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第20話 二つの選択肢(後編)

※2016/9/9 ドロップアイテムの金額周りの表現を修正しました。

 はっ、と我に返ったような心持ちになって声のした扉の方を見ると、クロードが顔を覗かせていた。

 俺と目があうと、軽く手を上げて挨拶する。


「クロードさん……!」

「クロっち……」


 クロードの登場に、劇的な反応を示したのはルティアだった。

 俺からぱっと離れて、クロードを強くにらみつける。


 ……いつも微笑んで優雅な雰囲気を崩さなかったルティアが、憎々しげと言ってもいいような態度を見せたことに、内心でひどく驚く。

 ガイウスもそれは同じようで、言葉もなく目を見開いてルティアとクロードを見比べているが、レジーは逆に落ち着いていて、どこか困ったような表情をしていた。


「それにしても…… 君は相変わらずみたいだね」

「何の用ですの? あなたのような万年学士なんて呼んでいませんわ」

「何、僕はただ、有望な探索士が道を踏み外すのを黙って見ていられなかっただけさ」


 どうやらさっきまで、俺はルティアのカリスマにやられたような状態になっていたようだ。クロードの登場のおかげで、正気に戻ることができた。

 ……のはいいんだが、今度はルティアとクロードの間のギスギス感がすごい。

 いや、どちらかというとルティアがクロードに対して刺々しい感じだ。


「人聞きの悪いことを言いますのね。わたくし達は立派な探索士ですわ、ろくに迷宮にも行かないクロードさんとは違いましてよ」

「確かにその通りだけど…… まぁ、今はそんなことはどうでもいいさ」


 クロードの方はルティアの敵意をさらりと受け流して、俺のベッドの横まで近づいてきた。

 そして、ルティアには目もくれず、アンフィスバエナのドロップ品に手を伸ばす。


「……この皮の色、手触り、硬さ、そしてしなやかさ…… 牙の大きさ、先端に開いた小さな穴……

 信じがたいけれど、間違い無い。これはアンフィスバエナの皮と毒牙だね?」

「あ、ああ。わかるのか? 大樹の迷宮のボスだった」

「僕も実物を見たのは初めてだよ。でも…… 大樹の迷宮にボスはいないし、ボスがいたとしてもアンフィスバエナではありえない筈なんだけどね」

「いや、でもその、アン、アンシスバイナ? 俺たちも見たぜ。ふたつ頭のでっけー蛇」

「ボス、というのはその迷宮に出る魔物の上位種や大型種が出るものだ。植物・昆虫・鳥類系の魔物が出る大樹の迷宮に、蛇系のアンフィスバエナが出る筈はない。

 ……だから信じがたいんだけれど、確かにこれはアンフィスバエナのドロップ品だね」

「ちょっと、クロードさん? わたくしを無視しないで──」

「ちなみに、この皮の換金価格は3000ダイムになる」

「さ、さんぜんっ!!?」


 文句を言いかけたルティアと、俺と、レジーの声が重なる。

 え、ちょっと待って、3000? いや確かにアンフィスバエナはレベル高かったけど、皮一枚で3000って…… レアアイテムだというクレセントベアの肝が4000だが、それに迫る価格だ。


「この皮を縫い合わせて作る皮鎧は、鎖帷子よりも硬く、頑丈で、柔らかく、軽く、音もしない、緑以上のランクの斥候の垂涎の品で五万ダイムはくだらない。その素材ならこのくらいはするさ。

 ちなみに、牙の方の換金価格は1万ダイムなんだけどね」

「い、いちまんんん!!!?」

「いちまん……だと……!」


 今度は流石のガイウスも石臼を引くかのようなうなり声を上げた。

 いや、ていうか、え、1万って、皮とあわせて、たった二個で13000ダイム……!?

