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第8話 アリの脅威

試験的に、改行を多用するなろう小説によくあるスタイルにしてみました。

こんな感じでいいのかな。しばらく続けてみてから、今までどおりかこちらかで統一したいと思います。


※2016/02/16 改行するスタイルで統一しました。

 迷宮の内部は、その迷宮がある場所に左右されることが多い。

 環境によって、魔力の性質に偏りが生じ、それが影響するからだ、というのが定説だ。

 たとえば、森の中には森の迷宮。山には地下洞窟の迷宮。火山には炎の迷宮。海なら水の迷宮。遺跡や廃墟には人工建造物の迷宮。

 そして、迷宮内の魔物もそれに応じたものが現れるとされている。


 大樹の迷宮に出現するのは、主に以下の四種類だ。


 まず、あるきのこ。通称はキノコ。


 それと、かみつき草。食虫植物のような外見で、アグレッシブに噛みついてくるらしい。


 アリ。中型犬くらいの大きさがあり、噛みついてくる。


 最後に、鳥。これは大樹の近くに行くと現れるようになり、鋭い爪や嘴で攻撃してくる。


 もっとレベルの高い迷宮だと狼や熊の魔物も出るらしいが、大樹の迷宮では確認されたことはない。

 今回は迷宮の入り口からあまり離れないで探索するため、鳥と遭遇することもないだろう。

 というわけで、キノコ、かみつき草、アリの三体が主な相手になるわけだが……




「……あれはダメだな」


 天龍眼で周囲を確認しながら慎重に進んでいた俺は、新たな魔物を発見しつつもゆっくりとその場を離れた。


 発見したのはかみつき草……正式名称はファングラス、葉っぱにハエが止まるとぱくっと葉っぱが閉じる、あの食虫植物によく似た姿の魔物だった。

 ただし葉っぱのふちには鋭い牙のようなギザギザがびっしりついている。

 キノコと同じく根っこをぐねぐねさせてゆっくり移動しており、葉っぱも獲物に飢えた動物のようにばちばちと開閉しながらうねっていた。


 それと、もう一体。アリだー!


『……何故叫んだ?』


 声に出しては叫んでないけどね! そのまんま、犬くらいの大きさのでっかい黒アリだ。正式名称はフォレストアント。


 食虫植物と昆虫。不思議と捕食関係になることもなく仲良く連れ立ってそこにいた。

 どちらも強力な魔物ではない。レベルも草が4、アリが5だ。

 しかし、シャリア先生の教え・その3に曰く、相手が一体だけであることを確認してから戦うべし。相手が二体以上なら逃げるべし、とある。


 さらにシャリア先生の教え・その6。いかん! アリ(そいつ)に手を出すな!


『そんな言い方ではなかった気がするが……』


 アリ自体はそれほど強い魔物ではないのだが、奴らは仲間の体液の匂いにものすごく敏感で、返り血ならぬ返り体液でも浴びようものなら、離れたり隠れたりしていてもすぐさまこちらを見つけられてしまうんだとか。

