第19話 二つの選択肢(前編)
気がつくと、ぼんやり天井を見ていた。
……あれ。どこだここ、今は何時だ? 何があって俺はここにいるんだ?
『……む、起きたか、ユート』
「天龍……いててててっ!」
ほんの少し身動ぎしただけで、全身にビキビキと痛みが走る。
特に足がやばい。これは起き上がれないかもしれない。
「いつつ…… 何だ、一体何がどうなった……?」
『私に聞くな。お前の左目が閉じている間は、私にもお前の様子はわからぬ』
天龍眼の機能は左目を閉じるとオフになる。
でなければ、最初に天龍眼全開になった時も、左目のまぶたの裏の情報を脳に焼き付け続けて死んでいたかもしれない。
おかげで、トイレや風呂などが助かるわけだが。
意識すれば、声も届かないようにすることができる。
天龍も、結構気を使ってくれているのだ。
ただし、寝ているときや気絶中も自動的にオフになる。
その間の警戒や聞き耳を任せて俺は寝ておく、というわけにはいかない。
『覚えているか? アンフィスバエナから逃げ切ったあと、迷宮の入り口でお前は気絶したのだ』
「あー…… なんとなく、覚えてる」
というか、思い出してきた。
アンフィスバエナが消えるのを見届けて、一気に気が抜けたのだ。身体を酷使して気絶する、というのは初めての体験だった。
いや、現代社会だと意外としないもんだぞ、気絶。
薄暗い部屋の中をよく見てみると、ここは大牙亭の俺の部屋だ。
ルティア達が運んでくれたのだろうか。
窓の外は暗い。階下の喧騒が聞こえてきているから、まだ日が沈んで間もない頃か。
その時、コンコンッ、と軽やかなノックの音が扉を叩いた。
「入るわよ。アルマさん、起きてる?」
返事も待たずに扉を開けて入ってきたのは、ウェイトレスの制服姿のミーシャだ。
壁際のスイッチを操作して、ぱちん、と魔力灯の灯りをつける。
俺が目を覚ましているのをみると、にこっと笑ってベッドの端に腰を降ろした。
「ミーシャ…… いつつっ」
「無理しちゃダメよ。大した怪我は無いみたいだけど、身体を酷使しすぎだって」
「ん、ああ…… ところで、今日の宿代をまだ払ってなかったと思うんだけど」
「なぁに、起きて真っ先にする心配がそれ? 律儀ねぇ。ツケにしとくから、後でいいわ」
くすくす笑って、ミーシャの指が俺の前髪を弄ぶ。
女の子の細い指先が額のあたりをかすめて、何ともくすぐったい。
「起きられる? 身体、拭いてあげよっか?」
「い、いや、いいよ。汗はかいてるけど…… ちょっと、動けそうにないし」
確かに、森の中を全力疾走して汗や泥にずいぶん汚れてしまったが、筋肉痛が酷くて身体を起こすのも辛い。
というか、ミーシャが拭いてくれるって、何、そういうサービスあるの? 有料なの? 恥ずかしいんだけど?
『ただの看病ではないか? ……ユートの助平め』
うるさいよ天龍。
「そっか。それじゃ、仲間の司祭さんを呼んでくるわね。回復魔法かけてもらえば楽になるわ」
ベッドから立ち上がり、ひらっと手を振ってウィンクひとつ残し、ミーシャは部屋から出て行った。
急いでいるのでもないのに、まるで流れる水か風のような身のこなしだ。
Lv1とはいえ勇者の資質なのか、それとも長年のウェイトレス経験で培ったテーブルの合間を縫っていくための身のこなしなのか。
……っていうか、仲間の司祭? ……ミーシャの仲間?
いやいや、ミーシャは探索士じゃない筈だが……?