 もし皮と牙でなく、牙2本だったら、それだけで一月過ごすことができる。

 思わずルティアも毒気を忘れて目を丸くするレベルだ。


「牙にはアンフィスバエナの毒が染みこんでいる。細かく砕いて溶液に溶かせば、一刺しでクレセントベアも激痛でもがき苦しむ猛毒になるのさ」

「ど、毒ぅ!? やっべ俺素手で触ったっつーの!?」

「牙で刺したり切ったりしなければ触っても大丈夫だよ。

 そういった危険物だから、買い取り価格が高いんだ。安くすると、闇市場なんかに流されちゃうおそれがあるからね。

 そうでなくとも、毒牙はいわゆるレアドロップなんだけど…… アヅマ君は運がいい」


 にこやかに微笑むクロードだが、俺は降ってわいた大金に戸惑うばかりだ。

 運がいい……のかなぁ。本当に運が良かったらそもそもアンフィスバエナに追いかけ回されないような気もするんだが。


「アンフィスバエナは、クレセントベアに匹敵する格の魔物だ。

 そのアンフィスバエナに対峙し、無事に生き残り、なおかつレアドロップの牙まで手に入れたアヅマ君の力は、その運も含めて信用に値する。

 牙の価値も、約束の3000ダイムを超えて余りあるしね。

 アヅマ君。どうか、僕を君のパーティに加えてくれないだろうか?」

「な…… クロードさん!? 彼は、わたくしが先にパーティに誘いましたのよ!?」

「決めるのはアヅマ君だよ。それに、順番を言うならパーティを組む約束をしていたのは僕が先だ」

「……本当ですの? アルマさん」


 クロードの台詞に、きっ、とルティアがこちらを振り返りにらみつける。

 怒った顔も美少女のままだなぁ、などと思いつつ、俺はこくりとうなずいた。


「改めて言うけれど、決めるのは君だ。

 僕と二人でパーティを組んでも、ルティアたちのパーティに……個人的にはオススメしないけど……入っても、今は保留にしておいてもいい。よく考えてくれ」

「いや、急にそんことを言われても困るんだけど……」

「迷うことはありませんわ、アルマさん!

 クロードさんは二年も前からずっと学士ですのよ? 学士なんて、足手まといにしかなりませんわ!」


 ルティアはどうもヒートアップしてしまっているようで、ぐっと両手を握り締めて大声をあげる。

 俺が学士なのを覚えているレジーとガイウスは、困ったように俺とルティアを見て……あ、いや、ガイウスのあの顔は「怒っているルティアも可愛い」みたいなこと考えている顔だ。口元が僅かに緩んでる。


「ルティア、まだ学士嫌いは直っていないのかい?」

「誰のせいだと思って……っ!」


 ……この二人に一体何があったのだろう?

 気にはなるが、ルティアとクロードは口論のような状態になってしまって、それを聞くような雰囲気じゃない。

 レジーの方を見ると俺と目があって、「ごめん、話はまた今度な」みたいな済まなさそうな表情に片手合掌つきで頭を下げられた。


『仕方あるまい、今のうちに先程の話について考えておくか』


 先程の話……というと、俺が二人のうちどちらとパーティを組むか、ということか。

 仲良く同じパーティに……というのは、目の前の二人を見る限りは難しそうだ。ルティアはクロードを毛嫌いしているようだし、クロードもルティアに対して良く思ってはいない節がある。

 あちらを立てればこちらが立たず、というやつだ。


『こやつらの問題は放っておけ、ユート。

 今決めるべきはお前の進む道。お前の問題なのだからな』


 確かに、俺がどっちとパーティを組んだところで、この二人を仲直りさせたりするのは簡単なことではないだろう。

 今回は自分にとってどちらが良いか、という視点でメリットとデメリットを考えてみるか。


 まずは、ルティアのパーティに入った場合。


 メリットとしては、やはりメンバーの充実ぶりだ。戦士が二人、斥候が一人、魔法使いが二人。バランスがいいし、性格的にも問題はなさそうだ。


 デメリットは、ルティアである。

 レベルは3、前衛に立つわけでも魔法や弓矢などで援護するわけでもなく、戦闘以外の何かしらで役に立っている様子もない。

 パーティの司令塔的な役割なのだろうが、どの程度の戦力になっているかは疑問である。


 では、クロードとパーティを組んだ場合はどうか。


 メリットは、自由度を確保できることか。

 ルティアのパーティに入れば、どうしてもパーティの都合に振り回される。探索する迷宮、いつ行くかいつ引くか、いつ休むか。

 そういった都合も、クロードと二人だけならつけやすいだろう。

 また、クロード自身は学士といっても隙のない能力の持ち主だ。剣も使えるし、斥候の技術もあるし、魔法を学ぶ意欲もある。

 うまくレベルアップすれば、万能選手になるだろう。


 デメリットは、やはりメンバー不足である。

 確かシャリア先生も、適正レベルの迷宮に三人以上で挑むのが推奨されている、と言っていたはずだ。

 新しい仲間を募るにも、学士は敬遠される傾向にある。

 簡単に仲間が見つかるようなら、クロードも一人で鑑定屋なんてしていないだろう。


 ……どちらも選ばない、保留にする、という選択肢もある。


 メリットは…… ルティアとクロードの間に波風を立てにくい、くらいのことだ。

 今はルティアも気が立っているようだし、どちらを選んでも角が立ちそうである。時間を置く、というのは悪くない。


 デメリットは、両方に良くない印象を与えるかもしれない、ということだ。

 メリットと矛盾してはいるが、優柔不断に返事を保留することでルティアがへそを曲げたり、クロードが俺を見限る可能性もある。

 特に今のルティアは「だったらもういいですわ!」くらいのことは言いそうだ。


 保留にするのは、あまり良い選択ではなさそうだな……


 天龍は、何か意見はないだろうか?