 流石にすぐさま無数にたかられるようなものではないが、かなり襲われやすくなってしまう。

 万が一、服や持ち物に体液がついたら、すぐに捨てるか迷宮から脱出すること、と先生には言われている。


 ともあれ、アリは帰り際に余裕があれば戦ってみる、くらいでいいだろう。

 今はキノコかかみつき草が孤立しているところを探してひたすら迷宮をうろつくだけだ。




『……そろそろ、複数の敵に挑んでもいいのではないか?』


 二時間ほど経った頃。

 またキノコを倒し、ドロップ品を回収していると、天龍がちょっと退屈そうな声でそう言った。

 実際命かけるのはこっちなんだから、気軽に背中を押さないでほしい。


『とは言うが、キノコや草にはもはや苦戦せんだろう』


 天龍の言う通り、さっきのキノコは危なげなく倒せた。

 素振り練習が効いたのかスパッと剣で斬れたし、倒すまでにかかる時間や労力も格段に少なくなっている。

 かみつき草ことファングラスとも戦ってみたが、キノコより若干機敏であったものの、茎がキノコより細く柔らかかったので、思ったよりも簡単に斬って倒せた。


 相手の動きがトロいのもある。簡単に距離を取れるので、うっかり胞子を吸い込むなどしても仕切り直すのが楽なのだ。


「……じゃあ、二体のやつがいたら、ちょっとやってみるか」


 片方に攻撃を集中させて、手早く片付ければ一対一に持ち込める。かみつき草とキノコ相手なら、なんとかなるだろう。


 そう算段をつけてドロップアイテムをバックパックに放り込む。

 ぶにっとしたキノコの笠の部分で、アイテム名は「キノコの上質肉(ランクF)」だ。いわゆるレアドロップだが、三体に一体は落とすのでそれほど貴重でもない。


 ちなみに、かみつき草は「草の牙(ランクF)」をドロップした。こちらのレアドロップはまだ手に入れていないので不明である。


『うむ、逃げてばかりではつまらぬ。もう少し無茶をしてもいいのだぞ、どうせ悪くても死ぬだけだろう?』


 それが駄目なんだっつーのを何回言えばわかるんだろう、この天龍は。


 俺は軽くため息つきつつ、警戒しながら探索を再開した。




 三体以上の魔物のグループやアリを回避しつつ、はぐれもののキノコやかみつき草に襲いかかるのにも手慣れた頃、俺はようやくキノコとかみつき草の二体組を発見した。


 アリを敬遠してキノコとかみつき草ばかり倒してきたせいか、だんだんアリの姿が目立って戦える相手が減ってきたところだった。

 日もそろそろ傾いてきたし、この戦い次第では帰ることを考えよう。


 俺は剣を抜いて、雄叫びをあげ――たりなんてせず、できるだけ足音を殺しつつも二体に向かって駆けていく。

 もちろん達人でもない俺のこと、気づかれないまま一撃、というわけにはいかないが、キノコやかみつき草にも前後があるらしく、こちらに気付くともたもたと振り返り始めた。


 だが遅い。先手を取って軽く跳び、落下の勢いをつけてキノコに向かって真っ直ぐに剣を降り下ろす!


「でえぇぇぇいっ!!」


 降り下ろした一撃は、キノコの脳天をざっくりと深く切り裂いた。

 同時に反撃の胞子が飛び散るが、もうそのタイミングにも慣れたもので、息を止めてさっと後ろに下がる。

 と同時に、緑色したトラバサミのようなかみつき草の牙が俺の目の前を通過した。

 危ない、欲張ってたら噛み付かれてた……!


『油断するなユート、やつらのコンビネーションは手強いぞ! こちらもコンビネーションだ!』

「誰とだよ!」


 天龍は無責任に口を出すだけだというのに、まったく他人事だと思ってノリノリである。


 ともあれ、この調子なら慎重にヒットアンドアウェイでキノコを片付けられそうだ。

 少し時間はかかるが、これといって特筆する展開もなく、数度切りつけるとキノコは倒れて消えた。

 ドロップ品の回収はもちろん後回し。残ったかみつき草を片付けるだけだ。

 なんだ、思ったより簡単だな。


 と、調子に乗ったのがいけなかったのか。

 脇の繁みをがさがさと鳴らして、そこからひょっこりとアリが顔を出した。


「げぇっ!」

『下がれ、ユート!』


 天龍の声に我に帰り、慌てて後ろに下がる俺の目の前でかみつき草の牙のついた葉っぱがばくんと閉じられる。あっぶな……!


 がさがさと繁みから姿を現したアリは当たり前のようにかみつき草の横に並び、ギチギチと顎を鳴らして俺を威嚇する。


 確認が甘かったか、それとも時間をかけすぎたか、キノコは倒したが、ドロップアイテムはあきらめて逃げるべきか、いやこれが最後なら倒してしまうか。あるいはドロップアイテムだけ拾って……


 想定外の事態に戸惑う俺だが、魔物たちには迷いなどない。アリはキノコやかみつき草とは格段に違う素早さで襲いかかってきて、噛みついてきた!