しばらく待つと、コン、コン、とミーシャよりも音が小さくテンポの緩やかな、控えめのノックの音がした。
「アルマさん、ルティアですわ。お邪魔しますね」
なるほど、ルティア達を俺の仲間だと思ったのか。
なら、仲間の司祭というのはガイウスのことだろう。
「お加減は如何ですか?」
「……………………」
「アヅマっち、ちゅーっす」
思った通り、開いた扉の向こうにはルティアとガイウス、それとレジーが立っていた。
ガイウスが扉を開けてルティアを招き入れ、レジーが階下から持ってきたとおぼしき椅子をベッドサイドに置いて、ルティアがそこに座る。
……なんというか、感心するよ、ほんと。
「やっぱり、ルティア達がここまで運んでくれたのか」
「背負ってくれたのはゴルドさんですわ」
「……………………」
「あら、そうですわね。ガイウスさん、先に回復魔法をかけてあげてくださいます?」
ガイウスが微かに囁くだけで、意志疏通はできているらしい。
ルティアの後ろに控えていたガイウスが前に進み出て、俺に手をかざす。
「大いなる神の奇跡を示したまえ……」
アルバートは演説のように朗々と呪文を唱えるのだが、ガイウスはほとんど聞き取れないくらいの声で呪文を呟く。
呪文の唱え方にも性格が表れているのだろうが、呪文の唱え方で効果が変わったりはしないのだろうか。ちょっと気になる。
ともあれ、回復魔法が効果を発揮すると、全身の痛みがすっと和らいでいった。
まだ痛みは残っているが、ゆっくりとなら歩けそうなくらいだ。
「ありがとう、随分楽になった」
「………………」
俺が礼を言うと、ガイウスは微かに口元だけ微笑んで首を横に振った。
動けるようになったので、ゆっくりと身体を起こす。
……うん、まだ痛みはあるものの、動けないという程ではない。「普通に筋肉痛」くらいの感じだ。
「いやー、あん時マジでビビったっつーの。
アヅマっちが叫びながら走ってくるし、見たこともねー蛇の魔物に追いかけられてるし、そいつが大砲みてーにブッ飛んでくるし、アヅマっちは気絶するし」
「でも、アルマさんが無事でほっとしましたわ。
そうそう、あの魔物のドロップアイテムも、レジーさんが預かっておりますの」
「ああ、あんなヤバい魔物ならドロップアイテムもヤバいと思ってさ、ばっちり拾っといたよ」
レジーが取り出したのは、鱗模様の美しい鈍色の蛇の皮と、柄をつければそのまま短剣として使えそうな大きさの僅かに湾曲した牙だった。
天龍眼には「アンフィスバエナの蛇皮(ランクC)」と「アンフィスバエナの毒牙(ランクB)」と表示されている。
「……俺がもらっていいのか? ルティア達に助けてもらったんだし、片方くらい……」
「別に構いませんわ。わたくし達は、たまたま居合わせたから助けただけですし……
それに、たとえ高価なアイテムだろうと、まだパーティも組んでいない新人の探索士から奪い取るなんて。そんな恥ずかしいこと出来ませんもの」
ころころと、鈴を転がすような声でおかしそうにルティアは笑う。
まぁ、そういうことなら…… ありがたく受け取っておこう。
「アイテム二個ドロップとか、アヅマっちすっげーラッキーじゃん!
あ、もしかしたら、頭二個だからドロップも二個なんじゃね?」
「どうかな。ただの運だと思うよ」
あと、魔力集束率上昇の効果かな。
「あの、アルマさん」
「……ん」
ふと見ると、ルティアが真剣な表情で俺を見つめていた。
両手を膝の上でぎゅっと握って、何か堪えるように綺麗な形の眉をひそめている。
「今日は無事に切り抜けられましたけれど、探索士を続けていれば、きっとこれからも危険なことはあると思いますの」
「……ああ、そう……かな?」
いや、雑魚の5倍はレベルの高いボスに延々追いかけられるなんてこと、そうそうないと思いたい。
「そうですわ。いくらアルマさんが腕に自信があっても、一人ではどうにもできないことなんて、いくらでもあります。
……ねえ、わたくしは心配なんですの」
ルティアの手が、俺の手にそっと触れる。
指先をそっと触れさせるような、微妙なタッチ。
手を伸ばしたぶんだけ身を乗り出し、俺とルティアの距離が近くなった。
潤んだ瞳が、やや見上げるような角度で真っ直ぐに俺の目を見つめる。
柔らかそうな唇が、何か言いたげに微かに開かれていた。
人間には、パーソナルスペースというものがある。
要するに人間は他人と一定の距離を取りたがるという話なのだが、親しい相手ならばその距離の内側に入ることが出来る。
ルティアは、パーソナルスペースの内側に入り込むのが上手いのだろう。
あるいは、スペースに入り込まれた緊張を、好意によるものと錯覚させてしまうような、表情や仕草。
どこまで天然なのか、あるいは全てが計算なのかはともかく、それを仕掛けられていると自覚してなお、触れた手の感触、微かな吐息のリズム、間近で見つめる瞳、仄かな甘い香りに心臓が跳ねあがる。
震える唇に、キス、なんて意識したりして。
「わたくし達なら、あなたのお役に立てますわ。
アルマさん、わたくしのパーティに入ってはいただけませんか?」
来たな、とは思うものの、咄嗟には言葉が出ない。
普通に探索士として交友を持つならいいが、彼女のパーティに組み込まれるのはどうだろう。
……いや、別にいいんじゃないのか?
ルティアのパーティはバランスもいいし、人数もいるからさらにメンバーを探す必要もない。
それに、ルティア以外のメンバーのレベルも決して低くない。
いずれ天龍を探しに行くならパーティを抜ける必要はあるが……
──いや、ルティアのレベルを上げて、皆を説得できれば、抜けずとも──
「──わ」
「彼を誑かすのはそこまでにしておいてもらえるかな、ルティア」
俺が返事をしようとした瞬間、冷たい声が答えを遮った。
書いていたら長くなったので、二分割しました。
後編は明日20時にアップします。
※2016/8/18:ドロップアイテムの所有権について、台詞を追加しました。