『ふむ。……私としては、私の本体を探すことに繋がるならばどちらでも良い。ユートが自分で判断すべきだ。

 何、いざとなればパーティを抜けてもいいのだ、気楽にしろ』


 と言われても。何でもいいが一番困るなあ。

 しかし…… そうか、後で抜けてもいい、か……


 ……よし。


「ルティア、パーティのことなんだけど」

「あら、アルマさん。答えは決まりまして?

 この陰険眼鏡学士に聞こえるようにはっきりと仰ってくださいまし!」

「陰険は酷いな。自分では善良なつもりだよ?」


 びしっ、と人差し指を真っ直ぐ伸ばしてクロードを指差すルティアに、クロードは余裕のある態度で苦笑した。

 その余裕のある様子が、またルティアには気にくわないようだ。


「悪いけど、俺はルティアのパーティには入れない」

「……え」

「折角誘ってくれたのに、ごめん」


 固まってしまったルティアに、俺は頭を下げる。

 筋肉痛に痛む身体が少しばかり悲鳴をあげたが、そのまま頭は下げ続ける。


「…………あ……」


 部屋の中に沈黙が訪れる。

 ルティアがどんな顔をしているのかはわからないが、彼女は吐息が漏れたかのような微かに震える声を吐き出した。


「……アルマさんのばかぁっ!」

「ちょっ、ルティアちゃん!?」

「…………!!」


 やけに可愛らしい罵倒と共に、ルティアは走って部屋を出ていく。

 それを追って、レジーとガイウスがばたばたと走って行った。


 頭を上げると、苦笑するクロードだけが部屋に残っていた。


「良かったのかい?」


 自分は「オススメしない」とか言ったくせに、クロードはそんなことを言う。


「俺は、いつまでもルティアには付き合えないからな。上を目指したいんだ」


 少しばかり言葉を濁しながら、そう答える。

 俺……というか俺達の目的は、天龍の封印を探してそこまで辿り着くことだ。レベルも上げなきゃいけないし、いずれはラディオンも出ていかなければならない。


 対して、ルティアのパーティは安定志向である。

 狩りをして、お茶会をして、みんなで楽しく過ごす。より上を目指そうという雰囲気を、彼らからは感じられなかった。

 いずれ大きな樹の下に小さな家を建てる、なんていうのもあるいは本気だったかもしれない。

 時が来れば、抜けないといけなかっただろう。


 ……抜けられるだろうか?

 ちょっとばかりルティアに熱をあげていることを除けば、彼らはいいやつらだ。ほんの一時間か二時間、お茶会にお邪魔しただけだが、楽しかったと思うくらいには。

 ルティアにしても、やっていることは悪女のようだが、彼女自体はむしろ善良な類いに入るだろう。

 アンフィスバエナに追われていた俺を助けてくれたのも、その前にアリから助けてくれたのも、おそらくは彼女の指示だ。

 俺には、二度も助けてもらった恩がある。


 気のいいメンバーと、順調な狩り。

 なんだかんだ言っても美少女なルティアも一緒にいる。

 長く一緒にいれば、カリスマの影響も免れないだろう。


 そんなパーティから、抜ける、とは簡単には言い出せない。

 ずるずると、ずるずると、抜け出せなくなり、時間が経つほどに別れがたくなり、気が付けば旅立つ気も失せてしまう。


 そうなれば、天龍の目的を果たせなくなってしまう。

 恩、というならば最初に恩があるのは天龍なのだ。

 それを放っておくのは、俺としても気がかりなのである。


『ユート…… すまぬ』


 謝る必要はない。自分で考えた結果だ。

 それに、夜毎に耳元で恨み言をささやかれるのも嫌だしな!


「上か…… 成る程ね。

 それで、僕をパーティに加えてくれる、ということでいいのかな? それとも、あえて一人を貫くかい?」

「いや、クロードには仲間になってほしい。仲間が欲しいのも確かだしな」

「わかった。ま、パーティの方針についてはいずれまた話そう」


 笑顔を見せて、クロードは右手を差し出す。


「学士のクロード・アレスティンだ。改めてよろしく」

「ああ、学士の阿妻優斗だ。よろしく頼む」


 俺はその手を取り、しっかりと握手をかわすのだった。

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