「うわっ!」


 俺は咄嗟に後ろに下がりながら、反射的に剣を振るった。

 剣先がアリの顔を傷つけ片目を潰したが、後ろに下がりながらなので浅い。アリを怯ませ下がらせる程度の効果しかない。


 それより問題は、剣にアリの体液がついてしまったこと。

 体液の匂いがそかのアリを呼び寄せるというし、かみつき草のちょっかいを受けながら慣れないアリ相手に戦うのは時間がかかるだろう。そうすれば、新たなアリが現れるかもしれない。


 剣を捨てる? それを捨てるなんてとんでもない!


 こうなったら仕方ない。英国紳士に伝わる伝統的解決法を行うしかあるまい。


『エイコク……なんだって?』


 逃げるんだよォーッ!


 剣を納める暇も惜しい。くるりと背を向けてダッシュ!

 アリとかみつき草がその後を追ってきたようだが、幸いなことにアリより俺の方が早い。かみつき草は言わずもがな。


 迷宮の出口はそれほど遠くない。ひとまず後ろを引き離してから、今日は外に出て……


 そう算段をつけた俺の目の前に、左の繁みから新たなアリが現れて立ちはだかった。しかも三体。

 アリは「見つけたぞ!」と言わんばかりにこちらを威嚇してくる。

 後ろを振り向けば、かみつき草は振りきれたが、アリの方はまだこちらを追いかけて来ていた。


 前もアリ、後ろもアリ、逃走経路はない。


「ええいっ!」


 なければ作る、昔の人はいいこと言った!


 剣を振るって繁みをかき分け、道を外れ右手の繁みに飛び込む。

 大丈夫、回り込めばアリを回避しつつ出口に向かえるはずだ。

 険しい道を行くのも心得がある。登山部員をなめるなよ!




 無理でした。


 逃げた先でまたアリが出現したり、逃げ道をふさがれて仕方なくアリに攻撃して隙を作ったりしたが、俺はついに10体近いアリに囲まれてしまった。


 幸い、大きな木を背にして後ろを取られることはないが、前方はぐるりと取り囲まれている。

 剣を振るって牽制し、どうにか膠着状態に持ち込んだ状態だ。

 だが、剣を振るう俺の体力も気力も時間と共に急速に削れていく。この大きな木には見覚えもあるし、出口は遠くないはずなんだが……


『これはもう駄目なのではないか? 思ったよりも随分早かったが、こんなものかもしれぬな。

 ほんの二日間ほどだが、久方ぶりの現世は楽しかったぞ』

「〆に入るなよ!? くっそ、何か手はないのか? 助けてくれ!!」


 しみじみと縁起でもないことを言う天龍だが、こんなところで死んでたまるかっ。

 逃走失敗で全滅とか、確かにゲームならよくある話ではあるが……

 無双ゲーみたいに一気に薙ぎ払ったり、せめてアリを一撃で倒せればもう少し手もあるのだが。


『一撃で倒す方法か…… なくはないぞ』


 何っ、それは本当か、天龍!


『天龍眼の制御を少しばかり開放する。脳への負担がかかるが、魔物の構造を見通して急所を突け。うまくやれば一撃で倒せるはずだ』


 脳に負担、というのが生き返った直後のことを思い出して嫌な予感がするが、死ぬよりはまだマシだ。


『ではやってみよう。気をしっかりと持て――行くぞ』



 天龍眼が開放された途端、全てが明らかになった。



 目の前のアリのレベル、ステータス、スキル、攻撃方法、内部構造、魔力が集中している部位、今まさに攻撃せんとするその筋肉と神経の働き――全てだ。


 表示される文字を読む、という程度ではない。見た瞬間、全てを理解し終えている。

 頭の中に直接、情報が焼き付けられる感覚。今このアリについて世界で一番俺が詳しくなった、と言っても過言ではないだろう。


 噛み付きをしようと身を乗り出してきたそのアリに、カウンターで真っ直ぐに剣を突き出す。

 全身のどこにどう力が入っているのかわかるので、攻撃のタイミングも完璧に明らかだ。大きく開いたアゴから心臓部まで一気に貫かれ、そのアリは絶命し魔力に還って崩れ去った。



