレートして調子に乗ってしまった、とデュロイさんは申し訳なさそうに語っていた。

 ……まあ、武器の出来だけでなくゲイルさん自身のファンになったようだし、心配はいらないだろう。たぶん。


 契約を終えたデュロイ氏は、今後ともよい取引を、と何度もぺこぺこお辞儀しながら帰っていった。


「いいんですかね、ほんとに何もしなくて」


 3人で焙じ茶を飲んで一息つきつつ、俺はぽつりとつぶやく。

 デュロイ氏が結局、お咎めなしになったのにどうも納得できない。


「いいんだよ。……実はね、別にお人好しだから許したってわけでもないんだ」

「……そうなんですか?」

「ああ。確かにデュロイさんは、鍛冶士組合より安く買い叩こうとしたかもしれない。

 でも、鍛冶士組合だって、僕の作品を好きなだけ買い上げてくれるわけじゃないんだよ」

「……そっか、なるほど」


 鍛冶士組合も無限の資金力を持つ訳じゃない。

 組合に売ったほうが高いから、とデュロイ氏との取引を断っても、組合が全て買い上げてくれるとは限らないのだ。


 組合にも売る。デュロイ氏にも売る。

 両方やらなくちゃいけないのがゲイルさんのつらいところだ。


「勿論、次に同じことをしたら、商人組合に訴えることになるだろうけどね」

「それにしても、びっくりしました。

 デュロイさんがあんなに値切ってたなんて…… 信用してたんですけどねぇ。

 アルマさんはよくわかりましたね?」

「いえ、簡単な掛け算ができればおかしいのはわかったかと……」

「かけざん? って……」

「なんだい、それ?」


 夫婦そろって小首をかしげられた。マジか。

 え、この世界の教育ってどうなってるの? 算術スキルがないってこういうこと?

 そういえば探索士協会に登録するときに識字率が高くないんじゃないかって考察した覚えがあるし、教育制度が未発達なのかもしれない。


「まあ、そんなことより、アルマ君は剣を買いに来たんだったね?

 どうかな、今日のお礼に1本無料で進呈するよ」

「いやいやいや、さっきの騒ぎのあとで無料でなんてもらえませんよ、ちゃんとお金もありますし!」

「後で君の剣について詳しく聞かせてもらうからね、そのお礼の先払いだと思ってくれればいい」

「いや、でも……」

『くれるというなら有り難くもらっておけばいいのではないか?』

「では、こういうのはどうでしょう?

 アルマさんは私達に、計算と剣のことを教える。

 私達はその授業料として剣を差し上げる、ということで」

「えっ、本当にそれでいいんですか?」

「えっ、本当にそれでいいのかい?」


 俺とゲイルさんの声が重なった。


「えっ」

「えっ」

「うふふ」


 このあと滅茶苦茶授業した。




 後で聞いたところによると、勉強を教える私学はあるが、授業料や拘束時間がかなりかかってしまうらしい。

 そこに通うのは街の商人の子供が主で、大人が通うのは恥ずかしいし難しい。

 家庭教師ともなると、貴族の子女でないと呼べないそうだ。


 シャリア先生は子供の頃から剣を振って男の子に混じっていたというし、ゲイルさんも子供の頃から鍛冶士の修行で勉強なんてしたことがないという。

 だが、頭が悪いというわけでもないので、小学校の授業や教科書を思い起こしながら教えたら、授業が終わる頃には二人とも算術スキルLv1になっていた。


 ついでに商人Lv1のクラスも得ていたが、これは商人の条件が緩いというより、例え簡単なものでも算術がそれだけ価値のある世界だということなのだろう。


「アルマさんは教えるの上手ですね」


 と先生は言っていたが、偉大なのは日本の教育である。

 もしかしたら、パーティ成長補正のアビリティ効果も出たかもしれない。


 剣……というか日本刀に関しては、俺もそれほど詳しくないので、以前ネットで調べたことを教えた程度である。

 みんな大好き日本刀。作り方を調べたことくらいあるよね?


 何回も折り返して鋼の層を作るとか、軟らかい芯に硬い皮鉄をかぶせるとか、冷やしたときの峰と刃の温度差で自然に刀身が反るとか、そういう話をすると怖いぐらいにゲイルさんの目がギラギラして興奮していた。

 すぐにでも試してみたくなったらしく、鍛冶場に飛び込んでしまったゲイルさんにシャリア先生と二人で苦笑しつつ、新しい剣を見せてもらう。


 工房を出たのは太陽がかなり傾いてからだった。

 腰に下げた新しい剣がずしりと重い。


 結局、この剣はタダでもらうことになってしまった。

 お金が余ってしまったが、どうしよう……

 いや、無理に使う必要もないのだが、大金をずっと持ち歩くのもどうかと思う。


「……大牙亭の宿代でもまとめて先払いするかな」


 それで残ったぶんで、服でも揃えるとしよう。

 そう心に決めて、大牙亭へと帰るのであった。

デュロイ氏の詐欺の手口を考えるのに苦労しました。

苦労するほど大した内容ではないんですが……っていうか半ば強引な力業ですけど。

頭いいギミックを考えられる作者さんは尊敬します。


※2016/8/18:より意図に沿った内容にするため、一部台詞の追加・修正を加えました。

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