 だが、そこまでだった。



「っがあっ!?」


 普通ではあり得ない濃密な情報の焼き付けに、熱くなった脳が激痛を発する。

 時間にして精々5秒、それが限界だった。


 頭痛に顔をしかめながら左目を閉じる。それで天龍眼は機能を止めたが、頭痛はすぐには治まらない。


 頭痛にあえぐ俺の足、ふくらはぎのあたりに急に激痛が走り、強烈な力に引っ張られて無様に悲鳴をあげてすっ転んだ。

 見てみると、アリが足にかみついている。その力はかなり強く、足が切断されるとまではいかないが、肉ぐらいは噛み千切られてしまいそうなほどだ。


「こ、のぉっ!」


 くるりと剣を逆手に持ち、アリの首の付け根に両手で思いっきり突き込む。

 重要な神経節の通っている脆い部分を切断され、アリは断末魔の悲鳴をあげながら消滅した。


 しかし立ち上がる暇もなく、周囲のアリ達が一斉に俺に群がってきている。


 くそ、ここまでか。折角生き返ったのに二日で死ぬとは情けない。

 俺はもっと生きていたいのに、どうしてこうなった? 天龍の甘言に乗ったのが運の尽きだったのか。

 いや運と言うなら天龍に会ったときにはもう尽きていたのだ。何しろ死んだあとだったし。


 死の瀬戸際に限って、時間の流れを遅く感じる。俺の目の前に迫ったアリが、鋭いアゴを大きく開いて俺に突き立てようとするのがゆっくりと見え――



「――フレイム!!」



 ごおぅっ、と空気の爆ぜる音がした。


 俺とアリ達を包み込むように激しい炎が広がり、続けて強烈な熱が襲いかかる。


 アリ達の反応は劇的だった。俺のことなど知ったことかと火を恐れ逃げ惑い、俺を追いかけてきたのよりなお早い速度ででたらめに走り回っている。

 さっさと繁みの向こうに逃げ去ったのもいるが、まだ半数以上は辺りを逃げ回ったり、ひっくり返って脚をばたつかせていたり――


「聞け、我に従いし幾千の精霊よ。我は炎の支配者なり。我が声に従いて深遠なる地獄の炎をもたらさん。万物一切を焼き尽くし、灰塵となせ―― フレイム!!」


 朗々と響く呪文が完成すると、再び炎が広がって――って、危ない危ない!!


「うぉぁっちい!!?」


 慌てて起き上がり、()けつ(まろ)びつ倒れこみ転がりながら炎の範囲から逃れる。

 アリ達は一体残らず炎に巻かれ、炎が消えた後には全てやられて消え去っていた。


 今のは……魔法か? 助かったと礼を言うべきか、焼き殺されかけたと文句を言うべきか、ともあれ誰の仕業かと思って周囲を見渡す。



「大丈夫ですか?」



 天使がそこにいた。


 いや種族的な意味ではない。後ろに数人の探索者の男性を引き連れた、天使か女神かアイドルかと疑うような美少女がそこにいた。


 腰まである長く柔らかそうな金髪はきらきらと輝き、身にまとった純白の衣装は汚れひとつなく美しい。

 すらりと長い足……はスカートに隠されているが、くびれたウェストの位置は高い。まるでモデルのようなプロポーション。


 清楚な印象の衣装ながらも胸元は大きく開いていて、深い谷間がのぞいていた。

 何故それか見えるかというと、彼女がかがみこんで俺に手を差し伸べていたからだ。


 白い上質な手袋に包まれた細くて長い指。

 見上げると、目元が優しげな美しくも愛嬌のある美貌が、微笑みを浮かべて、碧い瞳に俺を映していた。

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